最低限のニーズが満たされるためにコミュニティ内で助け合うことが活動の鍵ーアメリカ・メキシコ湾岸ガス開発現場視察報告(5)

アメリカ南東部に位置するメキシコ湾岸。その名の通り、海岸線はアメリカからメキシコへと伸び、湾を出るとキューバ、そしてカリブ海へと繋がっています。生物多様性豊かなテキサス州やルイジアナ州の沿岸地域は、近年巨大化するハリケーンの影響を顕著にうける地域であり、奴隷貿易や黒人奴隷が使役されていたプランテーションの中心地の一つでもありました。2023年10月末、アメリカのメキシコ湾岸周辺で急速にすすむ液化天然ガス(LNG)事業による地域への影響を知るために、FoEJapanはテキサス州とルイジアナ州を訪ねました。ブログシリーズの最終回をお届けします。
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視察の最後に訪れたのはアメリカ南部ルイジアナ州の南西部に位置するレイク・チャールズです。レイク・チャールズではロシェッタ・オゼーンさんが私たちを迎えてくれました。

地図出典:Visit Lake Charles

オゼーンさんは6人の子どもを持つシングルマザーで、ヴェッセル・プロジェクトという事業の運営に加え、様々な団体やネットワークで精力的に活動しています。

オゼーンさんに、LNGの問題に取り組むことになったきっかけについて尋ねたところ、ハリケーンによって受けた影響について話してくれました。

2020年、短期間に、非常に勢力の強い2つのハリケーン、ローラとデルタがルイジアナ州を襲いました(ローラは2020年8月27日に、デルタは2020年10月9日にルイジアナに上陸。ローラはルイジアナ州の観測史上最強の勢力で上陸。)。避難指示が出ていましたが、行政等から十分な支援がなく、避難が困難だった人がたくさんいたそうです。避難する先もわからないまま、オゼーンさんは子どもたちをとにかく車に乗せ、最初はミシシッピ州の方に避難しようとしましたが、最終的に数時間もかけてヒューストンに逃れました。避難の最中、オゼーンさんの娘が、「避難したくてもできない人に金銭支援をします、とにかく連絡して」と知り合いがSNSで呼びかけていたことに気づきます。オゼーンさんが連絡すると直ぐに支援金を送ってくれました。最終的にオゼーンさんたちは避難先のヒューストンのホテルで数週間過ごしました。

その時、オゼーンさんは、「ものごとはこうあるべきだ」と思ったそうです。本来支援をすべき政府は迅速に自分たちを助けてはくれませんでした。支援が必要な人が、必要なときに、適切な支援先に結びつくことができる。迅速に支援してもらった経験がオゼーンさんの心にずっと残っていました。また、支援を必要とする人は自分だけではないはずだと思ったそうです。

ある日、オゼーンさんはフェイスブックに「支援を必要としている人はいますか?」と投稿します。それに対する反応は想像を超えた「クレイジー」なものだったといいます。

オゼーンさんは、コロナ禍のために準備された緊急支援金に申し込み、得たお金を持って、コミュニティの人々を訪ねます。オゼーンさんが住むノースレイクチャールズ地域は多くが黒人で、ハリケーンで壊されたままの家で生活している人や、車で生活している人がいました。オゼーンさんは、そういった人々にホテルに泊まれるように支援し始めます。クレジットカードが使えなくなるまで、支援を続けました。

オゼーンさんはフェイスブックに「支援を必要している人がいる」と訴えますが、「嘘だ」、という人や「ホームレスをしてお金を稼いでいる人もいる」というようなコメントをする人もいたそうです。しかし、オゼーンさんの訴えは徐々に広がり始め、直接支援をしてくれる人が現れ始めました。また、地元の政治家にも市民を助けるように粘り強く訴えかけました。ハリケーンからの復興がままならいまま冬になり、寒波がやってくるという時、市民同士の助け合いにより、300人のホームレスや避難先を必要としている人がホテルに宿泊することができたそうです。オゼーンさんのヴェッセル・プロジェクトはそのようにして始まったのです。

オゼーンさんの車でレイク・チャールズを案内してもらいながら、3年たってもなおハリケーンの影響から復興していない街の様子を伺い知ることができました。

いくつかの家庭にはRV(レクリエーショナルビークル)が泊まっていました。オゼーンさんは、「RVを持っているとお金を持っていると思うかもしれないけど、家を直せないからRVに寝泊まりしているのだ」と説明してくれました。

オゼーンさんは、ハリケーンによって被災したことにより、気候危機や、それを加速させているLNG開発について声をあげるようになったといいます。

ハリケーンだけでなく石油化学産業やLNG開発によって健康被害を受けている人々は黒人の貧困層です。日常から十分な社会補償も与えられず、ハリケーン後の町の再建に十分な支援もありません。そのような状況では、気候危機や企業に立ち向かうことができません。だからこそ相互扶助(ミューチュアルエイド)が必要なのだとオゼーンさんはいいます。

写真:レイクチャールズを案内してくれたオゼーンさん。女子ソフトのグラウンドのすぐ目と鼻の先にタンクが並んでいるのが見える。
写真:レイクチャールズの工場群
写真:昼夜問わずフレアリングが行われている。工場の近くには幼稚園や学校もあった。住居も多く、オゼーンさんは「ここはフェンスラインコミュニティだ」と話す。フェンスラインコミュニティとは、文字通り汚染企業などの工場のフェンス越しにあるコミュニティ。多くの場合、フェンスラインコミュニティは低所得や黒人などのコミュニティと重なっている。

レイク・チャールズには、多くの石油化学企業が密集しています。病気の人も多く、オゼーンさんの子どもたちも肌の病気や気管支系の病気に苦しんでいます。

写真:レイクチャールズの道路沿いにあった広告。「企業による汚染が原因でがんになった人は連絡を」という弁護士事務所の看板。汚染の根本に取り組んでいるわけではなく、汚染を利用して商売しているのでは、と道中オゼーンさんと話す。

もしガス事業や石油化学企業に立ち向かおうと思ったら、地元ですでに苦しんでいる人々に支援が必要です。最初は地域の人々も自分たちの生活が苦しいため、周辺企業がヒアリングを実施していても数人しかそれに参加することができませんでした。しかし今では、そういった活動にも多くの人が参加するようになったといいます。

オゼーンさんとレイクチャールズをみて回った翌日、ニューオーリンズで開催されたFoEUSのカンファレンスでスピーチをしたオゼーンさんは、以下のようにスピーチを締めくくりました。

「誰かがコミュニティにやってきて、あなたたちのためにLNG事業と闘います、支援します、ということではないんです。コミュニティの人々は文字通り、貧困の中で日々生きようと必死です。誰かがやってきてそういった産業と闘うだけでは、コミュニティは脆弱なままです。コミュニティが助け合い、必要な支援を得て、コミュニティ自身が強くなり、彼ら自身が闘うのです。それがヴェセル・プロジェクトで実践している『相互扶助』なのです。」

写真:ロシェッタ・オゼーンさん。

(ロシェッタ・オゼーンさんのお話の部分は、11月8日にニューオーリンズで開催されたFoEUSのカンファレンスでの発言も元に構成)

備考:
・レイク・チャールズでは九州電力が関与するレイクチャールズLNG事業が進んでいるが、バイデン政権による輸出許可一時停止措置により、九州電力は参画判断を延期すると報道されている。
・三菱商事等はレイク・チャールズでクリーンアンモニアの生産事業を行うことを発表している。

(深草亜悠美)

「災害便乗型ビジネス」〜仙台港に乱立する火力発電所〜

2024年4月22日、宮城県多賀城市にて、仙台市に乱立する火力発電所を考えるための勉強会が開催されました。約35名の市民が参加する中、東北大学の長谷川公一教授が、2011年の東日本大震災以降、仙台市での火力発電所建設の動きについてお話しくださいました。

長谷川先生によれば、2011年3月11日の東日本大震災以降、東北地方には14基の石炭火力が計画されました(うち5基は中止、2基はバイオマス専焼に変更)。
その理由として、

  • 震災後の電力小売自由化によって、旧来の大手電力会社以外も発電事業に参入でき、また発電事業の場所にも管轄制限がなくなったこと
  • 燃料を陸上げできる港があること
  • 送電線の容量
  • 被災地の地価の安さ
  • 工業用水の確保
  • 県や市の企業誘致の熱心さ

を挙げ、「電力会社は港と空き地と送電線しかみていない。環境基準の壁さえクリアすればいいとして、環境アセスメントの義務が生じる規模以下の発電所を計画し、行政も事業者のいいなりのまま。これは一種の災害便乗型ビジネスだ」と指摘しました。

他にも、住民軽視の行政のあり方、仙台パワーステーション差し止め訴訟について、また発電所立地地域にほど近い蒲生干潟への石炭火力発電所などによる影響などの問題点を述べられました。

長谷川教授からの講演後、FoE Japan髙橋より簡単に、バイオマス発電の課題や石炭火力延命策としてのアンモニア・水素発電やCCSの問題点、気候正義の実現を求める世界の市民のアクションなどを紹介しました。

質疑や意見交換の時間には、「光化学オキシダントが2018年以降、7日中3日は基準値を超えている。それを議会に質したところ、議会はそれを把握していなかった。」との証言や、「仙台パワーステーションは、煙が出ている時と出ていない時がある。何か問題があって止まっているのか、それとも定期点検のための停止なのか、発電所からの情報が一切なく、とても秘密主義な会社だと感じている。そんな中、バイオマス発電所がさらに増える。6〜7月は南からの風が多くなるし、においが不安。」との声もありました。


5km圏内に乱立する火力発電所

勉強会後、仙台港の石炭過食発電所建設問題を考える会(以下、仙台港の会)の方々に、仙台パワーステーション、仙台港バイオマスパワー発電所建設地、仙台蒲生バイオマス発電所を案内いただきました。

仙台パワーステーション
・事業者:仙台パワーステーション株式会社
・出資者:株式会社関電エネルギーソリューション、エネクス電力株式会社
・事業地:仙台市宮城野区港一丁目4番1号
・規模:11.2万kW
・燃料:石炭(年間使用量約32万トン)
・2017年10月運転開始

案内くださった仙台港の会の方は、「パワーステーションが稼働している時はコークスのにおいがする。洗濯物も汚れるし、苦情を(仙台パワーステーションに)出しても反応がない」とのこと。

この港には太平洋フェリーという仙台と名古屋・苫小牧を結ぶ旅客船の乗り場もあり、幅約400mの港の両側に火力発電所ができると、乗船客は2つの発電所の煙を浴びることになる、ともお話しされました。

(建設中)仙台港バイオマスパワー発電所
・事業者:住友商事、プロミネットパワー株式会社、北陸電力、住友商事東北株式会社
・事業地:宮城県仙台市宮城野区
・規模:11.2万kW(想定年間発電量:約7.8億kWh/年(約26万世帯相当))
・燃料:輸入木質ペレット/国内材
・2022年4月着工、2025年10月に商業運転を開始予定。

仙台パワーステーションを臨む高松埠頭から車で10分もしないところに、輸入木質ペレットに頼る蒲生バイオマス発電所(杜の都バイオマス発電所)があります。
この発電所がたつ場所は元々小学校があった場所でしたが、東日本大震災の津波の被害をうけ小学校はなくなり、その跡地に建設されました。

仙台蒲生バイオマス発電所
・事業者:株式会社レノバ、ユナイテッド計画株式会社、住友林業株式会社
・事業地:宮城県仙台市宮城野区蒲生4-1-1
・規模:7.5 万kW(想定年間発電量:約55,330万kWh)
(一般家庭約17万世帯の年間使用電力量に相当)
・燃料:木質ペレット、パーム椰子殻(PKS)
・2021年2月着工、2023年11月運転開始

輸入木質バイオマスの問題点

再生可能エネルギーの一つとして導入が進められてきたバイオマス発電は、「光合成によって大気中の二酸化炭素を吸収・固定し成長する『生物資源』を燃料としているため、大気中のCO2を新たに増やさない『カーボンニュートラル』な発電方法」と宣伝されることが多々あります。


しかし、近年急増したバイオマス発電所の燃料は、木質ペレットやパーム油など、海外から輸入されるものとなっています。需要の急増にともなって、海外の貴重な天然林が伐採され、生物多様性の破壊や森林とともに生きてきた人々の生活の破壊などの問題が起きています。


気候変動対策の観点からも、輸入型バイオマス燃料は、伐採や加工・輸送など、燃料を燃やす以外の工程でも多くのCO2を排出します。そもそも森林の再生には長い年月がかかり、それまで大気中のCO2は増加したままです。また、長い時間をかけて形成され、地上部にも地下部にも大量の炭素を貯留している森林を破壊してしまっては、かえって大気中のCO2を増やすことにつながっており、本当に持続可能なエネルギーとは言えません。

>より詳しくはこちら「バイオマス発電の7つの不都合な真実

終わりに

津波の被害を大きく受けた蒲生地区や七北田川の河口付近は、現在は津波の爪痕はすっかり見えません。しかし、災害後の被災状況を、金銭的な利益を生み出すビジネスチャンスとして捉えられ、震災を経てもいまだに、東京のための電気が、地方の人々の合意なしに作られる状況があることを突きつけられました。

日本は地震も多く、また、気候変動の悪化に伴い異常気象による災害の増加が予測されます。そのような中、小規模分散型の再生可能エネルギーに基づき、エネルギーの地産地消を目指すことが、災害の適応策にもなるのではないでしょうか。
災害後の地域復旧のあり方を考えさせられる機会になりました。

(髙橋英恵)

「サクリファイス・ゾーニング」とはーアメリカ・メキシコ湾岸ガス開発現場視察報告(4)

アメリカ南東部に位置するメキシコ湾岸。その名の通り、海岸線はアメリカからメキシコへと伸び、湾を出るとキューバ、そしてカリブ海へと繋がっています。生物多様性豊かなテキサス州やルイジアナ州の沿岸地域は、近年巨大化するハリケーンの影響を顕著にうける地域であり、奴隷貿易や黒人奴隷が使役されていたプランテーションの中心地の一つでもありました。2023年10月末、アメリカのメキシコ湾岸周辺で急速にすすむ液化天然ガス(LNG)事業による地域への影響を知るために、FoEJapanはテキサス州とルイジアナ州を訪ねました。ブログシリーズの第三回目をお届けします。
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「サクリファイス・ゾーニング」とは

 キャメロンを後にした私たちは、ルイジアナ州最大の都市ニューオーリンズに移動し、さらにニューオーリンズから車で1時間弱の場所にあるセントジョンザバプテスト郡にジョー・バナーさんを訪ねました。ジョー・バナーさんは The Descendants Projectというプロジェクトを、双子の姉妹であるジョイ・バナーさんとともに行っている方で、奴隷制度についての歴史を伝えたり、工業化によって破壊される黒人奴隷の埋葬地を守る活動などもされています。

 バナーさんは数百年前にアメリカに連れてこられた黒人奴隷の子孫で、自身の家系についても調査を行っています。またルイジアナの「がん回廊」(ルイジアナ州都バトンルージュからニューオーリンズに至る一帯で、工場からの有害物質の排出によりがん罹患率が高い地域。また黒人が多く住む地域でもある)の住民として、石油化学工場の問題にも取り組んでいます。

写真:ジョー・バナーさん

 1990年代にフォルモサ(台湾の石油化学企業)の工場建設計画が持ち上がった際、ジョーさんの祖父母が住んでいた地域が影響を受けました。バナーさんは「これ」がまた別の形で今も繰り返されていると話します。どういうことなのでしょうか。バナーさんは、彼女たち自身が今直面する危機について話してくれました。

 現在、バナーさんの暮らす地域で穀物を貯蔵するカントリーエレベーター(サイロと穀物搬入用エレベーター、穀物の乾燥施設等を兼ね備えた施設)の建設計画が、住宅地と密接した形で進んでいます。

 建設予定地であるバナーさんの住む地域は、黒人奴隷やプランテーションの歴史を伝える重要な場所です。このように歴史的重要な場所で建設を行うときには、開発による影響を最小限にするための措置が法的に求められています。しかし、事業会社(グリーンフィールドホールディングス)が調査を委託した会社は、歴史的に重要な施設等がこの場所にあるとは考えにくいという報告書を提出。これには意図的な書き換えがあったのではないかという指摘もあります。

 このカントリーエレベーターは自由の女神にも匹敵する高さになる予定で、穀物は燃えやすいために火災のリスクがあることや、周辺地域への騒音などの懸念もあるといいます。(なお、ここから輸出される穀物は中国で主に飼料として使われるとも話していました。)

 バナー姉妹は、建設予定地に黒人奴隷の墓が残されている可能性が高いとして、ルイジアナの裁判所に、建設作業を止めるよう求める裁判を起こしました。バナー姉妹の訴えは認められ勝訴しましたが、事業が完全に止まったわけではないそうです。

写真:カントリーエレベーターの完成予想図。事業計画書等を元に、アーティストに作成を依頼したとのこと。

図:ウィットニープランテーション博物館に屋外展示されていたパネル。建設予定のカントリーエレベーターが自由の女神に匹敵する大きさであることが図示されている。

 バナーさんは奴隷制度の歴史や黒人差別がどのように現在の石油化学産業・LNG開発と結びついているのか話します。

 サクリファイスゾーン(犠牲地域)という言葉があります。

 サクリファイスゾーンとは、工場等の建設・運営に伴い発生する環境破壊や環境汚染が深刻な地域で、人々が健康被害を受けるような地域のことを指します。もしくは、「発展」のために犠牲にされる地域とも言えるでしょう。

 バナーさんは、奴隷制度を調査したり、奴隷制度の歴史に関する保全活動をする中で、今、自分たちに迫っている脅威についても気づいたといいます。奴隷制度に遡のぼると、サトウキビを育てるプランテーションの近くに砂糖製造工場が建設され、そこで働きかつその近くに住んでいた黒人が健康被害に遭っていました。奴隷制が廃止された後も、プランテーションがあった地域に石油化学工場群が集中したのは、川が近く運搬に便利なこと、企業が買収できる土地があったということ、有色人種の人口が多く搾取できる人々がいたということが関係しているとバナーさんは話します。

 バナーさんは、これを「ゾーニング」の問題であるといいます(ゾーニングとは、土地を区分けしてその利用目的を定めたり開発計画を立てたりすること)。バナーさんはゾーニングはサイレント・キラーであるといいます。バナーさんが住んでいる地域は「サクリファイスゾーン」ですが、犠牲的ゾーニング、つまり搾取を可能にさせるゾーニングが行われているのです。ニューオーリンズからバトンルージュの間、まさにがん回廊に当たる地域は、元々奴隷だった人々が解放されて街を作り、栄え、慈悲に溢れた街の運営を行っていました。しかし、黒人は白人と平等に扱われず、黒人の言葉に耳を傾けない政治が続いています。

 バナーさんは、LNG開発も同じパターンの中で起きていると指摘します。

 歴史的に繰り返される脅威と立ち向かうためには、自分のコミュニティの歴史を知ることが重要だと彼女は力説します。歴史、文化について知ることが彼女の戦いで物事を大きく変えたと話しました。

 世界中に、「サクリファイスゾーン」が作られています。人々は不当に大きな環境破壊や人権侵害に苦しみ、それらから回復するための投資や支援、賠償も十分に行われず、そこで搾取された利益は多国籍企業が独占し地域の外に出ていきます。しかしバナーさんがいうように、そういった土地は搾取の構造があって「犠牲にされる地域」として権力者や大企業がゾーニングを行っているのです。犠牲にされた人々は、偶然そこにいたから犠牲になったのではなく、化石資源からの利益を生み出す構造や人種差別の構造の中で犠牲者として選ばれていると言えるのではないでしょうか。

(ジョー・バナーさんへの聞き取り部分は、11月8日にニューオーリンズで開催されたFoEUSのカンファレンスでの発言も元に構成)

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 ニューオーリンズでは他にも環境団体や市民団体が主催するイベントに参加したり、現地のNGOの方との意見交換などを行いました。

 ニューオーリンズは音楽の街でもあります。日本でもデモやマーチに音楽隊が参加することがありますが、ニューオーリンズでのマーチは一味違いました。セカンドラインと呼ばれるバンドがマーチを先導し、街を練り歩きます。セカンドラインとは、ルイジアナ州ニューオーリンズのブラスバンドを伴った伝統的なパレードのことで、お葬式や結婚式、お祭りなどの時に登場するそうです。明るい文化や人々のパワーに触れる一方で、この地域で脈々と続いている黒人差別や社会の不正義について、とても考えさせられる滞在となりました。(深草亜悠美)

カルカシュー湖の漁業者を脅かすLNG開発ーアメリカ・メキシコ湾岸ガス開発現場視察報告(3)

アメリカ南東部に位置するメキシコ湾岸。その名の通り、海岸線はアメリカからメキシコへと伸び、湾を出るとキューバ、そしてカリブ海へと繋がっています。生物多様性豊かなテキサス州やルイジアナ州の沿岸地域は、近年巨大化するハリケーンの影響を顕著にうける地域であり、奴隷貿易や黒人奴隷が使役されていたプランテーションの中心地の一つでもありました。2023年10月末、アメリカのメキシコ湾岸周辺で急速にすすむ液化天然ガス(LNG)事業による地域への影響を知るために、FoEJapanはテキサス州とルイジアナ州を訪ねました。ブログシリーズの第三回目をお届けします。
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視察3日目、私たちはルイジアナ州に入りました。昨日、対岸から見たザビーンパスLNGの横を走り、湿地帯を通り抜けて東へと向かいます。

写真:ザビーンパスLNG付近にて。湿地が広がっている。

LNGターミナルは、港湾施設です。LNGは通常船で運ばれるため、ターミナルは海沿いに建設されます。

写真からもわかるように、ルイジアナ州南西部のLNG施設の周辺は豊かな湿地、そして海に囲まれています。この辺りに生息するアリゲーター(ワニ)は観光資源になっているようで、道すがらアリゲーターと触れ合うための施設もありました。ザビーンパスLNGはシェニエール・エナジーという企業が運営していますが、現地の人はバイユー(Bayou)と呼んでいます。シェニエールというのは湿地や沼を意味し、バイユーは、ルイジアナ周辺アメリカ南西部でゆっくりと流れる小川や湿地帯をさす言葉だそうです。

ザビーンパスを後にした私たちは、カルカシュー湖のあるキャメロンへと向かいます。

キャメロンでは、Better Bayouという団体の代表であるジェームズ・ハイアットさんはじめ、ルイジアナ・バケットブリゲード、シエラクラブのメンバーなどが迎えてくれました。

ジョン・アレアさんという方の土地にお邪魔し(アレアさんは当日不在でしたが快く訪問を受け入れてくれました)、みなさんの話を伺いました。

アレアさんは、長年ルイジアナの沿岸に住まわれている方で、普段この土地でバードウォッチングなどをして過ごしているそうです。不在のアレアさんにかわり、ハイアットさんが、この湿地がたくさんの生き物の住処となっていることを説明してくれました。

写真:アレアさんの土地で。LNGターミナルが目の前にみえる。夜間もフレアリング(ガスを焼却処分すること)が行われ、とても明るいという。

午後には、地元の漁師であるトラヴィス・ダーダーさんの船に乗って、カルカシュー湖の湖上からLNG施設を視察しました。

写真:トラヴィス・ダーダーさん。漁師。エビ漁を生活の糧としている。

ダーダーさんによると、カルカシューパスLNGが2022年に稼働を開始してからというもの、エビの漁獲量が激減したそうです。たくさんの船が行き交うので、カニのための罠も壊れてしまうそうです。ハイアットさんによると、地元の漁業者は昨年までと比べ、漁獲高が9割も減少したと話しているとのことでした。

ダーダーさんは、LNG施設のすぐ近くに住んでおり、建設作業時には家にその振動が伝わってくると言います。カルカシューパスLNGの横にはCP2という新たなLNG事業計画が進んでいます。ダーダーさんは「LNGプラントが全て立つ頃には魚がいなくなっているだろう。もしLNG事業がそんなにいいものなのなら、なぜ漁業は衰退し、(LNG企業の)重役ばかり金持ちになるのか?」とLNG開発を非難します。

カルカシュー湖周辺ではカルカシューパスLNGとキャメロンLNGがすでに運転していますが、それ以外に既存のカルカシューパスLNGの近くにCP2、コモンウェルスLNG、そして湖の北側にドリフトウッドLNG、レイクチャールズLNG、マグノリアLNGなどの建設・計画が進んでいます。キャメロンLNGは、拡張計画が進んでおり、日本の公的金融機関である日本貿易保険が拡張事業への付保を検討しています。

表:カルカシュー湖周辺のLNG事業

事業名ステータス事業者主な日本の関わり
キャメロン稼働中センプラ三菱商事などが出資JBICによる融資支援
カルカシューパス稼働中(コミッショニング中)ベンチャーグローバルJERAがLNGの購買契約
CP2審査中ベンチャーグローバルJERAがLNGの購買契約
コモンウェルス許可取得=延期コモンウェルスLNG
ドリフトウッド許可取得済テルリアン
マグノリア許可取得=延期マグノリアLNG
レイクチャールズ許可取得=再申請エナジートランスファーSMBCがフィナンシャルアドバイザー

図:メキシコ湾岸で進むLNG建設。青=稼働中、緑=建設中、黄色=許認可、オレンジ=審査中、*=拡張計画あり(出典:グリーンピース

カルカシューパスLNGは2022年に稼働を開始しました。ルイジアナ・バケットブリゲードのモニタリングレポートによると、稼働する181日のうち、71日はフレアリングが行われ、その後ベンチャーグローバル社自らが報告した分も足し合わせると、181日中115日フレアリングが行われていたことがわかりました。実に稼働期間の63%にあたります。環境影響評価ではフレアリングはこのように頻繁に行われる想定ではなかったとのこと。

全米で第4位の輸出容量(14.5mtpa)を誇るキャメロンLNGは2019年にLNG輸出を開始しました。ルイジアナ・バケットブリゲードの調査によると、稼働を開始して以来、2023年1月までの時点で既に67回、つまり月に2度もの漏出事故を起こしていています。これらの事故のうち48件は、熱酸化装置のトリップが原因で、事故はいずれもメタン、揮発性有機化合物、がん発症を誘発するベンゼン、その他の有害汚染物質の漏出につながっていました。ルイジアナ州の規制当局が2度調査を実施し、キャメロンLNGが大気汚染に関する許可証に違反したという結論が出されましたが、なんの罰金も課せられていません。

ダーダーさんの船で航行する間、船の横には数多くのペリカンが飛び交い、イルカたちが自由に泳いでいました。

写真:カルカシュー湖のイルカたち。たくさんのイルカが群れをなして泳いでいた。

ハイアットさんは「湿地は食料品店のようなものです。何世代にもわたって私たちに恵みをもたらしてきたのです。しかし私たち人間は絶え間なく汚染を続け、終わりがないかのように採掘や搾取を続けていますが、それを続けていくことはできません。人々ではなく、利益だけを追求したら何が起きるでしょうか。私たちが化石燃料に対する依存を断ち切れないことで将来子どもたちに降りかかる重荷について考えています。」と話してくれました。

日本の官民はアメリカでのLNG開発に多額の資金を投じています。

一方、2023年1月26日、米バイデン政権が化石燃料の一種である液化天然ガスについて輸出許可申請がされている事業に対する許認可の判断を一時停止すると発表しました(参照:FoE Japanブログ「バイデン政権によるLNG輸出許可一時停止の意味とは」)。その間に認可の際の判断基準の改訂をするとしています。気候危機を食い止め、環境や地元の人々への影響を考えると、バイデン政権は正しい第一歩を踏み出したと言えます。しかし日本政府は日本のエネルギー安全保障が脅かされることを懸念しています。

一方で、現在の第6次エネルギー基本計画においては、2030年のエネルギーミックスにおけるガスの割合を2019年の37%から20%に減少させるとしています。バイデン政権の決定は、すでに許認可を得ているLNG事業には影響がないため、短期的には日本へのLNG供給に影響はないと見られています。したがって、今回の決定が短期的に日本のエネルギー安全保障を脅かすとは言い難い状況です。

長期的に見ても、気候危機回避のためには、ガスを含む全ての化石燃料からの脱却が必要とされています。世界の平均気温の上昇を1.5℃以下に抑えるというパリ協定の目標の達成のためにも、地域の人々の綺麗な空気への権利を守るためにも、今、エネルギー転換を考えなければなりません。

(深草亜悠美)

「ポート・アーサーに立ちこめる死の匂い」ーアメリカ・メキシコ湾岸ガス開発現場視察報告(2)

アメリカ南東部に位置するメキシコ湾岸。その名の通り、海岸線はアメリカからメキシコへと伸び、湾を出るとキューバ、そしてカリブ海へと繋がっています。生物多様性豊かなテキサス州やルイジアナ州の沿岸地域は、近年巨大化するハリケーンの影響を顕著にうける地域であり、奴隷貿易や黒人奴隷が使役されていたプランテーションの中心地の一つでもありました。2023年10月末、アメリカのメキシコ湾岸周辺で急速にすすむ液化天然ガス(LNG)事業による地域への影響を知るために、FoEJapanはテキサス州とルイジアナ州を訪ねました。ブログシリーズの第二回目をお届けします。(第一回はこちら

11月1日、ヒューストンから東に160キロほど進んだところにあるポート・アーサーを訪ねました。テキサス州とルイジアナ州の州境のテキサス側に位置します。

ポート・アーサーで私たちを迎えてくれたのはポート・アーサー・コミュニティ・アクション・ネットワーク(PICAN)のジョン・ビアード3世さんです。ビアードさんは、「金の匂いがすると言う人もいる。しかし私にとってこれは死の匂いだ」と話します。

写真:ポートアーサーを案内してくれたジョン・ビアード3世さん

街を訪れてすぐ、ビアードさんが言うように、異様な匂いに気づきました。フリーポートもそうでしたが、街には数えきれないほど石油化学工場やLNG施設が存在し、文字通り工場に包囲されているような様相です。

ポートアーサーには5万人の住民がおり、4割は黒人で、その次に多いのがヒスパニック系の白人です。ジョンさんによると、たくさんの化学工場が立地しているにも関わらず、「昔は賑わっていたが、仕事がなくてどんどん人が出ていく」と話します。また、ここも海沿いであるために、かつては海の幸に恵まれていましたが、産業による汚染が深刻です。

健康被害についてビアードさんは、自身も22歳の時に腎臓移植したことを話してくれました。ポート・アーサーでは、発がん性物質であるベンゼン汚染が深刻です。2020年、ポート・アーサーにあるトタル・エナジーズの製油所からは、EPA(米国環境保護庁)基準の2倍以上のベンゼンが排出されていました。工場の半径5キロメートル以内に2万人近くが住んでいますが、その約半数は黒人です。ポート・アーサー地域のがんリスクは非常に高く、EPAが許容範囲とするレートの190倍だそうです。住民の健康被害が深刻化する一方、汚染源である企業からの医療補償はないといいます。ポート・アーサーの20%という貧困率も全国平均より高く、貧しい住民は高額な医療サービスを受けることができません。

また、町の至る所でフレアリングが行われているのも衝撃的な光景でした。フレアリングとは、余ったガスを燃やす作業です。日本の工場などでも行われていますが、煙突の先で燃えているのが見えるのが一般的なのではないでしょうか。ポートアーサーでは、グランドフレアも行われていて(その後各地で見ることになるのですが)、とてつもなく大きな囲いの中で煙突ではなく地面の高さでフレアリングが昼夜問わず行われていました。

写真:グランドフレアの様子。中で火が燃えているのがみえる。

ポートアーサーの周辺では、ポートアーサーLNGだけではなくゴールデンパスLNGというLNGターミナルが建設中で、ちょうど州境を超えたところにあるザビーンパスLNGはすでに稼働しています。

写真:テキサス州とルイジアナ州の境を流れるザビーン川から。「ゴミの燃焼禁止」と書かれている。対岸ではLNG施設(ザビーン・パスLNG)が稼働し、フレアリングを行っている。

「人々はこの水路で魚も釣っています」とビアードさんは話します。大気だけではなく、水質も深刻に汚染されています。汚染の原因は単にLNG事業や石油化学施設が急増したことに留まりません。これらの工場が、規制当局による環境基準を遵守していないのです。またハリケーンなどの際に、石油化学施設が未処理の廃水を地元の水路に廃棄することもあると言います。

工場は多くの水を使います。これらの施設は「大水食らい」で、地域住民のニーズよりも工業用水の利用が優先されていると、視察に同行したテキサス・キャンペーン・フォー・エンバイロンメントのジェフリー・ジャコビー氏も話します。 

こういった状況に対し、ビアードさんは一家で長年闘ってきました。

この日、ポートアーサーを案内してくれたジョン・ビアード3世さんの父ジョン・ビアード・ジュニアさんは、環境規制の緩和に反対し、テキサス環境諮問委員会はポートーアーサーLNGにおける排出基準を厳しくするよう、行政法審判官に申し立てました。申し立ては認められましたが、テキサス環境諮問委員会は、基準の強化はポート・アーサーLNGを所有するセンプラ社(次回のブログに出てくるキャメロンLNGもセンプラ社のLNG事業)にとって追加コストになるとして、申し立て結果を無視。その後ジョン・ビアード・ジュニアさんはさらに異議申し立てを行います。

この異議申し立てに関して、私たちが帰国した後、良いニュースが飛び込んできました。

11月15日、米国の裁判所は、ポートアーサーLNGに課されている排出基準が、リオ・グランデLNGなど他のLNGに課されている排出基準に及ばないと判断し、ポートアーサーLNGに対する排出許可を取り消したのです(参考 1 2)。

この勝利に関する記事の中で、ジョン・ビアード・ジュニアさんはいいます。

「私たちは右からも左からも攻撃されている。これは不正義だ。誰かが綺麗な空気のために戦わないといけないのだ」

ポートアーサーLNG事業
第1・第2系列(フェーズ1)第3・第4系列(フェーズ2)
事業者ポート・アーサー・フェーズ1,LLC. = KKR(42%)、コノコフィリップス(30%)、センプラエナジー(28%)が出資ポート・アーサー・フェーズ2,LLC. = センプラエナジー、コノコフィリップスが出資
液化容量1350mtpa1350mtpa
状況(2024.3現在)建設中最終投資判断前
生産開始予定2027~2028年未定

表出典:JOGMEC,GEM,などを元に作成

ドバイ会議終盤〜主要論点のゆくえ〜

12月8日、COP28議長は11日から始まる閣僚級会合に向けて、Majlis(マジリス)という単発の委員会を設立しました。Majlisでは、グローバルストックテイク、適応世界目標、公正な移行、そしてパリ協定第2条1項cなどの資金・実施手段の扱いといった、今回のCOP28 における主要な論点を網羅するパッケージを作成しています。

上述のような注目議題について、COP2週目開始時点では十分に議論しきれなかったということもあり、議長によって指名された交渉官の下、技術的な議論が継続されました。そして、12月8日から10日朝にかけて、グローバルストックテイク、適応世界目標、公正な移行などの決定文書案が第5回パリ協定締約国会合(CMA5)に送られましたが、交渉官レベルで合意がなされたわけではなく、政治的な交渉に委ねている箇所が多くあります。以下、それぞれの主要論点の状況です。

グローバルストックテイク

グローバルストックテイクでは、決定文書の中心に気候目標の野心(ambition)の強化を据えるのか、それとも公平性(equity)を中心に据えるのかで、先進国と途上国で意見の違いが見られています。

途上国は、コロナ禍による社会への影響や、債務問題に直面している中で、先進国による途上国支援の強化がなければ排出削減の強化は困難であると主張しています。また、途上国の一部は1.5度の気温上昇は時間の問題であるとみており、途上国自身が自国の緩和策に資源を投入するならば、適応対策や損失と被害への先進国からの支援は必須だと求めています。

途上国は、先進国による削減目標の強化、途上国への支援 – 特に適応対策支援は先進国の義務であると主張しています。しかし先進国は、削減強化における先進国と途上国の区別を拒否し、途上国への支援を、グローバルストックテイクの決定文書内で言及されることを拒否しています。

また、今回の議論の成果が新しい国別目標(NDC)策定のための単なる情報提供にとどまるのか、それとも、次のNDC策定のガイドラインとされるべきなのかということも、気候変動対策の強化にあたって重要な点です。そして、「共通だが差異ある責任(CBDR)」の原則が、今回のGSTの中に含まれることが重要であり、その原則を実現するためには、気候変動資金、緩和策の強化、適応策、そして、公平かつ迅速で十分な資金による化石燃料の段階的廃止(A fair, fast and funded fossil fuel phase out )が含まれることが重要です。

また、決定文書案には“unabated”の文言が複数出ています。しかし、 “unabated”という文言を入れることによって、CCSや水素、バイオマスなどが認められてしまいます(2023年12月7日ブログも参照)。

適応世界目標

適応世界目標について、異常気象、農業、食料、水問題への影響など、気候変動の影響のさらなる悪化から世界中の人々とコミュニティを守るためには、公平で資金の伴った適応対策が極めて重要です。

決定文書案では、途上国が求めてきた定量的指標は言及されているものの、具体的な指標とはなっていません。途上国は、適応世界目標の実施を確実なものとするためにも、気候の影響による被害を回避した人の割合などの具体的で計測可能な目標が必要であると主張しています。

適応のための資金についても、先進国への拠出の義務を呼びかける案が入りましたが、この文言については、閣僚級の会合での議論が予想されます。

公正な移行に向けた作業計画

公正な移行に向けた作業計画についての決定文書案の前文には、途上国が求める「共通だが差異ある責任」が書き込まれています。本文においても、スコープ(公正な移行の範囲)はエネルギー分野のみならず、社会経済的側面、労働力、そしてそのほかの分野も含まれる案が提出されています。

ただし、途上国が求めている技術移転の実施や移行に伴う資金については、現状、同作業計画の決定文書案の前文でその必要性が強調される程度にとどまっています。途上国や市民社会は、決定文書にて、公正な移行は国内での議論にとどまらず国際的な協力であるべきとして、実施手段の提供が決定されることを求めています。また、COP30の議長国となる予定のブラジルは、公正な移行に向けた作業計画は、南北の格差を無くしてより平等な社会を目指すための作業計画であるべきと主張しています。その他、今後のこの作業計画の立て付けなどについて、決定文書案では、この作業計画はパリ協定締約国会合への勧告を提出するに留まるとしていますが、決定文書本文にて言及される提出を求めています。

国際炭素取引制度

国際炭素取引制度について、パリ協定第6条2項の下で2国間の炭素市場メカニズムについて議論され、パリ協定第6条4項では、国連が管理する国際炭素取引制度が議論されています。6条4項で議論されている制度に関して結論は先送りとなると予想されています。第6条2項については、島嶼国グループやラテンアメリカのグループは、技術的な議論についてはより精査が必要であるとして、また欧州グループも技術的な問題点があるとして、COP29まで議論を継続することを求めています。環境社会配慮がなく不十分な状態であっても、日本は、2024年から6条2項目の事業を開始するべきと求めています。市民社会としては、そもそも国際炭素市場メカニズムは、根本的な排出削減に繋がらず、途上国での土地収奪や人権侵害や環境破壊、また排出の責任の転嫁につながるとして、反対しています。

損失と被害

COP28初日、損失と被害に関する基金(The Loss & Damage Funding Facility)の設立が合意されました。同基金については先進国の複数の締約国から7億ドル以上の誓約がありましたが[注1]、今回誓約された金額は、現状の気候変動による損失と被害額と比較すると(例えば2022年のパキスタンでの洪水での被害額及び復興にかかる額は30億米ドルと推計されている[注2])全く足りていません。

また、過去、緑気候基金(Green Climate Fund, GCF)において、先進国がプレッジした額よりも少ない額しか実際には拠出されていなかったということがあり[注3]、この損失と被害の基金に関しても同様のことが起きないよう注視が必要です。そして、合意された基金の文書においては、今後どのように定期的にこの損失と被害の基金に対して資金を補充していくかということは書かれておらず、これからも定期的に拠出があるよう監視していかなくてはいけません。

実際の基金の運用面に関しても、同基金は当面、世界銀行の下に置かれることになっています。決定文書においては、世界銀行による途上国への投融資に関する様々な要件が損失と被害対応を阻まないよう、世界銀行に対して条件を提示しています。世界銀行には、COP28閉会後6ヶ月以内に、提示された条件をどのように守るのかの計画を文書化・提出することが求められており、同計画が提出されなければ、独立した基金へと移行することとなっています。

懸念点はあるものの、この基金の設立は、非常に重要で歴史的な一歩です。

市民社会の動き

12月9日には「平和と人権尊重なくして気候正義は実現しない(There is no climate justice without peace and human rights)[注4]」として、気候正義とガザでの永遠停戦を求めるマーチが開催され、会場内の多くの市民社会が参加しました。

また、12月11日には、 “People’s Plenary”という、市民社会による全体会合を模したアクションも開催されました。パレスチナ市民、若者、労働団体、小農民、女性グループ、環境団体などの市民社会から、ガザでの永遠停戦や、脱化石燃料を伴う公正な移行、利益のためではなく人々のための気候変動対策、など気候正義の実現を求める力強いメッセージが響き渡りました。

世界での国家による極度の弾圧や戦禍は人々の間に分断をもたらしており、市民社会の中でも今回のドバイ会議の参加をめぐって議論がありました。それでも、COP28の現場では開催期間中、平和や人権、民主主義のために連帯の声をあげる人々の姿がありました。FoE Japanは、公正で平和な社会のために声をあげる市民社会とともに、交渉が気候正義に基づいた結果となることを求めます。

(髙橋英恵、小野寺ゆうり)

[注1] The Guardian “$700m pledged to loss and damage fund at Cop28 covers less than 0.2% needed”, 2023/12/6, https://www.theguardian.com/environment/2023/dec/06/700m-pledged-to-loss-and-damage-fund-cop28-covers-less-than-02-percent-needed

[注2] World Bank “Pakistan: Flood Damages and Economic Losses Over USD 30 billion and Reconstruction Needs Over USD 16 billion – New Assessment”, 2022/10/22, https://www.worldbank.org/en/news/press-release/2022/10/28/pakistan-flood-damages-and-economic-losses-over-usd-30-billion-and-reconstruction-needs-over-usd-16-billion-new-assessme

[注3] Climate Home News “Green Climate Fund ambition at risk after ‘disappointing’ pledges”, 2023/10/5, https://www.climatechangenews.com/2023/10/05/green-climate-fund-ambition-at-risk-after-disappointing-pledges/

[注4] Friends of the Earth Internationalでは、2023年12月8日、”Palestine is a cause of human rights and climate justice“を公表。

COPは化石燃料ロビイストで溢れかえっている!? – 化石燃料廃止に向けた強い取り組みは打ち出されるのか?

ドバイで11月30日から開催されているCOP28の第一週目が終わりを迎え、折り返し地点にきています。一週目には、ハイレベルセグメントやワールドリーダーズサミットで各国首脳らがスピーチを行い、議長国等による政治声明も数多く出されました。

今回のCOPでは、グローバルストックテイクや気候資金、ジャストトランジションなどの論点に加え、「化石燃料」について特に注目が集まっています。

気候変動の原因である温室効果ガスの人為的排出の7割がエネルギー由来です。そのため化石燃料の生産と消費を段階的に廃止していくことが重要ですが、COPの歴史の中で化石燃料が国際交渉の中で正面から議論され、決定文書に盛り込まれたのは2021年のCOP26グラスゴー会議が初めてでした。この時、排出削減対策の講じられていない石炭火力の段階的縮小ということが決定文書に盛り込まれましたが、続くCOP27ではそれよりさらに強い文言が期待されていました。残念ながらCOP27では進展が見られなかったのですが、COP28でさらに強い取り組みが打ち出されるか、注目されています。

また、議長国のアラブ首長国連邦が産油国で、議長自身が化石燃料会社のトップを勤めていることもあり、化石燃料廃止に向けた強いイニシアチブは期待できないのではと懸念されているこも化石燃料に関する交渉が注目される背景にあります。議長国がCOPを商談の場に使おうとしているという報道もありました。

COPの場における利益相反の問題は以前から問題視されていました。化石燃料という気候変動の原因から利益を得ている化石燃料企業などの参加者がCOPに参加し、交渉に影響を与えていることが指摘されてきましたん。そのため、多くのNGOが明らかに利益相反である化石燃料企業の参加を防ぐためのルール作りを求めており、今回のCOPで初めてCOP参加者には所属先を明らかにするよう求められるようになりました。ただし、化石燃料会社の参加を阻むことには繋がっておらず、今回のCOPには少なくとも2456人の化石燃料ロビイストが参加していることがわかっています(一方、先住民族の参加は316名)。

さて、過去の交渉では、カバー決定の中に化石燃料に関する文言が含まれていました。COPの会議では様々な会議(パリ協定の締約国の会議=CMAや、補助機関会合=SBI、SBSTAなど)が同時進行で行われます。これら全体をカバーする決定文書ということで、カバー決定が採択されることがあります。今回の交渉では、議長国は、グローバルストックテイク(GST)に関する議論の中で成果を出したいという方向性を示しており、GSTでの交渉でどのように化石燃料が扱われるかが注目されています。

また3年間かけ準備したGSTは今回のCOPで結論を出して終わるので、先進国は、既存の緩和作業計画で今後フォローアップすべきと提案しています。第一週目、GSTと緩和作業計画の交渉両方でその提案を出してきていますが、途上国は、先進国が緩和作業計画の中で資金支援を議論させないため、GSTの結論をそこに引き継ぐことに強く反対しています。

12月5日の早朝のGSTに関する文書のドラフトに残されている様々なオプションをみると、再生可能エネルギー・省エネの世界目標や、排出削減対策を講じた化石燃料、除去技術に触れたものまで残っています。市民社会が求めているのは、石炭だけではなくすべての化石燃料を含めた、また「対策なし/あり」に関わらず、そしてPhase-down(段階的削減)”ではなく”Phase-out(段階的廃止)”まで踏み込んだ、化石燃料経済からの脱却です。

排出削減対策とは一体何を意味するのでしょうか。2021年G7の首脳宣言に排出削減対策が講じられていない(Unabated)という言葉が出てきた際、英国政府はプレスリリースの中で、「対策が講じられていないもの(Unabated)とはCCSなどの技術がないものをさす」としていました。また、IPCC第6次報告書は、CCSを排出削減対策と見なすには90%以上の脱炭素化(排気からの炭素除去)であるべきとしています。

化石燃料事業に対する排出対策のあり・なしという議論は、脱化石燃料の議論を遅らせてしまうという強い懸念の声が出ています。排出対策を講じることを議論するということは、根本的な化石燃料からの脱却(排出源を断つ)という必要性を曖昧にしてしまい、排出対策技術の方への投資にばかり資金や注目が集まってしまいます。また「排出対策を講じる」ということは既存の化石燃料インフラを利用しつづけることが前提で、化石燃料への依存を長引かせてしまうことになります。(参考:Q&A Why defining the ‘phaseout’ of ‘unabated’ fossil fuels is so important at COP28

90%以上の脱炭素化を可能にするために、注目されているのがCCS(炭素回収貯留)です。CCSは、発電所や工場から出るCO2を回収し地中もしくは海中、海底下に貯留する技術を指します。しかしながら、CCSが大規模に運用されているケースはほとんどなく、回収率も90%を下回る60〜70%で、さらに炭素以外の温室効果ガスを回収できるわけではありません。

(CCSについてはこちらもチェック→https://foejapan.org/issue/20231121/14984/ )

クライメート・アナリティクスは、「化石燃料の排出削減対策」を議論することはCCSによって排出対策が可能であるという「誤った認識」を作り出すリスクがあると指摘しています。排出対策があろうとなかろうと2050年までに化石燃料のフェーズアウトが必要であるとした上で、実際、現状の低い炭素回収率でCCSに大きく頼ったエネルギーシナリオを実行すると、86Gtの二酸化炭素が余計に排出されると試算しています。

この文脈で注目されるのは日本の動向です。

日本政府は、CCSだけでなく、石炭火力発電所でアンモニアを混焼したり、バイオマスを混焼することで排出削減対策になると主張しているからです。同じ論理で、アジア諸国に混焼技術を輸出することはアジアの脱炭素化に貢献すると主張しており、それがグリーンウォッシュであるということでCOP27、COP28で気候変動対策を後退させようとする国にNGOが与える不名誉な賞である「化石賞」が贈呈されました。

一方で、交渉の外で脱化石燃料に関する様々な前向きな動きもありました。

COP26グラスゴー会議で、議長国英国が主導したクリーンエネルギー・トランジション・パートナーシップ(CETP)は、海外における化石燃料事業への公的支援を停止し、再生可能エネルギー支援に転換するという内容で、当時日本を除くG7全ての国が賛同したことで話題になりました。このイニシアチブに今回新たにノルウェーとオーストラリアが加盟したのです。

2021年にデンマークとコスタリカによって立ち上げられたBeyond Oil and Gas Alliance (BOGA) という石油・ガスの生産の段階的廃止を求める連合にも、今回のCOPで新たにスペイン、サモア、ケニア、コロンビアが参加することが発表されました。

また、12月4日には世界各国から集まった市民によって、COP28会場にて日本による化石燃料投融資に抗議するアクションも行われました。アクションにはピカチュウも登場し、「#SayonaraFossilFuels(さよなら化石燃料)」のスローガンを掲げアピールしました。

フィリピンの若者団体Youth for Climate Hopeの呼びかけ人であるKrishna Ariolaは、「日本は1,000万ドルを損失と被害基金に拠出すると約束したが、化石燃料に執着しフィリピンのような国が危険にさらされることに費やした数十億ドルに比べれば取るに足らない」と述べ、気候変動対策に貢献するふりをしながら実際は気候危機を悪化させる日本を批判しました。

(©︎FoE Japan)

バングラデシュのWaterkeepers Bangladeshのコーディネーター、Sharif Jamilは「日本が、気候危機に対する誤った対策と実証されていない技術を用い、輸入に依存する化石燃料を軸としたエネルギー基本計画を作成することで、私の国に最も重大な害を及ぼすことになるのは、非常に残念なことだ」とし、日本がバングラデッシュのエネルギー計画作成に関与し化石燃料を推進していることに抗議しました。

(©︎FoE Japan)

また、米国Port Arthur Community Action Networkの創設者であるJohn Beard, Jr.は、「私が住むコミュニティは、世界でも最もがん罹患率が高い地域の一つであり、有害なフラッキングガス(水圧破砕法を用いて採掘されるガス。化学物質を含んだ水を地層に圧入する。)による影響に苦しんでいる。日本が気候を破壊し、世界がパリ協定の目標達成を妨げている。日本の投資は、南西部の先住民族からテキサス、ルイジアナ、メキシコの港近くに住む人々に至るまで、米国の人々にさらなる打撃を与えるだけだ。」と話しました。

温暖化を1.5度以下に抑えるために欠かせない脱化石燃料と、いまだに化石燃料に固執する日本。COP28で脱化石燃料の方針が明確化されるのか、注目が集まります。

(深草亜悠美・長田大輝・小野寺ゆうり)

COP28「公正な移行」のゆくえ〜未来へ責任ある行動を選択できるか〜

今回のCOP28では、昨年の第4回パリ協定締約国会合[注1]にて設置が合意された、公正な移行に向けた作業計画(Work programme on Just Transition、 JTWP)についての交渉が進んでいます。

「公正な移行(Just Transition)」は、1970年代の米国での環境正義運動で言われはじめ、2009年のCOP15では、ITUC(国際労働組合総連合)は、気候変動に対応するための産業移行の中で労働者を支援し、彼らの権利を守ることを基にした概念を提唱してもいます。この概念の中には、温室効果ガスの排出が少なく平等で公平な社会、より人間らしい仕事や健全なコミュニティを創出していこうという考えも含まれており[注2]、パリ協定前文にも”Just Transition”は言及されています[注3]。

第4回パリ協定締約国会合(CMA4)の決定文書の中で締約国は、世界的な低炭素社会への移行は、持続可能な経済発展(SDGs)と貧困撲滅の機会でもあることを指摘しており、途上国は「公正かつ公平な移行に向けて、エネルギー、社会経済、労働力、その他の側面が含まれており、そのすべてが達成されなければならない」と強調しています。 また、その「移行においては、国が定めた開発優先事項に基づき、移行に伴う潜在的な影響を軽減するために社会的保護が含まれる」ものとしています。

何を決める?

JTWPは、途上国の長期的な経済移行に対し、国際的な支援を促進させるためのものです。今回のCOP28では、このJTWPの枠組みにおいて、来年以降具体的に「何を」「どれくらいの期間」「どのように議論するか」が決められます。

特に、スコープ(公正な移行の範囲)は大きな論点です。途上国は、公平性と「共通だが差異ある責任(CBDR-RC)」の観点から、持続可能な開発の 3 つの柱 (社会、経済、環境)を網羅し、社会全体と経済全体のアプローチを包含する広範かつ長期的な経済と社会の移行の取り組みであることを主張しています。一方、先進国はエネルギー産業に絞り、その移行の中で、労働力の公正な移行経路に焦点を当て、数年以下の短期で結論を出し作業計画を終えることを望んでいます。また、同作業計画の実施期間に関して、先進国は2〜4年間という期間で設けるべきとしていますが、途上国は期限は設けず継続的に議論すべきと主張しています。そのほか、作業計画の形式・制度的取り決めや、どのような成果物を求めるのか、条約下の他の枠組みとどのように関連させるか、などについても、途上国と先進国で大きな意見の相違が見られます。

気候正義の観点から

気候正義の実現を求める市民社会グループ(DCJ)は、公正な移行は、公平性や歴史的責任に基づいた、世界的な脱炭素社会への移行を目指すべきと主張しています。複数のCOP議題にまたがるエネルギーの移行の論点に関しては、化石燃料の段階的かつ公平な廃止、そして脱化石燃料の進展と併せて、再生可能エネルギーの導入を求めています。同時に、世界的な再生可能エネルギー拡大による鉱物資源収奪を防ぐために、鉱物資源採掘に対するガイドライン(影響軽減対策)を再エネ目標合意に含めること、途上国への資金技術支援を明記することを求めています。そして、この公正な移行に向けた作業計画は、先進国が主張する単なる意見交換や情報共有の場ではなく、具体的な行動につながる決定がなされることを期待しています。

交渉の外でも

12月4日[注4]には、「A Partnership to Support Women’s Economic Empowerment and Ensure A Gender-Responsive Just Transition([仮訳]女性のエンパワメントおよびジェンダーに対応した公正な移行に向けてのパートナーシップ)[注5]」が60か国以上の賛同の下、発表されました。

この新しいパートナーシップでは、COP25で決定されたジェンダー行動計画[注6]も踏まえ、公正な移行がジェンダー平等を促進させるものになるよう、(1)女性の教育・スキル・能力開発、(2)気候変動の影響を最も受けている地域へのより効果的な資金、(3)ジェンダー平等を実現するための質の高いデータの収集と分析、の3つの指針が示されており、COP31にてレビューがなされる予定です。 

今後の交渉の行方は

12月1日からこの交渉は始まっていますが、日に日に多くのオブザーバーが詰めかけ、関心が高まっている様子が見て取れます。交渉の場においては、先進国はより早く行動を始めることが重要で作業計画の議論も短期間にすべきで、情報共有の場に限定すべきと主張していますが、途上国は、公正な移行を実現するための能力や資金、技術が不十分な状況を訴え、世界的な公平性の実現も訴えています。

途上国グループは、私たちが20年から30年後にどのような世界を見たいか各自の個人的な信念に立ち返ってほしいと求め、未来に不平等を残すのではなく責任ある行動をしようと呼びかけました。

UNFCCCの根幹である「共通だが差異ある責任」を実現するための議論と決定が、このドバイ会議で求められています。

(髙橋英恵)

[注1] CMA/4, para 50-53; https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2022_10a01_adv.pdf

[注2] ITUCによる「公正な移行」の定義についてはこちらこちらを参照。またILOの定義はこちら

[注3] Paris Agreement 前文, “Taking into account the imperatives of a just transition of the workforce and the creation of decent work and quality jobs in accordance with nationally defined development priorities,” 

[注4] COP28議長国によって、12月4日はGender Equalityもテーマとなっている。

[注5] A Partnership to Support Women’s Economic Empowerment and Ensure A Gender-Responsive Just Transition; https://www.cop28.com/en/news/2023/12/COP28-launches-partnership-to-support-women-economic-empowerment

[注6] The Gender Action Plan; https://unfccc.int/topics/gender/workstreams/the-gender-action-plan

気候正義の観点からみるCOP28の論点〜気候危機の根本的な解決策を議論しない国際交渉から脱却することはできるのか

11月30日から、アラブ首長国連邦にて、第28回気候変動枠組条約締約国会議が開催されます。

IPCCなどが明らかにしているように、長年の気候変動交渉にもかかわらず、排出は削減されずむしろ増加傾向にあります。2015年のCOP21で採択されたパリ協定には、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前 に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること」が掲げられていますが、世界全体で気温の上昇を産業革命前と比較して1.5℃以下に抑えるためには、2035年までに2019年比で60%の温室効果ガスを削減しなければなりません[注1]。

先進国による温室効果ガスの削減目標の強化も遅々として進まず、途上国の貧困層を中心に、気候変動による損失と被害に苦しむ人が増えています。そのため、グローバルサウスを中心とした多くの市民社会は、具体的な行動や損失と被害への支援が進まない状況に強い懸念を示しています。今回のCOP28の開催にあたって、FoE インターナショナルでは、会議の成果が公正かつ公平な気候変動対策をもたらすものとなるよう求めています。(今回の開催にあたってのFoE インターナショナルの声明はこちら

気候正義の観点から、注目すべき論点として、「グローバルストックテイク」「脱化石燃料」「再生可能エネルギー拡大」「適応世界目標」「公正な移行」「緩和作業計画」が挙げられます。それぞれの点について論点をまとめました。(気候資金、炭素市場については、別途詳細を掲載予定)

グローバルストックテイク

COP28(CMA5[注2])で一番重要と考えられている論点が、グローバルストックテイク(GST)です。パリ協定の下で各国が「国の決定する貢献(National Determined Contribution、NDC)」を提出することになっています(パリ協定第4条)。グローバルストックテイクは、パリ協定の目標達成に向けた進捗評価のことを指します。5年ごとに行うと定められており、COP28は1回目のグローバルストックテイクの結論を出す回にあたります。このグローバルストックテイクが注目される理由としては、今回の評価をもとに、次期NDCに向けた指針が提言されるためです。

グローバルストックテイクにおいては、温室効果ガスの削減目標だけでなく、適応、実施行動や途上国への支援、損失と被害の対策、気候変動対策の負の影響について、包括的に評価します。すでに、COP28の前に具体的な情報を網羅した報告書が出されており、COP28ではこれにもとに、次期NDCに向けた指針が提言の策定の交渉が進められます。

このグローバルストックテイクについて、先進国は「先進国/途上国」といったこれまでの国際交渉の構図をつくりかえる機会にしようとしています。具体的には、パリ協定では「先進国は途上国への支援やキャパシティ・ビルディング、資金提供の責任を負う」(パリ協定第9~11条)とされていますが、これからは、パリ協定第2条1項の「資金の流れはパリ協定に整合するよう」との部分を強調し、支援に関しては民間資金主体で、また、パリ協定第9条(先進国から途上国への支援)はほんの一部であるとしようとしています。1.5℃目標の達成も危ぶまれている中、改めて交渉の枠組みを作りかえるような話を持ち込むこと、そもそも、これまでの責任も十分に達成されていないという観点から、途上国はこの動きに強く反発しています。

脱化石燃料

化石燃料経済からの脱却に舵を切れるかについても、COP28で注目を集める論点の一つです。決定文書に初めて化石燃料に言及することができたのはCOP26とつい最近のことで、COP26では石炭火力の “phase-down(段階的削減)”が明記されました[注3]。今回のCOP28では、石炭だけではなくすべての化石燃料を含めた、また「対策ある/なし(unabated/abated)」に関わらず、”Phase-down(段階的削減)”ではなく”Phase-out(段階的廃止)”まで踏み込み、将来的に化石燃料経済からの脱却へと合意ができるかが注目されています。非常に困難な交渉と予想されますが、これはCOP28の成果を図る一つの指標でもあります。

再生可能エネルギー目標

G7やG20など、さまざまな国際交渉の場で再生可能エネルギー普及拡大の議論が取り上げられる中、今年9月にIEAが公表した改訂版の「Net-Zero Roadmap 」によると、1.5℃目標の達成のためには、2030年までに世界の再生可能エネルギー導入容量を3倍、エネルギー効率の改善率を年間2倍にする必要があるとの指摘がされました。COP28議長もこの動きを前向きに捉えており、COP28ではこの点をしっかりとした形で合意に踏み込み、次の行動に移せるかが注目すべき点となっています。ただし、先述した脱化石燃料と同時に実施されなければ、需要の増加分を再エネで賄うだけで、化石燃料の脱却には繋がりません。また、途上国での実質的な普及策も入れていかないといけません。さらに重要なこととして、再生可能エネルギーへの移行にあたって、膨大な金属資源が世界的に必要になりますが、資源開発という名の下、途上国での資源収奪が悪化していくことへの対策が必要です。

GGA(適応世界目標)

気候危機が深刻化する中、温室効果ガスの削減だけではなく、気候変動への適応も急がれています。パリ協定では、世界的な適応策について議論する適応世界目標(Global Goal on Adaptaion、 GGA)という枠組みがあります。気候変動の影響が深刻化している途上国にとって、適応世界目標は非常に重要なものであり、世界的な適応対策の実施にあたって具体的に進捗をはかれるよう、具体的な数値目標や指標の策定・合意を目指しています。一方、先進国は、適応策はすべての国がそれぞれの国の政策として実施していくべきであるとして、世界共通の指標の策定に反対しています。また、先進国は、適応の資金問題をこのフレームワークの合意に含めることにも強く反対しています。

公正な移行に向けた作業計画(JTWP)

前回のCOP27では、公正な移行に向けた作業計画の策定が合意されました[注4]。これは、途上国の長期的な経済移行に対し、国際的に支援を促進させるための作業計画であり、COP28では作業計画の中身を決め、来年から運用を開始するものとしています。しかし、先進国の中には、公正な移行に向けた作業計画は緩和作業計画と競合する側面があるとして、この公正な移行に向けた作業計画は1-2年で打ち切り、緩和作業計画の方に議論を集中するべきとの主張しています。また、経済移行の中でも、エネルギー部門における雇用と労働に絞った議論をすべきであるとの意見や、また先進国/途上国の区別なく議論すべきとの意見もあります。COP30までこの作業計画の策定の議論は続きますが、初回であるCOP28でどのような方向性を実現できるのかは注目すべき点です。

緩和作業計画(MWP)

パリ協定第3~5条では、1.5℃/2℃に抑えるための温室効果ガスの削減、つまり「緩和」の必要性が記されています。緩和作業計画は、このパリ協定の条文に従い、COP26でその計画策定が決定されたものです。前回のCOP27では、緩和策についての対話や、情報交換とベストプラクティスの共有をする機会とすることが決定されました。

COP28では、先述の再エネ普及及び省エネ率改善にかかる世界目標に関する議論がここに持ち込まれる可能性がある一方、国内の炭素市場の整備や水素アンモニア・CCSといった、本来の解決策から脇道に逸れる対策の議論やそれらへの投資促進に関する議論が持ち込まれる可能性があり、気候正義を訴えるグループとしては、そのような誤った気候変動対策が、緩和作業計画で議論されるべきではないと考えています。

国際炭素取引制度

パリ協定の第6条では、気候変動対策の国際的なアプローチの実施を定めています。パリ協定第6条では、市場メカニズム(第6条2項、第6条4項)と、非市場メカニズム(第6条8項)が言及されていますが、市場メカニズム(第6条2項、第6条4項)が第6条のメインの議題となっているのが現状です。現在議論されている市場メカニズムは国際炭素取引制度とも呼ばれ、例えば、A国で削減または吸収・除去された量をB国が買い、B国の削減量とすることができるという、オフセットの考え方に基づくものです。

この議論に対し、FoEI含め多くの市民社会は、すでに1.5℃目標の達成が危うい中、排出量の削減ではなくオフセットの議論に時間を使っていること自体がおかしいと、声を上げています。

さらに、COP28では、吸収・除去のクレジットの方法論として、「自然を活用した対策」やCCSといった、大規模な土地を必要とする案が提案されています。しかし、このような事業はコストの安い途上国の土地や海洋で行われる可能性が高く、海外投資家による土地収奪、気候植民地につながるものとして、市民社会は強く反対しています。

このパリ協定の第6条の議論は多くの論点があるため、すべての論点で合意できない可能性があると言われていますが、各国の報告書様式、国際登録簿、各国内の制度の整備要件に合意できれば、来年から部分運用が始まると予想され、その場合、参加を希望している途上国での制度整備が来年早々から始まるのではと、気候正義を求める市民社会は懸念しています。

COP28に求められるもの

歴史的責任に基づく排出量削減目標の設定、化石燃料の廃止、途上国での再生可能エネルギーや省エネ転換への支援を含んだ再エネ国際目標、COP27で合意された損失と被害基金の来年からの即時運用開始と先進国が基金への拠出義務を負うことが求められています。

今回のCOP28は、世界での国家による極度の弾圧や戦禍を踏まえ、COPに出席しないことを選択した人々が多くいます。しかし、COP28の現場にいなくても、世界中で人権、民主主義、環境正義のために立ち上がる人々がいます。FoE Japanは、公正で平和な社会のために声をあげる市民社会に連帯し、彼らの声を強調し、世界が気候危機に向き合うことを、そして気候正義に基づくいた根本的な解決策を訴えていきます。

髙橋英恵、小野寺ゆうり、深草亜悠美

[注1] AR6 Synthesis Report Summary for Policymakers, https://www.ipcc.ch/report/ar6/syr/downloads/report/IPCC_AR6_SYR_SPM.pdf

[注2] COPでは、「国連気候変動枠組条約」に基づく会議体、「京都議定書」に基づく会議体、「パリ協定」に基づく会議体の3つがあり、順に「COP」「CMP」「CMA」と呼ぶ。

[注3] https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2021_10_add1_adv.pdf

[注4] https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2022_10a01_adv.pdf

横須賀石炭火力訴訟控訴審、わずか2回で判決へ・・

10月20日(金)、横須賀石炭火力訴訟の控訴審2回目がありました。

★横須賀石炭火力訴訟とは?
→横須賀火力発電所の新1・2号機(石炭火力)の環境影響評価書確定通知の取り消しを求める行政訴訟です。2019年5月に提訴されましたが、2023年2月「原告らの訴えをいずれも棄却する」という判決が言い渡されました。原告はその後控訴しています。
https://yokosukaclimatecase.jp/

まず、原告の一人の岩澤由美子さんから、ここ数年の夏の暑さの厳しさを身に染みて実感、特に今年の夏が厳しかったことをお話しされました。高齢で生活保護を受けている友人がいて、エアコンを持っていないため熱中症にならないかいつも心配しているとのこと。気候変動が、いのちや暮らしを脅かしていると訴えました。

次に弁護団長の小島延夫さんから弁論。
気候変動影響の深刻化、熱中症の深刻な増加、日本近海の海水温の上昇と、それらとも関連する豪雨災害の激化などについて話しました。
さらに、環境アセスメントでは、CO2排出について評価項目に入っていないこと、取りうる他の選択肢(複数案)を検討していないことほか、漁業被害、解体工事の際のアスベスト飛散、PM2.5、光化学オキシデントについても調査をしていないことなどを挙げ、環境影響評価の確定通知の取り消しを再度訴えました。

>詳細・これまでの経緯はこちら
https://foejapan.wordpress.com/2022/06/06/yokosuka-file13/

その後、千葉恒久弁護士から、IPCCの評価報告書の作成メンバーにも入っている江守正多氏の尋問を求めました。

被控訴人(国)の代理人からは、必要ないとの意見。
裁判長と裁判官らで1-2分ほど裏で相談をしたのち、「必要なし」とし、次回判決の日程(2024年2月22日(木)11時~)が言い渡されて終わりました。

控訴審がわずか2回で打ち切られることに。横須賀からバスで来られた原告団のみなさん、そしてほぼ満席の傍聴席からため息がもれました。

アメリカ・モンタナ訴訟やオランダ・URGENDA訴訟など、世界で気候変動訴訟での勝訴が見られるなか、日本ではまだまだ、気候危機とCO2排出や石炭火力発電について、裁判所としての検討や判断は見られず、国の政策を追認しているようです。
(吉田明子)