IPCCが第6次報告書第二作業部会のレポートを公開「気候危機は、これまで予測されていたよりも早いスピードで進行」

昨日、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、第6次報告書第二作業部会のレポートを公開しました。

IPCCは気候変動に関する科学を評価する国連の機関で、現在、第6次報告書の作成期間にあります。先月2月14日から27日にかけ、政策決定者向けサマリー(Summary for Policy Makers, SPM)に関する交渉がオンラインで行われました。

第二作業部会は、気候変動の影響・脆弱性・適応に焦点を当てており、本体は3600ページ以上に及びます。新しいレポートは、気候危機がさらに加速していることを示した一方、いくつかの論点で大きな議論があり、本レポートをまとめる過程で、先進国は損失と被害や、途上国における適応策への資金支援に関する言及を弱めようとしました。

本レポートの公表を受け、FoE インターナショナルがプレスリリースを発出しました。詳しくは以下をご覧ください。
(プレスリリース原文はこちら


アムステルダム, 2022/2/28 – アメリカ等の先進国が、気候資金に関する言及をIPCCの第二作業部会報告書から取り除こうとする試み、世界中の専門家や活動家から責任逃れであると非難されています。政治に左右されず、科学に基づくべきであるIPCC報告書の作成過程で、先進国は損失と被害といった重要な概念に関する情報を削除しようとしたり、適応策に向けた資金に関する言及を弱めようとしていました。今回のレポートは、気候危機はより早く進行しており、これまで予測されていたよりも早くに、より悪い影響が生じること、そして途上国での気候変動に対応するための気候資金の増額が急務であることを指摘しています。

FoEインターナショナルの活動家や専門家は、今回のIPCC報告書に対し、次のようにコメントしています。

数十年もの間、先進国が決断を先送りにしたために、今回のIPCCの報告書で書かれているような悲惨な気候危機をもたらすことになってしまったことは恥ずべきことです。特にアメリカは、途上国が今まさに経験している気候危機を生み出してきた国としての責任を受け入れるべきです。
損失と被害という概念や、資金に関する記述をIPCCの報告書から取り除こうとする先進国の試みは阻止されました。しかし、私たちは、気候変動を引き起こしてきた最も責任ある国々を非難します。責任から逃れようとすることは、とても恥知らずな行為です。
気候変動による取り返しのつかない被害を最小限に抑えたり、気候変動に適応するために、先進国から途上国へのより多くの資金提供の必要性を科学者たちは認めています。この資金は、人々のウェルビーイングと経済をまもるために必要です。もしこの資金がなければ、私たちの公正、平等、正義の実現に向けた苦難多い取り組みが無駄になってしまいます。

Meena Raman、FoEマレーシア

気候変動による影響はすでに世界の至るところで、予測されていたよりもよりも早い段階でより深刻な形で起きています。私たちはすでに、2100年までは起こらないだろうと予測されていた異常気象を目撃しています。COP26以降において、この報告書は現実を知らしめるものです。気候危機はすぐ目の前に迫っています。システム・チェンジを今こそ起こさなければなりません。見せかけではない温室効果ガスの削減、本物の解決策、早急な対応が必要です。

Hemantha Withanage、FoEインターナショナルの議長

このIPCCによる新たなレポートは、いくつかの被害からはすでに回復不可能であり、もし1.5℃を超えてしまったら、多くの国にとって適応することすら不可能だと指摘しています。私たちは、今世紀中に数億人もの人々が住み慣れた土地から離れざるをえず、農地も作物が育てられない状態となる可能性に直面しています。私たちは、脆弱な人々を助けるために、適応策や損失と被害のための資金を緊急に求めます。

Amos Nkpeebo、FoEガーナ

気候危機への脆弱性は、植民地主義によって形作られ、ジェンダー、先住民族のアイデンティティ、健康、貧困、紛争、そして教育とも関わっていると、今回の報告書は指摘します。科学は、最も脆弱で周辺化された人々の権利こそ、気候変動対策の実施において優先しなければならないと繰り返しています。

33〜36億人もの人々が気候変動への脆弱性が高い国々に住んでおり、その多くはグローバルサウスの国々です[1]。しかし、これは真新しいことではありません。気候危機の最前線にいる人々は、今までもずっと声をあげてきました。アフリカは気候変動による深刻な影響に直面しており、最も暑い地域はすでに耐えられなくなっています。私たちは、私たちの生活、土地、文化が、悪意ある政治やグローバルエリートたちの短期的な利益の犠牲となることを許しません。

Anabela Lemos、FoE モザンビーク

今回のレポートによれば、グローバルサウスの地域は、異常気象による食料生産への影響に対する適応に苦しむことが指摘されています。科学者は報告書の政策決定者向け要約の中で、気候危機が、アフリカや南アジア、島嶼国でのSDG目標2「飢餓をなくす」の達成を妨げるだろうと警告しています。
また、先住民族の権利と知恵が気候変動に立ち向かうために必要不可欠であることも強調しています。生物多様性の80%が先住民族の土地にあり[FoE Japan補足1]、生態系の変化は先住民族や地域コミュニティに大きな影響を与えています。

私たちは、気候変動による最初の絶滅を目撃しています。いくつかの森林、草原、泥炭地はすでに炭素の貯留地から排出源へと変わってしまいました。ゆたかな生態系は一度は私たちを助けてくれたものの、今は危機へと加速しており、過去数千年にわたって前例のない形で大きく変化しています。化石燃料や環境破壊や人権侵害を伴うエネルギーの使用を完全にやめることのみが、危機をさらに加速させるティッピングポイントに到達することを防ぎます。

Ricardo Navarro、FoEエルサルバドル

また、今回のレポートは、太陽放射を変化させる技術(Solar radiation management, SRM)や大規模バイオマスエネルギー、炭素回収技術(Carbon Captute and Strage, CCS)など、いくつかのジオエンジニアリング技術の実施についても警告しています[2]。

このレポートは、先進国や多国籍企業が、化石燃料からの早急な脱却を避けるために頼ろうとしている技術のリスクに対して警鐘を鳴らしています。

Sara Show、FoEインターナショナル 気候正義とエネルギープログラムコーディネーター

このレポートで科学は、昨年11月のCOP26期間中にグラスゴーや世界中で市民が求めてきたような、政府による決定的で抜本的な改革の必要性を繰り返しています。決定的で抜本的な改革とは、化石燃料への補助金の廃止、先進国から途上国への気候資金の供与、そして全ての人々のための公正で早急な再生可能エネルギーへの移行を意味します。

[1] IPCC, 2022: Summary for Policymakers, In: Climate Change 2022 Impacts, Adaptation & Vulnerability, Contribution of Working Group II to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change B.2 (page 12) 

[2] IPCC, 2022: Summary for Policymakers, In: Climate Change 2022 Impacts, Adaptation & Vulnerability, Contribution of Working Group II to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change B.5.4 and B.5.5 (Page 20, 21)

[FoE Japan補足1] National Geographic, “Indigenous peoples defend Earth’s biodiversity—but they’re in danger”: https://www.nationalgeographic.com/environment/article/can-indigenous-land-stewardship-protect-biodiversity-, 最終閲覧日2022/3/1


IPCCは今後、4月に気候変動の緩和策に関する第三作業部会報告書、9月に第一作業部会から第三作業部会の報告をまとめた統合報告書の採択を予定しています。

今回の第二作業部会のレポートでは、これまでの予測より早く気候危機が進行しており、人々の命や生物多様性への影響の深刻さが強調されました。気候危機はすぐ目の前に迫っており、温室効果ガスを削減する緩和策だけでなく、損失と被害への対応や適応策の早急な強化の必要性が強調されています。

IPCC のレポートは現実を知らしめるものです。日本を含む先進国は、気候変動への歴史的責任を認め、フェアシェアに基づいた行動が求められています。

FoE Japanは引き続き、日本政府に対し、歴史的責任に基づいた気候変動対策の強化を訴えていきます。

(髙橋英恵、深草亜悠美)

*参考

・IPCC, “Climate Change 2022: Impacts, Adaptation and Vulnerability”: https://www.ipcc.ch/report/sixth-assessment-report-working-group-ii/, 最終閲覧日2022/3/1

・環境省、AR6 WG2 政策決定者向け要約: http://www.env.go.jp/press/files/jp/117548.pdf、最終閲覧日2022/3/1

モーリシャス重油流出事故にみる国際的な賠償制度の欠陥 ――事故を二度と繰り返さないために

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 モーリシャス沖合で日本の大型貨物船「WAKASHIO」が2020年7月25日に座礁してからひと月余りが過ぎた。座礁から8月6日に燃料油が流出し始めるまでの13日間、なぜここまでの被害を食い止めることができなかったのだろうか。その全貌はいまだ不明であり、徹底かつ独立した事故の検証が待たれる。

 そして今、新たな疑問が加わった。二つに分断された船体の前方部分が、「モーリシャス政府からの指示」で8月24日に海洋に投棄されたという。なぜ船体の海洋投棄という方法を選んだのか。報道によると、15キロ沖合まで曳航して沈めたというが、それであれば解体が可能な場所まで曳航することもできたのではないか。廃棄物の海洋投棄を禁止するロンドンダンピング条約への違反も指摘されている[1]

 島では、環境中に拡散された油を回収するために、多くの住民が命がけの作業を続けている。彼らはこのような選択を望んだだろうか。事故を発生させた船舶の関係者と事故対応にあたる当局は、流出油の除去や環境回復の過程で、住民、漁業者、観光業者、NPOなどの声を十分に反映した判断をする必要がある。そうしなければ、後々まで禍根を残すことになる。

 私はかつてFoE Japanのスタッフとして、「ロシア・サハリン2石油天然ガス開発」による環境・社会問題に取り組んだが、開発の大きな懸念のひとつが、油流出事故リスクの増大であった。サハリン2の通年生産が始まった2008年以降、石油タンカーは4日に1度、LNGタンカーは2日に1度、年間約240隻の大型船が新たにオホーツク海を南下し、北海道周辺を通過し、日本海や太平洋へ向けて航行することとなった。幸い、大規模事故は起きていないものの、今もそこにリスクはある。

 油流出事故が発生した際、環境保全の観点から迅速に保護すべき沿岸域を判別するための「環境脆弱性指標図(ESIマップ)」というものがある[2]。今回、油が漂着したモーリシャスの沿岸は、珊瑚礁やマングローブ林のある湿地が広がり、ESIマップの脆弱度が最高ランクに位置づけられる場所だ。このような場所では、汚染の影響が長期に渡り、回収方法にも細かな配慮が必要となる。そして、長期にわたる環境回復への取り組みが必要となる。事故を起こした当事者はその責任を負わなければならない。

タンカーでなく、「貨物船」であることが意味すること

 今回流出事故を起こした「WAKASHIO」は、主に鉄鉱石を輸送する「ばら積み貨物船」だが、貨物船のような一般船舶と、石油等を運ぶタンカーとでは、損害賠償に関する国際条約の枠組みが異なる。仮に、タンカーが油濁事故を起こし、その賠償額が船主等の責任限度額の上限を超えた場合、追加的に被害者に補償を行う国際的な基金がある(FC条約、SF議定書)。しかし、貨物船などの一般船舶の場合、そのような補償基金はない[3]

「WAKASHIO」(貨物船)の事故に適用されるバンカー条約では、船舶所有者は無過失責任を負うが、やはり責任には一定限度の制限が認められている(LLMC条約)。モーリシャスは、責任限度額を約70億円に引き上げたLLMC条約1996年議定書を批准していないので、古い限度額の約20億円が適用されるようだ[4]。このいずれであっても、今回の被害に対してあまりに不十分な額である。(船主の故意・過失による場合、責任制限は認められないようだが、今後の情報を待ちたい)。

早急にタンカーと同様の規制と補償基金の整備が必要

上記のように、タンカーと、貨物船のような一般船舶における損害賠償制度には大きな「格差」が存在するが[5]、「WAKASHIO」は、総トン数10万トンを超える大型船舶である。驚くことに、一般船舶だからという理由で、被害者への補完的な基金はないにもかかわらず、10万トンクラスの巨大な船舶が航行しているのだ。WAKASHIOから流出した千トン余りという量は、過去の大規模事故と比較すれば最大級とは言えないかもしれないが、今、モーリシャスの事例で目の当たりしているように、油流出事故は発生する場所によっては、取りかえしのつかない惨事を自然環境や地域社会にもたらす。この事故を機に、早急に、貨物船などの一般船舶に対し、タンカーと同様の規制や国際的な補償条約の制定を進める必要がある。

責任主体の複雑さからくる「責任逃れ」は許されない

この間のメディアの報道で気になっていることに、責任主体の問題がある。もっぱら「賠償責任は船主の長鋪汽船にあり、(運航者である)商船三井にはない」とする記事が多くみられるが、そんなに単純な話ではないはずだ。バンカー条約も、船舶所有者を「船舶の所有者(登録所有者を含む)、管理人及び運航者並びに裸傭船者」と定義しており、長鋪汽船、商船三井ともに責任主体である。

 船舶の世界は複雑で、今回のケースでは船主と運航者は異なるが、「船舶所有者」として一体となって海運業を営んでいる。その先には、鉄鉱石などを売る荷主がいる。これら複数の企業の経済活動の一環として、「WAKASHIO」は航行していた。船舶所有者がさらに複数となるケースもあり、「登録所有者」が賠償義務を負う理由のひとつには、被害者救済の観点から賠償請求の相手を明確にすることがあげられている。つまり、運航者などその他の船舶所有者が免責されているわけではない。この点、エクソン・バルディーズ号の油流出事故の反省の下に米国で制定された油濁法(OPA90)では、明確に責任当事者を「船舶を所有、運航、借用しているもの」として、連帯責任を負わせている。

 さらに、荷主も賠償責任を負うべきという考えから、前述のタンカー事故の補償基金は荷主によって拠出されている。船やその運航の質を高めるためには、当然、一般船舶の荷主もその責任を負うべきである。登録所有者のみに「上限つきの責任」を負わせればよいという考えでは、事故を防ぐことは決してできない。

日本が国として果たすべき役割

 日本の船の経済活動が起こした環境汚染を目の当たりにし、忸怩たる思いにかられる人は多いだろう。その一方で、日本の国としての動きは後手後手である。安倍首相が今回のモーリシャスでの重油流出事故に対し、「関係省庁で連携して支援するよう指示した」と報じられたのは8月26日だ。これまでに派遣された人員や届けられた油防除資機材などの物資も十分には程遠い。「民間企業の話」として高をくくっているのであれば[6]、海洋国家の名折れである。

船の世界には「便宜置籍船」という悪法としか言いようのない制度があり、「WAKASHIO」もご多分にもれず、船主の国は日本でありながら、法律や税制面で「優遇」されるパナマに船籍を置いていた。結局は、安価が求められ、規制が緩められ、安全性が二の次になるシステムがある。日本に船籍を置く船であれば、日本政府には、船舶の安全性を審査し、違反を取り締まる権限と責任が生じていた。また、日本籍の船であれば、船長、機関長などの資格の必要な船員は日本人でなければならなかった。事故調査にあたっては、これらの点がどのように影響したのかの検証も徹底的になされるべきである。

世界の海運会社、海洋国家としての矜持を保つ

海に囲まれる日本は、船舶事故の被害を受ける国でもあり、これまでにも国際海事機関(IMO)の理事国として、「主要海運・造船国としての知見を活かして、各種条約を始めとしたルール策定の審議」に貢献してきた経緯がある[7]。今回の事故を受け、日本政府は、悪法の上にあぐらをかくのではなく、まずモーリシャスでの油回収・環境回復に全面的にかかわり、十全な賠償を見届けたうえで、今後の船舶における国際的な条約や枠組みの改善に向けた役割を担う必要がある。そして、これまでも大規模な事故が起こるたびに責任範囲の拡大や賠償上限額の引き上げ、基金の設立などがなされてきたが、もはやそれだけでは十分ではない。あらためて、化石燃料に依存する暮らしの見直しを私たち一人ひとりが成し遂げていかなければならない。それが、青い海にかがやくサンゴ礁や湿地帯、マングローブ林をすみかとする生物たち、そこに生業をたてて暮らす人々に対するつぐないではないか。

(高木仁三郎市民科学基金 アジア担当プログラムオフィサー 村上正子)

参考図書:

  • 海洋工学研究所出版部編(1998)「重油汚染・明日のために — 「ナホトカ」は日本を変えられるか」
  • 除本理史(2007)「環境被害の責任と費用負担」

[1] グリーンピース・アフリカとジャパンが連名で、同条約違反を指摘するレターを、曳航船の所有国であるマルタ共和国や日本を含む関係国に8月24日に提出している。

https://www.greenpeace.org/africa/en/publications/12002/sinking-of-the-mv-wakashio-wreck-letter-to-malta/

https://www.greenpeace.org/japan/nature/press-release/2020/08/20/18048/

[2] ESIについて(海上保安庁)https://www1.kaiho.mlit.go.jp/JODC/ceisnet/esi.htm

ESIマップとは(環境省)http://www.env.go.jp/water/esi/esi_title.html

[3]上谷田 卓「海洋汚染損害に対する責任及び補償等に係る国際ルール ―バンカー条約及び難破物除去ナイロビ条約の概要―」立法と調査 2019. 4 No. 411

https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2019pdf/20190415041.pdf

[4] ロイター「情報BOX:モーリシャス沖座礁事故、日本船の賠償が焦点に」2020年8月14日

https://jp.reuters.com/article/mauritius-environment-idJPKCN25A0AK

[5] タンカーによる油濁事故を対象とする国際条約(CLC条約、FC条約)は、貨物として積載される油のみならず、今回のような燃料油による汚染にも適用される。

[6] 日本経済新聞「モーリシャス沖重油回収、日本は後手『民間事故』で消極姿勢 仏が全面支援で存在感」 2020年8月27日

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63136020X20C20A8EA1000/

[7] 外務省「国際海事機関の概要」

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/imo/