最低限のニーズが満たされるためにコミュニティ内で助け合うことが活動の鍵ーアメリカ・メキシコ湾岸ガス開発現場視察報告(5)

アメリカ南東部に位置するメキシコ湾岸。その名の通り、海岸線はアメリカからメキシコへと伸び、湾を出るとキューバ、そしてカリブ海へと繋がっています。生物多様性豊かなテキサス州やルイジアナ州の沿岸地域は、近年巨大化するハリケーンの影響を顕著にうける地域であり、奴隷貿易や黒人奴隷が使役されていたプランテーションの中心地の一つでもありました。2023年10月末、アメリカのメキシコ湾岸周辺で急速にすすむ液化天然ガス(LNG)事業による地域への影響を知るために、FoEJapanはテキサス州とルイジアナ州を訪ねました。ブログシリーズの最終回をお届けします。
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視察の最後に訪れたのはアメリカ南部ルイジアナ州の南西部に位置するレイク・チャールズです。レイク・チャールズではロシェッタ・オゼーンさんが私たちを迎えてくれました。

地図出典:Visit Lake Charles

オゼーンさんは6人の子どもを持つシングルマザーで、ヴェッセル・プロジェクトという事業の運営に加え、様々な団体やネットワークで精力的に活動しています。

オゼーンさんに、LNGの問題に取り組むことになったきっかけについて尋ねたところ、ハリケーンによって受けた影響について話してくれました。

2020年、短期間に、非常に勢力の強い2つのハリケーン、ローラとデルタがルイジアナ州を襲いました(ローラは2020年8月27日に、デルタは2020年10月9日にルイジアナに上陸。ローラはルイジアナ州の観測史上最強の勢力で上陸。)。避難指示が出ていましたが、行政等から十分な支援がなく、避難が困難だった人がたくさんいたそうです。避難する先もわからないまま、オゼーンさんは子どもたちをとにかく車に乗せ、最初はミシシッピ州の方に避難しようとしましたが、最終的に数時間もかけてヒューストンに逃れました。避難の最中、オゼーンさんの娘が、「避難したくてもできない人に金銭支援をします、とにかく連絡して」と知り合いがSNSで呼びかけていたことに気づきます。オゼーンさんが連絡すると直ぐに支援金を送ってくれました。最終的にオゼーンさんたちは避難先のヒューストンのホテルで数週間過ごしました。

その時、オゼーンさんは、「ものごとはこうあるべきだ」と思ったそうです。本来支援をすべき政府は迅速に自分たちを助けてはくれませんでした。支援が必要な人が、必要なときに、適切な支援先に結びつくことができる。迅速に支援してもらった経験がオゼーンさんの心にずっと残っていました。また、支援を必要とする人は自分だけではないはずだと思ったそうです。

ある日、オゼーンさんはフェイスブックに「支援を必要としている人はいますか?」と投稿します。それに対する反応は想像を超えた「クレイジー」なものだったといいます。

オゼーンさんは、コロナ禍のために準備された緊急支援金に申し込み、得たお金を持って、コミュニティの人々を訪ねます。オゼーンさんが住むノースレイクチャールズ地域は多くが黒人で、ハリケーンで壊されたままの家で生活している人や、車で生活している人がいました。オゼーンさんは、そういった人々にホテルに泊まれるように支援し始めます。クレジットカードが使えなくなるまで、支援を続けました。

オゼーンさんはフェイスブックに「支援を必要している人がいる」と訴えますが、「嘘だ」、という人や「ホームレスをしてお金を稼いでいる人もいる」というようなコメントをする人もいたそうです。しかし、オゼーンさんの訴えは徐々に広がり始め、直接支援をしてくれる人が現れ始めました。また、地元の政治家にも市民を助けるように粘り強く訴えかけました。ハリケーンからの復興がままならいまま冬になり、寒波がやってくるという時、市民同士の助け合いにより、300人のホームレスや避難先を必要としている人がホテルに宿泊することができたそうです。オゼーンさんのヴェッセル・プロジェクトはそのようにして始まったのです。

オゼーンさんの車でレイク・チャールズを案内してもらいながら、3年たってもなおハリケーンの影響から復興していない街の様子を伺い知ることができました。

いくつかの家庭にはRV(レクリエーショナルビークル)が泊まっていました。オゼーンさんは、「RVを持っているとお金を持っていると思うかもしれないけど、家を直せないからRVに寝泊まりしているのだ」と説明してくれました。

オゼーンさんは、ハリケーンによって被災したことにより、気候危機や、それを加速させているLNG開発について声をあげるようになったといいます。

ハリケーンだけでなく石油化学産業やLNG開発によって健康被害を受けている人々は黒人の貧困層です。日常から十分な社会補償も与えられず、ハリケーン後の町の再建に十分な支援もありません。そのような状況では、気候危機や企業に立ち向かうことができません。だからこそ相互扶助(ミューチュアルエイド)が必要なのだとオゼーンさんはいいます。

写真:レイクチャールズを案内してくれたオゼーンさん。女子ソフトのグラウンドのすぐ目と鼻の先にタンクが並んでいるのが見える。
写真:レイクチャールズの工場群
写真:昼夜問わずフレアリングが行われている。工場の近くには幼稚園や学校もあった。住居も多く、オゼーンさんは「ここはフェンスラインコミュニティだ」と話す。フェンスラインコミュニティとは、文字通り汚染企業などの工場のフェンス越しにあるコミュニティ。多くの場合、フェンスラインコミュニティは低所得や黒人などのコミュニティと重なっている。

レイク・チャールズには、多くの石油化学企業が密集しています。病気の人も多く、オゼーンさんの子どもたちも肌の病気や気管支系の病気に苦しんでいます。

写真:レイクチャールズの道路沿いにあった広告。「企業による汚染が原因でがんになった人は連絡を」という弁護士事務所の看板。汚染の根本に取り組んでいるわけではなく、汚染を利用して商売しているのでは、と道中オゼーンさんと話す。

もしガス事業や石油化学企業に立ち向かおうと思ったら、地元ですでに苦しんでいる人々に支援が必要です。最初は地域の人々も自分たちの生活が苦しいため、周辺企業がヒアリングを実施していても数人しかそれに参加することができませんでした。しかし今では、そういった活動にも多くの人が参加するようになったといいます。

オゼーンさんとレイクチャールズをみて回った翌日、ニューオーリンズで開催されたFoEUSのカンファレンスでスピーチをしたオゼーンさんは、以下のようにスピーチを締めくくりました。

「誰かがコミュニティにやってきて、あなたたちのためにLNG事業と闘います、支援します、ということではないんです。コミュニティの人々は文字通り、貧困の中で日々生きようと必死です。誰かがやってきてそういった産業と闘うだけでは、コミュニティは脆弱なままです。コミュニティが助け合い、必要な支援を得て、コミュニティ自身が強くなり、彼ら自身が闘うのです。それがヴェセル・プロジェクトで実践している『相互扶助』なのです。」

写真:ロシェッタ・オゼーンさん。

(ロシェッタ・オゼーンさんのお話の部分は、11月8日にニューオーリンズで開催されたFoEUSのカンファレンスでの発言も元に構成)

備考:
・レイク・チャールズでは九州電力が関与するレイクチャールズLNG事業が進んでいるが、バイデン政権による輸出許可一時停止措置により、九州電力は参画判断を延期すると報道されている。
・三菱商事等はレイク・チャールズでクリーンアンモニアの生産事業を行うことを発表している。

(深草亜悠美)

「サクリファイス・ゾーニング」とはーアメリカ・メキシコ湾岸ガス開発現場視察報告(4)

アメリカ南東部に位置するメキシコ湾岸。その名の通り、海岸線はアメリカからメキシコへと伸び、湾を出るとキューバ、そしてカリブ海へと繋がっています。生物多様性豊かなテキサス州やルイジアナ州の沿岸地域は、近年巨大化するハリケーンの影響を顕著にうける地域であり、奴隷貿易や黒人奴隷が使役されていたプランテーションの中心地の一つでもありました。2023年10月末、アメリカのメキシコ湾岸周辺で急速にすすむ液化天然ガス(LNG)事業による地域への影響を知るために、FoEJapanはテキサス州とルイジアナ州を訪ねました。ブログシリーズの第三回目をお届けします。
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「サクリファイス・ゾーニング」とは

 キャメロンを後にした私たちは、ルイジアナ州最大の都市ニューオーリンズに移動し、さらにニューオーリンズから車で1時間弱の場所にあるセントジョンザバプテスト郡にジョー・バナーさんを訪ねました。ジョー・バナーさんは The Descendants Projectというプロジェクトを、双子の姉妹であるジョイ・バナーさんとともに行っている方で、奴隷制度についての歴史を伝えたり、工業化によって破壊される黒人奴隷の埋葬地を守る活動などもされています。

 バナーさんは数百年前にアメリカに連れてこられた黒人奴隷の子孫で、自身の家系についても調査を行っています。またルイジアナの「がん回廊」(ルイジアナ州都バトンルージュからニューオーリンズに至る一帯で、工場からの有害物質の排出によりがん罹患率が高い地域。また黒人が多く住む地域でもある)の住民として、石油化学工場の問題にも取り組んでいます。

写真:ジョー・バナーさん

 1990年代にフォルモサ(台湾の石油化学企業)の工場建設計画が持ち上がった際、ジョーさんの祖父母が住んでいた地域が影響を受けました。バナーさんは「これ」がまた別の形で今も繰り返されていると話します。どういうことなのでしょうか。バナーさんは、彼女たち自身が今直面する危機について話してくれました。

 現在、バナーさんの暮らす地域で穀物を貯蔵するカントリーエレベーター(サイロと穀物搬入用エレベーター、穀物の乾燥施設等を兼ね備えた施設)の建設計画が、住宅地と密接した形で進んでいます。

 建設予定地であるバナーさんの住む地域は、黒人奴隷やプランテーションの歴史を伝える重要な場所です。このように歴史的重要な場所で建設を行うときには、開発による影響を最小限にするための措置が法的に求められています。しかし、事業会社(グリーンフィールドホールディングス)が調査を委託した会社は、歴史的に重要な施設等がこの場所にあるとは考えにくいという報告書を提出。これには意図的な書き換えがあったのではないかという指摘もあります。

 このカントリーエレベーターは自由の女神にも匹敵する高さになる予定で、穀物は燃えやすいために火災のリスクがあることや、周辺地域への騒音などの懸念もあるといいます。(なお、ここから輸出される穀物は中国で主に飼料として使われるとも話していました。)

 バナー姉妹は、建設予定地に黒人奴隷の墓が残されている可能性が高いとして、ルイジアナの裁判所に、建設作業を止めるよう求める裁判を起こしました。バナー姉妹の訴えは認められ勝訴しましたが、事業が完全に止まったわけではないそうです。

写真:カントリーエレベーターの完成予想図。事業計画書等を元に、アーティストに作成を依頼したとのこと。

図:ウィットニープランテーション博物館に屋外展示されていたパネル。建設予定のカントリーエレベーターが自由の女神に匹敵する大きさであることが図示されている。

 バナーさんは奴隷制度の歴史や黒人差別がどのように現在の石油化学産業・LNG開発と結びついているのか話します。

 サクリファイスゾーン(犠牲地域)という言葉があります。

 サクリファイスゾーンとは、工場等の建設・運営に伴い発生する環境破壊や環境汚染が深刻な地域で、人々が健康被害を受けるような地域のことを指します。もしくは、「発展」のために犠牲にされる地域とも言えるでしょう。

 バナーさんは、奴隷制度を調査したり、奴隷制度の歴史に関する保全活動をする中で、今、自分たちに迫っている脅威についても気づいたといいます。奴隷制度に遡のぼると、サトウキビを育てるプランテーションの近くに砂糖製造工場が建設され、そこで働きかつその近くに住んでいた黒人が健康被害に遭っていました。奴隷制が廃止された後も、プランテーションがあった地域に石油化学工場群が集中したのは、川が近く運搬に便利なこと、企業が買収できる土地があったということ、有色人種の人口が多く搾取できる人々がいたということが関係しているとバナーさんは話します。

 バナーさんは、これを「ゾーニング」の問題であるといいます(ゾーニングとは、土地を区分けしてその利用目的を定めたり開発計画を立てたりすること)。バナーさんはゾーニングはサイレント・キラーであるといいます。バナーさんが住んでいる地域は「サクリファイスゾーン」ですが、犠牲的ゾーニング、つまり搾取を可能にさせるゾーニングが行われているのです。ニューオーリンズからバトンルージュの間、まさにがん回廊に当たる地域は、元々奴隷だった人々が解放されて街を作り、栄え、慈悲に溢れた街の運営を行っていました。しかし、黒人は白人と平等に扱われず、黒人の言葉に耳を傾けない政治が続いています。

 バナーさんは、LNG開発も同じパターンの中で起きていると指摘します。

 歴史的に繰り返される脅威と立ち向かうためには、自分のコミュニティの歴史を知ることが重要だと彼女は力説します。歴史、文化について知ることが彼女の戦いで物事を大きく変えたと話しました。

 世界中に、「サクリファイスゾーン」が作られています。人々は不当に大きな環境破壊や人権侵害に苦しみ、それらから回復するための投資や支援、賠償も十分に行われず、そこで搾取された利益は多国籍企業が独占し地域の外に出ていきます。しかしバナーさんがいうように、そういった土地は搾取の構造があって「犠牲にされる地域」として権力者や大企業がゾーニングを行っているのです。犠牲にされた人々は、偶然そこにいたから犠牲になったのではなく、化石資源からの利益を生み出す構造や人種差別の構造の中で犠牲者として選ばれていると言えるのではないでしょうか。

(ジョー・バナーさんへの聞き取り部分は、11月8日にニューオーリンズで開催されたFoEUSのカンファレンスでの発言も元に構成)

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 ニューオーリンズでは他にも環境団体や市民団体が主催するイベントに参加したり、現地のNGOの方との意見交換などを行いました。

 ニューオーリンズは音楽の街でもあります。日本でもデモやマーチに音楽隊が参加することがありますが、ニューオーリンズでのマーチは一味違いました。セカンドラインと呼ばれるバンドがマーチを先導し、街を練り歩きます。セカンドラインとは、ルイジアナ州ニューオーリンズのブラスバンドを伴った伝統的なパレードのことで、お葬式や結婚式、お祭りなどの時に登場するそうです。明るい文化や人々のパワーに触れる一方で、この地域で脈々と続いている黒人差別や社会の不正義について、とても考えさせられる滞在となりました。(深草亜悠美)

カルカシュー湖の漁業者を脅かすLNG開発ーアメリカ・メキシコ湾岸ガス開発現場視察報告(3)

アメリカ南東部に位置するメキシコ湾岸。その名の通り、海岸線はアメリカからメキシコへと伸び、湾を出るとキューバ、そしてカリブ海へと繋がっています。生物多様性豊かなテキサス州やルイジアナ州の沿岸地域は、近年巨大化するハリケーンの影響を顕著にうける地域であり、奴隷貿易や黒人奴隷が使役されていたプランテーションの中心地の一つでもありました。2023年10月末、アメリカのメキシコ湾岸周辺で急速にすすむ液化天然ガス(LNG)事業による地域への影響を知るために、FoEJapanはテキサス州とルイジアナ州を訪ねました。ブログシリーズの第三回目をお届けします。
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視察3日目、私たちはルイジアナ州に入りました。昨日、対岸から見たザビーンパスLNGの横を走り、湿地帯を通り抜けて東へと向かいます。

写真:ザビーンパスLNG付近にて。湿地が広がっている。

LNGターミナルは、港湾施設です。LNGは通常船で運ばれるため、ターミナルは海沿いに建設されます。

写真からもわかるように、ルイジアナ州南西部のLNG施設の周辺は豊かな湿地、そして海に囲まれています。この辺りに生息するアリゲーター(ワニ)は観光資源になっているようで、道すがらアリゲーターと触れ合うための施設もありました。ザビーンパスLNGはシェニエール・エナジーという企業が運営していますが、現地の人はバイユー(Bayou)と呼んでいます。シェニエールというのは湿地や沼を意味し、バイユーは、ルイジアナ周辺アメリカ南西部でゆっくりと流れる小川や湿地帯をさす言葉だそうです。

ザビーンパスを後にした私たちは、カルカシュー湖のあるキャメロンへと向かいます。

キャメロンでは、Better Bayouという団体の代表であるジェームズ・ハイアットさんはじめ、ルイジアナ・バケットブリゲード、シエラクラブのメンバーなどが迎えてくれました。

ジョン・アレアさんという方の土地にお邪魔し(アレアさんは当日不在でしたが快く訪問を受け入れてくれました)、みなさんの話を伺いました。

アレアさんは、長年ルイジアナの沿岸に住まわれている方で、普段この土地でバードウォッチングなどをして過ごしているそうです。不在のアレアさんにかわり、ハイアットさんが、この湿地がたくさんの生き物の住処となっていることを説明してくれました。

写真:アレアさんの土地で。LNGターミナルが目の前にみえる。夜間もフレアリング(ガスを焼却処分すること)が行われ、とても明るいという。

午後には、地元の漁師であるトラヴィス・ダーダーさんの船に乗って、カルカシュー湖の湖上からLNG施設を視察しました。

写真:トラヴィス・ダーダーさん。漁師。エビ漁を生活の糧としている。

ダーダーさんによると、カルカシューパスLNGが2022年に稼働を開始してからというもの、エビの漁獲量が激減したそうです。たくさんの船が行き交うので、カニのための罠も壊れてしまうそうです。ハイアットさんによると、地元の漁業者は昨年までと比べ、漁獲高が9割も減少したと話しているとのことでした。

ダーダーさんは、LNG施設のすぐ近くに住んでおり、建設作業時には家にその振動が伝わってくると言います。カルカシューパスLNGの横にはCP2という新たなLNG事業計画が進んでいます。ダーダーさんは「LNGプラントが全て立つ頃には魚がいなくなっているだろう。もしLNG事業がそんなにいいものなのなら、なぜ漁業は衰退し、(LNG企業の)重役ばかり金持ちになるのか?」とLNG開発を非難します。

カルカシュー湖周辺ではカルカシューパスLNGとキャメロンLNGがすでに運転していますが、それ以外に既存のカルカシューパスLNGの近くにCP2、コモンウェルスLNG、そして湖の北側にドリフトウッドLNG、レイクチャールズLNG、マグノリアLNGなどの建設・計画が進んでいます。キャメロンLNGは、拡張計画が進んでおり、日本の公的金融機関である日本貿易保険が拡張事業への付保を検討しています。

表:カルカシュー湖周辺のLNG事業

事業名ステータス事業者主な日本の関わり
キャメロン稼働中センプラ三菱商事などが出資JBICによる融資支援
カルカシューパス稼働中(コミッショニング中)ベンチャーグローバルJERAがLNGの購買契約
CP2審査中ベンチャーグローバルJERAがLNGの購買契約
コモンウェルス許可取得=延期コモンウェルスLNG
ドリフトウッド許可取得済テルリアン
マグノリア許可取得=延期マグノリアLNG
レイクチャールズ許可取得=再申請エナジートランスファーSMBCがフィナンシャルアドバイザー

図:メキシコ湾岸で進むLNG建設。青=稼働中、緑=建設中、黄色=許認可、オレンジ=審査中、*=拡張計画あり(出典:グリーンピース

カルカシューパスLNGは2022年に稼働を開始しました。ルイジアナ・バケットブリゲードのモニタリングレポートによると、稼働する181日のうち、71日はフレアリングが行われ、その後ベンチャーグローバル社自らが報告した分も足し合わせると、181日中115日フレアリングが行われていたことがわかりました。実に稼働期間の63%にあたります。環境影響評価ではフレアリングはこのように頻繁に行われる想定ではなかったとのこと。

全米で第4位の輸出容量(14.5mtpa)を誇るキャメロンLNGは2019年にLNG輸出を開始しました。ルイジアナ・バケットブリゲードの調査によると、稼働を開始して以来、2023年1月までの時点で既に67回、つまり月に2度もの漏出事故を起こしていています。これらの事故のうち48件は、熱酸化装置のトリップが原因で、事故はいずれもメタン、揮発性有機化合物、がん発症を誘発するベンゼン、その他の有害汚染物質の漏出につながっていました。ルイジアナ州の規制当局が2度調査を実施し、キャメロンLNGが大気汚染に関する許可証に違反したという結論が出されましたが、なんの罰金も課せられていません。

ダーダーさんの船で航行する間、船の横には数多くのペリカンが飛び交い、イルカたちが自由に泳いでいました。

写真:カルカシュー湖のイルカたち。たくさんのイルカが群れをなして泳いでいた。

ハイアットさんは「湿地は食料品店のようなものです。何世代にもわたって私たちに恵みをもたらしてきたのです。しかし私たち人間は絶え間なく汚染を続け、終わりがないかのように採掘や搾取を続けていますが、それを続けていくことはできません。人々ではなく、利益だけを追求したら何が起きるでしょうか。私たちが化石燃料に対する依存を断ち切れないことで将来子どもたちに降りかかる重荷について考えています。」と話してくれました。

日本の官民はアメリカでのLNG開発に多額の資金を投じています。

一方、2023年1月26日、米バイデン政権が化石燃料の一種である液化天然ガスについて輸出許可申請がされている事業に対する許認可の判断を一時停止すると発表しました(参照:FoE Japanブログ「バイデン政権によるLNG輸出許可一時停止の意味とは」)。その間に認可の際の判断基準の改訂をするとしています。気候危機を食い止め、環境や地元の人々への影響を考えると、バイデン政権は正しい第一歩を踏み出したと言えます。しかし日本政府は日本のエネルギー安全保障が脅かされることを懸念しています。

一方で、現在の第6次エネルギー基本計画においては、2030年のエネルギーミックスにおけるガスの割合を2019年の37%から20%に減少させるとしています。バイデン政権の決定は、すでに許認可を得ているLNG事業には影響がないため、短期的には日本へのLNG供給に影響はないと見られています。したがって、今回の決定が短期的に日本のエネルギー安全保障を脅かすとは言い難い状況です。

長期的に見ても、気候危機回避のためには、ガスを含む全ての化石燃料からの脱却が必要とされています。世界の平均気温の上昇を1.5℃以下に抑えるというパリ協定の目標の達成のためにも、地域の人々の綺麗な空気への権利を守るためにも、今、エネルギー転換を考えなければなりません。

(深草亜悠美)

「ポート・アーサーに立ちこめる死の匂い」ーアメリカ・メキシコ湾岸ガス開発現場視察報告(2)

アメリカ南東部に位置するメキシコ湾岸。その名の通り、海岸線はアメリカからメキシコへと伸び、湾を出るとキューバ、そしてカリブ海へと繋がっています。生物多様性豊かなテキサス州やルイジアナ州の沿岸地域は、近年巨大化するハリケーンの影響を顕著にうける地域であり、奴隷貿易や黒人奴隷が使役されていたプランテーションの中心地の一つでもありました。2023年10月末、アメリカのメキシコ湾岸周辺で急速にすすむ液化天然ガス(LNG)事業による地域への影響を知るために、FoEJapanはテキサス州とルイジアナ州を訪ねました。ブログシリーズの第二回目をお届けします。(第一回はこちら

11月1日、ヒューストンから東に160キロほど進んだところにあるポート・アーサーを訪ねました。テキサス州とルイジアナ州の州境のテキサス側に位置します。

ポート・アーサーで私たちを迎えてくれたのはポート・アーサー・コミュニティ・アクション・ネットワーク(PICAN)のジョン・ビアード3世さんです。ビアードさんは、「金の匂いがすると言う人もいる。しかし私にとってこれは死の匂いだ」と話します。

写真:ポートアーサーを案内してくれたジョン・ビアード3世さん

街を訪れてすぐ、ビアードさんが言うように、異様な匂いに気づきました。フリーポートもそうでしたが、街には数えきれないほど石油化学工場やLNG施設が存在し、文字通り工場に包囲されているような様相です。

ポートアーサーには5万人の住民がおり、4割は黒人で、その次に多いのがヒスパニック系の白人です。ジョンさんによると、たくさんの化学工場が立地しているにも関わらず、「昔は賑わっていたが、仕事がなくてどんどん人が出ていく」と話します。また、ここも海沿いであるために、かつては海の幸に恵まれていましたが、産業による汚染が深刻です。

健康被害についてビアードさんは、自身も22歳の時に腎臓移植したことを話してくれました。ポート・アーサーでは、発がん性物質であるベンゼン汚染が深刻です。2020年、ポート・アーサーにあるトタル・エナジーズの製油所からは、EPA(米国環境保護庁)基準の2倍以上のベンゼンが排出されていました。工場の半径5キロメートル以内に2万人近くが住んでいますが、その約半数は黒人です。ポート・アーサー地域のがんリスクは非常に高く、EPAが許容範囲とするレートの190倍だそうです。住民の健康被害が深刻化する一方、汚染源である企業からの医療補償はないといいます。ポート・アーサーの20%という貧困率も全国平均より高く、貧しい住民は高額な医療サービスを受けることができません。

また、町の至る所でフレアリングが行われているのも衝撃的な光景でした。フレアリングとは、余ったガスを燃やす作業です。日本の工場などでも行われていますが、煙突の先で燃えているのが見えるのが一般的なのではないでしょうか。ポートアーサーでは、グランドフレアも行われていて(その後各地で見ることになるのですが)、とてつもなく大きな囲いの中で煙突ではなく地面の高さでフレアリングが昼夜問わず行われていました。

写真:グランドフレアの様子。中で火が燃えているのがみえる。

ポートアーサーの周辺では、ポートアーサーLNGだけではなくゴールデンパスLNGというLNGターミナルが建設中で、ちょうど州境を超えたところにあるザビーンパスLNGはすでに稼働しています。

写真:テキサス州とルイジアナ州の境を流れるザビーン川から。「ゴミの燃焼禁止」と書かれている。対岸ではLNG施設(ザビーン・パスLNG)が稼働し、フレアリングを行っている。

「人々はこの水路で魚も釣っています」とビアードさんは話します。大気だけではなく、水質も深刻に汚染されています。汚染の原因は単にLNG事業や石油化学施設が急増したことに留まりません。これらの工場が、規制当局による環境基準を遵守していないのです。またハリケーンなどの際に、石油化学施設が未処理の廃水を地元の水路に廃棄することもあると言います。

工場は多くの水を使います。これらの施設は「大水食らい」で、地域住民のニーズよりも工業用水の利用が優先されていると、視察に同行したテキサス・キャンペーン・フォー・エンバイロンメントのジェフリー・ジャコビー氏も話します。 

こういった状況に対し、ビアードさんは一家で長年闘ってきました。

この日、ポートアーサーを案内してくれたジョン・ビアード3世さんの父ジョン・ビアード・ジュニアさんは、環境規制の緩和に反対し、テキサス環境諮問委員会はポートーアーサーLNGにおける排出基準を厳しくするよう、行政法審判官に申し立てました。申し立ては認められましたが、テキサス環境諮問委員会は、基準の強化はポート・アーサーLNGを所有するセンプラ社(次回のブログに出てくるキャメロンLNGもセンプラ社のLNG事業)にとって追加コストになるとして、申し立て結果を無視。その後ジョン・ビアード・ジュニアさんはさらに異議申し立てを行います。

この異議申し立てに関して、私たちが帰国した後、良いニュースが飛び込んできました。

11月15日、米国の裁判所は、ポートアーサーLNGに課されている排出基準が、リオ・グランデLNGなど他のLNGに課されている排出基準に及ばないと判断し、ポートアーサーLNGに対する排出許可を取り消したのです(参考 1 2)。

この勝利に関する記事の中で、ジョン・ビアード・ジュニアさんはいいます。

「私たちは右からも左からも攻撃されている。これは不正義だ。誰かが綺麗な空気のために戦わないといけないのだ」

ポートアーサーLNG事業
第1・第2系列(フェーズ1)第3・第4系列(フェーズ2)
事業者ポート・アーサー・フェーズ1,LLC. = KKR(42%)、コノコフィリップス(30%)、センプラエナジー(28%)が出資ポート・アーサー・フェーズ2,LLC. = センプラエナジー、コノコフィリップスが出資
液化容量1350mtpa1350mtpa
状況(2024.3現在)建設中最終投資判断前
生産開始予定2027~2028年未定

表出典:JOGMEC,GEM,などを元に作成

アンモニア混焼と輸入木質バイオマス発電の課題〜JERA石炭火力発電所の視察から〜

2月初旬、愛知県にある碧南火力発電所と武豊火力発電所を、気候ネットワーク主催のスタディツアーで視察しました。この2つの発電所は、日本最大の火力発電会社であるJERAによるものです。

碧南火力発電所は、石炭火力発電所としては国内最大で、2024年3月からアンモニア実証実験の開始が予定されています。また、武豊火力発電所は、輸入木質バイオマスの混焼を行なっており、2024年1月31日に火災事故がありました。

碧南火力発電所とは?

愛知県には、石炭火力発電が11基あります。このうち、碧南火力発電所(愛知県碧南市港南町2-8-2)は、井浦湾に面する愛知県碧南市の南部に位置します。1991年10月に1号機が営業運転開始して以来、中部エリアをはじめとする各地へ電力を供給してきました。2002年には5号機が営業運転を開始し、総出力が410万kwと石炭火力発電所としては国内最大、世界でも最大級の発電規模になりました。

約160万m²という広大な敷地の中には、ボイラー、タービン、発電機に加え、貯炭場、灰捨地などの設備が並んでいます。タービン建屋の壁面には、三河湾の青い海に浮かぶヨットをモチーフにしたというデザインが施されており、発電所の仕組みを展示する電力館(訪問時は工事のため休館)やヒーリングガーデン、エコパークなども併設されています。


碧南火力発電所の構内見学

碧南火力発電所の見学ツアーでは、発電所内を車で移動しながら、4・5号機のタービン建屋、3・4・5号機の中央制御室、貯炭場をまわりました。

タービン建屋について、一つの建物に2つのタービンが入っていることから、4号機のものはオレンジ色に、5号機は青色に色分けされていました。発電所内ではJERA以外の人も働いており、発電員(発電所で働いている人々)が、それぞれの担当すべきタービンが一目でわかるようにするための工夫とのことです。また、原則タービン建屋には誰もおらず、1日に1~2回、発電員が1人で巡視するとのことでした。


続いて、中央制御室へ向かいました。制御室内には入室できませんでしたが、窓越しに発電員の姿と発電機の制御盤を見ることができました。発電員は、タービンの巡視以外の時間は基本的にこの中央制御室にいるとのことです。一つの発電機につき、8名の発電員が配置され、12時間交代(7:30-20:40/20:30-7:40。10分の重複があるのは引き継ぎのため)で発電状況の監視にあたっているそうです。また、中央制御室の制御盤には、その日使用している石炭の輸出国の国旗が貼られており、複数の国の石炭を混ぜ、最も燃焼効率が良くなるようにしているとのことでした。

タービン建屋の見学のあとは貯炭場へ。碧南石炭火力発電所の貯炭場は屋外にあり、大小様々な大きさの穴が空いた遮風壁で囲まれています。いろんな種類の石炭を混ぜやすいという理由から屋外貯炭をしており、入荷した石炭を貯炭場のどこに置くかは、そのときの在庫の石炭と新規石炭の相性を考えて貯炭されるとのことです。「近隣からの粉塵への苦情はないのか?」と疑問に思い尋ねたところ、苦情はないとのことでした。また、石炭の粉やばいじんが飛び散らないよう、定期的に石炭の上に散水しているそうです。

その後、石炭輸送船の発着場の横を通り過ぎながら、最初に訪れた施設へと戻り、質疑の時間を持ちました。

アンモニア混焼、本当にクリーン?

さて、この碧南火力発電所はアンモニア混焼が行われるということで注目されています。JERAはテレビ広告などで大々的に「CO2の出ない火を作る」と宣伝していて、JERAがスポンサーを務めるプロ野球セ・リーグの試合や、TOHOシネマズの映画館でも上映前に頻繁にその広告が流れています。

JERAは、アンモニアは燃やすときにCO2を出さないため、石炭火力発電所で石炭と一緒に燃やす(混焼)ことで、削減できた石炭の分だけCO2の排出を抑えられる、と主張します。最終的に石炭の代わりにアンモニアだけ燃やせるようになれば「CO2の出ない火」ができる、というわけです。

しかし残念ながらこの主張は正確ではありません。というのも現在商用的に確立しているアンモニアの製造方法は、天然ガスなど化石燃料を原料としたものです(天然ガスに含まれる炭化水素と大気中の窒素を反応させて製造するハーバーボッシュ法)。最新鋭の設備を用いても、1トンのアンモニアを製造するのに約1.6トンのCO2が排出され、「脱炭素」燃料とはいえません。

こちらの図を見てもわかるように、アンモニア混焼をしても石炭だけ燃やした場合と比べて大きなCO2排出削減効果がないことが見て取れます。(アンモニア混焼の問題点について詳しくはこちら

つまり「燃やす」時にCO2がでなくても、「つくる」時にCO2が出てしまうアンモニア燃やしてできた火は、結局「CO2が出る火」というわけです。
JERAの「ゼロエミッション2050」ロードマップでは、50%混焼を2040年頃、専焼の実現は2050年頃と大まかに示されています。すなわちそれまで、石炭の燃焼が続くということでもあります。

実際、このJERAの広告は、環境NPO気候ネットワークと環境法律家連盟から公益社団法人 日本広告審査機構(JARO)に対し、このようなミスリーディングな広告を中止するよう勧告を求める申立が提出されています

ちなみに、この碧南火力発電所では2024年3月からアンモニア混焼の実証実験が開始されますが、そのアンモニアが製造されるのはアメリカ南部のメキシコ湾岸地域です。この地域には、先日のブログでも紹介したキャメロンLNG(三菱商事、三井物産、日本郵船が出資)やフリーポートLNG(JERA、大阪ガスが出資)など多くのLNG施設が集積し、住民の健康被害やエビが取れなくなるなど漁業への悪影響がすでに顕著に出ています。ここでアンモニア製造をすることは、地域の環境や人々の健康に更なる負荷がかかる懸念があります。

全廃からはほど遠い、日本の石炭火力政策

国連事務総長が2021年以降「OECD諸国は2030年までに、途上国も2040年までには石炭火力の全廃を」と呼びかける中、日本では石炭火力発電がいまだに発電量の32%を占めています(2021年度)。そして、2030年度にもまだ19%も使い続ける方針(第6次エネルギー基本計画)です。
2020年7月、「非効率な石炭火力発電所を2030年までにフェードアウトさせる」ことが発表されましたが、大型・高効率のものはむしろ積極的に活用を続ける方針なのです。非効率なものの全廃さえ期限が明示されておらず、2030年にもまだ動き続けている可能性があります。碧南火力発電所でみれば、1、2号機が政府が定義する非効率のもの(超臨界:SC)、3~5号機が政府が定義する高効率のもの(超々臨界:USC)です。1、2号機の廃止時期は示されていません。

日本も2050年カーボンニュートラルをめざす中で、石炭火力発電をそのまま続けるというわけにはいきません。

そこで進められようとしているのがアンモニア混焼ですが、前述のように2050年に専焼にたどり着くか否かというスケジュール、またそのアンモニアを再エネ由来で国内で作ることはほぼ不可能という状況です。莫大なコストと30年近い時間をかけてアンモニア専焼をめざすことは、それまでの期間、石炭火力を使い続けるということです。
アンモニア発電の実装化を石炭火力を使い続けながら待つのではなく、石炭火力発電を廃止し、省エネ・再エネに舵を切らなければなりません。

バイオマス混焼の武豊石炭火力で、1月末に爆発・火災

井浦湾を挟んで碧南火力発電所のちょうど対岸にある、武豊火力発電所(愛知県知多郡武豊町字竜宮1-1)のすぐそばにも行き、外から見学しました。武豊火力発電所は、輸入木質バイオマスを混焼している石炭火力発電所で、1月31日に爆発・火災があったところです。バイオマス燃料の発酵による火災は、近年各地のバイオマス発電所でも起こっています。

黒く焼け焦げた火災のあとは敷地の外からもよく見え、生々しく残っていました。


この発電所は、特に住宅地と隣接した立地で、小さな公園と道路を挟んですぐに住宅が立ち並んでいます。

地元で活動している「武豊町の環境問題を考える会」の方からは、火災を受けて発電所の稼働停止を申し入れたが、回答はなかったとのことでした。
この発電所はもともと重油発電所を廃止し、一時期太陽光発電所になっていたとのこと。
しかし、バイオマス混焼の高効率石炭火力発電所ということで新たに建設され、2022年8月に稼働が開始されたものでした。「太陽光発電のままにしておけば・・・」地元の方も悔やんでいました。

武豊火力発電所の変遷
1966年 1号機運転開始(22万kW)
1972年 2~4号機運転開始(2〜4号機いずれも37.5万kW)
2002年 1号機閉鎖2011年 発電所敷地内に「メガソーラーたけとよ」(7,500kW)運転開始
2015年2月 武豊発電所リプレース計画(1〜4号機の閉鎖、5号機の建設)公表
2016年3月 2~4号機閉鎖
2017年 「メガソーラーたけとよ」閉鎖、川越発電所構内(三重県)に移転
2022年8月 5号機(107万kW)運転開始
*中部電力、JERAの報道資料よりFoE Japan作成

見学を終えて

気候変動は世界的な問題であり、前述の通り日本は2030年までに石炭火力発電の廃止が求められています。この要請から目を背けず、そもそも省エネなどを通じて消費電力量を減らした上で、石炭火力から再生可能エネルギーへと舵を切ることが、日本のすべき気候変動対策です。その道筋として、未来のためのエネルギー転換研究グループ(JUST)は、2050年に再生可能エネルギー100%の社会を目指すことは可能だという調査報告書も公表しています。

今回のツアーでは、実際に発電所内で働く人々の姿、発電所の周辺地域の様子も目にしました。石炭火力発電の廃止策を実施するうえで、労働者や産業立地地域が取り残されることなく、公正かつ平等な方法で持続可能な社会へ移行することを目指すこと、つまり「公正な移行」は、まさに私たちが直面する課題であると感じました。

(長田大輝、髙橋英恵、轟木典子、吉田明子)

横須賀石炭訴訟控訴審は棄却。最高裁へ

2024年2月22日、横須賀石炭火力控訴審の判決がありました。

原告含め、冷たい小雨が降る中、約70人が集まりました。判決は開廷直後、「本件控訴をいずれも棄却する、控訴費用は原告がもつ。以上」との一言で、わずか10秒ほどで閉廷しました。

★横須賀石炭火力訴訟とは?
→横須賀火力発電所の新1・2号機(石炭火力)の環境影響評価書確定通知の取り消しを求める行政訴訟です。2019年5月に提訴されましたが、2023年2月「原告らの訴えをいずれも棄却する」という判決が言い渡されました。原告はその後、控訴(第一審裁判所の判決に対する当事者の不服の限度で,事実と法律の適用を再度審査することを求めること)しています。
https://yokosukaclimatecase.jp

判決への分析

この判決に対し、弁護士団長の小島延夫弁護士は下記のように分析しています。

  1. CO2の累積的影響を認識しながらも、横須賀石炭火力発電所からの排出を許容する矛盾:
    判決文では、気候変動の影響の深刻さを認識している。また、CO2の累積排出によって気候変動が起きていること、今後よりしっかりとした気候変動対策が必要であることも確認している。しかし、気候変動の原因がCO2排出が積み重なって起きていることに触れながらも、判決文では、横須賀石炭火力発電所が稼働した場合のCO2排出量は世界のエネルギー起源CO2(約323億トン・2015年)の約5000分の1に過ぎず、横須賀石炭火力発電所「単体」の影響は小さいとしている。横須賀火力発電所と同等のCO2を出す発電所は国内外にあり、横須賀石炭火力発電所の稼働を許すことは、それらの発電所の稼働を許すことにつながる。そして、それらの発電所のCO2排出を集計した場合、その累積量は看過できない量となるはずである。

  2. 気候変動は地球規模の問題と認めながら、原告への影響はないとする矛盾:
    世界規模の気候変動の被害の深刻性を認めながらも、横須賀石炭火力発電所は周辺住民の気候変動による被害を特に増大させるものではないとして、控訴人・原告適格を棄却した。気候変動は地球規模の問題と認めながら個人への影響はないとすることは、今回の判決の矛盾点といえるうえに、気候変動によって被害を受ける恐れがあると訴える人々が自らの将来の救済を求め提訴したとしても、「気候変動は個人に影響はない」ということになり、裁判を受ける権利そのものの侵害につながる。

  3. 合理化ガイドラインの適用が妥当と判断する根拠が環境アセスメントの趣旨に反している
    判決文の論理では、昭和45年と比較して今の発電所におけるCO2及びそのほかの汚染物質の排出量が減っているから、環境アセスメント手続きを簡略化して構わない、というもの。少しでも改善しているなら環境アセスメントを簡略化してもいいというのは、「実際の環境影響を調査すべき」という環境アセスメントの趣旨に反している。

原告・弁護団のコメント

「判決の言い渡しはほんの数秒で終わった。衝撃を受けた方もいると思うが、あの場面は、あれ以上あの場に裁判官がいることができない、ということの表れだったのだと思う。内容的には圧勝している戦いをやってきているということ。ここで(裁判を通じた闘いを)やめたら、自分たちは諦めたのかということになってしまう。最高裁判所に最後まで判断を仰ぎたい。ぜひご賛同いただきたい。また、この裁判を通じて学んだのは、今の社会が、このままの状態で将来に渡していいのかという状況にあるということ。CO2を出していることによって今の社会が成り立っている、そんな社会の仕組みを作ってしまった、そういう責任があると思う。それを解決する方法を目指さないと、次の世代に申し訳ない。その方法として、我々が武器にしていた環境アセスメントはものすごい武器になるはず。環境アセスメントの仕組みは、そんな法律にしていかないといけない。」鈴木陸郎さん(原告団長)

「裁判は、気候変動問題にどう戦うかという、世界の中の日本の重要な取り組みの一つ。今、何をすることが大事かを考えて行動したい。世界では、政府に挑戦しようという裁判官は増えてきている。気候変動は人々の生活基盤や生きていく術を奪っていく問題であり、人々の生活基盤や生きていく術を守っていくのが裁判官の役割だと、判決文に書くようになった裁判官も世界にはいる。COP28ではブラジルの最高裁判官も参加しており、そのようなことを言っていた。しかし、裁判官もそのような意識になるには、日本の社会が変わっていかないといけない。」浅岡美恵弁護士

「判決文における簡略化の部分は、明らかにおかしい。こういうおかしさを、こういう判決を許していいのか、ということを問う最高裁での裁判になる。温暖化の問題についてこんな判決書いていたら、世界に笑われてしまうということを世界に訴えたい。」千葉恒久弁護士

「なぜ裁判官がこういう判断したのかということを考えてみる。高等裁判は、最後の事実認定をする場所であり、今回の判決では気候変動の深刻さを事実認定し、CO2の累積排出量の影響も認めた。今回の判決は、裁判官にとっても苦しい判断だったのではと想像する。そのような裁判官を助けるのは、国が石炭をやめるということ。」半田虎生弁護士

「今年の夏も記録的な猛暑になるのではないかとのニュースを聞いた。判決文で、裁判官は気候危機を認識していることがわかる。しかし、今回の判決で裁判の動きを止めてしまうと、気候変動の影響からの救済を求める裁判が退けられる根拠を残したままとなり、気候変動に派生する裁判ができなくなる。最高裁に判断を仰ぐということは、裁判を受ける権利を侵害されることを放置しなかったぞということ。それは、一つ世界に示せるところになるはず。」永井久楽太弁護士

気候危機対策を超えて、民主主義の問題が問われている

2019年5月から始まった横須賀石炭火力裁判は、気候危機の問題を超え、「おかしいことはおかしいと声をあげないといけない。おかしいことはそのまま放置したままでいいのか?」と私たちの社会、民主主義のあり方が問われていると感じます。

また、COP28では「化石燃料からの脱却(Transition away from fossil fuels)」が採択されました。
すでに世界の平均気温が1.1度上昇し、気候危機が顕在化している今、この 10 年間に排出量を早急かつ迅速に削減することが求められています。
歴史的に多くの温室効果ガスを排出してきた国として、世界の約束を守るならば、日本は国内にあるすべての石炭火力発電所を段階的に早急に廃止するための明確な計画を策定するべきです。

また、世界では気候訴訟で市民の勝利も見られ(例:オランダのシェル訴訟)、実際に化石燃料事業へのプレッシャーとなっています。

<FoE オランダ等による気候訴訟>

  • 2021年5月27日「歴史的勝利!市民がシェルに勝訴」

横須賀控訴審の結果は残念なものではありますが、それは決して石炭火力廃止の動きを止めるものではありません。FoE Japanは、横須賀石炭火力を止めるために立ち上がった人々と連帯し、日本の脱石炭の実現に向けて活動を続けていきます。

(髙橋英恵)

【FoE インターナショナル プレスリリース】COP28~気候資金に欠け、「誤った対策」に満ちた結果に

2023年12月13日
ドバイ(アラブ首長国連邦)

 第28回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP28)は、「迅速かつ公平で資金支援のともなった完全な化石燃料の生産・使用の段階廃止」に合意することなく失敗に終わりました。気候危機を食い止めるためにいま世界が必要としているのは「化石燃料の生産・使用の段階的廃止」です。会議の参加者らはCOP28で到達した「UAE総意(UAE Consensus)[日本語注1]」に拍手を送っています。

 しかし、FoEインターナショナルの気候変動・エネルギー・プログラムコーディネーターであるSara Shawは、

 「COP28でなされた合意は、化石燃料の段階的廃止にはいた足らず、早急に必要とされている気候資金に関しても有意義な内容には至っていません。今回の合意内容は、CCUS(炭素回収利用・貯蔵)、水素、原子力発電、ジオエンジニアリングなどの炭素除去技術や、環境破壊や土地収奪を引き起こす恐れのある「自然に基づく解決策」など、公正かつ公平なエネルギー移行を妨げる危険な妨害への扉を開くものです。 さらに、炭素市場取引を通じて、何億トンものオフセットが『削減』とみなされることを許しています」

 と、化石燃料時代を長引かせるだけの巨大な抜け穴への落胆を述べています。

 今回の合意内容は、公平性が十分に反映されたものとは言い難い弱いものとなっています。化石燃料依存からの移行にあたっては、排出量に対する歴史的責任が異なるにもかかわらず、先進国と発展途上国の役割を適切に区別していません。また、今回の合意の中では、世界規模の再生可能エネルギー目標を掲げていますが、それを実現するための資金はありません。そのような結果に対し、Sara Shawは以下のように続けます。

「先進国は、化石燃料に関する文言が弱まった理由について、新興国(インド、中国、COP28開催国であるアラブ首長国連邦など)のせいにするかもしれませんが、米国、英国、EUなどの富裕国は史上最大の温室効果ガス排出国であり、いずれも化石燃料の生産・使用を大幅に拡大するつもりです。先進国は、今回のドバイ会議においても、それ以前の数十年においても、途上国での排出削減、適応対策、損失と被害に対して必要な十分な気候資金を提供していません。 先進国は、気候変動対策におけるチャンピオンであるかのような姿勢をとってはなりません」

パリ協定第6条で議論されていた国際炭素市場取引の交渉は、市場取引開始にあたっての環境社会配慮が不十分であること、また、除去クレジットの運用について技術的に問題点が残っていることから、今回のCOP28では決裂し、炭素市場の設立は来年へと延期となりました。これは、温室効果ガスの削減に直接つながらず、また人権侵害や環境破壊の恐れを伴う炭素クレジットの流出を食い止めようとする、気候正義運動の勝利といえます。

COP28開幕時、損失と被害に関する基金の運用開始が合意されましたが、世界銀行が基金を当面受け入れることを考えると、その可能性については大きな疑問が残ります。 ドバイで誓約された拠出額は、気候変動による損失と被害による影響を賠償するために必要な額をはるかに下回っています。たとえば、2022年のパキスタンでの壊滅的な洪水では300億~400億ドルの被害が生じたと推定されていますが、今回の誓約額はわずか7億ドルです[注1]。FoEバングラデシュのBareesh Chowdhuryは、

「予想していた通り、私たちは、最も裕福な国々が自分たちの責任を縮小させようとしているのをこの会場で見てきました。資金と実施手段がなければ、気候変動によって最も大きな打撃を受けた地域には、空っぽの財布と空っぽな約束だけが残されることになります。 途上国における気候危機対策には何兆ドルもの資金が必要ですが、実際にはほんのわずかな額しか与えられておらず、おまけに先進国に対する債務もあります」

と警告しました。

また、このサミットには2400人を超える化石燃料ロビイストが出席しており(2)、交渉の内外で、市民の声に対する強力な弾圧がありました。

「COP28が汚染者にレッドカーペットを敷いていた一方、公正な結果を求める活動家たちの呼びかけに対しては検閲が行われていました。 気候正義は人権の尊重なしには不可能です。そして、ガザとパレスチナに爆弾が降り注ぐ限り、企業が先住民族の土地を破壊する限り、権力者が気候変動の最前線にいる人々を使い捨ての存在だとみなしている限り、私たちは沈黙することはありません」

と、FoEインターナショナルのLise Massonは述べました。

プレスリリースに関するお問い合わせ先
Madeleine Race, madeleine@foei.org, +31645198654, X @foeint (speaks En/Fr/Esp)

[日本語注1] COP28で合意された文章。

[注1] 数値の出典はこちら。 “Flood Losses Now Estimated at $40 Billion: Pakistan Officials” https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-10-19/flood-losses-now-estimated-at-40-billion-pakistan-officals-say

[注2] 数値の出典はこちら。Kick Big Polluters Out (KBPO) coalition. “Record number of fossil fuel lobbyists at COP28”, https://kickbigpollutersout.org/articles/release-record-number-fossil-fuel-lobbyists-attend-cop28

[注3] 世界の注目がCOP28に向いている間も、アラブ首長国連邦は反体制派への弾圧を行っていました。 “UAE holds mass trial as it steps up crackdown on dissent during COP28” https://www.ft.com/content/f9249386-fb39-4786-b43d-f27933475b87

原文はこちら:

COP28閉幕間近〜FoEインターナショナルによる記者会見〜

12月12日、COP28の閉幕を前に、FoEインターナショナルは記者会見を行いました。

議長は12日午前中の閉幕を目指していましたが、11日の夕方にグローバルストックテイク(GST)の新たな交渉文書がようやく出るなど、今も交渉が続いています。

FoEインターナショナルのSara Shawは、最新のGST交渉テキストについて化石燃料に関するパラグラフは非常に弱い内容にとどまっており、「排出対策の講じられていない石炭」に言及が絞られ、その他の化石燃料の廃止が含まれていないこと、再生可能エネルギーによる発電を3倍にする記述についてはよく見えるが、その実施の手段や支援について触れられていないこと、また再エネの需要拡大によって鉱物資源採掘に対するプレッシャーが強まることによる環境や住民への影響対策に触れられていないこと、原発やCCS、除去技術などが含まれていることの問題を指摘しました。これらの技術はむしろ気候変動対策を遅らせてしまいます。化石燃料のフェーズアウトが必要だが、誤った対策をフェーズイン(導入)すべきでないと強調しました。(化石燃料についてはこちらの記事も参照のこと)

また、パリ協定6条(炭素市場)についてあまり関心が集まっていないものの、カーボンオフセット事業が地域コミュニティや環境を破壊している事例がいくつもある中で、運用が開始されることに強い懸念を示しました。

FoEマレーシアのMeena Ramanは、多くの人がGSTのパラグラフ39(エネルギーに関する箇所)に注目をしているが、アメリカやノルウェー、カナダ、アンブレラグループ(日本が含まれる)EUが、1.5℃目標の維持や2050年までのネットゼロを訴える一方で、自国では化石燃料の利用や開発を推進して残されたカーボンバジェットを使い尽くそうとしていると指摘しました。そのような中で1.5℃達成というのは幻想であり、「共通だが差異ある責任」や歴史的責任に触れずにいるのは偽善であると強く非難しました。また、議長はこのCOPをゲームチェンジング(=流れを変えるような・革命的な)なCOPにしたいとしているが、ゲームプレイング(=ごまかしの)COPだとも強く非難しました。

途上国がNDCを実施するには5~11兆ドルが必要であると試算される中、化石燃料廃止や移行のための「手段」についての議論が欠けていること、資金目標の議論も来年に先送りされてしまっている状況を指摘し、先進国による途上国への資金支援が大幅に不足していることを強調しました。

今回のCOPでは、初日に「損失と被害」に関する基金の運用開始が合意されたことが注目されました。FoEバングラデシュのBareesh Chowdhuryは、前回のCOP27が「ロスダメ」COPと言われ、途上国が一丸となってロスダメ基金を求めたこと、そして今回のCOPで基金の運用が開始されたことは歴史的なステップであるものの、求められる資金額には到底足りていないことを指摘しました。そして、基金の運用にあたり、資金充填のプロセスが明確化されていないこと、誰が基金にアクセスできるのか、途上国が直接アクセスできるのかなど、課題や疑問も残されていますことに言及しました。また、今後短くとも4年は世界銀行が基金を受け入れることになっていますが、世界銀行が基金に強い影響を及ぼさず、独立した運用がなされるのか懸念が残ると指摘しました。

また適応について、適応世界目標に関する交渉が特にこのCOPの中でも苛立たしい交渉であったとコメントし、最新の交渉文書には共通だが差異ある責任や公平性、実施手段についての言及がないことを非難しました。

気候変動の影響が深刻になる中で、適応に対する資金ニーズと得られる資金のギャップはますます大きくなっています。

FoEナイジェリアのBabawale Obayanjuは、ジャスト・トランジション(公正な移行)について言及し、公正な移行に向けた作業計画に関する交渉の進捗を見れば、ナイジェリアや世界中の人々の生活への気候変動による影響の悪化を阻止するために必要な長期的な変革がもたらされないことは明らかだとコメントしました。また、化石燃料産業に従事する労働者のための公正な移行と、食料システム、エネルギーシステム、経済と社会全体の変革が必要であり、その移行によって現在のシステムが生み出しているのと同じ人権、搾取、環境問題が引き起こされないようにする必要があるとコメントしました。

また、先進国は、融資ではなく無償資金の形で、追加的な公的資金を提供することや、発展途上国の移行を支援するために必要な適切な技術移転を含む、公正な移行に向けた取り組みを主導すべきだ、と締めくくりました。

FoEインターナショナルのLise Massonは、FoEインターナショナルが中心的な価値観として据えている気候正義について改めて触れ、私たちが気候正義について語る時、それは公平性や歴史的責任を意味している。この先これ以上の採掘主義や気候植民地化が起きないことを求めていることを強調し、正義が大規模排出企業や富裕国によって踏みにじられてきたことからFoEインターナショナルとして、正義を求める声を繰り返したい、と強く訴えました。また、エネルギーの公正な移行は、労働者や大半を女性が占める無償ケア労働に従事する人々を中心において初めて公正なものとなり得えます。労働者の重要性について語るとき、この会場全体の建設に従事した強制労働について言及することを忘れてはならないともコメントしました。

最後にパレスチナについても触れ、COP28において、停戦を求める市民社会の声が取り締まられる状況を目の当たりにする中で、このように市民を沈黙させることは、世界的な傾向であることに懸念を示しました。停戦は、気候植民地主義を終わらせるための始まりに過ぎず、FoEグループが、ここCOPの会場においても、自分たちの国においても、そのような抑圧に屈するつもりはないことを表明しました。市民社会の連帯が今いっそう求められています。

(深草亜悠美・高橋英恵)

ドバイ会議終盤〜主要論点のゆくえ〜

12月8日、COP28議長は11日から始まる閣僚級会合に向けて、Majlis(マジリス)という単発の委員会を設立しました。Majlisでは、グローバルストックテイク、適応世界目標、公正な移行、そしてパリ協定第2条1項cなどの資金・実施手段の扱いといった、今回のCOP28 における主要な論点を網羅するパッケージを作成しています。

上述のような注目議題について、COP2週目開始時点では十分に議論しきれなかったということもあり、議長によって指名された交渉官の下、技術的な議論が継続されました。そして、12月8日から10日朝にかけて、グローバルストックテイク、適応世界目標、公正な移行などの決定文書案が第5回パリ協定締約国会合(CMA5)に送られましたが、交渉官レベルで合意がなされたわけではなく、政治的な交渉に委ねている箇所が多くあります。以下、それぞれの主要論点の状況です。

グローバルストックテイク

グローバルストックテイクでは、決定文書の中心に気候目標の野心(ambition)の強化を据えるのか、それとも公平性(equity)を中心に据えるのかで、先進国と途上国で意見の違いが見られています。

途上国は、コロナ禍による社会への影響や、債務問題に直面している中で、先進国による途上国支援の強化がなければ排出削減の強化は困難であると主張しています。また、途上国の一部は1.5度の気温上昇は時間の問題であるとみており、途上国自身が自国の緩和策に資源を投入するならば、適応対策や損失と被害への先進国からの支援は必須だと求めています。

途上国は、先進国による削減目標の強化、途上国への支援 – 特に適応対策支援は先進国の義務であると主張しています。しかし先進国は、削減強化における先進国と途上国の区別を拒否し、途上国への支援を、グローバルストックテイクの決定文書内で言及されることを拒否しています。

また、今回の議論の成果が新しい国別目標(NDC)策定のための単なる情報提供にとどまるのか、それとも、次のNDC策定のガイドラインとされるべきなのかということも、気候変動対策の強化にあたって重要な点です。そして、「共通だが差異ある責任(CBDR)」の原則が、今回のGSTの中に含まれることが重要であり、その原則を実現するためには、気候変動資金、緩和策の強化、適応策、そして、公平かつ迅速で十分な資金による化石燃料の段階的廃止(A fair, fast and funded fossil fuel phase out )が含まれることが重要です。

また、決定文書案には“unabated”の文言が複数出ています。しかし、 “unabated”という文言を入れることによって、CCSや水素、バイオマスなどが認められてしまいます(2023年12月7日ブログも参照)。

適応世界目標

適応世界目標について、異常気象、農業、食料、水問題への影響など、気候変動の影響のさらなる悪化から世界中の人々とコミュニティを守るためには、公平で資金の伴った適応対策が極めて重要です。

決定文書案では、途上国が求めてきた定量的指標は言及されているものの、具体的な指標とはなっていません。途上国は、適応世界目標の実施を確実なものとするためにも、気候の影響による被害を回避した人の割合などの具体的で計測可能な目標が必要であると主張しています。

適応のための資金についても、先進国への拠出の義務を呼びかける案が入りましたが、この文言については、閣僚級の会合での議論が予想されます。

公正な移行に向けた作業計画

公正な移行に向けた作業計画についての決定文書案の前文には、途上国が求める「共通だが差異ある責任」が書き込まれています。本文においても、スコープ(公正な移行の範囲)はエネルギー分野のみならず、社会経済的側面、労働力、そしてそのほかの分野も含まれる案が提出されています。

ただし、途上国が求めている技術移転の実施や移行に伴う資金については、現状、同作業計画の決定文書案の前文でその必要性が強調される程度にとどまっています。途上国や市民社会は、決定文書にて、公正な移行は国内での議論にとどまらず国際的な協力であるべきとして、実施手段の提供が決定されることを求めています。また、COP30の議長国となる予定のブラジルは、公正な移行に向けた作業計画は、南北の格差を無くしてより平等な社会を目指すための作業計画であるべきと主張しています。その他、今後のこの作業計画の立て付けなどについて、決定文書案では、この作業計画はパリ協定締約国会合への勧告を提出するに留まるとしていますが、決定文書本文にて言及される提出を求めています。

国際炭素取引制度

国際炭素取引制度について、パリ協定第6条2項の下で2国間の炭素市場メカニズムについて議論され、パリ協定第6条4項では、国連が管理する国際炭素取引制度が議論されています。6条4項で議論されている制度に関して結論は先送りとなると予想されています。第6条2項については、島嶼国グループやラテンアメリカのグループは、技術的な議論についてはより精査が必要であるとして、また欧州グループも技術的な問題点があるとして、COP29まで議論を継続することを求めています。環境社会配慮がなく不十分な状態であっても、日本は、2024年から6条2項目の事業を開始するべきと求めています。市民社会としては、そもそも国際炭素市場メカニズムは、根本的な排出削減に繋がらず、途上国での土地収奪や人権侵害や環境破壊、また排出の責任の転嫁につながるとして、反対しています。

損失と被害

COP28初日、損失と被害に関する基金(The Loss & Damage Funding Facility)の設立が合意されました。同基金については先進国の複数の締約国から7億ドル以上の誓約がありましたが[注1]、今回誓約された金額は、現状の気候変動による損失と被害額と比較すると(例えば2022年のパキスタンでの洪水での被害額及び復興にかかる額は30億米ドルと推計されている[注2])全く足りていません。

また、過去、緑気候基金(Green Climate Fund, GCF)において、先進国がプレッジした額よりも少ない額しか実際には拠出されていなかったということがあり[注3]、この損失と被害の基金に関しても同様のことが起きないよう注視が必要です。そして、合意された基金の文書においては、今後どのように定期的にこの損失と被害の基金に対して資金を補充していくかということは書かれておらず、これからも定期的に拠出があるよう監視していかなくてはいけません。

実際の基金の運用面に関しても、同基金は当面、世界銀行の下に置かれることになっています。決定文書においては、世界銀行による途上国への投融資に関する様々な要件が損失と被害対応を阻まないよう、世界銀行に対して条件を提示しています。世界銀行には、COP28閉会後6ヶ月以内に、提示された条件をどのように守るのかの計画を文書化・提出することが求められており、同計画が提出されなければ、独立した基金へと移行することとなっています。

懸念点はあるものの、この基金の設立は、非常に重要で歴史的な一歩です。

市民社会の動き

12月9日には「平和と人権尊重なくして気候正義は実現しない(There is no climate justice without peace and human rights)[注4]」として、気候正義とガザでの永遠停戦を求めるマーチが開催され、会場内の多くの市民社会が参加しました。

また、12月11日には、 “People’s Plenary”という、市民社会による全体会合を模したアクションも開催されました。パレスチナ市民、若者、労働団体、小農民、女性グループ、環境団体などの市民社会から、ガザでの永遠停戦や、脱化石燃料を伴う公正な移行、利益のためではなく人々のための気候変動対策、など気候正義の実現を求める力強いメッセージが響き渡りました。

世界での国家による極度の弾圧や戦禍は人々の間に分断をもたらしており、市民社会の中でも今回のドバイ会議の参加をめぐって議論がありました。それでも、COP28の現場では開催期間中、平和や人権、民主主義のために連帯の声をあげる人々の姿がありました。FoE Japanは、公正で平和な社会のために声をあげる市民社会とともに、交渉が気候正義に基づいた結果となることを求めます。

(髙橋英恵、小野寺ゆうり)

[注1] The Guardian “$700m pledged to loss and damage fund at Cop28 covers less than 0.2% needed”, 2023/12/6, https://www.theguardian.com/environment/2023/dec/06/700m-pledged-to-loss-and-damage-fund-cop28-covers-less-than-02-percent-needed

[注2] World Bank “Pakistan: Flood Damages and Economic Losses Over USD 30 billion and Reconstruction Needs Over USD 16 billion – New Assessment”, 2022/10/22, https://www.worldbank.org/en/news/press-release/2022/10/28/pakistan-flood-damages-and-economic-losses-over-usd-30-billion-and-reconstruction-needs-over-usd-16-billion-new-assessme

[注3] Climate Home News “Green Climate Fund ambition at risk after ‘disappointing’ pledges”, 2023/10/5, https://www.climatechangenews.com/2023/10/05/green-climate-fund-ambition-at-risk-after-disappointing-pledges/

[注4] Friends of the Earth Internationalでは、2023年12月8日、”Palestine is a cause of human rights and climate justice“を公表。

COP28「公正な移行」のゆくえ〜未来へ責任ある行動を選択できるか〜

今回のCOP28では、昨年の第4回パリ協定締約国会合[注1]にて設置が合意された、公正な移行に向けた作業計画(Work programme on Just Transition、 JTWP)についての交渉が進んでいます。

「公正な移行(Just Transition)」は、1970年代の米国での環境正義運動で言われはじめ、2009年のCOP15では、ITUC(国際労働組合総連合)は、気候変動に対応するための産業移行の中で労働者を支援し、彼らの権利を守ることを基にした概念を提唱してもいます。この概念の中には、温室効果ガスの排出が少なく平等で公平な社会、より人間らしい仕事や健全なコミュニティを創出していこうという考えも含まれており[注2]、パリ協定前文にも”Just Transition”は言及されています[注3]。

第4回パリ協定締約国会合(CMA4)の決定文書の中で締約国は、世界的な低炭素社会への移行は、持続可能な経済発展(SDGs)と貧困撲滅の機会でもあることを指摘しており、途上国は「公正かつ公平な移行に向けて、エネルギー、社会経済、労働力、その他の側面が含まれており、そのすべてが達成されなければならない」と強調しています。 また、その「移行においては、国が定めた開発優先事項に基づき、移行に伴う潜在的な影響を軽減するために社会的保護が含まれる」ものとしています。

何を決める?

JTWPは、途上国の長期的な経済移行に対し、国際的な支援を促進させるためのものです。今回のCOP28では、このJTWPの枠組みにおいて、来年以降具体的に「何を」「どれくらいの期間」「どのように議論するか」が決められます。

特に、スコープ(公正な移行の範囲)は大きな論点です。途上国は、公平性と「共通だが差異ある責任(CBDR-RC)」の観点から、持続可能な開発の 3 つの柱 (社会、経済、環境)を網羅し、社会全体と経済全体のアプローチを包含する広範かつ長期的な経済と社会の移行の取り組みであることを主張しています。一方、先進国はエネルギー産業に絞り、その移行の中で、労働力の公正な移行経路に焦点を当て、数年以下の短期で結論を出し作業計画を終えることを望んでいます。また、同作業計画の実施期間に関して、先進国は2〜4年間という期間で設けるべきとしていますが、途上国は期限は設けず継続的に議論すべきと主張しています。そのほか、作業計画の形式・制度的取り決めや、どのような成果物を求めるのか、条約下の他の枠組みとどのように関連させるか、などについても、途上国と先進国で大きな意見の相違が見られます。

気候正義の観点から

気候正義の実現を求める市民社会グループ(DCJ)は、公正な移行は、公平性や歴史的責任に基づいた、世界的な脱炭素社会への移行を目指すべきと主張しています。複数のCOP議題にまたがるエネルギーの移行の論点に関しては、化石燃料の段階的かつ公平な廃止、そして脱化石燃料の進展と併せて、再生可能エネルギーの導入を求めています。同時に、世界的な再生可能エネルギー拡大による鉱物資源収奪を防ぐために、鉱物資源採掘に対するガイドライン(影響軽減対策)を再エネ目標合意に含めること、途上国への資金技術支援を明記することを求めています。そして、この公正な移行に向けた作業計画は、先進国が主張する単なる意見交換や情報共有の場ではなく、具体的な行動につながる決定がなされることを期待しています。

交渉の外でも

12月4日[注4]には、「A Partnership to Support Women’s Economic Empowerment and Ensure A Gender-Responsive Just Transition([仮訳]女性のエンパワメントおよびジェンダーに対応した公正な移行に向けてのパートナーシップ)[注5]」が60か国以上の賛同の下、発表されました。

この新しいパートナーシップでは、COP25で決定されたジェンダー行動計画[注6]も踏まえ、公正な移行がジェンダー平等を促進させるものになるよう、(1)女性の教育・スキル・能力開発、(2)気候変動の影響を最も受けている地域へのより効果的な資金、(3)ジェンダー平等を実現するための質の高いデータの収集と分析、の3つの指針が示されており、COP31にてレビューがなされる予定です。 

今後の交渉の行方は

12月1日からこの交渉は始まっていますが、日に日に多くのオブザーバーが詰めかけ、関心が高まっている様子が見て取れます。交渉の場においては、先進国はより早く行動を始めることが重要で作業計画の議論も短期間にすべきで、情報共有の場に限定すべきと主張していますが、途上国は、公正な移行を実現するための能力や資金、技術が不十分な状況を訴え、世界的な公平性の実現も訴えています。

途上国グループは、私たちが20年から30年後にどのような世界を見たいか各自の個人的な信念に立ち返ってほしいと求め、未来に不平等を残すのではなく責任ある行動をしようと呼びかけました。

UNFCCCの根幹である「共通だが差異ある責任」を実現するための議論と決定が、このドバイ会議で求められています。

(髙橋英恵)

[注1] CMA/4, para 50-53; https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2022_10a01_adv.pdf

[注2] ITUCによる「公正な移行」の定義についてはこちらこちらを参照。またILOの定義はこちら

[注3] Paris Agreement 前文, “Taking into account the imperatives of a just transition of the workforce and the creation of decent work and quality jobs in accordance with nationally defined development priorities,” 

[注4] COP28議長国によって、12月4日はGender Equalityもテーマとなっている。

[注5] A Partnership to Support Women’s Economic Empowerment and Ensure A Gender-Responsive Just Transition; https://www.cop28.com/en/news/2023/12/COP28-launches-partnership-to-support-women-economic-empowerment

[注6] The Gender Action Plan; https://unfccc.int/topics/gender/workstreams/the-gender-action-plan