COP27開幕目前 – 議長国エジプトは「実施(行動)のCOP」と位置付け

2022年11月6日から18日まで、エジプトのシャルム・エル・シェイクでCOP27(第27回気候変動枠組条約締約国会議)が開催されます。世界各地で気候変動による影響が拡大し、温室効果ガスの抜本的な削減に加え、適応や損害への対応が迫られています。COP27の注目点などについて解説します。

気候危機

 2022年6月以降の大雨などが原因で、パキスタンは国土の3分の1もが水没するような大規模な災害に見舞われています。1600人以上が命を落とし、数百万人規模の避難民が発生しています。水が引いても衛生状況等の悪化でマラリアの感染が拡大し、300人以上が亡くなっています。人道危機にあるパキスタンに、さらなる支援が必要とされています。

 いわゆる途上国(グローバル・サウス)を中心に気候変動の被害が日々拡大しています。フィリピンやインドネシア、太平洋の島嶼国、アフリカ等の国々が、洪水、熱波、旱ばつ、海面上昇などで生活に大きな影響を受けています。コロナ禍もあり、日本を含む先進国(グローバル・ノース)も大きな被害を受けていますが、債務が膨れ上がる途上国において、もとより貧困や社会格差に喘ぐ貧困層への影響は計り知れません。多くの温室効果ガスを排出してきた先進国には極めて大きな責任があり、先進国は、すでに生じている取り返しのつかない被害に対し、資金支援や「気候債務」の返還を行わなくてはいけません。COP27直前に出された最新の報告書では、各国の2030年目標を積み上げて集計すると、全ての国が目標を実施し、達成したとしても、2.5℃の気温上昇となることが報告されています(昨年の集計では2.7℃)。

損失と被害(ロスダメ)への資金支援を

 中でも重要なのは、歴史的責任の大きい先進国から途上国への支援です。これまでも途上国から、すでに生じている変化に適応するための資金や、損失と被害に対応するための資金の拠出が強く求められていました。

先進国は2020年までに年間1000億ドル(注1) の気候資金を拠出する約束でしたが、それですら達成されておらず、気候危機の被害が拡大する中で資金不足は深刻です。そもそも途上国がNDC(国別気候変動目標)を達成するためには、2030年までに5兆米ドル必要だと試算されており、対策の実行には先進国が資金支援の義務を果たすことが必須です。

 また、緑の気候基金(GCF)は緩和・適応事業への資金支援を行う重要な基金ですが、資金が底をついており、この状況も深刻です。

 COP27でも資金関連の議題は注目されるとみられており、とくに損失と被害(ロスダメ)に対する資金拠出の道を開くことが途上国にとって重要です。

 ロスダメ資金支援について、COP26では、ロスダメについて「対話」を行うことが決定されたのみでした。この対話についても、途上国としては資金について対話を行いたいという意向がありましたが、先進国がそれに反対しています。そもそも「対話」だけで具体的な行動が先送りされている状況に加え、資金に関する議論をブロックしているのです。今回のCOPで中身のある議論ができるか、そしてその先の行動に進めるか、注目されます。

注1:COP16決定で2020年までに年間1000億ドルに資金支援引き上げ、COP25決定で2020年から2024年までの次期資金目標を定める作業計画(NCQG)を採択し、次期資金目標が定まる2025年までの間は最低年間1000億ドルを維持する決定もされました。

化石燃料からの脱却を

 他方で、COP27直前に出された国連報告書でも化石燃料に対する資金の流れが依然大きなままであることが改めて示され、非常に問題です。温室効果ガス削減や、民主的なエネルギーシステムのために、今の化石燃料に依存する社会をいかに早く転換していくかが重要になります。温室効果ガス排出のほとんどが化石燃料を使用することに由来します。パリ協定に掲げられている1.5℃目標達成のためには、先進国は石炭火力発電所を2030年までに廃止する必要があると言われており、また国際エネルギー機関(IEA)も、新規の炭鉱開発やガス・石油の上流開発を拡大することは、2050年ネットゼロ達成への道筋と整合しないことを示しています。

 2022年11月にNGOが発表したレポートによれば、G20諸国やMDBs(多国籍開発金融機関)は、2019年から2021年の間に、年間550億米ドルもの資金を石油、ガス、石炭事業に融資しています。

 2022年2月にロシアがウクライナに侵攻し、ロシア産の化石燃料依存からの脱却を図るため、欧米諸国などが省エネや再生可能エネルギー開発へと舵を切っていますが、同時にアフリカなどにおける新たな化石燃料開発にも関心を示しています。今年のCOP27はアフリカ大陸での開催ですが、そのアフリカで新規のガス開発の推進が行われているのです。気候危機の影響を大きく受けるアフリカ諸国において、再生可能エネルギーへの支援や、すでに生じている被害に対応するための資金こそ必要であるのに、一部の企業や先進国の「エネルギー安全保障」の名の下に化石燃料事業がすすめられているのです。日本政府はロシアにおけるガス事業からの撤退を拒み、官民連携して、モザンビークやカナダ、フィリピンといった国で新たなガス開発事業に関与し続けています。

排出削減の強化ーネットゼロではなくリアルゼロを

 温室効果ガスの削減、いわゆる緩和の議論も注目されます。昨年のグラスゴー会議で「ネットゼロ」が実質的に正当化されてしまいました。ネットゼロとはある一定期間の人為的排出と吸収のバランスの取れた状況をいいます。多くの国や企業がネットゼロを宣言していますが、それらは具体的な削減対策に欠け、大規模植林を想定した吸収量増大や将来の技術発展に頼った内容になっているものが多いのが実情です。昨年のグラスゴー気候合意は緩和に重点をおいた合意で、1.5℃以下に抑えるという目標が強調されたことは評価されるものの、ネットゼロの目標を要に据えているため、具体的な行動に欠けるネットゼロ宣言が事実上正当化されていると言えます。

(ネットゼロについて詳しく:https://foejapan.org/issue/20211018/4992/

 また、緩和作業プログラム(MWP)の運用が来年から開始される予定ですが、この中身を詰める議論が進んでいます。中でも、国際炭素取引制度を通じた吸収源や既存の森林保護による排出回避で化石燃料からの排出を見かけ上相殺(オフセット)する議論が急速に進んでいます。

 CCSやNBS(自然に基づく解決策、Nature Based Solution)といったコンセプトも炭素除去や吸収源拡大に関係するものです。CCSは炭素を回収し、貯留するものですが、現在のところほとんど商業化されておらず、数世紀にわたって漏らさずに貯留できるわけでもなく、また全ての炭素を回収できるわけでもありません。CCSを備えることで化石燃料インフラの利用継続が正当化される傾向にありますが、必要なのは化石燃料依存からの脱却です。

 NBSには大規模植林なども含まれますが、かえって先住民族や地元住民の土地への権利を侵害したり、単一種のプランテーションが広がり生物多様性が脅かされる、さらには生態系の金融商品化(もしくは炭素市場商品化)が急速に進む危険性が指摘されています。

(NBSについて詳しくはこちら:https://foejapan.org/issue/20220613/8344/

市民社会スペースの縮小

 最後に、エジプトの市民社会がおかれている状況も無視できません。

 気候変動政策のみならず、政策を形成する上で市民の参加は欠かせません。しかし、そもそもCOPの場は、一般の参加者、とくにグローバル・サウスからの参加者にとっては、費用等の観点から参加のハードルが高く、とても民主的なスペースであるとは言えません。そして、コロナ禍に入ってから初めて開催された英国・グラスゴーでのCOPは、ワクチンの配分の不平等などから、さらに途上国からの参加のハードルが高まりました。

 今回COPが開催されるエジプトには現在ほとんど市民社会スペースが存在しません。事実上、デモも禁止されています。多くの活動家やジャーナリストが、良心の囚人として逮捕されています。

 気候危機や社会正義のために声を上げる人々がエジプトで、そして世界中で迫害されています。私たちは土地や自然をまもるために立ち上がる人々と連帯し、民主的なスペースなしに気候正義はないと今回のCOPでも訴えていく予定です。

(深草亜悠美・小野寺ゆうり)

本当にできる?日本でのCCSの可能性と苫小牧実証事業

スタッフの吉田です。

気候変動対策のための「脱炭素技術」として「CCS(二酸化炭素回収・貯留)」が注目されています。CCSの活用に関して、GX(グリーントランスフォーメーション)の柱の一つとして日本でも議論が進んでいますが、実現可能性や気候変動対策としての実効性はどの程度あるのでしょうか。

大規模なものとして日本で最初に行われたのが、苫小牧の「CCS大規模実証試験」です。

2016年4月から2019年11月の3年半余りで、合計30万トンが圧入され、現在もモニタリングが続けられています。

一般の人もこの施設を見学できるため、8月下旬に訪問してきました。

日本CCS調査株式会社が運営している実施用実験施設は、苫小牧市の工業地帯の海沿い、出光の製油所の隣にあります。製油所から発生するガスを施設の敷地内に送り、そのガスから化学反応を使って二酸化炭素を取り出します。それが海底深くの地層に圧入されています。

見学では、20分ほどのビデオを見た後に解説を聞き、その後施設の見学、最後に質疑応答の時間があって全体で1時間ちょっとでした。

事業の概要はこちら
https://www.japanccs.com/business/demonstration/index.php

↑こちらの3本の塔の設備で、CO2を取り出します。

↑取り出されたCO2は、こちらの圧入井に送られます。

2本の圧入井があり、約3キロ先・深さ1000~1200メートル、約4キロ先、深さ2400~3000メートルの2つの地層にCO2が圧入されています。

説明の中で興味深かったのは、2つの地層のうち、深い方の地層(滝ノ上層)には、実際にはほとんどCO2が入らなかったとのこと。30万トンのうちほとんどが、浅い方の地層(萌別層)に入れられたそうです。実際に掘ってみなければわからなかった、とのことでした。

ただこの「実際には深い方の地層にはほとんど入らなかった」ことは、報告書には書かれているものの、説明資料やウェブサイト上では、わかりやすくは書かれていません。

↑圧入井のある方向

2018年9月6日に、北海道胆振東部地震が起こりました。苫小牧の施設敷地内も震度5の揺れだったそうですが、その時はちょうど圧入装置は止まっており、特に被害はなかったそうです。

2019年11月に30万トンの圧入を達成して以降、漏れがないか等モニタリングが続けられています。海洋環境の調査なども行われていますが、今のところ、CO2の漏出やそのおそれは確認されていないとのことでした。

本当は、2021年で実証実験施設は閉鎖される予定でした。しかし、2020年に視察に訪れた萩生田前経産大臣が、「ここをCCU(CO2の回収利用)やカーボンリサイクルの実証の場としても活用しよう」と発言したことによって廃止は延期され、とはいえCCUに関する計画はまだ立たず、現在は待機の状態のようです。

苦労の一つは、海風によるさび。装置がすぐにさびてしまうため、ペンキの塗りなおしを何度かしているそうです。「ペンキ屋が儲かっている状態」と、説明の方。

30万トンの圧入に成功したものの、今後の社会実装に向けての課題は多いと、資料にもまとめられています。具体的には、以下の課題が挙げられています

ー低コスト化
ーCO2輸送手段の確立
ー貯留適地の確保
ー国内法など事業環境整備

・詳しくはこちら
苫小牧におけるCCS大規模実証試験 30万トン圧入時点報告書(詳細版、概要版)」
https://www.japanccs.com/library_category/report/

日本の現在のCCSに関する検討状況を見てみましょう。

2021年の第6次エネルギー基本計画でCCSについて明記され、2022年1月から「CCS長期ロードマップ検討会」が開始されました。そして2022年5月に「中間とりまとめ」が出されています。

https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/ccs_choki_roadmap/index.html

議論の中で、長期的な目安として示されたのは、2030年中にCCS事業を開始し、2050年までの20年間で毎年12~24本の圧入井(1本あたり50万トン/年)を増やし、2050年には年間1.2~2.4億トンの年間貯留量を想定するというものです。

それは、2050年までに240~480本の圧入井を掘るということです。苫小牧の実証事業が30万トンということを考えても、それは膨大な量です。

地震国の日本でいまだに明確な適地が見つかっていない状況で、本当に可能なのでしょうか。

一方、石炭火力発電所を1年間運転すれば、500~1000万トンのCO2が出てしまいます。
2023年、2024年に稼動を予定している横須賀火力発電所から出る予定のCO2は年間726万トンです。圧入井一本で、仮に年間50万トンの圧入ができたとしても、火力発電(石炭火力も天然ガス火力も)を運転していては、ほとんど意味がないことになります。

100万トン実用化モデルでのCCSコストは6,186~7,261円t/CO2と試算されています(ただし、計算通りに行くかは不明)。膨大なコストと手間をかけて、CO2をただ地中に埋める、ほかに特に生み出すもののない事業を推し進める意味はどこにあるのでしょうか。

苫小牧の施設では、CCSの理解を広げるためのPR活動も重要な仕事です。苫小牧市やその近隣で、展示やイベント出展、講演などが行われています。

2020年に菅前首相がカーボンニュートラルを宣言してからは、CCSにこれまで以上に注目が集まり、「目の色が変わった」企業などの視察が増えたそうです。

また、子どもの訪問や子どもへの説明機会も多いようで、マンガの資料や遊べる模型なども充実していました。

しかし、世界の期待とは裏腹にとても「静かな」苫小牧の現場。

「うーん、、、」とうなりながら、現地を後にしました。

気候変動対策のためであれば、まずは化石燃料から脱却し、エネルギーシフトをしなければなりません。実現可能性すら定かでないCCS事業につぎ込む膨大なエネルギーを、省エネと再エネに振り向けなければなりません。
                                                                                                                                                         (吉田明子)

・CCSに関する審議会の議論
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/ccs_choki_roadmap/index.html

・資源エネルギー庁「CO2を回収して埋める「CCS」、実証試験を経て、いよいよ実現も間近に」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccs_tomakomai.html

【横須賀石炭訴訟報告 vol.14】異例の裁判長異動で追加の期日。判決は1月27日に

10月4日、横須賀石炭火力訴訟の裁判が開かれました。
横須賀石炭火力訴訟は、6月6日に結審、11月28日に判決が出されるはずでした。しかし、裁判長が法務省の訟務局長に異動となって交代したため、9月に急遽スケジュールが変更されて10月4日の期日が追加されました。

当日は約50名が、傍聴と報告会に参加しました。国を相手にした行政訴訟の裁判長が、国側の役職に異動することは異例だと、弁護団長の小島弁護士は報告会で力を込めていました。

気候危機はこの夏にも大きな被害をもたらした

6月の期日の後、この夏も国内外各地で気候危機の深刻な被害が起こりました。

原告団長の鈴木陸郎さんは、気候危機の激化と、気候危機は人権侵害であることを訴えました。横須賀石炭火力は逆行している、しかし「今ならまだ間に合う」と、司法での判断を求めました。

小島弁護士はまず、新たな裁判長に対し「これまでの記録を一から見直してほしい」と求めました。石炭火力発電所は1日に1万トンの石炭をもやし2万トンのCO2(体積では東京ドーム8個分)を出す、1日1000トンの粉じんも出す、と改めて強調しました。

半田弁護士は、この夏の欧州の熱波やパキスタンの洪水、8月上旬の東北から北海道での豪雨の被害状況を紹介しました。

最後に再び小島弁護士が、気候変動による災害で多くの方が亡くなったり、東京湾周辺でも磯焼けや漁獲高の減少がここ数年で顕著であることを説明、今回の行政訴訟の経緯を振り返り、「司法が責任を果たすことが強く求められている」と締めくくりました。

裁判の背景や詳細はこちら:なぜ訴えるのか | 横須賀石炭訴訟 (yokosukaclimatecase.jp)

判決は1月27日(金)、裁判長にお手紙を!

終了後の報告会で、判決までにできることとして、小島弁護士からこんな提案がありました。

「品田裁判長に心のこもったお手紙を書いてはどうでしょうか。言いたいことを一つにしぼって、短くていいのです。」

これは、誰でもできて効果がありそうなアクションです!

(宛先は、東京地方裁判所の品田裁判長。詳しい住所や宛先の書きかた等は後日訴訟ホームページに掲載されます。)

横須賀石炭訴訟について:https://yokosukaclimatecase.jp/

過去の訴訟報告ブログはこちら 

(吉田明子)

【ブログシリーズ 東南アジアのガス開発】第3回 海のアマゾンと暮らしを破壊?

ブログシリーズ「東南アジアのガス開発」では第1回に気候変動の前提知識、第2回では東南アジアのガス開発の現状とそれを推し進める事業者と投融資者について概観してきました。最終回である今回は気候変動から視点を転じて、ガス開発が現地の人々の生活、環境や生態系にどのような影響を与えるのかについて、フィリピンの事例をもとに考えていきます。

目次

1. フィリピンにおけるガス開発

2. 海洋生態系への影響

3. 水質への影響

4. まとめ

1.  フィリピンにおけるガス開発

フィリピンでは今、ガス関連インフラの建設が急速に進んでいます。計画中のガス火力発電所は27カ所[i]にのぼり、計画通り進めば、フィリピン国内のガス火力発電容量は現在の3.42 ギガワット(GW)から29.64 GWに急増します[ii]

しかし、この大規模なガス関連インフラ開発は、逆にフィリピンのエネルギー安全保障を弱体化させてしまうと、前回の記事で紹介したフィリピンのシンクタンクCEED(Center for Energy, Ecology, and Development) の報告書(Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia)は指摘しています[iii]。というのも、フィリピン国内最大のガス田であるマランパヤガス田は現在生産量が減少し、枯渇が近いため、建設中のガス火力発電所で使用するガスを国内の生産ではなく輸入に頼ることになるからです。さらに、輸入ガスに頼ることは乱高下の激しい国際ガス取引価格の影響や為替の影響を一般消費者が被ることにもなり、消費者にとっても不都合である、と報告書は述べています[iv]

フィリピンでガス開発を主導している主な事業者はロペス・グループとサンミゲル・グループです。ロペス・グループ傘下には、フィリピンで稼働中の6カ所のガス火力発電所のうち4つを所有するファースト・フィリピン・ホールディングスがあり、2022年末には発電容量1.26GWのサンタマリア複合サイクル発電所、および浮体式貯蔵再ガス化設備を、ルソン島南部ヴェルデ島海峡に面したバタンガス州で操業開始予定です。

近年、ロペス・グループに替わってフィリピン最大のガス開発事業者となったのがサンミゲル・グループ傘下のSMCグローバル・パワー・ホールディングス(SMCGPH)です。SMCGPHはヴェルデ海峡で2022年末に操業予定のガス火力発電所を一基建設中の他、フィリピン全体でさらに7案件ものガス火力発電所の建設を計画しています。

前回の記事でも触れたように、気候変動対策と逆行するこのようなガス開発に投融資するのは日本を含む先進国の金融機関です。投資額が最も大きいのは、ドイツ銀行、JPモーガン・チェース、スタンダードチャータード銀行、アリアンツ、ブラックロックなどがあります。FoE JapanもモニタリングしているイリハンLNGガス輸入ターミナル事業に対しては日本の大阪ガス、国際協力銀行(JBIC)が出資しています。また、SMCGPHのガス火力発電所建設事業に対しては、みずほセキュリティーズアジア(みずほフィナンシャルグループ傘下)が幹事証券会社の一つとなっています。

2.  海洋生態系への影響

さて、フィリピンで急速に進むガス開発は現地住民の生活にどのような影響をもたらしているのでしょうか?フィリピンのシンクタンクCEEDは今年6月、カリタス・フィリピンと共にガス開発による水質と海洋生態系に対する影響をそれぞれまとめた2つの報告書を公表しました。

フィリピンにおけるガス開発について話すには、海洋生態系への影響を無視することはできません。なぜならフィリピンにはヴェルデ島海峡(通称VIP:the Verde Island Passage)という「海のアマゾン」と呼ばれるほど豊かな海洋生態系を誇る海峡があるのですが、まさしくその海峡がガス開発の中心地となってしまっているからです。フィリピン国内の既存のガス火力発電所6案件のうち5案件がヴェルデ島海峡に位置している他、新規のガス火力発電所8案件と新規ガスターミナル7案件もこの海峡に計画されているのです。

ヴェルデ島海峡のバタンガス湾近辺の既存、新規ガス火力発電所とLNGターミナルを示す地図(出典:Wagas and Andres 2022a)

ヴェルデ島海峡の海洋生物多様性は世界でも突出しています。世界で認知されている近海魚種のなんと6割がヴェルデ島海峡に生息しており、世界で最も豊かな海洋生物多様性を誇ります[v]。1736種類以上の魚種、338種類以上のサンゴが豊かな生態系を形成しており、この海洋生物多様性の豊かさは、漁業、観光業、養殖業などを通じて現地の700万人以上の人々の生活を支えていると報告されています[vi]

フィリピンのシンクタンクCEEDとカリタス・フィリピンによる同海峡の海洋生態評価の調査報告書によれば、ヴェルデ島海峡の海洋生態系は、同海峡で進むガス開発によって危機にさらされています。彼らの現地調査で判明したのは、以下の点とされています。

・ヴェルデ島海峡の他の海域に比べ、事業地近辺におけるハードコーラル(ソフトコーラルという別のサンゴの分類よりもストレスに弱い)の被度がとても低いこと(0.1%から6.2%)。

・サンゴ礁の健康度を示す指標では「不良(poor)」に分類されること

・調査で確認できたサンゴの種は、高い堆積率や撹乱(disturbance)に対して耐性がある種であること

・魚種の多様性も「非常に低い(very poor)」から「低い(poor)」に分類されること[vii]

それでも魚類のバイオマスは量的に豊富と評価されましたが[viii]、ガス開発に伴う海域の埋め立てなどによる生態系への被害が懸念されるとのことでした。

同報告書は、データが十分に揃っていない以上、明確な結論は出せないとしつつも、観測された海洋生物多様性の減少は湾岸の開発によるものではないかと示唆しています。

3.  水質への影響

次に、ガス開発による水質への影響はどうなのでしょうか?同じくCEEDとカリタス・フィリピンによる水質への影響をまとめた報告書によると、ヴェルデ島海峡のバタンガス湾(位置関係は上地図参照のこと)の水質調査を実施したところ、フィリピン国内の水質基準を超える汚染物質が検出されました。 フィリピン環境天然資源省(DENR)のガイドラインによれば、魚やその他の水生資源の繁殖、商業的および持続的な漁業、野生生物保護、レクリエーション活動が実施される場合、SCクラスという水質基準を満たす必要があります。しかし調査実施区域のリン酸塩、クロム、全銅、鉛、亜鉛の濃度は、SCクラスの水質基準を超えているという結果が出たとのことです[ix]

例えばリン酸塩のSCクラスの基準濃度は0.2mg/Lですが、調査実施区域で検出された濃度は0.533mg/Lでした。高濃度のリン酸塩は富栄養化や過肥沃化につながる可能性があり、実際同じ海域で並行して行われた海洋生態調査では、サンゴ群に藻類が繁殖している証拠が得られたとのことです[x]

同じくSCクラスの基準濃度を超過したクロム、銅、鉛などの重金属についても、生態系への影響が懸念されます。これらの元素は潜在的に有毒な金属とされ、 私たちが食する魚類への生物学的蓄積によって、人間の健康に悪害をもたらす可能性があります。例えばクロムは水中で主に三価クロムと六価クロムになりますが、六価クロムの場合、高濃度では肝臓障害、内出血、呼吸器疾患を引き起こす可能性があります[xi]。また、藻類や魚類は、銅のような重金属の濃度を自然に調節できるとされていますが、調査区域では魚の生息数が少なく、結果として銅の濃度が高くなっている可能性があると指摘されています[xii]

加えて、検出されたこれらの重金属はSCクラスの水質基準を既に超えているだけでなく、濃度は上昇傾向にあることも調査で明らかになりました[xiii]。水銀はSCクラスの水質基準を超えなかったものの、検出された他の重金属と同様、石炭燃焼、発電による産業廃棄物処理に関連しており、今後の濃度上昇が懸念されているとしています。

この調査の結果を受けて、フィリピンの漁民団体であるバタンガス漁民団結(BMB:Bukluran ng Mangingisda ng Batangas)を中心とするグループは、DENRに要請書を提出し、事業地周辺のVIP水域を、「自然または人為のいずれかの特定の汚染物質が既に水質ガイドラインの値を超えている」ことを意味する「(環境基準)未達成地域」として宣言し、基準を超過している汚染物質の新たな排出源となる施設の建設を許可すべきでないと要請しました[xiv]

ガス開発による海洋生態系、水質へのこうした悪影響を間近で目撃し、生計手段にも打撃を受けているのが現地の漁業従事者たちです。ヴェルデ島海峡の既存のガスインフラによって既に漁獲量が減少するといった被害を受けています。「ヴェルデ島海峡(VIP)を守ろう」キャンペーンの呼びかけ人であり、カラパン使徒座代理区の社会活動ディレクターであるEdwin Gariguez神父も、CEEDによる6月6日のプレスリリースで「この産業は、私たちの海洋資源に加え、特に漁獲量の減少をすでに経験してきている漁師など多くのコミュニティに明らかな影響を与えています。」と述べています[xv]

4.  まとめ

フィリピンで進むガス関連施設の開発事業に対し、現地の市民たちは抗議しています。「ヴェルデ島海峡(VIP)を守ろう」キャンペーンが発足し、署名、アクション、訴訟といった活動を通じて、ヴェルデ島海峡におけるガス開発の中止を求めています。

12,500名以上の署名が集まっている署名活動(2022年8月2日現在)では、(1) 関係政府機関と地方自治体に対し、ヴェルデ島海峡の保護、保全、持続可能な資源利用のためにフィリピン国内法に基づく任務を遂行すること、及び (2)DENR環境管理局とバタンガス市政府に対し、バタンガス市でのガス火力発電所と LNG ターミナルの建設許可発行を停止することが求められています。

訴訟活動では、 木の違法伐採、 土地利用目的の違法な転換、そしてリンシード(Linseed Field Corporation: バタンガスのLNG輸入ターミナルの事業者)と EERI(Excellent Energy Resources, Inc.: 同ターミナルに隣接するガス火力発電所の事業者)による環境適合証明書の違反、事業地沿岸における水中の有害物質濃度の当局基準超過が指摘されています。

日本の公的機関である国際協力銀行(JBIC)や大阪ガスなども出資して実施されているヴェルデ島海峡でのガス開発は、現地の海洋生態系、水質を悪化させるだけでなく、現地住民の生計手段にも打撃を与え、さらには地球温暖化を進めてしまうという問題が山積した事業です。FoE Japanは今後も、フィリピンでのこのようなガス開発の中止を求める現地の市民団体や住民の皆さんの声を日本の政府機関や企業、また広く市民に届けながら、提言活動など様々な活動に取り組んでいきます。


[i] ただし、建設予定の火力発電所のうち7ヶ所は市民の反対によって建設計画が遅れている。詳しくは以下を参照。https://climatejustice.ph/latest-events/movement-stalls-8-fossil-gas-projects-08-26-2022/

[ii]Center for Energy, Ecology and Development. April 22, 2022. Press Release. International groups decry fossil gas expansion in ‘Amazon of the Oceans’ in PH, urge financiers to back off gas projects.

[iii] Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.37

[iv] ibid. p.37.

[v] Carpenter, K.E., Springer, V.G. 2005.The center of the center of marine shore fish biodiversity: the Philippine Islands. Environ Biol Fish 72: 467–480.

[vi] Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.39

[vii] Hilomen, V. V., Nanola Jr, C. L., & Dantis, A. L., 2000. Status of Philippine reef communities. In Licuanan,W.Y. & E.D. Gomez. 2000. Philippine Coral Reefs, Reef Fishes, and Associated Fisheries: Status and Recommendations to Improve Their Management. GCRMN Report. Appendix B014; Nañola, C.L. Jr., P.M. Aliño, A.L. Dantis, M.C.G. Rañola, V.V. Hilomen and J.P.B. Cabansag. 2004. Understanding Philippine Reef Fishes: A Key to Fisheries Management and Marine Biodiversity Conservation. In Aliño, P.M., E.F.B. Miclat, C.L. Nañola Jr., H.A. Roa-Quiaoit and R.T. Campos (eds.) 2002. Atlas of Philippine Coral Reefs. Philippine Coral Reef Information (PhilReefs). Goodwill Trading Co., Inc. (Goodwill Bookstore), Quezon City, Philippines.

[viii] Wagas, Ethel., and Brent Ivan Andres. 2022a. Marine Ecology Assessment Along the Coast of a Fossil Gas-fired Power Plant and LNG Terminal within the Verde Island Passage, Northern Philippines. Center for Energy, Ecology, and Development and Caritas Philippines. p.2.

[ix] Wagas, Ethel., and Brent Ivan Andres. 2022b. The Trend of Water Quality in the Heavy Industrial Area of Batangas Bay East, Verde Island Passage, Philippines and its Surrounding Areas. Center for Energy, Ecology, and Development and Caritas Philippines. p.2.

[x] ibid. p.2.

[xi]ibid.p.9.

[xii] ibid.p.2.

[xiii] ibid.p.2.

[xiv] Center for Energy, Ecology and Development. June 6, 2022. Press Release. [New Report] Fossil gas: A bane for the environment. https://ceedphilippines.com/fossil-gas-a-bane-for-the-environment/ (最終閲覧日2022年8月3日)[xv] Ibid.

【ブログシリーズ 東南アジアのガス開発】第2回 ガスと地球を燃やす日本マネー

3回にわたって東南アジアのガス開発状況とその意味について概説するブログシリーズ「東南アジアのガス開発」。初回の記事では、気候変動問題やそれに対する国際的取り組み、その中でのガスなど化石燃料の位置付けについて解説しました。

今回はその背景知識を踏まえて、東南アジアのガス開発の現状について、フィリピンのシンクタンクCEED(Center for Energy, Ecology, and Development)が作成した “Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia”(以下、「報告書」)を読んで理解を深めていきましょう。

目次

1.東南アジアでのガス開発を推進する事業者と投融資者

 ・事業者

 ・投融資者

2.今求められていることは何か

3.最後に

1. 東南アジアでのガス開発を推進する事業者と投融資者

前回の記事での説明の通り、気候変動を食い止めるためには石炭やガスといった化石燃料から今すぐ脱却し、再生可能エネルギーに迅速に移行しなければならないというのがIPCCやIEAの結論でした[i]。しかしながら、現在東南アジアでは急速にガス関連インフラの開発が進んでいます。東アジアで計画中の新設ガス火力発電の総発電容量は77 GW(ギガワット)であるのに対し、東南アジアで計画されているガス火力の発電容量はそれを凌ぐ総計117 GWに上ります[ii]

化石燃料から再生可能エネルギーへの移行が求められる中、未だに東南アジアでガス関連事業を開始しようとしているのはどういった企業や金融機関なのか?CEEDの報告書はその問いに答えるべく、2016年のパリ協定発効以降も東南アジアで事業者、投融資者としてガス事業を推進している企業などをランク付けしています。

誰がガス開発を進めているのか(事業者)

それではまず、事業者(ガス関連施設を建設、運営する企業)に注目してみましょう。以下のランキングでは2016年1月1日から2022年3月31日までの期間内で操業が見込まれる事業を持つ事業者がカウントされています。 

発電容量で換算すると、東南アジアでガス火力発電事業を最も大規模に推し進めているのは以上の11社です。圧倒的な一位はフィリピンでガス開発を主導するサンミゲル社です。サンミゲル社はFoE Japanもモニタリングしているイリハン・ガス輸入ターミナルのあるバタンガス州で火力発電所の建設を計画しており、同ターミナルで受け入れるガスの主要な消費者ということになります。日本からはタイでガス火力事業に関与している三井物産と、インドネシア、ミャンマー、ベトナムの事業に関与している丸紅がランクインしています。

また、事業の数で換算すると、日本からは三井物産とJ –Powerがそれぞれ3位と5位にランクインしています。両者とも操業中の事業が大半である一方、三井物産は計画中と建設中の事業が合計3案件、 J –Powerは計画中の事業が一案件あり、パリ協定以降もガス火力発電を推進していることが見てとれます。

ガス輸入ターミナルの事業者上位10社の中には、シェル、エクソンモービル、トタルといった欧米の有名オイルメジャーが名を連ねていますが、日本のINPEX、JXTG、兼松といった企業もランクインしています。

以上が2016年1月1日から2022年3月31日までの期間内で操業を開始した事業を持つ事業者に絞ったランキングでした。次に同期間内に建設中、計画中の事業を持つ事業者に絞って見てみましょう。

ガス火力発電事業に関しては上位11社にランクインしている日本企業はありませんが、LNG輸入ターミナルについては1社、LNG輸出ターミナルについては4社がランクインしています。それぞれ見てみましょう。

LNG輸入ターミナルの部門では、7位に北陸電力が入っています。一方LNG輸出ターミナルについては、2位にINPEX、6位に三菱、8位にJXTG、9位に兼松、10位にLNGジャパンがランクインしており、この分野での日本企業のプレゼンスが高いことがわかります。

以上のランキングからわかるのは、

1)日本企業は2016年のパリ協定発効以降も、事業者として東南アジアのガス開発に深く関与してきており、それは現在でも続いていること。

2)   傾向として、日本企業が事業者として関与して2016年に操業開始が見込まれていた事業はガス火力発電と輸出ターミナルが主だったが、2016年以降に建設、計画されている事業で今後操業開始するものは輸出ターミナルと輸入ターミナルである、ということです。

誰がガス開発のお金を工面しているのか(投融資者)

それでは次に、投融資者(ガス開発事業やガス開発会社に対して融資や債権購入を通じてお金を工面する金融機関のこと)に焦点を当てて分析してみましょう。

6年前にパリ協定が発効されて以降も、123もの金融機関が合計334億米ドルもの資金を東南アジアの化石燃料ガスセクターに投融資してきました[iii]。これも気候変動への対応を強化する国際的な流れと逆行するものです。

2021年4月には、2050年までに投融資ポートフォリオを通じた温室効果ガス排出ネットゼロを目指す銀行間の国際的イニシアチブである「Net-Zero Banking Alliance(NZBA)」が設立され、日本からも三井住友フィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループ、三菱UFJフィナンシャルグループなどが参加している[iv]ものの、これらの企業は以下に見るように、東南アジアでの化石燃料ガス投融資をリードしてきました。

それではパリ協定以後、2016年1月から2022年3月までの間に取引が行われた事業の投融資額のランキングを見てみましょう。

上位10社の中になんと日本の金融機関が4社もランクインしています。1位が三井住友フィナンシャルグループ、2位にみずほフィナンシャルグループ、5位に三菱UFJフィナンシャルグループ、そして10位に日本の政府系金融機関である国際協力銀行(JBIC)が入っています。

投融資者を国別で換算した場合、日本はインドネシアに次ぐ2番目となっており、パリ協定以降の東南アジアでのガス開発に日本が深く関わってきたことを示しています。報告書は、日本やシンガポールなど、国内の電力をガス火力に頼っている国からの投融資が多いと分析しています(p.31)。 

日本の銀行だけでなく世界各国の銀行が、国際的なイニシアチブに参加していながらガス開発に引き続き投融資しており、これは銀行のコミットメントがいかに空虚であるかを示しています。レポートでも言及されていますが、この事実はThe Oil and Gas Policy Trackerによる、銀行の気候変動への対応に対する評価格付けでも確認することができます。この格付けでは、金融機関が投融資のポートフォリオから石油・ガス事業やそれを実施する企業を除外しているかどうか、そしてガス事業からフェーズ・アウトするコミットメントの質を分析した上で点数がつけられます。当然のことながら、JBIC(公的金融機関であるため、ランク付の対象外)を除く日本の上記3社は、全て10点満点中0点と評価されています。

一方で、民間銀行だけではなく公的金融機関もガス開発において重要な役割を担っていることを見逃してはいけません。東南アジアでのガス投融資の半分以上が、政府系銀行、二国間開発金融機関、輸出信用機関によって投じられています[v]。上記のJBICや日本貿易保険(NEXI)は、輸出信用機関に分類されます。

公的資金によるガス事業の支援はその金額が重要なだけでなく、民間金融機関や事業者にとってはリスクヘッジの観点から、なくてはならないものです。というのも輸出信用機関は多くの場合、ガス事業の中でも事業規模が大きくリスキーなものに対する保険を提供しており、それらは公的資金でなければ保険の提供が難しいであろう事業です[vi]。つまり、エネルギー安全保障など国家のエネルギー戦略を推し進めるために、公的資金が、気候変動対策を求める声とガス投融資の非経済性をおしのけてガス投融資を継続させているということです。

さて、2016年以降という時間軸で見ると日本企業の存在がかなり大きいというのがここまでの議論ですが、2020年以降(2020年1月から2022年3月までに取引が行われた事業への投融資額)で区切って見るとトレンドの変化が見てとれるとレポートは指摘しています。どういうことでしょうか。下の図2つをご覧ください。

一つ目の図は2020年以降、東南アジアのガス事業に投融資した企業を投融資額でランキングしたものですが、日本企業は上位10社にランクインしておらず、変わってタイ企業が上位5社を独占しています。これは二つ目の図(国別ランキング)でも明らかで、タイが圧倒的にガス投融資を引っ張っており、アメリカ(9位から3位)とイギリス(8位から5位)も順位を大きく上げています。アメリカからはJPMorgan Chase & Co、イギリスからはStandard Chartered PLCが金融機関別ランキングにそれぞれ10位、9位にランクインしており、これらの企業が米英の順位を押し上げていると見ることができます。一方、日本は2位から7位へと順位を下げています。それでも11億4,010 万 米ドルもの額をこの期間に投融資しており、相対的に下がったとはいえ、まだまだ巨額の投融資を続けていることに変わりありません。

3. 今求められていることは何か

以上の分析を踏まえて、レポートは金融機関に実効性のある対策をとるよう提言しています。

1.  IPCCの地球温暖化に関する特別報告書のP1シナリオ(1.5℃)に基づき、1.5℃パスウェイ(2030年までに世界のCO2排出量を2010年比で45%削減し、今世紀半ばまでにCO2排出量をネットゼロとする)を誤った対策なしに追求する政策、つまりパリ協定に整合した政策を実施すること。具体的には以下。

a. 新規油田・ガス田、LNGターミナル、およびGlobal Oil & Gas Exit Listに掲載された企業への直接・間接の資金供与を禁止する。

(解説: Global Oil & Gas Exit Listとは、環境NGO Urgewaldが作成した、ガス・石油開発に投融資者、事業者として深く関与している企業のリストです。ちなみになぜ直接投資と間接投資とどちらにも言及しているのでしょうか?レポートによれば、パリ協定以降の東南アジアでのガス開発の資金調達は4分の3がコーポレートファイナンス(間接投資)から、残りの4分の1のみがプロジェクトファイナンス(直接投資)から来ていると指摘しています[vii]。つまり、化石燃料事業への直接投資のみを規制するだけでは、ガス開発への資金の流れを止めることができないのです。)

b. ガス火力発電所の新規事業や拡張事業が、その国の低炭素社会への移行に必要かつ経済的に実行可能な繋ぎの燃料(bridge fuel)であると判断される場合には、厳しい制限を設ける。

c. 1.5℃目標に整合する期限内に、全てのガス事業のエクスポージャーからフェーズアウトし、既存のガス火力発電事業については、株式投資の場合、早期撤退を追求する計画と測定可能な計画目標(短期、中期、長期目標を含む)を設定し、開示すること。

(解説:パリ協定の1.5℃目標を達成するためには、エネルギー部門で化石燃料から脱却する必要があります。したがって、既存のガス火力発電事業もできるだけ早く止めなければなりません。そのため、金融機関はガス関連事業に対する投融資を引き揚げることでこの目標達成を促進する必要があります。それは「2050年までに投融資を引き揚げます」といった漠然とした約束ではなく、「5年後にはここまで引き揚げ、10年後にはここまで引き揚げます」と言った短期・中期目標を含めた、具体的かつ実効性のある目標を設定する必要があるということです。)

2. パリ協定に基づく対策を実施する上で、地域開発銀行と地方銀行の重要な役割について区別して考える必要がある。

a. 地域開発銀行は、東南アジアにおいて必要なエネルギー転換のための資金を調達するために、ガスの新規事業および拡張事業に従事する全ての企業に対する融資の禁止をはじめとした、パリ協定に整合する最も野心的なエネルギー対策および戦略の採用を主導するべきである。

b. 地方銀行は、1.5℃目標における自国の妥当な貢献量を達成するために迅速かつ公正な移行パスウェイに資金提供を整合させるべきであり、そのためには新規の油田・ガス田に対する融資を禁止しなければならない。

(解説:繰り返しになりますが、1.5℃目標達成のためには新規のガス開発事業は受け入れられません。銀行の規模に関わらず、新規のガス開発事業への投融資は禁止されなければなりません。加えて、より広範な影響力を持つ地域開発銀行に関しては、模範的な化石燃料脱却戦略を提示して地域内の銀行を引っ張っていかなければなりません。)

3. 人権を侵害し、生物学的に重要で多様な生態系と生息地を危険にさらし、重大な評判リスクをもたらすガス開発事業に対する融資を撤回し、禁止すること。

4. ガス関連事業及びガス会社に提供された全ての金融サービスを開示し、株主及びステークホルダーが気候関連リスクを適切に評価・算定し、事業及び投融資判断において気候変動の影響全般が日常的に考慮されるよう支援するため、気候関連財務情報開示タスクフォースの勧告を全面的に採択すること。

(解説:気候関連の情報開示及び金融機関の対応について検討する気候関連財務情報開示タスクフォース(略してTCFD : Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、 企業等に対して気候変動関連のリスクと機会について、ガバナンスや戦略といった項目を開示するよう推奨しています。報告書はこのTCFDの提言に沿って気候関連情報を開示するべきであるとしています。)

4. 最後に

 CEEDの報告書を精読して明らかになったのは、パリ協定発効以降も日本企業が事業者として、そして投融資者として、東南アジアのガス開発を推し進めているということです。この状況を止めるためには、資本の流れをこれ以上化石燃料に向かわせないことが重要であり、そのためにガス事業投融資からの引き揚げ、具体的な投融資撤退目標の設定、気候関連情報の開示が提言されています。

これらの提言を実現させるため、私たち環境NGOは、企業に対する株主提案、エンゲージメント、株主に対する要請と言った活動を継続しておこなっています。特に提言の1.c 及び4に関しては、近年世界中で大きな盛り上がりを見せる環境関連の株主提案でも求められていることと一致しています。日本でも今年、国内外の環境NGOや機関投資家が三菱商事、三井住友フィナンシャルグループ、東京電力、中部電力、J-Powerに対して同様の内容を求める株主提案がなされ、否決されたものの多くの株主の賛同を集めました

気候変動と、東南アジアのガス開発と、日本企業と、株主提案。どれも一見すると繋がりがなさそうですが、日本企業などが推し進める東南アジアのガス開発が温暖化をさらに加速させるため、それを防ぐための株主提案ということで、これらは密接に関わり合っています。次回は、東南アジア諸国の一つ、フィリピンに焦点を当ててガス開発の現状をさらに詳しくみていきます。


[i] IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. C.3. 及び、International Energy Agency. 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector. Summary for Policy Makers. p.9

[ii]Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.12

[iii] ibid. p.26

[iv] https://www.unepfi.org/net-zero-banking/members/

[v] Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.27

[vi] Darouich, Laila., Igor Shishlov and Philipp Censkowsky. 2021. Paris Alignment of Export Credit Agencies: Case Study #3 Japan. Perspectives Climate Research. p.5.[vii]Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.31

【ブログシリーズ 東南アジアのガス開発】第1回 気候変動と化石燃料ガス

3回にわたって東南アジアのガス開発状況とその意味について解説するブログシリーズ「東南アジアのガス開発」。初回である今回は、2回目以降の記事を理解するにあたって必要になる前提知識を概観します。具体的には、気候変動に関する科学的知見と、その壊滅的な影響を防ぐために国際的にどのような対策が求められているのかについて解説します。

目次

1. 気候変動の影響

2. パリ協定と1.5℃目標

3. 1.5℃目標達成の道筋

4. なぜ新規の化石燃料事業はパリ協定に整合しないのか

1. 気候変動の影響

気候変動に関する科学的知見は年を追うごとに精密になっています。そこでまず、気候変動に関する研究をまとめ、評価しているIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新の評価報告書から幾つかの重要な科学的知見を確認してみましょう。

「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。」[i]

IPCCはこれまで、温暖化の原因が人間の影響であることを、高い可能性があるとし、2021年8月に公表されたIPCC 第6次評価報告書の第1作業部会の報告(以下、IPCC AR6, WG 1, SPM)では、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。」と改めて断言しました。

実際日本でもここ数年、「記録的猛暑」という言葉をニュースで聞き飽きるくらい耳にします。さらに今年6月25日には伊勢崎市で6月の観測史上初の40.2℃を観測しました。6 月下旬から 7 月初めの記録的な高温について、気象研究所などが9月に発表した調査結果によると、「地球温暖化の影響が無かったと仮定した状況下では、同じラニーニャ現象等の影響があったとしても、およそ 1200 年に 1 度という非常に稀な事例であった」と指摘し、温暖化により高温の発生確率が格段に上がっていたことを明らかにしています[ii]

また、このような猛暑についてIPCCは、「過去10年に観測された最近の極端な高温の一部は、気候システムに対する人間の影響なしには発生した可能性が極めて低い(IPCC AR 6, WG 1, SPM, A.3.1)」としています。こういった極端な熱波のみならず、極端な大雨、干ばつ、熱帯低気圧などが既に世界中で見られるようになっています。

図1(出典:文部科学省、気象庁訳。IPCC AR6, WG 1, SPM、図SPM.6) 

さらに同報告書によれば、こういった「極端現象」は地球温暖化が進むにつれて、これからより激しく、より頻繁になると予想されています。上図で示されているように、産業革命以前と比較した1度の気温上昇時 (産業革命以前と比べて、地球は既に1.09度上昇したと推定されている[iii])には、人間の影響がない気候で平均して50年に1回発生するような極端な気温は、頻度にして4.8倍、強度にして1.2℃増加します。一方で、温暖化が4℃に達すると、頻度にしてなんと39.2倍、強度にして5.3℃増加すると予想されています。地球温暖化は既に猛暑といった形で私たちに明らかな影響をもたらしていますが、温暖化がさらに悪化すれば、それだけ猛暑の頻度と強度が増幅するということで、それに伴って損失や損害が拡大します。気温上昇と、気候変動による壊滅的な被害を避けるための対策や被災時の対応の強化が急務です。

2. パリ協定と1.5℃目標

IPCCが1988年に設立され、1990年に発表した第1次評価報告書が、1992年に採択されることになった国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の重要な科学的根拠とされました。その締約国会議(COP3)で京都議定書が、そしてCOP21ではパリ協定が採択されました。パリ協定では「世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃以下に抑える努力をする[iv]」ことに合意しています。

ここでは気温の上昇を2℃未満という目標と共に1.5℃以下に抑えるという努力目標が両方記されていますが、上述のように現在の1度の温度上昇ですら、既に熱波など目に見える極端現象が頻発していることを考えると、1.5℃以下を目指さなければならないのは明らかです。実際、2018年に発表されたIPCCの『1.5℃特別報告書』では、2℃の気温上昇が起こった場合と比べて1.5℃の場合の方が、「海洋生物多様性、漁業[資源]、及び生態系、並びにこれらがもたらす人間への機能とサービスに対するリスクが減少することが予測される[v]」など、1.5℃に気温上昇を抑えるべき理由を科学に基づいて主張しました。社会的な影響についても、「2℃に比べて1.5℃に地球温暖化を抑えることで、気候に関連するリスクに曝されるとともに貧困の影響を受けやすい人々の数を2050年までに最大数億人削減しうるだろう(確信度が中程度)[vi]。」と述べており、気温の上昇を1.5℃以下に抑えることの重要性がわかります。開発途上国が国際交渉の場で1.5℃目標を粘り強く主張し続けてきたこともあり、今ではパリ協定の枠組みで目指すべき気温目標は1.5℃とされるようになりました。

3. 1.5℃目標達成の道筋

では、1.5℃目標を達成するにはどうすればよいのでしょうか?IPCC 第6次評価報告書の第1作業部会の報告によれば、気温上昇を産業革命以前と比べて(67%の確率で)1.5℃に抑えるためには、私たちが将来にわたって排出できるCO2の量(残余カーボンバジェット[vii])の推定値は400Gt(ギガトンは10億トン)です[viii]。これは報告書が発表された2021年時の残余カーボンバジェットですが、2010年から2019年の10年間のCO2排出量は410Gtであり[ix]、この排出ペースが変わらなければ2021年からの10年間で、温暖化を1.5℃に抑える残余カーボンバジェットを使い切ってしまいます。

図2(出典:文部科学省、気象庁訳。IPCC AR6, WG 1, SPM, 図SPM.4) 

では、このわずかなカーボンバジェットを使い切らないようにするにはどうすればよいのでしょうか?上図にあるように、IPCCの同報告書は、将来のCO2排出シナリオを5つ示しています。この中で1.5℃目標を達成できる程度までCO2排出量を十分抑えられているのはただ一つ、水色のシナリオ(SSP1-1.9)であり、このシナリオならば「世界平均気温が、1.5℃の地球温暖化を0.1℃より超えない一時的なオーバーシュートを伴いながら、21世紀末にかけて1.5℃未満に戻るように低下するだろうことは、どちらかと言えば可能性が高い[x]。」としています。SSP1-1.9は、CO2排出量が2030年頃には半減、2050年頃には正味ゼロ(ネットゼロとも言う。排出したCO2の量と森林による吸収などによって除去されたCO2の量が釣り合って全体として排出量がゼロになる状況のこと)となり、それ以降は排出量より除去量が多くなっています(SSP1-1.9の線は、2050年以降0より下のマイナスで推移しており、これはCO2を除去していることを意味する)。

しかし、オフセットに頼ったネットゼロ達成を至上目標とすることは危険なことでもあります。気候変動対策には化石燃料由来の温室効果ガス排出の削減が最重要ですが、「化石燃料を燃焼して温室効果ガスを排出しても、木を植えてオフセットするから問題ない」という口実を与えかねないからです。実際、大手の化石燃料企業は大規模植林に頼ったネットゼロ計画を策定し、化石燃料の開発を継続しています。また、除去の別の手段として炭素回収・貯留技術(CCSと略される。発電時に排出されたCO2を回収し地中に貯留する技術)も注目されています。しかしコストが高く、将来にわたり安定的に貯留できるのか不透明です。また日本国内では貯留に適する場所も限られているといった課題もあります[xi]。こういった未確立の技術を言い訳に温室効果ガスを排出し続けるのは、取らぬ狸の皮算用のようです。

従って、1.5℃目標達成に向けた理想の道筋としては、オフセットに頼ることを前提とした「ネットゼロ」ではなく、できるだけオフセットに頼らない「リアルゼロ」がより良い選択肢となります。実際、2022年に発表されたIPCCの第3作業部会の第6次評価報告書では、リアルゼロに近いシナリオが取り上げられています(下図参照)。

図2(出典:IPCC AR6, WG 3, SPM, 図SPM.5よりFoE Japan作成) 

図中の3つのシナリオIMP-LD(効率的な資源の利用、世界的な消費パターンの転換による低需要の実現)、IMP-REN(再エネ重視)、 IMP-SP(不平等の軽減を含む持続可能な開発への転換を通じた排出削減)はいずれも50%以上の確率で温暖化を1.5℃に抑えられるとされています[xii]。さらに、これら3つのシナリオは排出量が大きくマイナスに推移していないため、前図のSSP1-1.9と比べて世紀後半の温室効果ガスの除去に頼っていないことが見てとれます。オフセットに頼るネットゼロでなくとも、リアルゼロに近い形で温暖化を1.5℃に抑える可能性はまだ残されているのです。

さらに、IPCCの将来シナリオはその多くが既存の経済モデルをベースにしており、ライフスタイルの変革などより突っ込んだ社会経済変革(システムチェンジ)による排出量削減ポテンシャルはまだ限定的にしか評価されていない点も留意しておく必要があります。大胆な政治決断を通じてIPCCシナリオが想定するより早く脱化石燃料を達成することも可能です。先の3つのリアルゼロ・シナリオを私たちが達成できる限界として見るのではなく、さらなる可能性を模索しなければなりません。

ここまでの議論をまとめると、気候変動による壊滅的な影響を抑えるためには、温暖化による気温上昇を(産業革命前と比べて)1.5℃以下に抑える必要があり、そのためには除去に頼らないで温室効果ガスの排出を実質的に、それもできる限り早く削減していく必要があるのです。

4. なぜ新規の化石燃料事業はパリ協定に整合しないのか

では、温室効果ガスの排出削減には、具体的に何が求められるのでしょうか?そこで鍵になるのがエネルギーセクターです。エネルギーセクターは現在世界の温室効果ガス排出の4分の3を占めます[xiii]。石炭、ガス、石油といった化石燃料由来のエネルギーは、採掘、輸送、火力発電所での燃焼時に多大な温室効果ガスを排出します。したがってこの部門での対策が1.5℃目標達成に不可欠となります。

IPCCによると、現在稼働中・そして計画中の化石燃料インフラからだけでも、2℃を超える温度上昇につながる量のCO2が排出されると試算されています[xiv]。国際エネルギー機関IEAが2021年に出した2050年ネットゼロシナリオでも、これ以上新規の石油・ガス開発事業や炭鉱の新設・拡張はネットゼロの道筋と整合しないと明らかにしています[xv]。化石燃料に代わって再生可能エネルギーへの投資を急増させ、2035年までに先進国の電力をネットゼロとし、2040年までには世界全体の電力をネットゼロ、2050年までには世界全体の電力の90%を自然エネルギーで賄うとしています[xvi]。IPCCの第6次評価報告書第3作業部会報告書においても、気温上昇を1.5℃に抑えるためのシナリオでは化石燃料利用を急激に削減し、再生可能エネルギーに移行されるとしています[xvii]

つまり、気候変動による壊滅的な影響を避けるための1.5℃目標を達成するためには、石炭及びガスといった化石燃料を新規に開発する余裕はなく、むしろそれらは段階的に廃止しつつ、再生可能エネルギーへの移行を促進する必要があるということです。そしてもちろん移行に際しては、地域社会の声を尊重する必要もあります。再生可能エネルギーの蓄電や電気自動車に使用されるニッケルを採掘、精錬する際に現地住民の生活や環境を破壊してしまうことがあっては、本末転倒です(例えば、フィリピンのリオツバタガニート、インドネシアのポマラにおけるニッケル開発)。 

さて、IPCC報告書やIEAの2050年ネットゼロシナリオでも、これから世界が進むべき脱化石燃料の方向を示しているにも関わらず、 実は東南アジアではガス開発事業が急速に進んでいます。そしてその事業に対し、事業者としても投融資者としても、日本の官民が深く関与してきているのです。本記事で紹介した気候変動の背景を踏まえた上で、次回以降の記事では東南アジアのガス開発に関するレポート等を解説します。


[i]IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. In Press.(文部科学省、気象庁訳。『IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)』 )

[ii]文部科学省、気象庁気象研究所、2022年9月6日。「令和 4 年 6 月下旬から 7 月初めの記録的な高温に 地球温暖化が与えた影響に関する研究に取り組んでいます。 ―イベント・アトリビューションによる速報― 」https://www.mext.go.jp/content/20220906-mxt_kankyou-000024830_1.pdf

[iii]IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. In Press. A.1.2\

 [iv] Paris Agreement (Dec. 13, 2015), in UNFCCC, COP Report No. 21, Addenum, at 21, U.N. Doc. FCCC/CP/2015/10/Add, 1 (Jan. 29, 2016). (訳文は以下を参照:資源エネルギー庁。2017年8月17日。「今さら聞けない「パリ協定」 ~何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~

(最終閲覧日2022年7月25日))

[v]IPCC, 2018: Summary for Policymakers. In: Global Warming of 1.5°C. An IPCC Special Report on the impacts of global warming of 1.5°C above pre-industrial levels and related global greenhouse gas emission pathways, in the context of strengthening the global response to the threat of climate change, sustainable development, and efforts to eradicate poverty [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, H.-O. Pörtner, D. Roberts, J. Skea, P.R. Shukla, A. Pirani, W. Moufouma-Okia, C. Péan, R. Pidcock, S. Connors, J.B.R. Matthews, Y. Chen, X. Zhou, M.I. Gomis, E. Lonnoy, T. Maycock, M. Tignor, and T. Waterfield (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA, pp. 3-24. (『1.5°Cの地球温暖化:気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から1.5°Cの地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関するIPCC特別報告書、政策決定者向け(SPM)要約』、環境省仮訳、B.4)

[vi]同上、B5.1.

[vii] IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)、表SPM.2

[viii]「カーボンバジェットという用語は、他の人為的な気候強制力の影響を考慮した上で、地球温暖化を所与の確率で所与の水準に抑えることにつながる、世界全体の正味の人為的累積 CO2排出量の最大値のことである。これは、工業化以前の時代を起点とした場合は総カーボンバジェットと呼ばれ、最近の特定の日を起点とした場合は残余カーボンバジェットと呼ばれる(用語集)。過去の累積 CO2排出量は、これまでの温暖化を大 部分決定し、将来の排出は将来の追加的な温暖化の原因となる。残余カーボンバジェットは、温暖化を特定の気温水準以下に抑えるにあたり、まだ排出しうるCO2の量を示す。」IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)脚注43

[ix]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. B. 1.3

[x]ibid. B.1.3

[xi]大野 輝之、2021年9月30日。「CCSへの過剰な依存が日本のエネルギー政策を歪める」自然エネルギー財団。

[xii]ただし、1.5°Cを数十年にわたって最大0.1°Cまで超過する、限定的なオーバーシュートが67%以下の確率で発生する。ibid. Box SPM.1. 

[xiii]International Energy Agency. 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector. Summary for Policy Makers. p.2

[xiv]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. B.7.

[xv]International Energy Agency. 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector. Summary for Policy Makers. p.11

[xvi] ibid. p.9

[xvii]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. C.3.

原発とガスを「グリーン投資」に!?欧州議会が承認 「グリーンウォッシュのツール」「プーチンへの贈り物」批判の声続々 

7月6日、グリーン投資を促進するための「EUタクソノミー」(注1)に原発と天然ガスを含めるという欧州委員会の提案が、欧州議会(注2)本会議で承認されました。

正確には、欧州議会の下の環境と経済の合同会議で、6月14日、欧州委員会の同提案に反対する決議が採択されたものの、本会議に付された同じ決議が、否決されたという形です。

「原発とガスをタクソノミーに入れる補完的委任法」に対する反対決議案に対して:
賛成:278、反対:328、棄権 : 33 

本会議が行われたストラスブールの会場の前では、環境活動家らが、原発とガスを含めることに反対し、「原発・ガスはグリーンではない」「プーチンに贈り物をするのをやめろ」などと書いたバナーを持って抗議アクションを繰り広げました。

Twitter上では、#NotMyTaxonomyというハッシュタグがトレンド入りし、この決定に対する憤りの声でみちあふれました。

「グリーンウォッシュ」

本会議での採決の結果を受け、欧州議会環境委員会の副委員長であるBas Eickhout氏は、「EUは有害なシグナルを投資家やEU以外の国々に送ることになる」と述べ、また、「エネルギー分野での環境投資の信頼性を低め、グリーンウォッシュすることになる」と批判しました。(ガーディアン紙

欧州気候基金CEOのLaurence Tubianas氏はツイッターで、「今日、政治と既得権益が科学に勝った。真剣な投資家、企業、消費者は、必要な環境基準を求めて他の場所を探すことになる」と発信しました。

Friends of the Earth Franceで金融と化石燃料のキャンペーナーを務めるLorette Philippot氏は、 「欧州委員会に続いて、欧州議会議員の多くは、科学者や市民社会、ウクライナ国民の声よりも、ガスや原子力産業の利益に耳を傾けることを選んだ。これらの2つの有害なエネルギーをグリーンラベルから除外することによって、グリーンウォッシングを拒否することも、金融関係者の責任である」とコメントしました。

グリーンピースEUの持続可能な金融活動家アリアドナ・ロドリゴ氏は、「ガスと核にグリーンというレッテルを貼り、プーチンの軍資金により多くの資金を注ぎ込む言語道断の決定である。しかし今、私たちはこれと法廷で戦うつもりだ」と述べています。

「プーチンへの贈り物」?

注目されるのは、「原発・ガスはグリーンではない」という本来の論調に加え、EUからロシアのガス・原子力産業に資金が流れることに抗議する論調が強くなった点です。

今年5月、ロシアのこれらの産業からの欧州議会へのロビイングについて、グリーンピース・フランスが調査レポートを発表(注3)。実際、EUはガスのみならず、ウランをかなりロシアから輸入していますし、ロシアの原子力産業は東欧に強い影響力を持っています。

7月5日には、「原発とガスをタクソノミーに含めることは、環境的にも間違っているだけでなく、ウラジミル・プーチンに対して何十億ユーロもプレゼントすることになる」という趣旨で、ル・モンド紙にNGOのリーダーたちの論説も掲載されました(グリーンピース・フランスやCANフランス、FoEフランスなどが連名)。

European green taxonomy: ‘Including gas and nuclear would benefit Russia to the tune of several billion euros per year’

同じ趣旨のAvaazの署名には、わずか5日間で30万筆を超える署名が集まりました。

今回の欧州議会の採決により、原発・ガスは、一定の条件は付されますが、「環境的に持続可能」とされ、今後、EUの環境や持続可能性を目的とした投資メニューに含まれることになります。

一方で、オーストリアやルクセンブルクは、この法令が発効したあと、提訴する構えを見せています。

タクソノミーに原発とガスを含めることに抗議するドイツとフランスの市民たち(c)BUND(FoEドイツ)

「信頼性を損なう」

今回の件、NGOのみならず、たとえば以下のように、投資家たちからも明確な批判の声があげられていました。

「タクソノミーは政府が自分たちの好きな経済活動に資金を誘導したり、グリーンウオッシュ(見せかけだけの環境対応)したりするための道具ではない」(オランダ年金連合会)(注4)

「ガスと原発を含めることは持続可能な事業への投資を促進するタクソノミーの信頼性と有用性に悪影響を与えるだろう」(EUROSIF(欧州社会的責任投資フォーラム))(注5)

これらの投資家の声をみるにつけ、本来グリーンウォッシュを防止するために創設されたEUタクソノミーの制度そのものが、信頼性を失い、機能不全に陥る結果につながってしまう可能性は大いにあるでしょう。

原子力ロビーの影響力

もう一つ特筆したいのは、原子力産業の影響力です。

以前より、今回の欧州委の唐突な提案に関して、「原子力産業からのロビー」の影響を指摘する人は多かったですが、それは、原子力とガスがあとから突っ込まれた一連の経緯からもうかがえます。とりわけ、当初、タクソノミーの正式な諮問機関である技術専門家グループ(TEG)が、原発をタクソノミーに含めないことを勧告していたのにもかかわらず、欧州委がわざわざ別の機関(JRC)に諮問したのはとても恣意的に思えます。

<経緯>

  • もともと技術専門家グループ(TEG)は、原発は「著しく害を与えない(DNSH)」基準(注4)に適合しないとし、タクソノミーに含めないことを欧州委員会に勧告していた
  • 2020年7月 欧州委員会がJoint Research Center(JRC)に原子力のDNSH基準についての評価を委託、JRCは2021年4月、原発はDNSHに適合するという評価報告書を提出
  • 2021年に発効したEUタクソノミー(委員会委任規則2021/2139)には原発・ガスは含まれず。
  • 2021年末に欧州委員会がEUタクソノミーに原発・ガスを含めることがリーク記事により明らかに
  • 2022年1月1日、欧州委員会が原発・ガスの技術的基準を含めた補完的委員会委任規則案を発表
  • 2022年1月21日「持続可能な金融に関するプラットフォーム」が「補足委任法への回答」を公表。「原発を持続可能な経済活動として認知することはできない」とした。同プラットフォームは欧州委員会の正式な諮問機関。
  • 2022年2月2日、欧州委員会が正式に原発・ガスの技術的基準を含めた補完的委員会委任規則を採択
  • 2022年6月14日、欧州議会の環境委員会と経済金融委員会の合同委員会にて、欧州委員会提案に対する反対決議を採択
  • 2022年7月6日、欧州議会の本会議で上記反対決議は否決

FoE Japanは7月1日、オンラインセミナー「オンラインセミナー:原発はグリーンか? 欧州のエネルギー事情とEUタクソノミーのゆくえ」を開催しました。

セミナーで講演したFoEドイツのヤン・ヴァローデさんは、「EUは、グリーンウォッシングを防ぐ代わりに、過去最大のグリーンウォッシングの道具を作ろうとしている」と痛烈に批判。

ヴァローデさんによれば、EUタクソノミーの考えられる影響として、以下があげられるとのことです。

  • 「持続可能な金融商品」と銘打つすべての投資活動が、タクソノミーによって定義される。
  • 大企業は、自社の活動がタクソノミーにどの程度適合しているかを報告する必要がある。
  • EU以外の国も追従する可能性がある。
  • EUの公的資金が原発に流れこむ可能性がある
  • 原子力事業の実現可能性が高まり、真に持続可能な経済活動への投資が減る。

セミナーの映像および資料は以下からみることができます。

https://foejapan.org/issue/20220621/8455/

持続可能性投資の分野で国際的な世論を引っ張ってきたEUだけに、今回の決定の影響力はやはり大きいと言わざるをえません。

とはいうものの、EU内外の反対の声が可視化され、投資家からも強い批判の声があがったことも事実です。FoE Japanとして、継続的に原発やガスの問題を訴えるとともに、今後の動きを注視していきたいと思います。

(満田夏花)

注1)EUタクソノミーとは、「環境的に持続可能」な経済活動への投資を促進するため、以下の6つの環境分野に貢献する活動を分類するもの。

  • 気候変動の緩和
  • 気候変動への適応
  • 水と海洋資源の持続可能な利用と保全
  • 循環型経済への移行
  • 環境汚染の防止と抑制
  • 生物多様性と生態系の保全と回復
  • いずれの目標に対しても「著しい害を及ぼさない(Do No Significant Harm、DNSH)」ことなどの条件がある。

注2)欧州議会とは、直接選挙で選出される議員から構成されるEUの組織。EU理事会とともに立法府を形成している。一方で、欧州委員会とはEUの政策執行機関。

注3)Greenpeace EU, ‘Russian doll’ gas and nuclear lobbying threatens EU energy independence – new research

注4)日経新聞2022年2月2日「原発・天然ガスはグリーンか EU「変心」に投資家反発

注5)EURACTIV, “Investors warn ‘green’ label for gas undermines EU taxonomy” February 4, 2022

注6)タクソノミーの対象となる当該経済活動が、気候変動などの環境目標に合致するのみならず、他の環境目標(たとえば環境汚染の防止と抑制など)に対しても「著しい害を及ぼさない(Do No Significant Harm、DNSH)」ことが条件となっている。

SB56開催中〜COP27に向けて途上国が求めるものとは?

6月6日から16日にかけて、国連気候変動枠組条約の第56回補助機関会合(SB56)が開催されています。補助機関会合では、条約の公式な決議などはありませんが、年に一度開催される締約国会議に向けた勧告や合意案が検討されます。

COP26以降、2022年2月には、IPCC第二作業部会が気候変動の「影響・適応・脆弱性」に関する報告書を公表しました。この報告の中で、気候変動の影響はすでに広範に及んでいること、世界の平均気温の上昇を1.5度に抑えることが達成されたとしても気候変動の影響による損失と被害を全く無にすることはできないこと、また、気候変動にレジリエントな開発ができるかどうかは、この10年の行動が鍵となることが指摘されました。

そして、2022年4月のIPCC第三作業部会による「緩和」に関する報告書では、現行の各国の気候変動対策目標(NDC)はパリ協定の1.5度はおろか、2度未満に抑えるためには極めて不十分であること、既存及び計画中の化⽯燃料インフラからのCO2排出量のみですでに1.5℃目標の達成は不可能であること、脱炭素技術の大規模な普及だけでなくこれまでに類をみない抜本的な社会変革が求められ ることが求められることが示されました。

このように、IPCCによる報告が相次いだ後に開催されているのが、今回の補助機関会合です。第一週目には、今回の補助機関会合の開幕に際し、気候正義を求める市民社会が、記者会見やイベントを開催しました。

もはや被害の時代に突入。求められるのはアクション

6月7日には、開催された気候正義を求める市民社会(Demand Climate Justice)の記者会見がありました、その中で、Third World Network/FoE マレーシアのMeena Ramanは、冒頭に述べたようなIPCC第六次報告の指摘を振り返りながら、

私たちは、求められる気候変動対策から程遠い所にいる。ウクライナ侵攻があってもなお、先進国はまだ化石燃料から脱却する準備ができていないようだ

と、求められる気候変動対策が進まないもどかしさを示しました。

また、議題から抜けていた途上国にとって極めて重要な、適応に関する世界全体の目標(Global Goal on Adaptation、GGA)は初日の交渉で議題に盛り込まれましたが、損失被害の資金支援(グラスゴー対話)は、途上国からの強い要求があったにもかかわらず、今回の補助機関会合の主たる議題として取り上げられなかったことについても言及しました。

GGAはパリ協定第7条ですでに合意されてきた。にもかかわらず、どのように目標に向かって枠組を動かしていくかという重要な議論が未だになされていない。IPCCの第二作業部会の報告でも、適応にもっと注力すべきだという指摘があった。そして、今はもう損失と被害の時代になりつつある。途上国は、損失と被害に対応するための資金ファシリティを求めている。2025年以降の気候資金に関する新たな定量的な全体の⽬標(New Collective Quantified Goal on Climate Finance、NCQG)も、途上国にとっての優先事項だ

と、今回の補助機関会合での注目点を述べました。

Asian People Movement on Debt and Development のClaire Milandaは、求められる気候資金が十分に達していない一方、何十億ドルもの資金が化石燃料事業に使われている実態に触れ、2025年以降の気候資金に関する新たな定量的な全体の⽬標(NCQG)に関する議論で、具体的な額が提案されることを求めました。

Corporate AccountabilityのRachel Rose Jacsonも、理不尽なウクライナ戦争は、私たちが化石燃料中毒に陥っていることを示していると述べました。化石燃料によって引き起こされる気候変動によって、ナイジェリアやインドなど、気候変動にほとんど寄与していない人々やコミュニティが気候変動による被害を被っていること、そしてその被害はすでに日常茶飯事となり、多くの人々がなくなっていることにふれた上で、

気候変動に関する議論はもう26年も続いています。何年もの間、行動が先延ばしにされてきたことを、私たちはみてきました。もう話をしている場合ではなく、アクションを起こさないといけない時です。時間を無駄にしている場合ではありません。パリ協定の第6条2項および第6条4項は、私たちに求められている時間軸での温室効果ガス削減には役に立ちません。パリ協定の第6条8項に基づく、確実な温室効果ガス削減策や適応支援といった解決策が必要です

と、口だけで行動が伴わない実態を批判し、確実に温室効果ガスを削減する対策が必要であることを提示しました。

公平性の実現をーCOP27への期待

途上国の交渉官らも含めたイベントも開催されました。COP26の結果を振り返るとともに、COP27に求めることを発言しました。

途上国(G77+China)の気候資金に関するコーディネーターを担うZaheer Fakir氏は、現在の1000億ドルの長期資金が合意された背景や歴史を話したのち、

COP26では、年間1000億ドルの長期資金の動員に失敗したことについて、途上国はもっと怒りを示すべきだった。2025年以降の気候資金に関する新たな定量的な全体の⽬標(NCQG)についての議論が始まっているが、私たちは過去の1000億ドルの長期資金から学ぶ必要がある。つまり、資金の定義、会計方法について話し合うべきだ。1000億ドルの長期資金について話すとき、人によってこの動員額が異なる。それは、この年間1000億ドルの気候資金が決まった時にこの資金の定義を決めなかったからだ。

と、今後の議論に向け提言しました。

途上国同志グループ(LMDC)の第6条のスポークスパーソンを担うDiego Pacheco氏は、

グラスゴー気候合意には2つの問題点がある。一つは2050ネットゼロ、もう一つは、1.5度目標達成に関する文言だ。もちろん、1.5度目標を達成できなければ、気候危機の被害は深刻さを増すから、1.5度目標の達成は支持する。だが、その方法は、先進国にとって有利なものだ。2050年ネットゼロと設定し、発展途上国が先進国により依存せざるを得ない罠のような(市場メカニズム)制度を作り出すことで、先進国は気候危機のすべての負担を発展途上国に移している。この点こそ、私たちがグラスゴー気候合意を「グラスゴー植民地協定」だと呼ぶ理由だ。グラスゴー気候合意(での先進国と途上国の力関係)は、とてもアンバランスだ。今回の補助機関会合でも、私たちは適応に関する世界全体の目標(GGA)に関する議題を含めることを試みたが、うまくいかなかった。 適応に関する世界全体の目標の策定は簡単な作業ではない。でも簡単ではないからこそ、より多くの力を投入する必要がある。COP27では、バランスの取れた合意を求める。先進国は、少なくとも2030年までに確実な削減を行い、条約とPAの原則(Common But Differenated Responsibilities、共通だが再ある責任)を維持する必要がある。そして公平性を実現するならば、それは先進国は発展途上国のために炭素予算を残さなければならないはずだ。

インドの交渉を担うRicha Sharmaも、昨年のグラスゴー気候合意は緩和が中心となりすぎていると批判し、COP27での交渉は、適応策や損失と被害に関する議題が緩和策と同等に扱われるべきであることを指摘し、実効性のある対策や資金の拠出を求めました。

最後に、COP27のホスト国であるエジプトの大使Mohamed Nasr氏も発言しました。Mohamed氏は、近年の国際交渉では民間企業など関与するアクターが増えたこと、そして水問題、農業、ジェンダー問題など様々な課題にも包括的に立ち向かうことを強調しながら、COP27への意気込みを下記のように発言しました。

何をもってCOP27の成功というかは明確だ。バランスの取れ、実行力のある結果を伴う合意だ。そして、科学が私たちに伝えていることが優先されたものであるべきだ。

*サイドイベント “Developing country views on Road to COP 27”の様子はこちら

国際交渉の意義、先進国に住む私たちの役割とは

約2週間の補助機関会合では、正式な国際合意はありません。ですが、今回の補助機関会合は、COP27での合意に向けた勧告が作成される重要な場です。開催にあたっての記者会見やイベントにおける途上国の発言にあるように、今はもう温室効果ガスを減らすだけではなく、気候変動にどう適応していくか、これから多発するであろう損失と被害に対してどう備えるかを、形にしなくてはいけない時になっています。

記者会見の最後、Corporate AccountabilityのRachel Rose Jacsonが以下のような発言をしました。

私のようなグローバルノースの人々、メディアに伝えたいことがあります。私たちはこの交渉が辛いからといって、立ち去ることはできません。グローバルノースの人たちこそ、自分たちの政府にもっと訴えないといけません。私たちには、この交渉の会場で起こっている真実を先進国の人たちに伝えるメディアが必要です。多くの人が関心を持つ必要があります。

国際交渉の現場では、市民社会や途上国の声よりも先進国等の利益が反映されがちで、時に無力感を覚えます。さらに、約2週間の補助機関会合では、正式な国際合意はないため、注目度はあまり高くありません。ですが、彼女のこのメッセージによって、気候変動の国際交渉の場で、すでに被害を受ける人々の声が議論の場に届いているかということに、私たちが関心を持ち続けることの重要性を再認識しました。

私たち日本の市民は、すでに気候変動の被害に直面する人々とどのように連帯できるのか。それを考えるためにも、日本のより多くの人々に、すでに被害を受ける人々、途上国の人々の声を届ける活動を続けていきます。

(髙橋英恵、小野寺ゆうり)

処理汚染水の海洋放出をめぐり、規制庁、東電、経産省と会合

6月2日、東電の福島第一原発の処理汚染水を海洋放出するための実施計画変更を認可する審査書案をめぐり、規制庁、東電、経産省と会合を持ちました。審査書案は6月17日までパブリックコメントにかけられています。

事前に提出した質問への3者の回答については、こちらをご覧ください。
https://foejapan.org/wpcms/wp-content/uploads/220602_answers.pdf

会合では、いろいろと驚きの事実が明らかになりました。

以下、ポイントをまとめました。

1.放出される放射性物質の総量は不明。

まあ、これは以前からたびたび問題提起していたことではありますが、やはり放出される放射性物質の総量については不明のままです。東電は40以上あるタンク群のうち3タンク群についてのみ、64核種(ALPS除去対象の62核種+トリチウム+炭素14)について測定を行い、濃度を公表しています。
残りについては、東電は準備がととのったものから、放出前に測定し、順次公表するとしています。ちなみに、現在、タンクの水の7割近くで、トリチウム以外の放射性物質について、告示濃度比総和が1を超えています(つまり基準を満たしていません。下図参照)。東電は2次処理を行ってから放出するとしています。…つまり、準備ができたタンクから、二次処理→測定→放出…ということになるので、全量の放出が終了する30年後(?)にしか、放射性物質の放出総量はわからないことになります。

2.「64核種以外の放射性物質が残留していないこと」については東電がこれから検証し、規制庁があらためて審査する。

東電は、64核種(ALPSの除去対象62核種+トリチウム+炭素14)以外が残留していないことについては、今後、検証するとしています。またその検証結果を踏まえて放出前の測定対象核種を決めるとしています。規制庁は、東電の今後の検証を待ち、それを改めて審査すると述べていました。
ただ、このポイントは審査がはじまった段階で規制庁側が提起した課題だったのですが…。

3.東電はかきまぜずに測定。

東電の放射線影響評価で、示されている3タンク群およびタンクごとの濃度を公開している主要7核種の測定の前には、東電は攪拌を行っていませんでした。
これではタンクの底部にたまっているかもしれない物質を捕捉しそこねている可能性があります。
これらのデータは、ALPS処理水中の放射性核種に関する検討や、放射線影響評価の前提として使われています。東電はタンクを攪拌した上での測定を踏まえた上で、あらためて放射線影響評価を行い、規制委員会は審査をやりなおすべきではないでしょうか。
なお、東電は放出前に攪拌を行って測定を行うとしており、そのための設備も設置予定です。つまり正確な測定には「攪拌」が必要だと認識しているわけです。

4.ウランの取扱い

東電は、核兵器不拡散条約における計量管理の対象核物質であるウラン類を測定対象としていません。
東電は、ALPS除去対象核種を決める時、「原子炉停止 365 日後の濃度が告示濃度限度に対して 1/100 を超えたもの」を対象としたと説明しています。そしてALPS対象核種を測定対象としているわけです(場合によってはもっと絞り込まれるかもしれません)。
原子力市民委員会の滝谷紘一さん(元原子力安全委員会事務局技術参与)は「ウラン類は、溶融炉心が原子炉圧力容器の破損箇所から飛散流出する際に一部が微粒子になって固化し、冷却水中に移行、ALPSのフィルターを通過した微粒子が貯蔵タンクの底部に沈殿していると考えられる。海洋放出に際して貯蔵タンクからの水流の攪拌作用により微粒子が再浮遊して流出するおそれがある」と指摘しています。

5.放出前の測定対象核種は決まっていない

前述の通り、東電は「測定評価対象核種については、国内における廃止措置や埋設施設に関する知見を踏まえ、汚染水中に有意に存在するか改めて検証」するとしています。こんな重要なことを先送りにして審査を通してしまうとは驚きです。

6.放出後の海域モニタリングはこれから検討する

質問は、「海域モニタリングにより異常値が検出された場合は、緊急遮断弁の自動作動又は運転員の操作により、ALPS処理水の海洋放出を停止する、としているが、トリチウムについては週1回の測定ということになっており、異常値が検出されたとしても、一週間遅れという事態にもなりかねない」とし、常時モニタリングとするべきではないかというものでした。(原子力市民委員会の大沼淳一さんの問題提起です)
これに対し、「いや、それは放出前の海域モニタリングの話。放出後はこれから検討する」ということでした。
しかも、規制庁は、「海域モニタリング」は規制委員会の審査の対象外とも述べていました。海域モニタリングは、総合モニタリング計画の一環で政府の関係省庁や東電も入ったモニタリング調整会議というところでとりまとめを行っている、とのことでした。

7.東電は海洋放出費用の総額を示さなかった

「海洋放出する場合、数十年にわたる放出期間全体の費用はどのように評価しているのか」という質問に対して、東電は「将来も含めて処理水の処分にいくらかかるかを現時点で見通すことは難しい」と回答。
そんな馬鹿な!いくつか仮定をおいて、概算でも見積もりを示すことは、東電と国の責任だと思うのですが…。
経済産業省のもとに設置された「トリチウム水タスクフォース」での議論では、海洋放出は91ヶ月、34億円、とされていました。現在、報道によれば、本体工事費約350億円
2021~24年度の4か年で計約430億円に上る見通し」とされています。
改めて、他の代替案との比較評価を行うべきなのではないか。」という問いに対して、東電は国が丁寧なプロセスを踏んですでに決定している、国内で放出実績がある点やモニタリング等を確実かつ安定的に実施可能な点を評価して海洋放出が選ばれた、と回答しています。

しかし、原子力市民委員会が提案している、石油備蓄に使われている大型タンクでの長期安定保管やモルタル固化処分も実績がある点では同じではないでしょうか。また、国は「幅広い関係者のご意見等を丁寧に伺ってきた」わけではなく、国が選んだ「関係者」の意見を形式的にきく場をもうけただけです。国は海洋放出決定以降、公開の場の公聴会は開催していません。

大切なことがいろいろと先送りになっているのにもかかわらず、この審査書案も通されてしまうのでしょうか。

FoE Japanでは、審査書案に関するパブコメ・セミナーを開催中です。ぜひご参加ください。

第1回:6/6 19:00-20:00 (終了しました)
コメント:宇野朗子さん(福島から京都へ避難)
お申込み>https://us02web.zoom.us/meeting/register/tZAuc-mhrjwsGtWbyeb1oiHH5KdSiAMcZ9I7

第2回:6/11 11:00-12:00
コメント:阪上武さん(原子力規制を監視する市民の会)
お申込み>https://us02web.zoom.us/meeting/register/tZ0kfuGvrTwpHdK-Mnw5c6Yc86xVi52xjd_N

第3回:6/13 19:00-20:00
コメント:濱岡 豊さん(慶応義塾大学商学部教授)
お申込み>https://us02web.zoom.us/meeting/register/tZAocumupjMiGdBoTMlDzdFaR6tIsH0EL0Z9


【2分でわかる!汚染水動画シリーズ】

1 汚染水って何? 何が含まれているの?

2トリチウムって何?

3 代替案は?

4 人々の声は?

【横須賀石炭訴訟報告 vol.13】ついに結審。判決は11月28日に。

本日、横須賀石炭火力訴訟の第13回期日が開廷されました。

本裁判は、石炭火力発電所を建設するにあたって、環境影響評価手続きが適切にされていないことを指摘し、本建設に係る環境影響評価の確定通知の取り消しを求める裁判です。

(裁判についてのより詳しい説明はこちら:横須賀石炭火力、提訴へ!日本4件目の気候変動訴訟。その背景とは?

今日をもって原告と被告の主張は終わり、結審となりました。判決前最後の審理であるということもあり、雨天にもかかわらず定員50名を超える約60名が会場に集まりました。

結審では、小島弁護士から今回の裁判の要点について、千葉弁護士からは横須賀石炭火力建設に係る環境アセスメントの瑕疵について、改めて提起されました。一方、被告からの陳述はありませんでした。

「気候保護に関する世論や議論が成熟していない」は、原告の訴えを退ける理由にならない

小島弁護士は、結審にあたり、次の5点についてお話ししました。

  1. 原告らの生命・健康・住居などの財産・食料への危険が差し迫っていること。危機は極めて深刻で重大な人権問題。
  2. 地球温暖化・気候変動による人権侵害を防止するためには、排出量の削減が決定的に重要である。
  3. 先進工業国それぞれが、パリ協定及び1.5度特別報告書で求められる排出削減措置を尽くすことが必要であり、それが世界各地の裁判所の共通認識ともなっている。
  4. 司法が自らの責任を果たすことが求められている。
  5. 気候保護に関する社会情勢や議論がまだ成熟していないとの理由で、司法による法的保護を否定するのは3つの意味で間違っている。

1点目について、指摘にあたっては、今年4月26日の神戸石炭火力訴訟の大阪高等裁判所の判決で「もはや地球温暖化対策は国境を超えて人類の喫緊の課題であることは疑いない(中略)」と、気候危機が裁判所でも認められたことを引用し、異常気象や漁業の被害を強調しました。そのほか、昨年ヨーロッパ各地を襲った山火事や、カナダでの49度という異常気温、日本での熱中症被害が頻発し毎年1000人が亡くなるほどになっていること、洪水などの気象災害によって600名が命を落とし3万件もの住居が流されたことに触れました。そのほか、原告尋問でも証言があったように、原告の居住地域である横須賀市内でも土砂崩れが起きたこと、海藻が育たず海の生態系が急速に失われていること、そしてその結果として漁業という生計手段が成り立たなくなりつつあることを再確認しました。

排出量の削減が決定的に重要であるという2点目については、昨今のIPCCの報告を引用し、人間活動によるCO2排出が地球温暖化を引き起こしており、排出量をゼロにしていくことは不可欠であることを訴えました。国際的にも、具体例として、世界エネルギー機関(IEA)は、「2021年以降のCCS(大気中のCO2を回収して貯留する技術)の備えない石炭火力の建設中止」「2030年までに先進国のCCSを備えない石炭火力の廃止」などが示されています。しかし、CCSについては、日本では適切に貯留できる場所が陸域にないことが経済産業省の報告書の中でされており、現在は海域での貯留場所も探索中で確実なものとはいえず、吸収量の増加に頼る対策は極めて困難であることを強調しました(注1)。

(注1)報告会では、北海道苫小牧市におけるCCS実証実験では3年間で30万トンのCO2貯留に成功した一方、横須賀石炭火力発電所が稼働した場合、年間726万トンのCO2が排出されることを比較されました。

次に、近年の世界各地での気候訴訟の判決事例を挙げながら、先進国としての責任、そして裁判所に求められる役割について指摘しました。2015年のハーグ地方裁判所での判決では、「少ない排出量だからやらなくてもいいというのでは、温室効果ガス削減を達成できない。人為的な温室効果ガスの排出は、どんな小さな量でも待機中のCO2濃度の上昇に寄与し、気候変動につながることが立証されている」と判断され、2019年のオランダ最高裁判所の判決でも踏襲されているそうです。また、2020年7月のアイルランドでの裁判、2020年11月のフランスでの裁判、そして2021年3月のドイツでも同様な判断がなされたことも紹介し、「世界的な共同体として、それぞれがちゃんとした責務を果たさなくてはならない」ということが、世界各地の共通認識であることを示しました。

最後の「気候保護に関する社会情勢や議論がまだ成熟していないとの理由で、司法による法的保護を否定するのは3つの意味で間違っている」という点は、前述の神戸高裁判決で、原告の訴えを退けた理由となっています。しかし、今回の裁判では、この点について、1)少数派の権利を保護するという人権保護の理念にそぐわないこと、2)気候変動の被害は全ての人に等しく同じタイミングで及ぶものではなくすでに被害を被っている人々がいること、そして、3)政治参加の権利を持たない未成年など将来世代がより深刻に気候変動による人権侵害を被ることを挙げ、反論しました。

再度提示されるアセスの瑕疵、被告の反論書面への指摘

千葉弁護士からは、「適切な複数案検討がされなかったこと」「環境アセスメントの簡略化」の2点に絞って、再度、横須賀石炭火力発電所建設に係る環境アセスメントの問題点について強調されました。

また、最後に、小島弁護士から、被告の準備書面への指摘がありました。被告の「今回の環境影響評価は『局長級取りまとめ(注2)』にそって行なっている」との主張について、もしそれに基づけば、事業審査の段階でパブリックコメントや専門家による審議が必要となるものの、それらが一切なされていないことを指摘し、仮に今回のアセスメントが『局長級取りまとめ』に沿ったアセスメントだったとしても、手続きに瑕疵があることを取り上げました。

(注2)『局長級取りまとめ』とは、2015年に経済産業省と環境省の局長が、東電が火力発電の入札をする際の扱いをまとめた文書。この文書をもって新規の石炭火力も検討することとされた。従って、電気事業法46-17-1(環境要件)として使い、確定通知に該当する。具体的には、電気事業者が経済産業省に申請するが、行政手続法上では、申請においては、審査基準をもうけ、パブリックコメントなどを実施しなくてはいけない。

判決は11月28日。公正な判断は下されるか

次回は、約半年後の11月28日(月)14:00〜、東京地方裁判所103号法廷です。いよいよ判決になります。

報告会では、判決まで時間があくことについて、小島弁護士は「他の石炭火力訴訟の結果を単に踏襲するのではなく、今までの口頭言論や原告尋問の内容などを踏まえて判断するゆえではないか」と述べました。

また、神戸石炭訴訟にも関わる浅岡弁護士も、「神戸と横須賀の裁判の違うところは、環境アセスメントの瑕疵がより明確であること。ここが横須賀裁判の特徴になっている」と、お話しされました。

先月末に開催されたG7環境・気候・エネルギー会合では、「2035年までに電力部門の大部分を脱炭素化する」ことが合意されました。COP26の合意文書にも書かれた「排出削減対策がなされていない石炭火力発電の削減」をより明確化した形になります。さらに、横須賀市内では4月24日と6月4日に気候マーチが開催され、のべ300人以上が参加し、この横須賀石炭火力の建設中止を訴え、少しずつですが着実に、横須賀市民の中でこの石炭火力建設の問題が共有されつつあります。

一方、日本政府は明確な脱石炭政策を打ち出すどころか、水素やアンモニア混焼に対し、グリーンイノベーション基金を通じて支援しています。燃やしてもCO2が出ないことから「ゼロエミッション燃料」と呼ばれる水素・アンモニアですが、現状、化石燃料で水素・アンモニアを生産することが公表されており、生産の過程でも温室効果ガスが排出されてしまいます。日本は、削減につながらない技術で石炭火力を延命するのではなく、今こそ、再生可能エネルギー社会へと転換すべきです。

日本の脱石炭につながるよう、FoE Japanは引き続き、横須賀石炭火力訴訟に関わる原告や気候変動対策の抜本的な強化を求める市民とともに活動していきます。

横須賀石炭訴訟について:https://yokosukaclimatecase.jp/

過去の訴訟報告ブログはこちら

(髙橋英恵)