カルカシュー湖の漁業者を脅かすLNG開発ーアメリカ・メキシコ湾岸ガス開発現場視察報告(3)

アメリカ南東部に位置するメキシコ湾岸。その名の通り、海岸線はアメリカからメキシコへと伸び、湾を出るとキューバ、そしてカリブ海へと繋がっています。生物多様性豊かなテキサス州やルイジアナ州の沿岸地域は、近年巨大化するハリケーンの影響を顕著にうける地域であり、奴隷貿易や黒人奴隷が使役されていたプランテーションの中心地の一つでもありました。2023年10月末、アメリカのメキシコ湾岸周辺で急速にすすむ液化天然ガス(LNG)事業による地域への影響を知るために、FoEJapanはテキサス州とルイジアナ州を訪ねました。ブログシリーズの第三回目をお届けします。
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視察3日目、私たちはルイジアナ州に入りました。昨日、対岸から見たザビーンパスLNGの横を走り、湿地帯を通り抜けて東へと向かいます。

写真:ザビーンパスLNG付近にて。湿地が広がっている。

LNGターミナルは、港湾施設です。LNGは通常船で運ばれるため、ターミナルは海沿いに建設されます。

写真からもわかるように、ルイジアナ州南西部のLNG施設の周辺は豊かな湿地、そして海に囲まれています。この辺りに生息するアリゲーター(ワニ)は観光資源になっているようで、道すがらアリゲーターと触れ合うための施設もありました。ザビーンパスLNGはシェニエール・エナジーという企業が運営していますが、現地の人はバイユー(Bayou)と呼んでいます。シェニエールというのは湿地や沼を意味し、バイユーは、ルイジアナ周辺アメリカ南西部でゆっくりと流れる小川や湿地帯をさす言葉だそうです。

ザビーンパスを後にした私たちは、カルカシュー湖のあるキャメロンへと向かいます。

キャメロンでは、Better Bayouという団体の代表であるジェームズ・ハイアットさんはじめ、ルイジアナ・バケットブリゲード、シエラクラブのメンバーなどが迎えてくれました。

ジョン・アレアさんという方の土地にお邪魔し(アレアさんは当日不在でしたが快く訪問を受け入れてくれました)、みなさんの話を伺いました。

アレアさんは、長年ルイジアナの沿岸に住まわれている方で、普段この土地でバードウォッチングなどをして過ごしているそうです。不在のアレアさんにかわり、ハイアットさんが、この湿地がたくさんの生き物の住処となっていることを説明してくれました。

写真:アレアさんの土地で。LNGターミナルが目の前にみえる。夜間もフレアリング(ガスを焼却処分すること)が行われ、とても明るいという。

午後には、地元の漁師であるトラヴィス・ダーダーさんの船に乗って、カルカシュー湖の湖上からLNG施設を視察しました。

写真:トラヴィス・ダーダーさん。漁師。エビ漁を生活の糧としている。

ダーダーさんによると、カルカシューパスLNGが2022年に稼働を開始してからというもの、エビの漁獲量が激減したそうです。たくさんの船が行き交うので、カニのための罠も壊れてしまうそうです。ハイアットさんによると、地元の漁業者は昨年までと比べ、漁獲高が9割も減少したと話しているとのことでした。

ダーダーさんは、LNG施設のすぐ近くに住んでおり、建設作業時には家にその振動が伝わってくると言います。カルカシューパスLNGの横にはCP2という新たなLNG事業計画が進んでいます。ダーダーさんは「LNGプラントが全て立つ頃には魚がいなくなっているだろう。もしLNG事業がそんなにいいものなのなら、なぜ漁業は衰退し、(LNG企業の)重役ばかり金持ちになるのか?」とLNG開発を非難します。

カルカシュー湖周辺ではカルカシューパスLNGとキャメロンLNGがすでに運転していますが、それ以外に既存のカルカシューパスLNGの近くにCP2、コモンウェルスLNG、そして湖の北側にドリフトウッドLNG、レイクチャールズLNG、マグノリアLNGなどの建設・計画が進んでいます。キャメロンLNGは、拡張計画が進んでおり、日本の公的金融機関である日本貿易保険が拡張事業への付保を検討しています。

表:カルカシュー湖周辺のLNG事業

事業名ステータス事業者主な日本の関わり
キャメロン稼働中センプラ三菱商事などが出資JBICによる融資支援
カルカシューパス稼働中(コミッショニング中)ベンチャーグローバルJERAがLNGの購買契約
CP2審査中ベンチャーグローバルJERAがLNGの購買契約
コモンウェルス許可取得=延期コモンウェルスLNG
ドリフトウッド許可取得済テルリアン
マグノリア許可取得=延期マグノリアLNG
レイクチャールズ許可取得=再申請エナジートランスファーSMBCがフィナンシャルアドバイザー

図:メキシコ湾岸で進むLNG建設。青=稼働中、緑=建設中、黄色=許認可、オレンジ=審査中、*=拡張計画あり(出典:グリーンピース

カルカシューパスLNGは2022年に稼働を開始しました。ルイジアナ・バケットブリゲードのモニタリングレポートによると、稼働する181日のうち、71日はフレアリングが行われ、その後ベンチャーグローバル社自らが報告した分も足し合わせると、181日中115日フレアリングが行われていたことがわかりました。実に稼働期間の63%にあたります。環境影響評価ではフレアリングはこのように頻繁に行われる想定ではなかったとのこと。

全米で第4位の輸出容量(14.5mtpa)を誇るキャメロンLNGは2019年にLNG輸出を開始しました。ルイジアナ・バケットブリゲードの調査によると、稼働を開始して以来、2023年1月までの時点で既に67回、つまり月に2度もの漏出事故を起こしていています。これらの事故のうち48件は、熱酸化装置のトリップが原因で、事故はいずれもメタン、揮発性有機化合物、がん発症を誘発するベンゼン、その他の有害汚染物質の漏出につながっていました。ルイジアナ州の規制当局が2度調査を実施し、キャメロンLNGが大気汚染に関する許可証に違反したという結論が出されましたが、なんの罰金も課せられていません。

ダーダーさんの船で航行する間、船の横には数多くのペリカンが飛び交い、イルカたちが自由に泳いでいました。

写真:カルカシュー湖のイルカたち。たくさんのイルカが群れをなして泳いでいた。

ハイアットさんは「湿地は食料品店のようなものです。何世代にもわたって私たちに恵みをもたらしてきたのです。しかし私たち人間は絶え間なく汚染を続け、終わりがないかのように採掘や搾取を続けていますが、それを続けていくことはできません。人々ではなく、利益だけを追求したら何が起きるでしょうか。私たちが化石燃料に対する依存を断ち切れないことで将来子どもたちに降りかかる重荷について考えています。」と話してくれました。

日本の官民はアメリカでのLNG開発に多額の資金を投じています。

一方、2023年1月26日、米バイデン政権が化石燃料の一種である液化天然ガスについて輸出許可申請がされている事業に対する許認可の判断を一時停止すると発表しました(参照:FoE Japanブログ「バイデン政権によるLNG輸出許可一時停止の意味とは」)。その間に認可の際の判断基準の改訂をするとしています。気候危機を食い止め、環境や地元の人々への影響を考えると、バイデン政権は正しい第一歩を踏み出したと言えます。しかし日本政府は日本のエネルギー安全保障が脅かされることを懸念しています。

一方で、現在の第6次エネルギー基本計画においては、2030年のエネルギーミックスにおけるガスの割合を2019年の37%から20%に減少させるとしています。バイデン政権の決定は、すでに許認可を得ているLNG事業には影響がないため、短期的には日本へのLNG供給に影響はないと見られています。したがって、今回の決定が短期的に日本のエネルギー安全保障を脅かすとは言い難い状況です。

長期的に見ても、気候危機回避のためには、ガスを含む全ての化石燃料からの脱却が必要とされています。世界の平均気温の上昇を1.5℃以下に抑えるというパリ協定の目標の達成のためにも、地域の人々の綺麗な空気への権利を守るためにも、今、エネルギー転換を考えなければなりません。

(深草亜悠美)

バイデン政権によるLNG輸出許可一時停止の意味とは

2023年1月26日、米バイデン政権が化石燃料の一種である液化天然ガスについて輸出許可申請がされている事業に対する許認可の判断を一時停止すると発表しました。その間に認可の際の判断基準の改訂をするとしています。その背景には深刻化する気候変動の影響があるといいます。しかし日本ではあまり報道、解説がなされていないので、今回のブログではそれについて簡単に紹介したいと思います。

LNGは温室効果ガスを大量に排出する化石燃料

昨年末にドバイで開催されたCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)では「化石燃料からの移行(transition away from fossil fuel)」が合意され、世界規模での脱化石燃料の機運は今までにないほど高まっています。

今回のバイデン政権による決定はLNGについてですが、このLNGも温室効果ガスを大量に排出するため今後は使用を減らさなければならない化石燃料の一つです。

時折(特に化石燃料業界からですが)「ガスは石炭よりもクリーン」などという言説が聞かれますが、これは大きな語弊があります。LNGはガスを掘削した後、液化してガスタンカーに積載し、再びガス化して火力発電所で燃やす、という行程を経ますが、この行程全体で多くのエネルギーを消費し、温室効果ガスを排出します。石油やガスの採掘の際に、メタンが漏れ出ることをメタン漏れ(リーク)と言いますが、漏出の量が想定されている以上であることを指摘する研究もあります。

そもそも気候変動による壊滅的な影響を避けるための1.5℃目標を達成するためには、急速に化石燃料の利用を削減する必要があり、石炭及びガスといった化石燃料を新規に開発する余裕はありません。ガスは気候変動の解決策にならないという点についてはFoE Japanでもこちらのページや下のインスタグラム動画でも紹介しています。

大規模な化石燃料事業に許可を出す問題点は米国の若者の間でも共有されており、バイデン政権がアラスカの石油掘削事業に許可を出した際には大きな反発がありました。AP通信は、今回の決定は今年11月の大統領選挙を見据えたものとし、今回の決定で支持基盤である若者を取り戻したいという思惑を指摘しています

アメリカは世界最大の輸出大国

さて、そんなLNGをアメリカが輸出許可を停止しても、アメリカからのLNG輸出量が世界全体で見て大したことなければあまり大きなニュースにはなりません。

しかしアメリカは世界最大のLNG輸出大国なのです。2023年上半期、アメリカはオーストラリア、カタールといった国々よりも多くのLNGを輸出し、輸出量で世界1位でした。

さらに下図を見てもらうとわかるように、アメリカは計画中のLNG輸出インフラの規模において世界でも群を抜いています(棒グラフの一番上がアメリカ)。世界中で新規に計画されているLNG輸出インフラ建設事業のうち、輸出キャパシティで実に36%、数にして156事業のうち58事業がアメリカで計画されています。

世界のLNGマーケットにおけるアメリカの大きな役割が故に、今回のバイデン政権の決定も非常に重大なものと言えます。特に今回の決定は今後のLNG輸出の許認可の基準を改めるということで、基準の改定結果によっては下図の紺色、大量の計画中の事業の見通しにも大きな影響を与えます。政権が言うようにコミュニティや環境に対する悪影響がきちんと評価されるようになれば、これらの事業に対し輸出許可を出さないということもありえるかもしれません。

図1:世界各国のLNGの輸出キャパシティ
(出典:Global Energy Monitor(データ)、CarbonBrief(グラフ))

ちなみに、今回の決定は欧州や日本などアメリカの同盟国へのエネルギー供給に支障をきたし、エネルギー安全保障を脆弱にさせるという議論もありますが、事実とは異なります。

今回の決定はすでに建設中(上のグラフだと水色の部分)のLNG輸出施設とは関係ありません。これらの施設はすでに許認可を得ているためです。そしてこのすでに建設中のインフラが稼働するだけで、アメリカのLNG輸出キャパシティはほぼ2倍になります。そして日本、欧州での今後のLNGの需要は再生可能エネルギー利用拡大によって減少すると予測されています。実際日本のLNG輸入量は2014年を境に毎年4%減少しており、現在の第6次エネルギー基本計画においても、2030年にはエネルギーミックスにおけるガスの割合を2019年の37%から20%に減少させるとしています。つまりただでさえ増加するアメリカのLNG輸出に加え、日欧ではLNG需要が低下するため、自国への供給やエネルギー安全保障を心配する必要はないでしょう。

実際、今回の決定の直前、欧州の議員やとアジアの市民からバイデン政権へ公開書簡が送られ、どちらもLNGを必要としていないとはっきり言及しました。

ちなみに、アメリカで現在建設中の輸出ターミナルから輸出されるLNGの3分の2は欧州やアジアの消費者ではなくガスをトレードする企業が購入するとされており、現在進行中のLNGインフラの拡大はエネルギー安全保障よりもガストレーダーの利益のためであると言えます。この観点からも、LNG拡大は不必要であることがわかります。

輸入するだけではない?日本と米LNG輸出の関係

さて、日本はアメリカからLNGを輸入していますが、日本と米LNGとの関係はこれだけではありません。日本の政府、銀行、企業はアメリカでのLNGインフラ開発に多額の資金支援をしているのです。米環境保護団体Sierra Clubのデータによれば、米LNG事業への資金支援合計約1910億米ドルのうち、約441億米ドルが日本の金融機関によるもので、これは全体の約23%にあたります。事業数で見ると、ファイナンスの契約が既に存在する18のLNG事業のうち、15の事業に日本のファイナンスが多かれ少なかれ関与しており、特に関与の大きい事業は以下の2つになります。

フリーポートLNGターミナル(テキサス州):日本の公的金融機関である国際協力銀行(JBIC)から26億米ドルの融資、日本貿易保険(NEXI)から11.5億米ドル分の保険が付与されている。JERA、大阪ガス子会社が出資。MUFG(24億米ドル)、みずほ銀行(20億米ドル)、SMBC(19億米ドル)なども融資。

キャメロンLNGターミナル(ルイジアナ州):フェーズ1に対してはJBICから25億米ドル融資、NEXIから20億米ドル分の保険。三菱商事、日本郵船、三井物産が出資。SMBC(15億米ドル)、MUFG(13億米ドル)、みずほ銀行(10億米ドル)などが融資。NEXIが現在、キャメロンLNGターミナル拡張(フェーズ2)への支援を検討中。

このように、アメリカにおけるLNG開発は、アメリカの意向だけでなく、日本政府や金融機関の支援によって可能となっています。それはすなわち、アメリカでのLNG開発によって悪化する気候変動だけでなく、それによって引き起こされる現地コミュニティへの悪影響にも日本人の私たちが間接的に関与しているということになります。

米LNG開発によるコミュニティへのインパクト

FoE Japanは昨年(2023年)11月、アメリカにおけるLNG開発の中心地であるテキサス州及びルイジアナ州のメキシコ湾沿岸でのガス事業地を視察し、コミュニティへの悪影響について聞き取り調査をしました。詳しい報告は次回になりますが、ここでは簡単に悪影響について紹介したいと思います。

読者の皆さんは、液化天然ガスと聞いてどのような印象をお持ちでしょうか。大きな白い球体の中に入っていて、人体には危害がない、というイメージを持っている方も多いかと思います。しかし実際は大気中に有害物質を大量に出し、周りに住む住民の健康被害を引き起こしています。LNG施設は輸出に至るプロセスで二酸化硫黄(喘鳴、息切れ、胸部圧迫感を引き起こす)、すす(喘息や心臓発作)、一酸化炭素(臓器や組織にダメージを与える)を排出します。

実際、米ルイジアナ州のニューオーリンズ近辺からバトン・ルージュへ連なる地域一体は「がん回廊(Cancer Allay)」と呼ばれており、既存の石油化学産業や化石燃料産業の累積影響がある中で新規LNG事業がさらに汚染を悪化させ、この地域はがんの罹患者数が非常に高くなっています。米国環境保護庁(Environmental Protection Agency)によると、がん回廊のほとんど全ての国勢調査区が、アメリカ全土でがんを罹患するリスクが最も高いトップ5%に入っています。下の地図はアメリカ全土のがん罹患リスクを色で表したものですが、がん回廊が濃い青、すなわちがん罹患リスクが最も高いということが鮮明に見てとれます。

また、がん回廊の住民は化石燃料産業と石油化学産業からの有害物質の排出により、多くの人が慢性喘息、気管支炎、咳、小児喘息、持続性副鼻腔感染症などを患っています。さらに研究によれば、がん回廊の多くの地域を含む、ルイジアナ州で最も大気汚染がひどい地域に住む人々の低体重児出生率は27%と高く、州平均(11.3%)の2倍以上、米国平均(8.5%)の3倍以上でした。

アメリカ全土のがん罹患リスクを表した地図(出典:アメリカ環境保護庁)

がん回廊に程近いカルカシュー湖は日本の官民が資金支援するキャメロンLNGターミナルの他にも、カルカシュー・パスLNGターミナルやその他石油化学産業の集積地となっており、ここでも深刻な健康被害が見受けられました。

FoE Japanスタッフが訪れた際にこの地域を案内してくれたロシェッタ・オゼーンさんには6人の子供がいますが、彼らも皮膚の病気、喘息に苦しんでいます。子供が通う学校では、がんで亡くなってしまった子供もいるそうです。

子供が通う学校のソフトボール場に立つオゼーンさん。
すぐ近くに石油化学施設があり、排出される有害物質を毎日吸わされているという。

また、LNG産業は地元の漁業にも壊滅的な影響を与えています。カルカシュー湖はエビや牡蠣といった海産物が豊富な土地でしたが、LNGターミナルができて船の往来が増えたことや有害物質の排出で、漁獲量が減っていると言います。現地の活動家ジェームズ・ハイアットさんは、エビの漁獲量は毎年約32万キログラム(70万ポンド)獲れていたものの今シーズンは約2.2万キログラム(5万ポンド)しか獲れず、90%以上も漁獲高が落ちていると話してくれました。

ジェームズ・ハイアットさん

ハイアットさんは日本人である私たちに対して「私たちは皆気候変動という同じ問題に直面している」とした上で、こう語ります。「日本の政府、銀行は化石燃料への資金支援を、私たちのコミュニティの破壊に資金支援するのをやめるべきです。LNGはグリーンでも、クリーンでもありません。」

(長田大輝)

ベトナム木質ペレットのFSC認証偽装、全貌の解明に向けた調査始まる。最大の輸出先は日本。

2022年秋、ベトナムの木質ペレット大手のAn Viet Phat Energy (AVP) 社を含む2社が、FSC認証を偽装したことが発覚し、FSCから排除されるという事件が起きました。AVP社のペレットは、三井商事、伊藤忠商事、JFE商事との取引きによりバイオマス発電の燃料に使われていたことが東洋経済新報社の取材で明らかになっています。FSCは国際的に有名な森林認証制度で、ベトナムのFSC認証木質ペレットの最大の輸出先は日本です。日本のFIT制度では、木質バイオマス燃料の持続可能性・合法性を確認する方法の一つとして、森林認証制度が利用されています。日本は、2022年に約440万トンの木質ペレットを輸入しており、そのうち半分以上にあたる約240万トンがベトナムから輸出されたものでした。また、FSCの調査では、FSC管理木材*1を購入した日本企業が、認証を取得していない別の日本企業に販売していたことも分かり、このことはFSCの規則に反する行為が広がっている可能性を示唆するとして懸念されています。FSCは過去の取引をさらに検証する調査を実施する予定です。

*1 管理木材についてはこちら→ FSCジャパンHP「管理木材」 https://jp.fsc.org/jp-ja/Controlled_Wood

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日本が議長国 今年のG7で何が決まった?現場からの報告と世界の市民の声

2023年5月19日から21日にわたり、日本を議長国として広島でG7首脳会合が開催されました。首脳会合ではウクライナのゼレンスキー大統領の訪日などが大きな話題になりましたが、気候変動・エネルギー問題についてはどのような議論があったのでしょうか。今回の記事では、気候科学や化石燃料ファイナンスの観点でG7各国に求められていることについて概観しつつ、成果文書である首脳コミュニケの内容について見ていきます。

最新の気候科学とG7に求められていること

2023年3月、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新の統合報告書が発表され、改めて気候変動を食い止めるために必要な行動とその緊急性が確認されました。報告書は、「すべての人にとって生存可能で、持続可能な未来を確保するために残された時間は、急速に短くなっており…今後10年間に実施される選択と行動は、現在、そして何千年にもわたって影響を及ぼす(SPM C1)」と述べています。その上で、気温上昇を産業革命以前と比較して1.5℃以下に(50%の確率で)抑えるには、2030年にはGHG(温室効果ガス)排出量を2019年比で43%削減する必要があり、2035年には60%削減する必要があるとしています(Box SPM 1)。

また、統合報告書では、化石燃料についても従来のIPCCの見解を再確認しています。特に重要なのは、「排出削減対策が講じられていない既存の化石燃料インフラから、1.5℃の温度上昇につながる残余カーボンバジェットを超える量の二酸化炭素が排出されると試算されている(SPM B.5)」という点です。これは、温暖化を1.5℃以下に抑えるためには新規の化石燃料インフラを建設することは許されず、既存のインフラも利用を停止していく必要があることを示唆しています。従ってG7各国も、新規化石燃料事業に対する経済支援を停止する必要があるでしょう。

広島でのアクション(©︎350.org Japan)

G7の化石燃料依存

気候変動を引き起こしてきたというG7の責任は重大です。日本をはじめとするG7諸国は、化石燃料に多くの資金を投じ、結果として大量の温室効果ガスが排出されています。気候変動対策の緊急性と必要性が叫ばれる今でも、化石燃料開発に対するG7による新規支援は止まっていないのです。

Oil Change Internationalが発表した報告書によれば、2020年から2022年の間のG7各国による化石燃料への公的資金支援は730億米ドルに及び、同時期のクリーンエネルギーへの投資(286億米ドル)の2.6倍にもなります。

G7の中でも日本の化石燃料への資金支援額は非常に大きいものとなっています。同レポートによれば、G7の中で化石燃料への投融資額が最も大きかったのは日本とカナダです。しかしカナダは2022年末までに海外の化石燃料事業への資金支援を、2023年末には国内向けの補助金を終えると約束しているため、近いうちに日本が1位になるとみられています。

問題は、化石燃料に対する支援だけではありません。日本政府が国策として推し進めているGX(グリーントランスフォーメーション)やAZEC(アジアゼロエミッション共同体)といった経済戦略では、ガス開発を進めるだけでなく、水素・アンモニア混焼やCCS(炭素回収・貯留技術)などいわゆる「誤った気候変動対策」に大規模投資し、それをアジアなど海外に売り込もうとしています。これはアジア全体の脱炭素と気候変動対策を遅らせる戦略として、日本以外のG7諸国やグローバルサウス等から大きな反発を招いています。ではなぜ、ガス、水素・アンモニア、CCSは「誤った気候変動対策」で、気候変動対策を遅らせてしまうのでしょうか。

日本政府は石炭から再生可能エネルギーへの移行に必要な「繋ぎの燃料」としてガスを位置づけ、その必要性を訴えています。しかし、FoE Japanが以前こちらのページでまとめたように、そもそも1.5℃に温暖化を抑えるために私たちが排出できる温室効果ガスの量は非常に小さく、「繋ぎ」として新しいガス関連施設をつくる余裕はありません。例えガスが石炭よりも排出量が低くとも、1.5℃目標に向けて化石燃料利用を減らさなければならない以上、ガスはもうこれ以上推進できないのです。

オーストラリア、メルボルンでのアクション

また、水素・アンモニアは燃焼時に二酸化炭素を排出しないためそれを火力発電所で燃やすことで「脱炭素火力」が実現できると日本政府は喧伝していますが、これも間違いです。水素、アンモニアは大部分が化石燃料由来で、製造時に大量の二酸化炭素が排出されます(詳しくは、こちらのリーフレットをご参照ください)。これではたとえ燃焼時に排出がなくとも、結局二酸化炭素が排出されることになり、気候変動対策になりえません。さらに、アンモニア混焼はPM2.5の排出量を増加させ、健康被害が増加することも懸念されます。ヘルシンキに拠点を置く独立系研究機関、エネルギー・クリーンエアー研究センター(CREA)の最新の研究報告書によれば、20%の混焼でPM2.5の排出量は67%増加します。混焼率20%は碧南火力発電所で既に2023年に達成が予定されています。同報告書によれば、日本で数千人もの早期死亡の原因とされている大気汚染物質であるPM2.5排出が大量に増加することが懸念されます。

水素・アンモニア混焼と同様に、CCSも技術的にもコスト的にも大きな問題があり、気候変動対策として期待できません。現在発電事業として稼働しているCCSは世界でカナダのバウンダリーダム火力発電所のみしかなく[注1]、そこでさえ二酸化炭素回収率は6割に留まるという状況で、排出量削減という面からも問題です。

ウクライナ、キエフでのアクション

前述したように日本政府はこれらの「誤った気候変動対策」で「脱炭素火力」を実現すると主張して、これらの技術をガス火力発電所やガスターミナルなど化石燃料インフラと一緒にアジア各国に売り込んでいます。JICAの支援でインドネシア、バングラデシュなどのエネルギー基本計画等を作成し、その中に石炭火力におけるアンモニア混焼などを入れ込み、「誤った気候変動対策」を売り込もうとしています。しかしそれによって得するのは日本の商社や電力会社など一部の大企業のみで、現地の発電所近辺に住むコミュニティや気候変動による損失と損害を被る世界中の市民が苦しむことになります。

気候変動対策に真っ向から逆行する日本の対外的なエネルギー分野での支援は、アメリカイギリス、カナダなどG6(日本を除いたG7各国)のみならずアジア各国をはじめとしたグローバルサウスなど世界中から反発の声が上がっており、今回のG7広島サミットを機になんと世界22カ国で60以上の抗議活動が実施されました(本記事の各写真参照)。

東京でのアクション

今年のG7の焦点

では、気候・エネルギー問題に関して今年のG7は何が焦点だったのでしょうか。昨年の2022年G7エルマウサミットでは気候変動対策に関して大きく3つの進展があり、2023年はこれらの合意をさらに強化することが期待されました。

2022年の合意の重要な成果の一つ目は、「国内の排出削減対策が講じられていない石炭火力発電のフェーズアウトを加速するという目標に向けた、具体的かつ適時の取組を重点的に行うことにコミットする」として、国内の石炭火力の段階的廃止に合意したことです。このコミットメントをさらに強化させるため、第一に石炭火力発電フェーズアウトの具体的な年限を明示すること、第二に石炭だけでなくガスも含めた化石燃料全般からのフェーズアウトへのコミットメントを示すことが今回のG7サミットで期待されました。

2022年の合意の成果二点目は、「2035年までに電力部門の完全または大部分(predominantly)の脱炭素化」に合意したことです。これはIEA(国際エネルギー機関)が発表した2050年ネットゼロシナリオ[注2]に沿ったもので、そのシナリオでは2030年に石炭火力発電が0%、2035年にガスが2%以下とされています。日本は「大部分」とは50%以上を意味すると解釈していますが、これはIEAなど世界の共通認識とは明らかにかけ離れています。ちなみにこのIEAシナリオやClimate Analyticsによると、日本など先進国は石炭火力発電を2030年までにフェーズアウトすることが求められており、前述した石炭火力発電フェーズアウトの年限の目安とされています。

2022年の合意の成果の三点目は、「1.5℃の気温上昇に抑えることやパリ協定の目標に合致する、各国が明確に定義した限られた状況を除いて、2022年末までに国際的に排出削減対策がとられていない(unabated)化石燃料電力部門への新たな直接公的支援を終了する」ことに合意しました。大雑把に言えば、いくつか条件がついているものの海外の化石燃料事業への公的な資金支援を2022年末に終えることに合意したということです。これは歴史的にG7が化石燃料に対し多額の資金支援をしている点を鑑みると、非常に重要な合意であることがわかります。

2022年のG7首脳会合は以上のように、いくつかの進展がありました。今回のG7会合では、これらの進展をどのように強化するのかが問われていました。また、水素、アンモニアの扱いも注目されました。日本は前述したように脱炭素火力として水素・アンモニア混焼を推進しています。日本政府はG7を通じてこれらの技術や自らのGXを世界に認めてもらうべく、文言に混焼を盛り込ませる方針でした。脱炭素を遅らせかねないこの混焼技術に対して厳しい文言が含まれるかが、今回のG7の追加の焦点でした。

インド、コルカタでのアクション

G7コミュニケのキーポイント

さて、以上の背景説明を踏まえ、今年のG7サミットの成果文書である首脳コミュニケの内容を見ていきましょう。コミュニケでは前述のIPCCの報告を踏まえ、「世界のGHG排出量を2019年比で2030年までに約43%、2035年までに約60%削減することの緊急性(政府仮訳、パラグラフ18)」が強調されました。この削減目標を達成するため、以降で具体的な行動について触れています。

1)化石燃料フェーズアウト

まず今年のG7コミュニケの重要な成果は、「遅くとも2050年までにエネルギー・システムにおけるネット・ゼロを達成するために、排出削減対策が講じられていない化石燃料のフェーズアウトを加速させるという我々のコミットメントを強調(政府仮訳、パラグラフ26)」するとして、化石燃料フェーズアウトに合意したことです。この「フェーズアウト」という文言に対して、日本はドラフトの段階から反対していましたが、イギリス、ドイツ、フランスの推しがあり最終文言に残されたとFinancial Timesが報じています。G7で化石燃料フェーズアウトの合意がなされたことで、今年の年末に開催される気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)においても同様のコミットメントがなされることが期待されます。

2)石炭の具体的なフェーズアウト年限

先進国は2030年までの石炭火力発電段階的廃止が求められており、G7でもそのようなコミットメントが期待されていましたが、残念ながらその文言は盛り込まれませんでした。

パキスタンでのアクション

3)化石燃料への国際的な資金支援終了

今年のG7首脳コミュニケでは「..排出削減対策が講じられていない国際的な化石燃料エネルギー部門への新規の公的直接支援を、2022年までに終了したことを強調する」という文言が盛り込まれました。

しかし日本は未だに海外の新規化石燃料事業に対する支援を実施しています。日本の公的金融機関である国際協力銀行(JBIC)は、今年3月にもウズベキスタン共和国シルダリアII天然ガス焚複合火力発電事業に対する貸付契約を締結しました。新規のガス火力発電事業である以上、当事業は明らかに1.5℃目標に整合していません。

一方で、元々2022年のコミュニケの文章には抜け穴があることも指摘できます。例えば「排出削減対策が講じられていない(unabated)」という部分。IPCCでは「排出削減対策が講じられていない化石燃料」とは、「ライフサイクルを通じて排出されるGHGの量を大幅に削減する措置をとらずに生産・使用される化石燃料」を指すとし、例えば、「発電所から90%以上のCO2を回収したり、エネルギー供給から排出されるメタンガスの50~80%を回収するなど(IPCC AR6 SYR SPM, 脚注 51, 筆者訳」と明記していますが、G7首脳コミュニケでは明確な定義がされていません。それゆえ日本などが火力発電所に水素・アンモニア混焼やCCSを導入することで「排出削減対策が講じられた」とみて公的支援をする可能性を残しており、今後定義が明確化されることが望まれます。しかしそもそも、排出削減対策が講じられている、講じられていないに関わらず、新規の化石燃料事業は1.5℃目標に整合していないので、そのような事業に対する資金支援は認められません。

台湾、台南でのアクション

4)水素・アンモニア混焼の位置付け

日本は火力発電への水素・アンモニアの混焼を強く主張しましたが、コミュニケでは排出削減が難しいセクターにおいて使用されるべきとされ、日本の期待したような文言とはなりませんでした。水素・アンモニア混焼は、先述したように排出削減にならないため国際的にも懐疑的な意見が多く、アメリカのケリー特使も「長期的な脱炭素を遅らせる」として懸念を示し、イギリスとカナダの閣僚も反対を示していました

実際、首脳コミュニケでは、「低炭素及び再生可能エネルギー由来の水素並びにアンモニアなどのその派生物は、摂氏1.5度への道筋と整合する場合、産業及び運輸といった特に排出削減が困難 なセクターにおいて、セクター及び産業全体の脱炭素化を進めるための効果的な排出削減ツールとして効果的な場合に、温室効果ガスであるN2Oと大気汚染物質であるNOxを回避しつつ、開発・使用されるべきであることを認識する(政府仮訳、パラグラフ25)」とされ、エネルギーセクターの利用については、「摂氏1.5度への道筋及び2035年までの電力セクター の完全又は大宗の脱炭素化という我々の全体的な目標と一致する場合、ゼロ・エミッション火力発電に向けて取り組むために、電力セクターで低炭素及び再生可能エネルギー由来の水素並びにその派生物の使用を検討している国があることにも留意する(政府仮訳、パラグラフ25)」と述べられるにとどまり、水素・アンモニアをエネルギーセクターで積極利用することに関してG7としての合意は得られなかったことがわかります。

スリランカ、コロンボでのアクション

5)ガス投資

ガス部門への公的支援については、今回のG7サミットは後退したと言えます。首脳コミュニケでは「液化天然ガス(LNG)の供給の増加が果たすことのできる重要な役割を強調するとともに、ガス部門への投資が、現下の危機及びこの危機により引き起こされ得る将来的なガス市場の不足に対応するために、適切であり得ることを認識する(政府仮訳、パラグラフ26)」とし、地政学的な理由でガス部門への投資をする余地を残しました。ただしここで、「ロシアのエネルギーへの依存のフェーズアウトを加速していくという例外的な状況において、明確に規定される国の状況に応じて、例えば低炭素及び再生可能エネルギー由来の水素の開発のための国家戦略にプロジェクトが統合されることを確保すること等により、ロックイン効果[注3]を創出することなく、我々の気候目標と合致した形で実施されるならば、ガス部門への公的に支援された投資は、一時的な対応として適切であり得る(政府仮訳、パラグラフ26)」という条件がつけられています。ロシアから天然ガスを輸入してきたドイツなど欧州諸国がガスの他の供給源を探している現状を踏まえ、それをあくまで一時的であるとしています。

6)再生可能エネルギー導入目標

今回のG7サミットでは、初めて再エネ導入目標が示されました。首脳コミュニケでは「G7は、2030年までに洋上風力の容量を各国の既存目標に基づき合計で150GW増加させ、太陽光 発電の容量を、各国の既存目標や政策措置の手段を通じて、IEAや国際再生可能エネ ルギー機関(IRENA)で推計された2030年までに合計で1TW以上に増加させることも含め、再生可能エネルギーの世界的な導入拡大及びコスト引下げに貢献する(政府仮訳、パラグラフ25)」と記載されています。日本政府はこの合意を踏まえ、風力発電と太陽光発電の導入目標の引き上げを検討するべきです。

7)原子力発電について

首脳コミュニケでは、「原子力エネルギーの使用を選択した諸国は、原子力エネルギー、原子力科学及び原子力技術の利用が、低廉な低炭素のエネルギーを提供することに貢献することを認識する」という原子力発電に対して好意的な文言が盛り込まれましたが、これは大きな誤りです。

この10年、再生可能エネルギーのコストは劇的に下がり、原発のコストは上昇し続けており、今や原発は最も高い電源となっているため、原子力発電は「低廉」であるとは言えません。また、ウラン採掘から、燃料製造、運転、廃炉、核燃料の処分に至るまで、放射性物質で環境を汚染し、人権侵害をひきおこすだけでなく、トラブルや事故、放射能汚染、何万年も保管を要する核のごみといった原発のリスクやコストを考慮すると、気候変動の解決策にすべきものではありません。

なお、日本政府は、コミュニケに盛り込む文言の主語を「我々は」としたかったようですが、脱原発を達成したドイツやイタリアが難色を示し、上記のような限定的な主語にしかできなかったと報じられています

フィリピン、マニラでのアクション

まとめ

G7各国が気候変動対策のためにできることがたくさんあります。石炭火力発電からのフェーズアウト年限を決めてそこに向けて具体的な廃止計画を定め実践すること、排出削減対策が講じられているか否かに関わらず海外化石燃料事業に対する資金支援を終了すること、そして水素・アンモニア、CCS、原発など誤った気候変動対策の推進をやめ、徹底的な省エネと再生可能エネルギーの促進など真の気候変動対策を推進すること。G7各国、特に日本は世界中で実施された抗議活動で明らかになった市民の声に耳を傾け、以上のような気候変動対策を真摯に進めるべきです。

(長田大輝)

[注1] 自然エネルギー財団. 2022年4月. 「CCS火力発電政策の隘路とリスク」p.9

[注2] International Energy Agency. May 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector

[注3] ロックイン効果とは、新規の化石燃料事業が建設、稼働する場合、投資を回収するためその後数十年の間稼働し続けることになり、数十年の二酸化炭素排出が確約されてしまう(ロックイン)こと。

参考文献

外務省. 2023年. G7広島首脳コミュニケ仮訳 

イギリス・ロンドンでのアクション(クレジット:Chris Ratcliffe)

アメリカ、ワシントンDCでのアクション

バングラデシュでのアクション

ネパールでのアクション

フィリピン・マニラでのアクション(クレジット:350 Pilipinas)

切っても切り離せない?フィリピンでの油流出とガス開発

2月28日、フィリピン・ミンドロ島沖で80万リットルの産業用燃料油を積載したオイルタンカーが転覆し、3月1日に沈没しました。燃料油の一部が流出し、周辺海域・住民に深刻な被害が出ています。

今回のブログ記事では、この油流出によってもたらされる現地での環境・社会影響と、より大規模な油流出を引き起こす可能性のある周辺海域での化石燃料開発に警鐘を鳴らす声の高まり、そしてその開発における日本の関与について紹介します。

フィリピン全土の地図と、ヴェルデ島海峡等の位置関係

「海のアマゾン」を脅かす油流出

2月28日、燃料油を運んでいたオイルタンカー「プリンセス・エンプレス」号にエンジンの故障があり、3月1日にミンドロ島沖で沈没しました。積載していた80万リットルの産業用燃料油の一部が流出して大きな被害につながっており、現地の活動家も政府による早急な油除去を求めています

この油流出はフィリピン現地の20以上もの海洋保護区の豊かな生物多様性を危険に晒すと指摘されています。というのも、この油流出が発生した周辺海域であるヴェルデ島海峡は、「海のアマゾン」と呼ばれているほど海洋生態系の豊かな海域です。世界で認知されている近海魚種のなんと6割がヴェルデ島海峡に生息しており、世界で最も豊かな海洋生物多様性を誇ります[1]。1,736種類以上の魚種、338種類以上のサンゴが豊かな生態系を形成しており、この海洋生物多様性の豊かさは、漁業、観光業、養殖業などを通じて現地の200万人以上の人々の生活を支えていると報告されています[2]。

今回の油流出はこの海域に住む多様な魚やサンゴに壊滅的な影響を与えてしまう可能性があります。環境問題に取り組む市民連合であるGreen ConvergenceのNina Glanag博士は現地市民団体のプレスリリースの中で、「この不幸な事故の犠牲になった魚や海鳥の死体の悲痛な写真は、迅速に対処されないであろう油流出による悲劇の始まりに過ぎません。油は、中毒や窒息によって海に住む生物を死に至らしめることがあります。ヴェルデ島海峡の海洋生態系と沿岸環境は大きな危機に瀕しています」と指摘しています

東ミンドロ州ポラの干潮時には、悲惨な油流出の影響で、油膜、油の塊、魚の残骸が確認された。(©︎ Jison Tiu, CEED)

東ミンドロ州ポラの干潮時には、悲惨な油流出の影響で、油膜、油の塊、魚の残骸が確認された。(©︎ Jison Tiu, CEED)

地元の漁村への影響

ヴェルデ島海峡の豊かな海洋生態系が崩れてしまうと、それを生活の糧にしている現地の人々も困窮してしまいます。特に漁民の方々にとっては、魚が捕れなくなってしまうため生計手段への影響は甚大です。実際、地元政府はすでに漁業活動を禁止しており、沈没したタンカーからの油流出を止めるためにどう処理を行うのか、またその処理がいつ完了するかも不透明な中、その間代わりとなる生計手段もない現状について、漁民の方々は「コロナ禍よりもひどい」と不安を吐露しています。

東ミンドロ州ポラで、干潮時に海岸で油の塊と魚の残骸を眺める漁師のRobert Lakdawさん(47)。彼は、現在進行中の除去活動にボランティアで参加していたが、健康被害を最小限に抑えるため、立ち入らないようにと言われた。(©︎ Jison Tiu, CEED)

「ヴェルデ島海峡を守ろう!」キャンペーンの呼びかけ人であるEdwin Gariguez神父は、油流出が起きた直後の3月1日に、「私たちは、流出への対応が遅れた場合、漁業活動が制限されるのではと心配しています。すでに漁獲量が減少している中、油流出によって魚が死滅することで魚がさらに減少するかもしれません。油流出は、この国で最も貧しいセクターの中に入る私たち漁師が既に直面している問題を悪化させるでしょう。食卓に並ぶであろう魚は、食用に適さず、食中毒を引き起こす可能性があることは言うまでもありません」と語っています

ナウハンの海岸に停泊している漁船。海に出航して漁業活動を再開する目処は立っていない (©︎ Jison Tiu, CEED)

同氏はまた3月10日に、油が流出して以降、「18,000人以上の漁師が漁に出られず、36,000ヘクタールものマングローブ、サンゴ礁、海藻地帯が危機に晒され、東ミンドロ州のポラ町に住む50名以上の住人が熱やアレルギー症状を起こしていると報告されている」と話しています。生物多様性や生計手段だけでなく、住民の健康にも悪影響を及ぼしていることがわかります。

漁民のJennifer Jaquecaさんはこう語ります。「規制があったとはいえ、パンデミックの間は生計を立てることができました。しかし今は油流出で漁業が禁止されています。私たちはどうなってしまうのでしょうか?」(©︎ Jison Tiu, CEED)

ヴェルデ島海峡におけるガス開発

しかし、このような環境破壊と生計手段への甚大な被害は、このヴェルデ島海峡の周辺に暮らす人々がずっと苦しんできたことです。

というのも、このヴェルデ島海峡は、海洋生態系の中心地である一方、フィリピンで急速に進むガス開発の中心地でもあるのです。フィリピンに存在するガス火力発電所6基のうち5基がここにあり、新規の液化天然ガス(LNG)・ガス火力発電所建設8案件とLNGターミナル建設7案件がここで進められる予定です。ヴェルデ島海峡で建設されている新規LNGターミナルの一つであるイリハンLNG輸入ターミナルは、日本の国際協力銀行(JBIC)及び大阪ガスが出資者として参画しています。

このような化石燃料事業が、ヴェルデ島海峡の豊かな海洋生態系とそれに依存する住民の生計手段を既に破壊してきました。FoE Japanがヴェルデ島海峡に接するバタンガス州で昨年実施した現地調査においても、現地に住む漁民の方々が、ガス火力発電所が建設されて以降、漁獲量が減り、生計が成り立たなくなったという話をしてくださいました。

また、フィリピンの市民団体CEED(Center for Energy, Ecology, and Development)は、昨年カリタス・フィリピンと共同で公表した研究報告書において、ヴェルデ島海峡で観測された海洋生物多様性の減少は同地でのガス開発によるものではないかと示唆しています。さらに両団体は水質についての別の報告書で、ヴェルデ島海峡のバタンガス湾(位置関係は上段地図参照のこと)の水質調査を実施したところ、リン酸塩、クロム、全銅、鉛、亜鉛などの汚染物質の濃度がフィリピン国内の水質基準を超えたという結果を紹介しました。これを受けてフィリピンの漁民団体であるバタンガス漁民団結(BMB:Bukluran ng Mangingisda ng Batangas)を中心とするグループは、フィリピン環境天然資源省(DENR)に要請書を提出し、事業地周辺のヴェルデ島海峡水域を、「自然または人為のいずれかの特定の汚染物質が既に水質ガイドラインの値を超えている」ことを意味する「(環境基準)未達成地域」として宣言し、基準を超過している汚染物質の新たな排出源となる施設の建設を許可しないよう要請しました。 

このように化石燃料事業による住民への悪影響は、枚挙に暇がありません。前述のイリハンLNG輸入ターミナル事業は、すぐそばに隣接する建設中のガス火力発電所にもLNGを供給することを目的としていますが、昨年11月下旬にこのガス火力発電所の建設現場で道路崩落事故が発生しました。杜撰な工事によって発生したこの事故で多くの市民が利用する幹線道路が崩落し、ここでも住民生活に悪影響を与えました。

ちなみに、このガス火力発電所の事業者の親会社はフィリピンの大企業、サンミゲル社(San Miguel Corporation)ですが、今回の油流出事故のタンカーを手配したのも同じくサンミゲル系列の船会社(San Miguel Shipping)の子会社だと判明しました。サンミゲル社はフィリピンでのガス開発を主導しており、フィリピンの市民団体は今回の油の除去作業にかかっている費用や被害を受けた住民への賠償の支払いをサンミゲル社に求めています

終わりの見えない化石燃料開発による被害

フィリピンでの急速な化石燃料開発という背景に目を移すと、今回の油流出は、このより大きな問題の延長線上にあることがわかります。したがって、このような油流出は、根本の問題である化石燃料開発が続く限り、今後も発生してしまうことが懸念されます。

この点について前出のCEEDの事務局長であるGerry Arances氏は、「LNGターミナルの建設が続く限り、このような事故はヴェルデ島海峡で初めてでもなく、最後でもないでしょう。この海域を往来するタンカーが増えれば増えるほど、たとえ万全を期していたとしても、再びこのような事故が起こる可能性は高くなります。次に起こる事故はさらに深刻で、ヴェルデ島海峡に取り返しのつかない損害を与えるかもしれません。だから、私たちは政府に対し、電力危機の解決策としてLNGの輸入に頼ることを再考するよう求めています」と話しています

化石燃料開発による悪影響のみならず、油流出そのものによる悪影響も長引くと懸念されています。Arances氏は、「2006年に起きたギマラス海峡の事故は、油流出がいかに悲惨なものであるかを示すものでした。(油流出の影響を受けた:訳註)マングローブが回復の兆しを見せ始めたのは、事件から13年後の2019年のことでした。これは、化石燃料に依存すると環境に大きな損害をもたらすという政府に対する警告であったはずですが、政府はまだ教訓を学んでいないようです」と語ります

このように、化石燃料開発事業は現地の生態系のみならず住民の生活にも長期的な悪影響を及ぼします。油流出とその根本原因である化石燃料開発を止めるために、FoE Japanは今後も現地のパートナーたちと共に活動を続けていきます。(長田大輝)

出典

[1] Carpenter, K.E., Springer, V.G. 2005.The center of the center of marine shore fish biodiversity: the Philippine Islands. Environ Biol Fish 72: 467–480.

[2] Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.39

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Immediate action needed on oil spill to protect Verde Island Passage, group says. March 1. 2023 

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Groups demand strengthened measures in VIP to address environmental nightmare. March 3. 2023.

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Dispatches from a Disaster: Oil Spill in Mindoro. March 3. 2023.

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Dispatches from a Disaster: “Worse than COVID” March 9. 2023. 

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: 10 days, zero accountability: oil spill-affected communities lament radio silence of responsible parties. March 10. 2023. 

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: POLLUTER MUST PAY: STATEMENT OF PROTECT VIP ON THE INVOLVEMENT OF SAN MIGUEL CORPORATION IN THE OIL SPILL IN VERDE ISLAND PASSAGE. March 13. 2023.

気候資金と化石燃料ファイナンス – 日本は最大の化石燃料事業支援国

11/9は、議長国エジプトが「ファイナンス」をテーマとして設定しています。この「ファイナンスの日」に合わせ、会場内で「ファイナンス」に関するアクションが多数行われました。

気候危機が深刻になる中、先進国による途上国への資金支援は不足しています。

これまでも途上国から、すでに生じている変化に適応するための資金や、損失と被害(ロスダメ)に対応するための資金の拠出が強く求められていました。

先進国は2020年までに年間1000億ドル の気候資金を拠出する約束でしたが、それすら達成されておらず、気候危機の被害が拡大する中で資金不足は深刻です。そもそも途上国がNDC(国別気候変動目標)を達成するためには、2030年までに5兆米ドル必要だと試算されており、対策の実行には先進国が資金支援の義務を果たすことが必須です。

また、緑の気候基金(GCF)は緩和・適応事業への資金支援を行う重要な基金ですが、資金が底をついており、この状況も深刻です。また、損失と被害に対する資金拠出の道を開くことが途上国にとって重要です。

一方、先進国がいまだに多くの公的資金を化石燃料事業に費やしていることが問題です。

昨日発表された米国のNGOオイル・チェンジ・インターナショナルのブリーフィングは、日本が石油、ガス、石炭事業に対する世界最大の公的支援国であることを明らかにしました。

日本は2019年から 2021年の間に年間平均106億米ドルを拠出し、ガス事業に対してだけでも年間平均67億米ドルを拠出し、これは世界最大です。

日本の官民はアジア諸国において、多くのLNG事業に関与していますが、今回のCOPが開催されているこのアフリカ地域でも多くの資金を拠出しています。

日本のガスに関する資金の最大の受入国はモザンビークとロシアでした。2019年から2021年にかけて、日本はモザンビークと82億ドルの融資契約を結んでいますが、資金の99.5%は国内消費やエネルギーへのアクセスではなく、採掘と輸出に関連した施設に費やされています。

アフリカ大陸は、世界で一番温室効果ガス排出の少ない地域です。世界の排出のうち、たった3~4%しか排出していません。それにもかかわらず気候変動による大きな影響を受けています。

FoEインターナショナルの国際プログラムコーディネーターでモザンビーク在住のDipti Bhatnagarは「世界最大級のガス埋蔵地がモザンビーク北部で見つかり、豊かな国がそれを採掘しようとしている。海の資源や大地に依存して生きている地元のコミュニティからそれらを奪おうとしており、すでにガス開発によって100万人もの難民が発生している。2020年に日本を訪れ、モザンビークでガス開発をしないでほしいと申し入れた。しかしその後、日本政府は事業への融資を決定した。」とスピーチ。日本に対し、そしてその他の先進国や企業に対し、「アフリカを燃やすな(Don’t let Africa Burn)」と訴えました。

また、日本の官民によるガス開発が進むフィリピンから参加したKrishna Ariola(Center for Energy, Ecology and Development)は「気候危機に責任がある国々が、さらに多くの化石燃料を燃やそうとしている。フィリピンや他の東南アジア諸国は、まだ石炭から脱却する途上にあるのに、人々や環境を犠牲にしてガス依存の状況に陥りつつある。海のアマゾンと言われるヴェルデ島海峡で、巨大なガス開発が進んでおり、生物多様性も破壊されようとしている。今すぐ、融資国は化石燃料への公的支援を止めるべきだ」とコメントしました。

日本政府は化石燃料事業への公的支援を直ちにやめ、持続可能で地域のニーズに基づいた支援を行うべきです。

出典:http://priceofoil.org/content/uploads/2022/11/Japans-Dirty-Secret-JPN.pdf

写真(全て):Bianka Csenki, Artivist Network

(深草亜悠美)

【ブログシリーズ 東南アジアのガス開発】第3回 海のアマゾンと暮らしを破壊?

ブログシリーズ「東南アジアのガス開発」では第1回に気候変動の前提知識、第2回では東南アジアのガス開発の現状とそれを推し進める事業者と投融資者について概観してきました。最終回である今回は気候変動から視点を転じて、ガス開発が現地の人々の生活、環境や生態系にどのような影響を与えるのかについて、フィリピンの事例をもとに考えていきます。

目次

1. フィリピンにおけるガス開発

2. 海洋生態系への影響

3. 水質への影響

4. まとめ

1.  フィリピンにおけるガス開発

フィリピンでは今、ガス関連インフラの建設が急速に進んでいます。計画中のガス火力発電所は27カ所[i]にのぼり、計画通り進めば、フィリピン国内のガス火力発電容量は現在の3.42 ギガワット(GW)から29.64 GWに急増します[ii]

しかし、この大規模なガス関連インフラ開発は、逆にフィリピンのエネルギー安全保障を弱体化させてしまうと、前回の記事で紹介したフィリピンのシンクタンクCEED(Center for Energy, Ecology, and Development) の報告書(Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia)は指摘しています[iii]。というのも、フィリピン国内最大のガス田であるマランパヤガス田は現在生産量が減少し、枯渇が近いため、建設中のガス火力発電所で使用するガスを国内の生産ではなく輸入に頼ることになるからです。さらに、輸入ガスに頼ることは乱高下の激しい国際ガス取引価格の影響や為替の影響を一般消費者が被ることにもなり、消費者にとっても不都合である、と報告書は述べています[iv]

フィリピンでガス開発を主導している主な事業者はロペス・グループとサンミゲル・グループです。ロペス・グループ傘下には、フィリピンで稼働中の6カ所のガス火力発電所のうち4つを所有するファースト・フィリピン・ホールディングスがあり、2022年末には発電容量1.26GWのサンタマリア複合サイクル発電所、および浮体式貯蔵再ガス化設備を、ルソン島南部ヴェルデ島海峡に面したバタンガス州で操業開始予定です。

近年、ロペス・グループに替わってフィリピン最大のガス開発事業者となったのがサンミゲル・グループ傘下のSMCグローバル・パワー・ホールディングス(SMCGPH)です。SMCGPHはヴェルデ海峡で2022年末に操業予定のガス火力発電所を一基建設中の他、フィリピン全体でさらに7案件ものガス火力発電所の建設を計画しています。

前回の記事でも触れたように、気候変動対策と逆行するこのようなガス開発に投融資するのは日本を含む先進国の金融機関です。投資額が最も大きいのは、ドイツ銀行、JPモーガン・チェース、スタンダードチャータード銀行、アリアンツ、ブラックロックなどがあります。FoE JapanもモニタリングしているイリハンLNGガス輸入ターミナル事業に対しては日本の大阪ガス、国際協力銀行(JBIC)が出資しています。また、SMCGPHのガス火力発電所建設事業に対しては、みずほセキュリティーズアジア(みずほフィナンシャルグループ傘下)が幹事証券会社の一つとなっています。

2.  海洋生態系への影響

さて、フィリピンで急速に進むガス開発は現地住民の生活にどのような影響をもたらしているのでしょうか?フィリピンのシンクタンクCEEDは今年6月、カリタス・フィリピンと共にガス開発による水質と海洋生態系に対する影響をそれぞれまとめた2つの報告書を公表しました。

フィリピンにおけるガス開発について話すには、海洋生態系への影響を無視することはできません。なぜならフィリピンにはヴェルデ島海峡(通称VIP:the Verde Island Passage)という「海のアマゾン」と呼ばれるほど豊かな海洋生態系を誇る海峡があるのですが、まさしくその海峡がガス開発の中心地となってしまっているからです。フィリピン国内の既存のガス火力発電所6案件のうち5案件がヴェルデ島海峡に位置している他、新規のガス火力発電所8案件と新規ガスターミナル7案件もこの海峡に計画されているのです。

ヴェルデ島海峡のバタンガス湾近辺の既存、新規ガス火力発電所とLNGターミナルを示す地図(出典:Wagas and Andres 2022a)

ヴェルデ島海峡の海洋生物多様性は世界でも突出しています。世界で認知されている近海魚種のなんと6割がヴェルデ島海峡に生息しており、世界で最も豊かな海洋生物多様性を誇ります[v]。1736種類以上の魚種、338種類以上のサンゴが豊かな生態系を形成しており、この海洋生物多様性の豊かさは、漁業、観光業、養殖業などを通じて現地の700万人以上の人々の生活を支えていると報告されています[vi]

フィリピンのシンクタンクCEEDとカリタス・フィリピンによる同海峡の海洋生態評価の調査報告書によれば、ヴェルデ島海峡の海洋生態系は、同海峡で進むガス開発によって危機にさらされています。彼らの現地調査で判明したのは、以下の点とされています。

・ヴェルデ島海峡の他の海域に比べ、事業地近辺におけるハードコーラル(ソフトコーラルという別のサンゴの分類よりもストレスに弱い)の被度がとても低いこと(0.1%から6.2%)。

・サンゴ礁の健康度を示す指標では「不良(poor)」に分類されること

・調査で確認できたサンゴの種は、高い堆積率や撹乱(disturbance)に対して耐性がある種であること

・魚種の多様性も「非常に低い(very poor)」から「低い(poor)」に分類されること[vii]

それでも魚類のバイオマスは量的に豊富と評価されましたが[viii]、ガス開発に伴う海域の埋め立てなどによる生態系への被害が懸念されるとのことでした。

同報告書は、データが十分に揃っていない以上、明確な結論は出せないとしつつも、観測された海洋生物多様性の減少は湾岸の開発によるものではないかと示唆しています。

3.  水質への影響

次に、ガス開発による水質への影響はどうなのでしょうか?同じくCEEDとカリタス・フィリピンによる水質への影響をまとめた報告書によると、ヴェルデ島海峡のバタンガス湾(位置関係は上地図参照のこと)の水質調査を実施したところ、フィリピン国内の水質基準を超える汚染物質が検出されました。 フィリピン環境天然資源省(DENR)のガイドラインによれば、魚やその他の水生資源の繁殖、商業的および持続的な漁業、野生生物保護、レクリエーション活動が実施される場合、SCクラスという水質基準を満たす必要があります。しかし調査実施区域のリン酸塩、クロム、全銅、鉛、亜鉛の濃度は、SCクラスの水質基準を超えているという結果が出たとのことです[ix]

例えばリン酸塩のSCクラスの基準濃度は0.2mg/Lですが、調査実施区域で検出された濃度は0.533mg/Lでした。高濃度のリン酸塩は富栄養化や過肥沃化につながる可能性があり、実際同じ海域で並行して行われた海洋生態調査では、サンゴ群に藻類が繁殖している証拠が得られたとのことです[x]

同じくSCクラスの基準濃度を超過したクロム、銅、鉛などの重金属についても、生態系への影響が懸念されます。これらの元素は潜在的に有毒な金属とされ、 私たちが食する魚類への生物学的蓄積によって、人間の健康に悪害をもたらす可能性があります。例えばクロムは水中で主に三価クロムと六価クロムになりますが、六価クロムの場合、高濃度では肝臓障害、内出血、呼吸器疾患を引き起こす可能性があります[xi]。また、藻類や魚類は、銅のような重金属の濃度を自然に調節できるとされていますが、調査区域では魚の生息数が少なく、結果として銅の濃度が高くなっている可能性があると指摘されています[xii]

加えて、検出されたこれらの重金属はSCクラスの水質基準を既に超えているだけでなく、濃度は上昇傾向にあることも調査で明らかになりました[xiii]。水銀はSCクラスの水質基準を超えなかったものの、検出された他の重金属と同様、石炭燃焼、発電による産業廃棄物処理に関連しており、今後の濃度上昇が懸念されているとしています。

この調査の結果を受けて、フィリピンの漁民団体であるバタンガス漁民団結(BMB:Bukluran ng Mangingisda ng Batangas)を中心とするグループは、DENRに要請書を提出し、事業地周辺のVIP水域を、「自然または人為のいずれかの特定の汚染物質が既に水質ガイドラインの値を超えている」ことを意味する「(環境基準)未達成地域」として宣言し、基準を超過している汚染物質の新たな排出源となる施設の建設を許可すべきでないと要請しました[xiv]

ガス開発による海洋生態系、水質へのこうした悪影響を間近で目撃し、生計手段にも打撃を受けているのが現地の漁業従事者たちです。ヴェルデ島海峡の既存のガスインフラによって既に漁獲量が減少するといった被害を受けています。「ヴェルデ島海峡(VIP)を守ろう」キャンペーンの呼びかけ人であり、カラパン使徒座代理区の社会活動ディレクターであるEdwin Gariguez神父も、CEEDによる6月6日のプレスリリースで「この産業は、私たちの海洋資源に加え、特に漁獲量の減少をすでに経験してきている漁師など多くのコミュニティに明らかな影響を与えています。」と述べています[xv]

4.  まとめ

フィリピンで進むガス関連施設の開発事業に対し、現地の市民たちは抗議しています。「ヴェルデ島海峡(VIP)を守ろう」キャンペーンが発足し、署名、アクション、訴訟といった活動を通じて、ヴェルデ島海峡におけるガス開発の中止を求めています。

12,500名以上の署名が集まっている署名活動(2022年8月2日現在)では、(1) 関係政府機関と地方自治体に対し、ヴェルデ島海峡の保護、保全、持続可能な資源利用のためにフィリピン国内法に基づく任務を遂行すること、及び (2)DENR環境管理局とバタンガス市政府に対し、バタンガス市でのガス火力発電所と LNG ターミナルの建設許可発行を停止することが求められています。

訴訟活動では、 木の違法伐採、 土地利用目的の違法な転換、そしてリンシード(Linseed Field Corporation: バタンガスのLNG輸入ターミナルの事業者)と EERI(Excellent Energy Resources, Inc.: 同ターミナルに隣接するガス火力発電所の事業者)による環境適合証明書の違反、事業地沿岸における水中の有害物質濃度の当局基準超過が指摘されています。

日本の公的機関である国際協力銀行(JBIC)や大阪ガスなども出資して実施されているヴェルデ島海峡でのガス開発は、現地の海洋生態系、水質を悪化させるだけでなく、現地住民の生計手段にも打撃を与え、さらには地球温暖化を進めてしまうという問題が山積した事業です。FoE Japanは今後も、フィリピンでのこのようなガス開発の中止を求める現地の市民団体や住民の皆さんの声を日本の政府機関や企業、また広く市民に届けながら、提言活動など様々な活動に取り組んでいきます。


[i] ただし、建設予定の火力発電所のうち7ヶ所は市民の反対によって建設計画が遅れている。詳しくは以下を参照。https://climatejustice.ph/latest-events/movement-stalls-8-fossil-gas-projects-08-26-2022/

[ii]Center for Energy, Ecology and Development. April 22, 2022. Press Release. International groups decry fossil gas expansion in ‘Amazon of the Oceans’ in PH, urge financiers to back off gas projects.

[iii] Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.37

[iv] ibid. p.37.

[v] Carpenter, K.E., Springer, V.G. 2005.The center of the center of marine shore fish biodiversity: the Philippine Islands. Environ Biol Fish 72: 467–480.

[vi] Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.39

[vii] Hilomen, V. V., Nanola Jr, C. L., & Dantis, A. L., 2000. Status of Philippine reef communities. In Licuanan,W.Y. & E.D. Gomez. 2000. Philippine Coral Reefs, Reef Fishes, and Associated Fisheries: Status and Recommendations to Improve Their Management. GCRMN Report. Appendix B014; Nañola, C.L. Jr., P.M. Aliño, A.L. Dantis, M.C.G. Rañola, V.V. Hilomen and J.P.B. Cabansag. 2004. Understanding Philippine Reef Fishes: A Key to Fisheries Management and Marine Biodiversity Conservation. In Aliño, P.M., E.F.B. Miclat, C.L. Nañola Jr., H.A. Roa-Quiaoit and R.T. Campos (eds.) 2002. Atlas of Philippine Coral Reefs. Philippine Coral Reef Information (PhilReefs). Goodwill Trading Co., Inc. (Goodwill Bookstore), Quezon City, Philippines.

[viii] Wagas, Ethel., and Brent Ivan Andres. 2022a. Marine Ecology Assessment Along the Coast of a Fossil Gas-fired Power Plant and LNG Terminal within the Verde Island Passage, Northern Philippines. Center for Energy, Ecology, and Development and Caritas Philippines. p.2.

[ix] Wagas, Ethel., and Brent Ivan Andres. 2022b. The Trend of Water Quality in the Heavy Industrial Area of Batangas Bay East, Verde Island Passage, Philippines and its Surrounding Areas. Center for Energy, Ecology, and Development and Caritas Philippines. p.2.

[x] ibid. p.2.

[xi]ibid.p.9.

[xii] ibid.p.2.

[xiii] ibid.p.2.

[xiv] Center for Energy, Ecology and Development. June 6, 2022. Press Release. [New Report] Fossil gas: A bane for the environment. https://ceedphilippines.com/fossil-gas-a-bane-for-the-environment/ (最終閲覧日2022年8月3日)[xv] Ibid.

【ブログシリーズ 東南アジアのガス開発】第2回 ガスと地球を燃やす日本マネー

3回にわたって東南アジアのガス開発状況とその意味について概説するブログシリーズ「東南アジアのガス開発」。初回の記事では、気候変動問題やそれに対する国際的取り組み、その中でのガスなど化石燃料の位置付けについて解説しました。

今回はその背景知識を踏まえて、東南アジアのガス開発の現状について、フィリピンのシンクタンクCEED(Center for Energy, Ecology, and Development)が作成した “Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia”(以下、「報告書」)を読んで理解を深めていきましょう。

目次

1.東南アジアでのガス開発を推進する事業者と投融資者

 ・事業者

 ・投融資者

2.今求められていることは何か

3.最後に

1. 東南アジアでのガス開発を推進する事業者と投融資者

前回の記事での説明の通り、気候変動を食い止めるためには石炭やガスといった化石燃料から今すぐ脱却し、再生可能エネルギーに迅速に移行しなければならないというのがIPCCやIEAの結論でした[i]。しかしながら、現在東南アジアでは急速にガス関連インフラの開発が進んでいます。東アジアで計画中の新設ガス火力発電の総発電容量は77 GW(ギガワット)であるのに対し、東南アジアで計画されているガス火力の発電容量はそれを凌ぐ総計117 GWに上ります[ii]

化石燃料から再生可能エネルギーへの移行が求められる中、未だに東南アジアでガス関連事業を開始しようとしているのはどういった企業や金融機関なのか?CEEDの報告書はその問いに答えるべく、2016年のパリ協定発効以降も東南アジアで事業者、投融資者としてガス事業を推進している企業などをランク付けしています。

誰がガス開発を進めているのか(事業者)

それではまず、事業者(ガス関連施設を建設、運営する企業)に注目してみましょう。以下のランキングでは2016年1月1日から2022年3月31日までの期間内で操業が見込まれる事業を持つ事業者がカウントされています。 

発電容量で換算すると、東南アジアでガス火力発電事業を最も大規模に推し進めているのは以上の11社です。圧倒的な一位はフィリピンでガス開発を主導するサンミゲル社です。サンミゲル社はFoE Japanもモニタリングしているイリハン・ガス輸入ターミナルのあるバタンガス州で火力発電所の建設を計画しており、同ターミナルで受け入れるガスの主要な消費者ということになります。日本からはタイでガス火力事業に関与している三井物産と、インドネシア、ミャンマー、ベトナムの事業に関与している丸紅がランクインしています。

また、事業の数で換算すると、日本からは三井物産とJ –Powerがそれぞれ3位と5位にランクインしています。両者とも操業中の事業が大半である一方、三井物産は計画中と建設中の事業が合計3案件、 J –Powerは計画中の事業が一案件あり、パリ協定以降もガス火力発電を推進していることが見てとれます。

ガス輸入ターミナルの事業者上位10社の中には、シェル、エクソンモービル、トタルといった欧米の有名オイルメジャーが名を連ねていますが、日本のINPEX、JXTG、兼松といった企業もランクインしています。

以上が2016年1月1日から2022年3月31日までの期間内で操業を開始した事業を持つ事業者に絞ったランキングでした。次に同期間内に建設中、計画中の事業を持つ事業者に絞って見てみましょう。

ガス火力発電事業に関しては上位11社にランクインしている日本企業はありませんが、LNG輸入ターミナルについては1社、LNG輸出ターミナルについては4社がランクインしています。それぞれ見てみましょう。

LNG輸入ターミナルの部門では、7位に北陸電力が入っています。一方LNG輸出ターミナルについては、2位にINPEX、6位に三菱、8位にJXTG、9位に兼松、10位にLNGジャパンがランクインしており、この分野での日本企業のプレゼンスが高いことがわかります。

以上のランキングからわかるのは、

1)日本企業は2016年のパリ協定発効以降も、事業者として東南アジアのガス開発に深く関与してきており、それは現在でも続いていること。

2)   傾向として、日本企業が事業者として関与して2016年に操業開始が見込まれていた事業はガス火力発電と輸出ターミナルが主だったが、2016年以降に建設、計画されている事業で今後操業開始するものは輸出ターミナルと輸入ターミナルである、ということです。

誰がガス開発のお金を工面しているのか(投融資者)

それでは次に、投融資者(ガス開発事業やガス開発会社に対して融資や債権購入を通じてお金を工面する金融機関のこと)に焦点を当てて分析してみましょう。

6年前にパリ協定が発効されて以降も、123もの金融機関が合計334億米ドルもの資金を東南アジアの化石燃料ガスセクターに投融資してきました[iii]。これも気候変動への対応を強化する国際的な流れと逆行するものです。

2021年4月には、2050年までに投融資ポートフォリオを通じた温室効果ガス排出ネットゼロを目指す銀行間の国際的イニシアチブである「Net-Zero Banking Alliance(NZBA)」が設立され、日本からも三井住友フィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループ、三菱UFJフィナンシャルグループなどが参加している[iv]ものの、これらの企業は以下に見るように、東南アジアでの化石燃料ガス投融資をリードしてきました。

それではパリ協定以後、2016年1月から2022年3月までの間に取引が行われた事業の投融資額のランキングを見てみましょう。

上位10社の中になんと日本の金融機関が4社もランクインしています。1位が三井住友フィナンシャルグループ、2位にみずほフィナンシャルグループ、5位に三菱UFJフィナンシャルグループ、そして10位に日本の政府系金融機関である国際協力銀行(JBIC)が入っています。

投融資者を国別で換算した場合、日本はインドネシアに次ぐ2番目となっており、パリ協定以降の東南アジアでのガス開発に日本が深く関わってきたことを示しています。報告書は、日本やシンガポールなど、国内の電力をガス火力に頼っている国からの投融資が多いと分析しています(p.31)。 

日本の銀行だけでなく世界各国の銀行が、国際的なイニシアチブに参加していながらガス開発に引き続き投融資しており、これは銀行のコミットメントがいかに空虚であるかを示しています。レポートでも言及されていますが、この事実はThe Oil and Gas Policy Trackerによる、銀行の気候変動への対応に対する評価格付けでも確認することができます。この格付けでは、金融機関が投融資のポートフォリオから石油・ガス事業やそれを実施する企業を除外しているかどうか、そしてガス事業からフェーズ・アウトするコミットメントの質を分析した上で点数がつけられます。当然のことながら、JBIC(公的金融機関であるため、ランク付の対象外)を除く日本の上記3社は、全て10点満点中0点と評価されています。

一方で、民間銀行だけではなく公的金融機関もガス開発において重要な役割を担っていることを見逃してはいけません。東南アジアでのガス投融資の半分以上が、政府系銀行、二国間開発金融機関、輸出信用機関によって投じられています[v]。上記のJBICや日本貿易保険(NEXI)は、輸出信用機関に分類されます。

公的資金によるガス事業の支援はその金額が重要なだけでなく、民間金融機関や事業者にとってはリスクヘッジの観点から、なくてはならないものです。というのも輸出信用機関は多くの場合、ガス事業の中でも事業規模が大きくリスキーなものに対する保険を提供しており、それらは公的資金でなければ保険の提供が難しいであろう事業です[vi]。つまり、エネルギー安全保障など国家のエネルギー戦略を推し進めるために、公的資金が、気候変動対策を求める声とガス投融資の非経済性をおしのけてガス投融資を継続させているということです。

さて、2016年以降という時間軸で見ると日本企業の存在がかなり大きいというのがここまでの議論ですが、2020年以降(2020年1月から2022年3月までに取引が行われた事業への投融資額)で区切って見るとトレンドの変化が見てとれるとレポートは指摘しています。どういうことでしょうか。下の図2つをご覧ください。

一つ目の図は2020年以降、東南アジアのガス事業に投融資した企業を投融資額でランキングしたものですが、日本企業は上位10社にランクインしておらず、変わってタイ企業が上位5社を独占しています。これは二つ目の図(国別ランキング)でも明らかで、タイが圧倒的にガス投融資を引っ張っており、アメリカ(9位から3位)とイギリス(8位から5位)も順位を大きく上げています。アメリカからはJPMorgan Chase & Co、イギリスからはStandard Chartered PLCが金融機関別ランキングにそれぞれ10位、9位にランクインしており、これらの企業が米英の順位を押し上げていると見ることができます。一方、日本は2位から7位へと順位を下げています。それでも11億4,010 万 米ドルもの額をこの期間に投融資しており、相対的に下がったとはいえ、まだまだ巨額の投融資を続けていることに変わりありません。

3. 今求められていることは何か

以上の分析を踏まえて、レポートは金融機関に実効性のある対策をとるよう提言しています。

1.  IPCCの地球温暖化に関する特別報告書のP1シナリオ(1.5℃)に基づき、1.5℃パスウェイ(2030年までに世界のCO2排出量を2010年比で45%削減し、今世紀半ばまでにCO2排出量をネットゼロとする)を誤った対策なしに追求する政策、つまりパリ協定に整合した政策を実施すること。具体的には以下。

a. 新規油田・ガス田、LNGターミナル、およびGlobal Oil & Gas Exit Listに掲載された企業への直接・間接の資金供与を禁止する。

(解説: Global Oil & Gas Exit Listとは、環境NGO Urgewaldが作成した、ガス・石油開発に投融資者、事業者として深く関与している企業のリストです。ちなみになぜ直接投資と間接投資とどちらにも言及しているのでしょうか?レポートによれば、パリ協定以降の東南アジアでのガス開発の資金調達は4分の3がコーポレートファイナンス(間接投資)から、残りの4分の1のみがプロジェクトファイナンス(直接投資)から来ていると指摘しています[vii]。つまり、化石燃料事業への直接投資のみを規制するだけでは、ガス開発への資金の流れを止めることができないのです。)

b. ガス火力発電所の新規事業や拡張事業が、その国の低炭素社会への移行に必要かつ経済的に実行可能な繋ぎの燃料(bridge fuel)であると判断される場合には、厳しい制限を設ける。

c. 1.5℃目標に整合する期限内に、全てのガス事業のエクスポージャーからフェーズアウトし、既存のガス火力発電事業については、株式投資の場合、早期撤退を追求する計画と測定可能な計画目標(短期、中期、長期目標を含む)を設定し、開示すること。

(解説:パリ協定の1.5℃目標を達成するためには、エネルギー部門で化石燃料から脱却する必要があります。したがって、既存のガス火力発電事業もできるだけ早く止めなければなりません。そのため、金融機関はガス関連事業に対する投融資を引き揚げることでこの目標達成を促進する必要があります。それは「2050年までに投融資を引き揚げます」といった漠然とした約束ではなく、「5年後にはここまで引き揚げ、10年後にはここまで引き揚げます」と言った短期・中期目標を含めた、具体的かつ実効性のある目標を設定する必要があるということです。)

2. パリ協定に基づく対策を実施する上で、地域開発銀行と地方銀行の重要な役割について区別して考える必要がある。

a. 地域開発銀行は、東南アジアにおいて必要なエネルギー転換のための資金を調達するために、ガスの新規事業および拡張事業に従事する全ての企業に対する融資の禁止をはじめとした、パリ協定に整合する最も野心的なエネルギー対策および戦略の採用を主導するべきである。

b. 地方銀行は、1.5℃目標における自国の妥当な貢献量を達成するために迅速かつ公正な移行パスウェイに資金提供を整合させるべきであり、そのためには新規の油田・ガス田に対する融資を禁止しなければならない。

(解説:繰り返しになりますが、1.5℃目標達成のためには新規のガス開発事業は受け入れられません。銀行の規模に関わらず、新規のガス開発事業への投融資は禁止されなければなりません。加えて、より広範な影響力を持つ地域開発銀行に関しては、模範的な化石燃料脱却戦略を提示して地域内の銀行を引っ張っていかなければなりません。)

3. 人権を侵害し、生物学的に重要で多様な生態系と生息地を危険にさらし、重大な評判リスクをもたらすガス開発事業に対する融資を撤回し、禁止すること。

4. ガス関連事業及びガス会社に提供された全ての金融サービスを開示し、株主及びステークホルダーが気候関連リスクを適切に評価・算定し、事業及び投融資判断において気候変動の影響全般が日常的に考慮されるよう支援するため、気候関連財務情報開示タスクフォースの勧告を全面的に採択すること。

(解説:気候関連の情報開示及び金融機関の対応について検討する気候関連財務情報開示タスクフォース(略してTCFD : Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、 企業等に対して気候変動関連のリスクと機会について、ガバナンスや戦略といった項目を開示するよう推奨しています。報告書はこのTCFDの提言に沿って気候関連情報を開示するべきであるとしています。)

4. 最後に

 CEEDの報告書を精読して明らかになったのは、パリ協定発効以降も日本企業が事業者として、そして投融資者として、東南アジアのガス開発を推し進めているということです。この状況を止めるためには、資本の流れをこれ以上化石燃料に向かわせないことが重要であり、そのためにガス事業投融資からの引き揚げ、具体的な投融資撤退目標の設定、気候関連情報の開示が提言されています。

これらの提言を実現させるため、私たち環境NGOは、企業に対する株主提案、エンゲージメント、株主に対する要請と言った活動を継続しておこなっています。特に提言の1.c 及び4に関しては、近年世界中で大きな盛り上がりを見せる環境関連の株主提案でも求められていることと一致しています。日本でも今年、国内外の環境NGOや機関投資家が三菱商事、三井住友フィナンシャルグループ、東京電力、中部電力、J-Powerに対して同様の内容を求める株主提案がなされ、否決されたものの多くの株主の賛同を集めました

気候変動と、東南アジアのガス開発と、日本企業と、株主提案。どれも一見すると繋がりがなさそうですが、日本企業などが推し進める東南アジアのガス開発が温暖化をさらに加速させるため、それを防ぐための株主提案ということで、これらは密接に関わり合っています。次回は、東南アジア諸国の一つ、フィリピンに焦点を当ててガス開発の現状をさらに詳しくみていきます。


[i] IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. C.3. 及び、International Energy Agency. 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector. Summary for Policy Makers. p.9

[ii]Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.12

[iii] ibid. p.26

[iv] https://www.unepfi.org/net-zero-banking/members/

[v] Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.27

[vi] Darouich, Laila., Igor Shishlov and Philipp Censkowsky. 2021. Paris Alignment of Export Credit Agencies: Case Study #3 Japan. Perspectives Climate Research. p.5.[vii]Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.31

【ブログシリーズ 東南アジアのガス開発】第1回 気候変動と化石燃料ガス

3回にわたって東南アジアのガス開発状況とその意味について解説するブログシリーズ「東南アジアのガス開発」。初回である今回は、2回目以降の記事を理解するにあたって必要になる前提知識を概観します。具体的には、気候変動に関する科学的知見と、その壊滅的な影響を防ぐために国際的にどのような対策が求められているのかについて解説します。

目次

1. 気候変動の影響

2. パリ協定と1.5℃目標

3. 1.5℃目標達成の道筋

4. なぜ新規の化石燃料事業はパリ協定に整合しないのか

1. 気候変動の影響

気候変動に関する科学的知見は年を追うごとに精密になっています。そこでまず、気候変動に関する研究をまとめ、評価しているIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新の評価報告書から幾つかの重要な科学的知見を確認してみましょう。

「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。」[i]

IPCCはこれまで、温暖化の原因が人間の影響であることを、高い可能性があるとし、2021年8月に公表されたIPCC 第6次評価報告書の第1作業部会の報告(以下、IPCC AR6, WG 1, SPM)では、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。」と改めて断言しました。

実際日本でもここ数年、「記録的猛暑」という言葉をニュースで聞き飽きるくらい耳にします。さらに今年6月25日には伊勢崎市で6月の観測史上初の40.2℃を観測しました。6 月下旬から 7 月初めの記録的な高温について、気象研究所などが9月に発表した調査結果によると、「地球温暖化の影響が無かったと仮定した状況下では、同じラニーニャ現象等の影響があったとしても、およそ 1200 年に 1 度という非常に稀な事例であった」と指摘し、温暖化により高温の発生確率が格段に上がっていたことを明らかにしています[ii]

また、このような猛暑についてIPCCは、「過去10年に観測された最近の極端な高温の一部は、気候システムに対する人間の影響なしには発生した可能性が極めて低い(IPCC AR 6, WG 1, SPM, A.3.1)」としています。こういった極端な熱波のみならず、極端な大雨、干ばつ、熱帯低気圧などが既に世界中で見られるようになっています。

図1(出典:文部科学省、気象庁訳。IPCC AR6, WG 1, SPM、図SPM.6) 

さらに同報告書によれば、こういった「極端現象」は地球温暖化が進むにつれて、これからより激しく、より頻繁になると予想されています。上図で示されているように、産業革命以前と比較した1度の気温上昇時 (産業革命以前と比べて、地球は既に1.09度上昇したと推定されている[iii])には、人間の影響がない気候で平均して50年に1回発生するような極端な気温は、頻度にして4.8倍、強度にして1.2℃増加します。一方で、温暖化が4℃に達すると、頻度にしてなんと39.2倍、強度にして5.3℃増加すると予想されています。地球温暖化は既に猛暑といった形で私たちに明らかな影響をもたらしていますが、温暖化がさらに悪化すれば、それだけ猛暑の頻度と強度が増幅するということで、それに伴って損失や損害が拡大します。気温上昇と、気候変動による壊滅的な被害を避けるための対策や被災時の対応の強化が急務です。

2. パリ協定と1.5℃目標

IPCCが1988年に設立され、1990年に発表した第1次評価報告書が、1992年に採択されることになった国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の重要な科学的根拠とされました。その締約国会議(COP3)で京都議定書が、そしてCOP21ではパリ協定が採択されました。パリ協定では「世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃以下に抑える努力をする[iv]」ことに合意しています。

ここでは気温の上昇を2℃未満という目標と共に1.5℃以下に抑えるという努力目標が両方記されていますが、上述のように現在の1度の温度上昇ですら、既に熱波など目に見える極端現象が頻発していることを考えると、1.5℃以下を目指さなければならないのは明らかです。実際、2018年に発表されたIPCCの『1.5℃特別報告書』では、2℃の気温上昇が起こった場合と比べて1.5℃の場合の方が、「海洋生物多様性、漁業[資源]、及び生態系、並びにこれらがもたらす人間への機能とサービスに対するリスクが減少することが予測される[v]」など、1.5℃に気温上昇を抑えるべき理由を科学に基づいて主張しました。社会的な影響についても、「2℃に比べて1.5℃に地球温暖化を抑えることで、気候に関連するリスクに曝されるとともに貧困の影響を受けやすい人々の数を2050年までに最大数億人削減しうるだろう(確信度が中程度)[vi]。」と述べており、気温の上昇を1.5℃以下に抑えることの重要性がわかります。開発途上国が国際交渉の場で1.5℃目標を粘り強く主張し続けてきたこともあり、今ではパリ協定の枠組みで目指すべき気温目標は1.5℃とされるようになりました。

3. 1.5℃目標達成の道筋

では、1.5℃目標を達成するにはどうすればよいのでしょうか?IPCC 第6次評価報告書の第1作業部会の報告によれば、気温上昇を産業革命以前と比べて(67%の確率で)1.5℃に抑えるためには、私たちが将来にわたって排出できるCO2の量(残余カーボンバジェット[vii])の推定値は400Gt(ギガトンは10億トン)です[viii]。これは報告書が発表された2021年時の残余カーボンバジェットですが、2010年から2019年の10年間のCO2排出量は410Gtであり[ix]、この排出ペースが変わらなければ2021年からの10年間で、温暖化を1.5℃に抑える残余カーボンバジェットを使い切ってしまいます。

図2(出典:文部科学省、気象庁訳。IPCC AR6, WG 1, SPM, 図SPM.4) 

では、このわずかなカーボンバジェットを使い切らないようにするにはどうすればよいのでしょうか?上図にあるように、IPCCの同報告書は、将来のCO2排出シナリオを5つ示しています。この中で1.5℃目標を達成できる程度までCO2排出量を十分抑えられているのはただ一つ、水色のシナリオ(SSP1-1.9)であり、このシナリオならば「世界平均気温が、1.5℃の地球温暖化を0.1℃より超えない一時的なオーバーシュートを伴いながら、21世紀末にかけて1.5℃未満に戻るように低下するだろうことは、どちらかと言えば可能性が高い[x]。」としています。SSP1-1.9は、CO2排出量が2030年頃には半減、2050年頃には正味ゼロ(ネットゼロとも言う。排出したCO2の量と森林による吸収などによって除去されたCO2の量が釣り合って全体として排出量がゼロになる状況のこと)となり、それ以降は排出量より除去量が多くなっています(SSP1-1.9の線は、2050年以降0より下のマイナスで推移しており、これはCO2を除去していることを意味する)。

しかし、オフセットに頼ったネットゼロ達成を至上目標とすることは危険なことでもあります。気候変動対策には化石燃料由来の温室効果ガス排出の削減が最重要ですが、「化石燃料を燃焼して温室効果ガスを排出しても、木を植えてオフセットするから問題ない」という口実を与えかねないからです。実際、大手の化石燃料企業は大規模植林に頼ったネットゼロ計画を策定し、化石燃料の開発を継続しています。また、除去の別の手段として炭素回収・貯留技術(CCSと略される。発電時に排出されたCO2を回収し地中に貯留する技術)も注目されています。しかしコストが高く、将来にわたり安定的に貯留できるのか不透明です。また日本国内では貯留に適する場所も限られているといった課題もあります[xi]。こういった未確立の技術を言い訳に温室効果ガスを排出し続けるのは、取らぬ狸の皮算用のようです。

従って、1.5℃目標達成に向けた理想の道筋としては、オフセットに頼ることを前提とした「ネットゼロ」ではなく、できるだけオフセットに頼らない「リアルゼロ」がより良い選択肢となります。実際、2022年に発表されたIPCCの第3作業部会の第6次評価報告書では、リアルゼロに近いシナリオが取り上げられています(下図参照)。

図2(出典:IPCC AR6, WG 3, SPM, 図SPM.5よりFoE Japan作成) 

図中の3つのシナリオIMP-LD(効率的な資源の利用、世界的な消費パターンの転換による低需要の実現)、IMP-REN(再エネ重視)、 IMP-SP(不平等の軽減を含む持続可能な開発への転換を通じた排出削減)はいずれも50%以上の確率で温暖化を1.5℃に抑えられるとされています[xii]。さらに、これら3つのシナリオは排出量が大きくマイナスに推移していないため、前図のSSP1-1.9と比べて世紀後半の温室効果ガスの除去に頼っていないことが見てとれます。オフセットに頼るネットゼロでなくとも、リアルゼロに近い形で温暖化を1.5℃に抑える可能性はまだ残されているのです。

さらに、IPCCの将来シナリオはその多くが既存の経済モデルをベースにしており、ライフスタイルの変革などより突っ込んだ社会経済変革(システムチェンジ)による排出量削減ポテンシャルはまだ限定的にしか評価されていない点も留意しておく必要があります。大胆な政治決断を通じてIPCCシナリオが想定するより早く脱化石燃料を達成することも可能です。先の3つのリアルゼロ・シナリオを私たちが達成できる限界として見るのではなく、さらなる可能性を模索しなければなりません。

ここまでの議論をまとめると、気候変動による壊滅的な影響を抑えるためには、温暖化による気温上昇を(産業革命前と比べて)1.5℃以下に抑える必要があり、そのためには除去に頼らないで温室効果ガスの排出を実質的に、それもできる限り早く削減していく必要があるのです。

4. なぜ新規の化石燃料事業はパリ協定に整合しないのか

では、温室効果ガスの排出削減には、具体的に何が求められるのでしょうか?そこで鍵になるのがエネルギーセクターです。エネルギーセクターは現在世界の温室効果ガス排出の4分の3を占めます[xiii]。石炭、ガス、石油といった化石燃料由来のエネルギーは、採掘、輸送、火力発電所での燃焼時に多大な温室効果ガスを排出します。したがってこの部門での対策が1.5℃目標達成に不可欠となります。

IPCCによると、現在稼働中・そして計画中の化石燃料インフラからだけでも、2℃を超える温度上昇につながる量のCO2が排出されると試算されています[xiv]。国際エネルギー機関IEAが2021年に出した2050年ネットゼロシナリオでも、これ以上新規の石油・ガス開発事業や炭鉱の新設・拡張はネットゼロの道筋と整合しないと明らかにしています[xv]。化石燃料に代わって再生可能エネルギーへの投資を急増させ、2035年までに先進国の電力をネットゼロとし、2040年までには世界全体の電力をネットゼロ、2050年までには世界全体の電力の90%を自然エネルギーで賄うとしています[xvi]。IPCCの第6次評価報告書第3作業部会報告書においても、気温上昇を1.5℃に抑えるためのシナリオでは化石燃料利用を急激に削減し、再生可能エネルギーに移行されるとしています[xvii]

つまり、気候変動による壊滅的な影響を避けるための1.5℃目標を達成するためには、石炭及びガスといった化石燃料を新規に開発する余裕はなく、むしろそれらは段階的に廃止しつつ、再生可能エネルギーへの移行を促進する必要があるということです。そしてもちろん移行に際しては、地域社会の声を尊重する必要もあります。再生可能エネルギーの蓄電や電気自動車に使用されるニッケルを採掘、精錬する際に現地住民の生活や環境を破壊してしまうことがあっては、本末転倒です(例えば、フィリピンのリオツバタガニート、インドネシアのポマラにおけるニッケル開発)。 

さて、IPCC報告書やIEAの2050年ネットゼロシナリオでも、これから世界が進むべき脱化石燃料の方向を示しているにも関わらず、 実は東南アジアではガス開発事業が急速に進んでいます。そしてその事業に対し、事業者としても投融資者としても、日本の官民が深く関与してきているのです。本記事で紹介した気候変動の背景を踏まえた上で、次回以降の記事では東南アジアのガス開発に関するレポート等を解説します。


[i]IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. In Press.(文部科学省、気象庁訳。『IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)』 )

[ii]文部科学省、気象庁気象研究所、2022年9月6日。「令和 4 年 6 月下旬から 7 月初めの記録的な高温に 地球温暖化が与えた影響に関する研究に取り組んでいます。 ―イベント・アトリビューションによる速報― 」https://www.mext.go.jp/content/20220906-mxt_kankyou-000024830_1.pdf

[iii]IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. In Press. A.1.2\

 [iv] Paris Agreement (Dec. 13, 2015), in UNFCCC, COP Report No. 21, Addenum, at 21, U.N. Doc. FCCC/CP/2015/10/Add, 1 (Jan. 29, 2016). (訳文は以下を参照:資源エネルギー庁。2017年8月17日。「今さら聞けない「パリ協定」 ~何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~

(最終閲覧日2022年7月25日))

[v]IPCC, 2018: Summary for Policymakers. In: Global Warming of 1.5°C. An IPCC Special Report on the impacts of global warming of 1.5°C above pre-industrial levels and related global greenhouse gas emission pathways, in the context of strengthening the global response to the threat of climate change, sustainable development, and efforts to eradicate poverty [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, H.-O. Pörtner, D. Roberts, J. Skea, P.R. Shukla, A. Pirani, W. Moufouma-Okia, C. Péan, R. Pidcock, S. Connors, J.B.R. Matthews, Y. Chen, X. Zhou, M.I. Gomis, E. Lonnoy, T. Maycock, M. Tignor, and T. Waterfield (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA, pp. 3-24. (『1.5°Cの地球温暖化:気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から1.5°Cの地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関するIPCC特別報告書、政策決定者向け(SPM)要約』、環境省仮訳、B.4)

[vi]同上、B5.1.

[vii] IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)、表SPM.2

[viii]「カーボンバジェットという用語は、他の人為的な気候強制力の影響を考慮した上で、地球温暖化を所与の確率で所与の水準に抑えることにつながる、世界全体の正味の人為的累積 CO2排出量の最大値のことである。これは、工業化以前の時代を起点とした場合は総カーボンバジェットと呼ばれ、最近の特定の日を起点とした場合は残余カーボンバジェットと呼ばれる(用語集)。過去の累積 CO2排出量は、これまでの温暖化を大 部分決定し、将来の排出は将来の追加的な温暖化の原因となる。残余カーボンバジェットは、温暖化を特定の気温水準以下に抑えるにあたり、まだ排出しうるCO2の量を示す。」IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)脚注43

[ix]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. B. 1.3

[x]ibid. B.1.3

[xi]大野 輝之、2021年9月30日。「CCSへの過剰な依存が日本のエネルギー政策を歪める」自然エネルギー財団。

[xii]ただし、1.5°Cを数十年にわたって最大0.1°Cまで超過する、限定的なオーバーシュートが67%以下の確率で発生する。ibid. Box SPM.1. 

[xiii]International Energy Agency. 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector. Summary for Policy Makers. p.2

[xiv]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. B.7.

[xv]International Energy Agency. 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector. Summary for Policy Makers. p.11

[xvi] ibid. p.9

[xvii]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. C.3.

【COP26 vol.10】グラスゴー会議閉幕 – バランスを欠く合意に途上国は失望

交渉2週目の最終日。気候正義を求める市民たち

10月31日より開催されてきた第26回国連気候変動枠組条約締結国会議(COP26)は、1日の延期を経て、11月13日夜に閉幕しました。

閉会式では、議長Alok Sharma氏や国連気候枠組条約事務局長Patricia Espinoza氏が、COP24からの宿題となっていたパリ協定第6条、第4条、第13条の議論をまとめられたことを理由に「COP26は成功した」と発言する一方、後発開発国やアフリカ、島嶼国は、緩和目標強化の作業計画がグラスゴーでの合意(Glasgow Climate Pact) に盛り込まれたことは歓迎するものの、今回強く求めていた適応や損失と被害に対応するための資金提供を先進国がほぼ拒絶し、バランスを欠く合意であるとして失望の意も示しました。

また、決定文書に記載された石炭火力の段階的廃止に関する文言(para20)についても、インド等の反対があり、閉会式前のCOP決定文書案は、“Phase out(段階的廃止)”が”Phase down(段階的削減)”へと、文言が弱められた形となりました。パリ協定の1.5℃目標達成のためには先進国は2030年までに、その他の国も2040年には石炭火力発電を全廃する必要がありますが、ただでさえ弱かった文言がさらに弱くなったことは残念です。しかし、気候変動枠組条約の決定で、化石燃料対策が直接取り上げたことはかつてなく、文言が弱められたからと言って廃止の必要性が国際的に理解され、実際に各国が脱石炭に向けて動き出していることには変わりません。先進国が率先して石炭火力発電を廃止し、途上国のジャスト・トランジションを支援する必要があります。またその他の化石燃料に関しても、公平性に配慮した形でフェーズアウトを進めていく必要があります。

FoE Internationalの気候正義・エネルギープログラムのSara Shawは、今回の結果について、下記のように述べています

“今回の結果は、気候正義を求める市民団体が望んだ結果とは程遠く、炭素市場取引という形で、途上国の土地をオフセットのために使うことで、先進国に継続的な排出を許すものなりました。英国政府とその同盟国は、交渉をまとめあげた自分たちを褒め称えていますが、炭素市場については、合意が全くない方がましでした。

これはスキャンダルに他なりません。具体的な行動策を伴わずに、ただ単に1.5℃目標を言っているだけでは無意味です。COP26は、すでに気候危機にありながら、エネルギーシステムの変革や気候変動への適応策の実行、また、すでに起きている損失と被害に対応するための資金の乏しいグローバルサウスを裏切ったものとして記憶されるでしょう。これが最終的に炭素市場での取引が強制された瞬間であったことは今更驚くことではありません。炭素市場は、排出量の削減に消極的な先進国のためのものです。

多くのグローバルサウスの国々は、今回の会合に参加したり彼らの声を届けたりするうえで困難を伴った一方、化石燃料企業の存在感は大きいものでした。

今回の交渉結果は、世界全体の温室効果ガスの排出量を増加させてしまうことに加え、今世紀半ばまでに温室効果ガスを”ネットゼロ”にするといった弱いコミットメントや、途上国の土地での大規模植林をもたらす聞こえのよい自然に基づく解決策は、実際には先進国自らの排出を相殺するためであり、途上国や先住民族の土地収奪を加速させてしまいます。

気候正義の実現を求め、COP26期間中に開催された気候マーチに参加した15万人以上の市民は、何が本当の気候変動への解決策か知っています。化石燃料に依存しない社会への公正な移行、そして先進国から途上国への気候変動対策のための資金を供与することです。

残念なことに、豊かな国々は「逃亡条項」を選択してしまったものといえます。”

今回の決定文書には、”Climate Jusitce(気候正義)”という言葉が記載されました。気候変動への影響をより深刻に受ける国々や人々への配慮が会議期間中の首脳サミットやイベントでのスピーチに散りばめられていましたが、いずれも中身のない言葉に過ぎず、会議場内での交渉では先進国が団結して、すでに厳しい気候変動の影響を受けている開発途上国の声を断固として拒絶し続けました。決定文書の内容は、公平性の原則やシステムチェンジからは程遠く、歴史的累積排出量の責任を負う先進国の大量排出を今後も許し、途上国に排出責任の肩代わりを求め、かつ彼らが必要とする支援を拒み続けるものです。

議長国英国の下で、先進国は気候植民地主義的な枠組みを推進し、既存の権益と世界での優位の維持を優先しています。決定文書に盛り込まれた言葉とは裏腹に、パリ協定の1.5℃目標の実現を危うくするものでもあります。ですが、早急で野心的な行動の必要性は変わらないのです。FoEグループは引き続き、Climate Justiceの真の実現に向けて活動していきます。

(小野寺ゆうり、高橋英恵、深草亜悠美)