最低限のニーズが満たされるためにコミュニティ内で助け合うことが活動の鍵ーアメリカ・メキシコ湾岸ガス開発現場視察報告(5)

アメリカ南東部に位置するメキシコ湾岸。その名の通り、海岸線はアメリカからメキシコへと伸び、湾を出るとキューバ、そしてカリブ海へと繋がっています。生物多様性豊かなテキサス州やルイジアナ州の沿岸地域は、近年巨大化するハリケーンの影響を顕著にうける地域であり、奴隷貿易や黒人奴隷が使役されていたプランテーションの中心地の一つでもありました。2023年10月末、アメリカのメキシコ湾岸周辺で急速にすすむ液化天然ガス(LNG)事業による地域への影響を知るために、FoEJapanはテキサス州とルイジアナ州を訪ねました。ブログシリーズの最終回をお届けします。
👉第一回はこちら
👉第二回はこちら
👉第三回はこちら
👉第四回はこちら

視察の最後に訪れたのはアメリカ南部ルイジアナ州の南西部に位置するレイク・チャールズです。レイク・チャールズではロシェッタ・オゼーンさんが私たちを迎えてくれました。

地図出典:Visit Lake Charles

オゼーンさんは6人の子どもを持つシングルマザーで、ヴェッセル・プロジェクトという事業の運営に加え、様々な団体やネットワークで精力的に活動しています。

オゼーンさんに、LNGの問題に取り組むことになったきっかけについて尋ねたところ、ハリケーンによって受けた影響について話してくれました。

2020年、短期間に、非常に勢力の強い2つのハリケーン、ローラとデルタがルイジアナ州を襲いました(ローラは2020年8月27日に、デルタは2020年10月9日にルイジアナに上陸。ローラはルイジアナ州の観測史上最強の勢力で上陸。)。避難指示が出ていましたが、行政等から十分な支援がなく、避難が困難だった人がたくさんいたそうです。避難する先もわからないまま、オゼーンさんは子どもたちをとにかく車に乗せ、最初はミシシッピ州の方に避難しようとしましたが、最終的に数時間もかけてヒューストンに逃れました。避難の最中、オゼーンさんの娘が、「避難したくてもできない人に金銭支援をします、とにかく連絡して」と知り合いがSNSで呼びかけていたことに気づきます。オゼーンさんが連絡すると直ぐに支援金を送ってくれました。最終的にオゼーンさんたちは避難先のヒューストンのホテルで数週間過ごしました。

その時、オゼーンさんは、「ものごとはこうあるべきだ」と思ったそうです。本来支援をすべき政府は迅速に自分たちを助けてはくれませんでした。支援が必要な人が、必要なときに、適切な支援先に結びつくことができる。迅速に支援してもらった経験がオゼーンさんの心にずっと残っていました。また、支援を必要とする人は自分だけではないはずだと思ったそうです。

ある日、オゼーンさんはフェイスブックに「支援を必要としている人はいますか?」と投稿します。それに対する反応は想像を超えた「クレイジー」なものだったといいます。

オゼーンさんは、コロナ禍のために準備された緊急支援金に申し込み、得たお金を持って、コミュニティの人々を訪ねます。オゼーンさんが住むノースレイクチャールズ地域は多くが黒人で、ハリケーンで壊されたままの家で生活している人や、車で生活している人がいました。オゼーンさんは、そういった人々にホテルに泊まれるように支援し始めます。クレジットカードが使えなくなるまで、支援を続けました。

オゼーンさんはフェイスブックに「支援を必要している人がいる」と訴えますが、「嘘だ」、という人や「ホームレスをしてお金を稼いでいる人もいる」というようなコメントをする人もいたそうです。しかし、オゼーンさんの訴えは徐々に広がり始め、直接支援をしてくれる人が現れ始めました。また、地元の政治家にも市民を助けるように粘り強く訴えかけました。ハリケーンからの復興がままならいまま冬になり、寒波がやってくるという時、市民同士の助け合いにより、300人のホームレスや避難先を必要としている人がホテルに宿泊することができたそうです。オゼーンさんのヴェッセル・プロジェクトはそのようにして始まったのです。

オゼーンさんの車でレイク・チャールズを案内してもらいながら、3年たってもなおハリケーンの影響から復興していない街の様子を伺い知ることができました。

いくつかの家庭にはRV(レクリエーショナルビークル)が泊まっていました。オゼーンさんは、「RVを持っているとお金を持っていると思うかもしれないけど、家を直せないからRVに寝泊まりしているのだ」と説明してくれました。

オゼーンさんは、ハリケーンによって被災したことにより、気候危機や、それを加速させているLNG開発について声をあげるようになったといいます。

ハリケーンだけでなく石油化学産業やLNG開発によって健康被害を受けている人々は黒人の貧困層です。日常から十分な社会補償も与えられず、ハリケーン後の町の再建に十分な支援もありません。そのような状況では、気候危機や企業に立ち向かうことができません。だからこそ相互扶助(ミューチュアルエイド)が必要なのだとオゼーンさんはいいます。

写真:レイクチャールズを案内してくれたオゼーンさん。女子ソフトのグラウンドのすぐ目と鼻の先にタンクが並んでいるのが見える。
写真:レイクチャールズの工場群
写真:昼夜問わずフレアリングが行われている。工場の近くには幼稚園や学校もあった。住居も多く、オゼーンさんは「ここはフェンスラインコミュニティだ」と話す。フェンスラインコミュニティとは、文字通り汚染企業などの工場のフェンス越しにあるコミュニティ。多くの場合、フェンスラインコミュニティは低所得や黒人などのコミュニティと重なっている。

レイク・チャールズには、多くの石油化学企業が密集しています。病気の人も多く、オゼーンさんの子どもたちも肌の病気や気管支系の病気に苦しんでいます。

写真:レイクチャールズの道路沿いにあった広告。「企業による汚染が原因でがんになった人は連絡を」という弁護士事務所の看板。汚染の根本に取り組んでいるわけではなく、汚染を利用して商売しているのでは、と道中オゼーンさんと話す。

もしガス事業や石油化学企業に立ち向かおうと思ったら、地元ですでに苦しんでいる人々に支援が必要です。最初は地域の人々も自分たちの生活が苦しいため、周辺企業がヒアリングを実施していても数人しかそれに参加することができませんでした。しかし今では、そういった活動にも多くの人が参加するようになったといいます。

オゼーンさんとレイクチャールズをみて回った翌日、ニューオーリンズで開催されたFoEUSのカンファレンスでスピーチをしたオゼーンさんは、以下のようにスピーチを締めくくりました。

「誰かがコミュニティにやってきて、あなたたちのためにLNG事業と闘います、支援します、ということではないんです。コミュニティの人々は文字通り、貧困の中で日々生きようと必死です。誰かがやってきてそういった産業と闘うだけでは、コミュニティは脆弱なままです。コミュニティが助け合い、必要な支援を得て、コミュニティ自身が強くなり、彼ら自身が闘うのです。それがヴェセル・プロジェクトで実践している『相互扶助』なのです。」

写真:ロシェッタ・オゼーンさん。

(ロシェッタ・オゼーンさんのお話の部分は、11月8日にニューオーリンズで開催されたFoEUSのカンファレンスでの発言も元に構成)

備考:
・レイク・チャールズでは九州電力が関与するレイクチャールズLNG事業が進んでいるが、バイデン政権による輸出許可一時停止措置により、九州電力は参画判断を延期すると報道されている。
・三菱商事等はレイク・チャールズでクリーンアンモニアの生産事業を行うことを発表している。

(深草亜悠美)

「サクリファイス・ゾーニング」とはーアメリカ・メキシコ湾岸ガス開発現場視察報告(4)

アメリカ南東部に位置するメキシコ湾岸。その名の通り、海岸線はアメリカからメキシコへと伸び、湾を出るとキューバ、そしてカリブ海へと繋がっています。生物多様性豊かなテキサス州やルイジアナ州の沿岸地域は、近年巨大化するハリケーンの影響を顕著にうける地域であり、奴隷貿易や黒人奴隷が使役されていたプランテーションの中心地の一つでもありました。2023年10月末、アメリカのメキシコ湾岸周辺で急速にすすむ液化天然ガス(LNG)事業による地域への影響を知るために、FoEJapanはテキサス州とルイジアナ州を訪ねました。ブログシリーズの第三回目をお届けします。
👉第一回はこちら
👉第二回はこちら
👉第三回はこちら

「サクリファイス・ゾーニング」とは

 キャメロンを後にした私たちは、ルイジアナ州最大の都市ニューオーリンズに移動し、さらにニューオーリンズから車で1時間弱の場所にあるセントジョンザバプテスト郡にジョー・バナーさんを訪ねました。ジョー・バナーさんは The Descendants Projectというプロジェクトを、双子の姉妹であるジョイ・バナーさんとともに行っている方で、奴隷制度についての歴史を伝えたり、工業化によって破壊される黒人奴隷の埋葬地を守る活動などもされています。

 バナーさんは数百年前にアメリカに連れてこられた黒人奴隷の子孫で、自身の家系についても調査を行っています。またルイジアナの「がん回廊」(ルイジアナ州都バトンルージュからニューオーリンズに至る一帯で、工場からの有害物質の排出によりがん罹患率が高い地域。また黒人が多く住む地域でもある)の住民として、石油化学工場の問題にも取り組んでいます。

写真:ジョー・バナーさん

 1990年代にフォルモサ(台湾の石油化学企業)の工場建設計画が持ち上がった際、ジョーさんの祖父母が住んでいた地域が影響を受けました。バナーさんは「これ」がまた別の形で今も繰り返されていると話します。どういうことなのでしょうか。バナーさんは、彼女たち自身が今直面する危機について話してくれました。

 現在、バナーさんの暮らす地域で穀物を貯蔵するカントリーエレベーター(サイロと穀物搬入用エレベーター、穀物の乾燥施設等を兼ね備えた施設)の建設計画が、住宅地と密接した形で進んでいます。

 建設予定地であるバナーさんの住む地域は、黒人奴隷やプランテーションの歴史を伝える重要な場所です。このように歴史的重要な場所で建設を行うときには、開発による影響を最小限にするための措置が法的に求められています。しかし、事業会社(グリーンフィールドホールディングス)が調査を委託した会社は、歴史的に重要な施設等がこの場所にあるとは考えにくいという報告書を提出。これには意図的な書き換えがあったのではないかという指摘もあります。

 このカントリーエレベーターは自由の女神にも匹敵する高さになる予定で、穀物は燃えやすいために火災のリスクがあることや、周辺地域への騒音などの懸念もあるといいます。(なお、ここから輸出される穀物は中国で主に飼料として使われるとも話していました。)

 バナー姉妹は、建設予定地に黒人奴隷の墓が残されている可能性が高いとして、ルイジアナの裁判所に、建設作業を止めるよう求める裁判を起こしました。バナー姉妹の訴えは認められ勝訴しましたが、事業が完全に止まったわけではないそうです。

写真:カントリーエレベーターの完成予想図。事業計画書等を元に、アーティストに作成を依頼したとのこと。

図:ウィットニープランテーション博物館に屋外展示されていたパネル。建設予定のカントリーエレベーターが自由の女神に匹敵する大きさであることが図示されている。

 バナーさんは奴隷制度の歴史や黒人差別がどのように現在の石油化学産業・LNG開発と結びついているのか話します。

 サクリファイスゾーン(犠牲地域)という言葉があります。

 サクリファイスゾーンとは、工場等の建設・運営に伴い発生する環境破壊や環境汚染が深刻な地域で、人々が健康被害を受けるような地域のことを指します。もしくは、「発展」のために犠牲にされる地域とも言えるでしょう。

 バナーさんは、奴隷制度を調査したり、奴隷制度の歴史に関する保全活動をする中で、今、自分たちに迫っている脅威についても気づいたといいます。奴隷制度に遡のぼると、サトウキビを育てるプランテーションの近くに砂糖製造工場が建設され、そこで働きかつその近くに住んでいた黒人が健康被害に遭っていました。奴隷制が廃止された後も、プランテーションがあった地域に石油化学工場群が集中したのは、川が近く運搬に便利なこと、企業が買収できる土地があったということ、有色人種の人口が多く搾取できる人々がいたということが関係しているとバナーさんは話します。

 バナーさんは、これを「ゾーニング」の問題であるといいます(ゾーニングとは、土地を区分けしてその利用目的を定めたり開発計画を立てたりすること)。バナーさんはゾーニングはサイレント・キラーであるといいます。バナーさんが住んでいる地域は「サクリファイスゾーン」ですが、犠牲的ゾーニング、つまり搾取を可能にさせるゾーニングが行われているのです。ニューオーリンズからバトンルージュの間、まさにがん回廊に当たる地域は、元々奴隷だった人々が解放されて街を作り、栄え、慈悲に溢れた街の運営を行っていました。しかし、黒人は白人と平等に扱われず、黒人の言葉に耳を傾けない政治が続いています。

 バナーさんは、LNG開発も同じパターンの中で起きていると指摘します。

 歴史的に繰り返される脅威と立ち向かうためには、自分のコミュニティの歴史を知ることが重要だと彼女は力説します。歴史、文化について知ることが彼女の戦いで物事を大きく変えたと話しました。

 世界中に、「サクリファイスゾーン」が作られています。人々は不当に大きな環境破壊や人権侵害に苦しみ、それらから回復するための投資や支援、賠償も十分に行われず、そこで搾取された利益は多国籍企業が独占し地域の外に出ていきます。しかしバナーさんがいうように、そういった土地は搾取の構造があって「犠牲にされる地域」として権力者や大企業がゾーニングを行っているのです。犠牲にされた人々は、偶然そこにいたから犠牲になったのではなく、化石資源からの利益を生み出す構造や人種差別の構造の中で犠牲者として選ばれていると言えるのではないでしょうか。

(ジョー・バナーさんへの聞き取り部分は、11月8日にニューオーリンズで開催されたFoEUSのカンファレンスでの発言も元に構成)

ーーー

 ニューオーリンズでは他にも環境団体や市民団体が主催するイベントに参加したり、現地のNGOの方との意見交換などを行いました。

 ニューオーリンズは音楽の街でもあります。日本でもデモやマーチに音楽隊が参加することがありますが、ニューオーリンズでのマーチは一味違いました。セカンドラインと呼ばれるバンドがマーチを先導し、街を練り歩きます。セカンドラインとは、ルイジアナ州ニューオーリンズのブラスバンドを伴った伝統的なパレードのことで、お葬式や結婚式、お祭りなどの時に登場するそうです。明るい文化や人々のパワーに触れる一方で、この地域で脈々と続いている黒人差別や社会の不正義について、とても考えさせられる滞在となりました。(深草亜悠美)