「私たちは毎日危険と隣り合わせに生きている」ーアメリカ・メキシコ湾岸ガス開発現場視察報告(1)

アメリカ南東部に位置するメキシコ湾岸。その名の通り、海岸線はアメリカからメキシコへと伸び、湾を出るとキューバ、そしてカリブ海へと繋がっています。

生物多様性豊かなテキサス州やルイジアナ州の沿岸地域は、近年巨大化するハリケーンの影響を顕著にうける地域であり、奴隷貿易や黒人奴隷が使役されていたプランテーションの中心地の一つでもありました。

2023年10月末、アメリカのメキシコ湾岸周辺で急速にすすむ液化天然ガス(LNG)事業による地域への影響を知るために、FoEJapanはテキサス州とルイジアナ州を訪ねました。

「私たちは毎日危険と隣り合わせに生きている」

10月末日、私たちはテキサス州ヒューストンに降り立ちました。その日はこの地域にしてはかなり珍しく冷え込んだそうですが、普段はとても温暖な地域とのこと。Texas Campaign For Environmentという現地の団体の協力を得て、ヒューストンから車で最初の目的地であるフリーポートLNG(液化天然ガス)ターミナルへと向かいました。

写真:フリーポートに向かう道すがら。左右にたくさんの化学工場が立地している。

アメリカ南部テキサス州の沿岸に位置するブラゾリア郡に建設されたフリーポートLNG施設には、日本のJERA(東京電力と中部電力の合弁会社)や大阪ガスが関与しています。2022年6月8日には、爆発事故を起こし稼働停止を強いられました。それにもかかわらず、施設の拡張計画が進んでいます。

現地で迎えてくれたのはBetter Brazoriaという団体のメンバーのメラニー・オルハムさんたちです。フリーポートLNGターミナルで爆発事故があったこと、事故がまたいつか起こるかわからないという不安の中で人々が暮らしているということ、地域にはたくさんの化学工場がありそこから排出される有害物質が原因で病気の子どもたちが多いこと、かつては栄えていた黒人の街が今は廃れてしまっていることなどを話してくれました。

写真:フリーポートLNGターミナル。写真の右手前に公園がある。

メラニーさんは、日本企業を含む投資家や融資者はこの事業から撤退すべきだと話します。「地元にはほとんど利益はもたらされていません。人々は危険と隣り合わせで生活しています。爆発事故の後、多くの問題が発覚しました。メンテナンスも不十分で、必要とされる従業員の数が94人も足りていなかったのです。長時間労働もありました。事業に巨額を投資しているのに、安全に運転することすらできないのです。」

写真:フリーポートLNGターミナル関連施設を案内するメラニー・オルハムさん

訪問の間、複数のLNG施設を視察しましたが、行く先々で事故の多さに驚かされました。フリーポートLNGターミナルでは2022年の事故の前にも、2015年の操業開始から6度の事故調査が行われており、その中には、100ガロンのトリエチレングリコールの流出によって作業員が病院に搬送される事故も含まれています。米連邦パイプライン・危険物安全管理局(PHMSA)による強制手続きも11回に及んでいます(出典)。メキシコ湾岸では、既存の5事業(フリーポート、キャメロン、ザビーネパス、コーパス・クリスティ、カルカシューパス)に加え、数多くのターミナル建設や拡張計画が進行しています。安全を担保するために十分な人数の従業員を雇わない事例が散見される中、これ以上ターミナルを建設して安全に運転することができるのか、大きな疑問が残りました。

フリーポートは、かつてはエビ漁業などで栄えた街でした。しかし石油化学産業の参入やLNG施設により地域は汚染され、エビ漁業は衰退していきます。住民のジェニーさんは、孫が釣りをしたところ、獲れた魚は弱っていて、鱗がハラハラと落ちたという話をしてくれました。写真は地元の歴史を伝える小さな博物館のパネルの一枚です。地元のエビ漁業がいかに栄えていたのか、1980年代にはテキサスの中でも第5位の水揚げ量を誇っていたことなどが書かれています。同時に、エビ漁業の衰退については、エビ価格の下落、燃料や氷の価格の高騰、漁獲制限などを挙げ、石油化学産業やLNG施設による汚染については一言も記載がありませんでした。

石油化学産業による地域の環境汚染については、いくつものデータがありますが(参考:1, 2) 、化学工場がもたらす影響についてはこの博物館に展示がなく、むしろフリーポートLNGが他の石油化学産業などと並んで地元の産業リーダーとして掲載されていました。なお、この地元の小さな博物館は化学メーカーのダウ・ケミカルやフリーポートLNGなどの企業が出資をして運営されていたので、無理もないかもしれません。

私たちは今回LNG事業による環境や社会への影響を知るために視察にいきましたが、この後の視察でも出てくるように、メキシコ湾岸には化学工場やLNGターミナルが集中しており、大規模複合汚染が生じていることがよくわかりました。多くの工場がプラスチックの生産に関連しています。気候変動問題を考える上で化石燃料をエネルギー源としてばかり捉えがちですが、石油化学製品や特にプラスチック生産の問題としても見る必要をひしひしと感じました。(フリーポートにあるダウ・ケミカルの工場は西半球最大の化学工場を自称しており、プラスチックの生産に携わっています)

フリーポートの住民であるマニン・ローラーソンさんは、フリーポートLNGターミナルの拡張はおろか、既存のターミナルもこの街にあるべきでないと話します。

「フリーポートは貧困に喘いでいます。有名な企業がフリーポートにやってきましたが、フリーポートは経済的に死んでいるのです。連邦貧困レベルに分類されているのです。(注:アメリカ合衆国保健福祉省によって毎年更新される収入のレベルを決める為の指標。特定の事業や支援をうける資格があるかどうかを決めるのに使われる。フリーポートの人口の20%が連邦貧困レベルにあたり、全国平均の12%を大きく上回っている。出典:USA Data)数兆ドル規模の企業がフリーポートの街で経済活動しているにも関わらずです。彼らは私たちの生活を助けてはいないのです。街の中心にもう活気はありません。LNG事業の利益はCEOたちのところにいくだけです。人々は病気になり、貧しくなるばかりです。」

フリーポートの街にある「イーストエンド」はかつてとても栄えた一角でした。元々黒人隔離地区として設立された区画ですが、黒人たちが住居を購入することが許され、教会が建ち、商店が立ち並んでいたそうです。しかし港拡大のために次々と立ち退きを強いられ、今ではほとんど人が住んでいないゴーストタウンと化していました。

港湾の拡大のため、残された土地についても、補償と引き換えに土地を収用すること(エミネント・ドメイン)が今もすすめられています。マニンさん含む複数の住民は土地収用を拒否して訴訟を起こしましたが、イーストエンドの土地の9割以上が港湾拡張のためにすでに買収されています。LNGターミナルを含む産業施設にとっては、大規模な深海港が不可欠とされています。しかしその裏で、黒人コミュニティが破壊されているのです。(参考:1,2,3)

写真:フリーポートの街で。水害対策のため床を高くあげている家が多く見られた。フリーポートLNGは、LNG施設がカテゴリー4~5(アメリカでハリケーンの強度を示すスケール。5が最大)のハリケーンに耐えられるように建設されていると説明しているそうだが、住民は本当に耐えられるのかどうか疑っていると話していた。また、近年激化するハリケーンに対し、保険料の高騰で貧しい住民等が住宅損害保険をかけることもままならない中、LNG施設には手厚く保険がかけられていると話していた。

(深草亜悠美)

アンモニア混焼と輸入木質バイオマス発電の課題〜JERA石炭火力発電所の視察から〜

2月初旬、愛知県にある碧南火力発電所と武豊火力発電所を、気候ネットワーク主催のスタディツアーで視察しました。この2つの発電所は、日本最大の火力発電会社であるJERAによるものです。

碧南火力発電所は、石炭火力発電所としては国内最大で、2024年3月からアンモニア実証実験の開始が予定されています。また、武豊火力発電所は、輸入木質バイオマスの混焼を行なっており、2024年1月31日に火災事故がありました。

碧南火力発電所とは?

愛知県には、石炭火力発電が11基あります。このうち、碧南火力発電所(愛知県碧南市港南町2-8-2)は、井浦湾に面する愛知県碧南市の南部に位置します。1991年10月に1号機が営業運転開始して以来、中部エリアをはじめとする各地へ電力を供給してきました。2002年には5号機が営業運転を開始し、総出力が410万kwと石炭火力発電所としては国内最大、世界でも最大級の発電規模になりました。

約160万m²という広大な敷地の中には、ボイラー、タービン、発電機に加え、貯炭場、灰捨地などの設備が並んでいます。タービン建屋の壁面には、三河湾の青い海に浮かぶヨットをモチーフにしたというデザインが施されており、発電所の仕組みを展示する電力館(訪問時は工事のため休館)やヒーリングガーデン、エコパークなども併設されています。


碧南火力発電所の構内見学

碧南火力発電所の見学ツアーでは、発電所内を車で移動しながら、4・5号機のタービン建屋、3・4・5号機の中央制御室、貯炭場をまわりました。

タービン建屋について、一つの建物に2つのタービンが入っていることから、4号機のものはオレンジ色に、5号機は青色に色分けされていました。発電所内ではJERA以外の人も働いており、発電員(発電所で働いている人々)が、それぞれの担当すべきタービンが一目でわかるようにするための工夫とのことです。また、原則タービン建屋には誰もおらず、1日に1~2回、発電員が1人で巡視するとのことでした。


続いて、中央制御室へ向かいました。制御室内には入室できませんでしたが、窓越しに発電員の姿と発電機の制御盤を見ることができました。発電員は、タービンの巡視以外の時間は基本的にこの中央制御室にいるとのことです。一つの発電機につき、8名の発電員が配置され、12時間交代(7:30-20:40/20:30-7:40。10分の重複があるのは引き継ぎのため)で発電状況の監視にあたっているそうです。また、中央制御室の制御盤には、その日使用している石炭の輸出国の国旗が貼られており、複数の国の石炭を混ぜ、最も燃焼効率が良くなるようにしているとのことでした。

タービン建屋の見学のあとは貯炭場へ。碧南石炭火力発電所の貯炭場は屋外にあり、大小様々な大きさの穴が空いた遮風壁で囲まれています。いろんな種類の石炭を混ぜやすいという理由から屋外貯炭をしており、入荷した石炭を貯炭場のどこに置くかは、そのときの在庫の石炭と新規石炭の相性を考えて貯炭されるとのことです。「近隣からの粉塵への苦情はないのか?」と疑問に思い尋ねたところ、苦情はないとのことでした。また、石炭の粉やばいじんが飛び散らないよう、定期的に石炭の上に散水しているそうです。

その後、石炭輸送船の発着場の横を通り過ぎながら、最初に訪れた施設へと戻り、質疑の時間を持ちました。

アンモニア混焼、本当にクリーン?

さて、この碧南火力発電所はアンモニア混焼が行われるということで注目されています。JERAはテレビ広告などで大々的に「CO2の出ない火を作る」と宣伝していて、JERAがスポンサーを務めるプロ野球セ・リーグの試合や、TOHOシネマズの映画館でも上映前に頻繁にその広告が流れています。

JERAは、アンモニアは燃やすときにCO2を出さないため、石炭火力発電所で石炭と一緒に燃やす(混焼)ことで、削減できた石炭の分だけCO2の排出を抑えられる、と主張します。最終的に石炭の代わりにアンモニアだけ燃やせるようになれば「CO2の出ない火」ができる、というわけです。

しかし残念ながらこの主張は正確ではありません。というのも現在商用的に確立しているアンモニアの製造方法は、天然ガスなど化石燃料を原料としたものです(天然ガスに含まれる炭化水素と大気中の窒素を反応させて製造するハーバーボッシュ法)。最新鋭の設備を用いても、1トンのアンモニアを製造するのに約1.6トンのCO2が排出され、「脱炭素」燃料とはいえません。

こちらの図を見てもわかるように、アンモニア混焼をしても石炭だけ燃やした場合と比べて大きなCO2排出削減効果がないことが見て取れます。(アンモニア混焼の問題点について詳しくはこちら

つまり「燃やす」時にCO2がでなくても、「つくる」時にCO2が出てしまうアンモニア燃やしてできた火は、結局「CO2が出る火」というわけです。
JERAの「ゼロエミッション2050」ロードマップでは、50%混焼を2040年頃、専焼の実現は2050年頃と大まかに示されています。すなわちそれまで、石炭の燃焼が続くということでもあります。

実際、このJERAの広告は、環境NPO気候ネットワークと環境法律家連盟から公益社団法人 日本広告審査機構(JARO)に対し、このようなミスリーディングな広告を中止するよう勧告を求める申立が提出されています

ちなみに、この碧南火力発電所では2024年3月からアンモニア混焼の実証実験が開始されますが、そのアンモニアが製造されるのはアメリカ南部のメキシコ湾岸地域です。この地域には、先日のブログでも紹介したキャメロンLNG(三菱商事、三井物産、日本郵船が出資)やフリーポートLNG(JERA、大阪ガスが出資)など多くのLNG施設が集積し、住民の健康被害やエビが取れなくなるなど漁業への悪影響がすでに顕著に出ています。ここでアンモニア製造をすることは、地域の環境や人々の健康に更なる負荷がかかる懸念があります。

全廃からはほど遠い、日本の石炭火力政策

国連事務総長が2021年以降「OECD諸国は2030年までに、途上国も2040年までには石炭火力の全廃を」と呼びかける中、日本では石炭火力発電がいまだに発電量の32%を占めています(2021年度)。そして、2030年度にもまだ19%も使い続ける方針(第6次エネルギー基本計画)です。
2020年7月、「非効率な石炭火力発電所を2030年までにフェードアウトさせる」ことが発表されましたが、大型・高効率のものはむしろ積極的に活用を続ける方針なのです。非効率なものの全廃さえ期限が明示されておらず、2030年にもまだ動き続けている可能性があります。碧南火力発電所でみれば、1、2号機が政府が定義する非効率のもの(超臨界:SC)、3~5号機が政府が定義する高効率のもの(超々臨界:USC)です。1、2号機の廃止時期は示されていません。

日本も2050年カーボンニュートラルをめざす中で、石炭火力発電をそのまま続けるというわけにはいきません。

そこで進められようとしているのがアンモニア混焼ですが、前述のように2050年に専焼にたどり着くか否かというスケジュール、またそのアンモニアを再エネ由来で国内で作ることはほぼ不可能という状況です。莫大なコストと30年近い時間をかけてアンモニア専焼をめざすことは、それまでの期間、石炭火力を使い続けるということです。
アンモニア発電の実装化を石炭火力を使い続けながら待つのではなく、石炭火力発電を廃止し、省エネ・再エネに舵を切らなければなりません。

バイオマス混焼の武豊石炭火力で、1月末に爆発・火災

井浦湾を挟んで碧南火力発電所のちょうど対岸にある、武豊火力発電所(愛知県知多郡武豊町字竜宮1-1)のすぐそばにも行き、外から見学しました。武豊火力発電所は、輸入木質バイオマスを混焼している石炭火力発電所で、1月31日に爆発・火災があったところです。バイオマス燃料の発酵による火災は、近年各地のバイオマス発電所でも起こっています。

黒く焼け焦げた火災のあとは敷地の外からもよく見え、生々しく残っていました。


この発電所は、特に住宅地と隣接した立地で、小さな公園と道路を挟んですぐに住宅が立ち並んでいます。

地元で活動している「武豊町の環境問題を考える会」の方からは、火災を受けて発電所の稼働停止を申し入れたが、回答はなかったとのことでした。
この発電所はもともと重油発電所を廃止し、一時期太陽光発電所になっていたとのこと。
しかし、バイオマス混焼の高効率石炭火力発電所ということで新たに建設され、2022年8月に稼働が開始されたものでした。「太陽光発電のままにしておけば・・・」地元の方も悔やんでいました。

武豊火力発電所の変遷
1966年 1号機運転開始(22万kW)
1972年 2~4号機運転開始(2〜4号機いずれも37.5万kW)
2002年 1号機閉鎖2011年 発電所敷地内に「メガソーラーたけとよ」(7,500kW)運転開始
2015年2月 武豊発電所リプレース計画(1〜4号機の閉鎖、5号機の建設)公表
2016年3月 2~4号機閉鎖
2017年 「メガソーラーたけとよ」閉鎖、川越発電所構内(三重県)に移転
2022年8月 5号機(107万kW)運転開始
*中部電力、JERAの報道資料よりFoE Japan作成

見学を終えて

気候変動は世界的な問題であり、前述の通り日本は2030年までに石炭火力発電の廃止が求められています。この要請から目を背けず、そもそも省エネなどを通じて消費電力量を減らした上で、石炭火力から再生可能エネルギーへと舵を切ることが、日本のすべき気候変動対策です。その道筋として、未来のためのエネルギー転換研究グループ(JUST)は、2050年に再生可能エネルギー100%の社会を目指すことは可能だという調査報告書も公表しています。

今回のツアーでは、実際に発電所内で働く人々の姿、発電所の周辺地域の様子も目にしました。石炭火力発電の廃止策を実施するうえで、労働者や産業立地地域が取り残されることなく、公正かつ平等な方法で持続可能な社会へ移行することを目指すこと、つまり「公正な移行」は、まさに私たちが直面する課題であると感じました。

(長田大輝、髙橋英恵、轟木典子、吉田明子)

横須賀石炭訴訟控訴審は棄却。最高裁へ

2024年2月22日、横須賀石炭火力控訴審の判決がありました。

原告含め、冷たい小雨が降る中、約70人が集まりました。判決は開廷直後、「本件控訴をいずれも棄却する、控訴費用は原告がもつ。以上」との一言で、わずか10秒ほどで閉廷しました。

★横須賀石炭火力訴訟とは?
→横須賀火力発電所の新1・2号機(石炭火力)の環境影響評価書確定通知の取り消しを求める行政訴訟です。2019年5月に提訴されましたが、2023年2月「原告らの訴えをいずれも棄却する」という判決が言い渡されました。原告はその後、控訴(第一審裁判所の判決に対する当事者の不服の限度で,事実と法律の適用を再度審査することを求めること)しています。
https://yokosukaclimatecase.jp

判決への分析

この判決に対し、弁護士団長の小島延夫弁護士は下記のように分析しています。

  1. CO2の累積的影響を認識しながらも、横須賀石炭火力発電所からの排出を許容する矛盾:
    判決文では、気候変動の影響の深刻さを認識している。また、CO2の累積排出によって気候変動が起きていること、今後よりしっかりとした気候変動対策が必要であることも確認している。しかし、気候変動の原因がCO2排出が積み重なって起きていることに触れながらも、判決文では、横須賀石炭火力発電所が稼働した場合のCO2排出量は世界のエネルギー起源CO2(約323億トン・2015年)の約5000分の1に過ぎず、横須賀石炭火力発電所「単体」の影響は小さいとしている。横須賀火力発電所と同等のCO2を出す発電所は国内外にあり、横須賀石炭火力発電所の稼働を許すことは、それらの発電所の稼働を許すことにつながる。そして、それらの発電所のCO2排出を集計した場合、その累積量は看過できない量となるはずである。

  2. 気候変動は地球規模の問題と認めながら、原告への影響はないとする矛盾:
    世界規模の気候変動の被害の深刻性を認めながらも、横須賀石炭火力発電所は周辺住民の気候変動による被害を特に増大させるものではないとして、控訴人・原告適格を棄却した。気候変動は地球規模の問題と認めながら個人への影響はないとすることは、今回の判決の矛盾点といえるうえに、気候変動によって被害を受ける恐れがあると訴える人々が自らの将来の救済を求め提訴したとしても、「気候変動は個人に影響はない」ということになり、裁判を受ける権利そのものの侵害につながる。

  3. 合理化ガイドラインの適用が妥当と判断する根拠が環境アセスメントの趣旨に反している
    判決文の論理では、昭和45年と比較して今の発電所におけるCO2及びそのほかの汚染物質の排出量が減っているから、環境アセスメント手続きを簡略化して構わない、というもの。少しでも改善しているなら環境アセスメントを簡略化してもいいというのは、「実際の環境影響を調査すべき」という環境アセスメントの趣旨に反している。

原告・弁護団のコメント

「判決の言い渡しはほんの数秒で終わった。衝撃を受けた方もいると思うが、あの場面は、あれ以上あの場に裁判官がいることができない、ということの表れだったのだと思う。内容的には圧勝している戦いをやってきているということ。ここで(裁判を通じた闘いを)やめたら、自分たちは諦めたのかということになってしまう。最高裁判所に最後まで判断を仰ぎたい。ぜひご賛同いただきたい。また、この裁判を通じて学んだのは、今の社会が、このままの状態で将来に渡していいのかという状況にあるということ。CO2を出していることによって今の社会が成り立っている、そんな社会の仕組みを作ってしまった、そういう責任があると思う。それを解決する方法を目指さないと、次の世代に申し訳ない。その方法として、我々が武器にしていた環境アセスメントはものすごい武器になるはず。環境アセスメントの仕組みは、そんな法律にしていかないといけない。」鈴木陸郎さん(原告団長)

「裁判は、気候変動問題にどう戦うかという、世界の中の日本の重要な取り組みの一つ。今、何をすることが大事かを考えて行動したい。世界では、政府に挑戦しようという裁判官は増えてきている。気候変動は人々の生活基盤や生きていく術を奪っていく問題であり、人々の生活基盤や生きていく術を守っていくのが裁判官の役割だと、判決文に書くようになった裁判官も世界にはいる。COP28ではブラジルの最高裁判官も参加しており、そのようなことを言っていた。しかし、裁判官もそのような意識になるには、日本の社会が変わっていかないといけない。」浅岡美恵弁護士

「判決文における簡略化の部分は、明らかにおかしい。こういうおかしさを、こういう判決を許していいのか、ということを問う最高裁での裁判になる。温暖化の問題についてこんな判決書いていたら、世界に笑われてしまうということを世界に訴えたい。」千葉恒久弁護士

「なぜ裁判官がこういう判断したのかということを考えてみる。高等裁判は、最後の事実認定をする場所であり、今回の判決では気候変動の深刻さを事実認定し、CO2の累積排出量の影響も認めた。今回の判決は、裁判官にとっても苦しい判断だったのではと想像する。そのような裁判官を助けるのは、国が石炭をやめるということ。」半田虎生弁護士

「今年の夏も記録的な猛暑になるのではないかとのニュースを聞いた。判決文で、裁判官は気候危機を認識していることがわかる。しかし、今回の判決で裁判の動きを止めてしまうと、気候変動の影響からの救済を求める裁判が退けられる根拠を残したままとなり、気候変動に派生する裁判ができなくなる。最高裁に判断を仰ぐということは、裁判を受ける権利を侵害されることを放置しなかったぞということ。それは、一つ世界に示せるところになるはず。」永井久楽太弁護士

気候危機対策を超えて、民主主義の問題が問われている

2019年5月から始まった横須賀石炭火力裁判は、気候危機の問題を超え、「おかしいことはおかしいと声をあげないといけない。おかしいことはそのまま放置したままでいいのか?」と私たちの社会、民主主義のあり方が問われていると感じます。

また、COP28では「化石燃料からの脱却(Transition away from fossil fuels)」が採択されました。
すでに世界の平均気温が1.1度上昇し、気候危機が顕在化している今、この 10 年間に排出量を早急かつ迅速に削減することが求められています。
歴史的に多くの温室効果ガスを排出してきた国として、世界の約束を守るならば、日本は国内にあるすべての石炭火力発電所を段階的に早急に廃止するための明確な計画を策定するべきです。

また、世界では気候訴訟で市民の勝利も見られ(例:オランダのシェル訴訟)、実際に化石燃料事業へのプレッシャーとなっています。

<FoE オランダ等による気候訴訟>

  • 2021年5月27日「歴史的勝利!市民がシェルに勝訴」

横須賀控訴審の結果は残念なものではありますが、それは決して石炭火力廃止の動きを止めるものではありません。FoE Japanは、横須賀石炭火力を止めるために立ち上がった人々と連帯し、日本の脱石炭の実現に向けて活動を続けていきます。

(髙橋英恵)

バイデン政権によるLNG輸出許可一時停止の意味とは

2023年1月26日、米バイデン政権が化石燃料の一種である液化天然ガスについて輸出許可申請がされている事業に対する許認可の判断を一時停止すると発表しました。その間に認可の際の判断基準の改訂をするとしています。その背景には深刻化する気候変動の影響があるといいます。しかし日本ではあまり報道、解説がなされていないので、今回のブログではそれについて簡単に紹介したいと思います。

LNGは温室効果ガスを大量に排出する化石燃料

昨年末にドバイで開催されたCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)では「化石燃料からの移行(transition away from fossil fuel)」が合意され、世界規模での脱化石燃料の機運は今までにないほど高まっています。

今回のバイデン政権による決定はLNGについてですが、このLNGも温室効果ガスを大量に排出するため今後は使用を減らさなければならない化石燃料の一つです。

時折(特に化石燃料業界からですが)「ガスは石炭よりもクリーン」などという言説が聞かれますが、これは大きな語弊があります。LNGはガスを掘削した後、液化してガスタンカーに積載し、再びガス化して火力発電所で燃やす、という行程を経ますが、この行程全体で多くのエネルギーを消費し、温室効果ガスを排出します。石油やガスの採掘の際に、メタンが漏れ出ることをメタン漏れ(リーク)と言いますが、漏出の量が想定されている以上であることを指摘する研究もあります。

そもそも気候変動による壊滅的な影響を避けるための1.5℃目標を達成するためには、急速に化石燃料の利用を削減する必要があり、石炭及びガスといった化石燃料を新規に開発する余裕はありません。ガスは気候変動の解決策にならないという点についてはFoE Japanでもこちらのページや下のインスタグラム動画でも紹介しています。

大規模な化石燃料事業に許可を出す問題点は米国の若者の間でも共有されており、バイデン政権がアラスカの石油掘削事業に許可を出した際には大きな反発がありました。AP通信は、今回の決定は今年11月の大統領選挙を見据えたものとし、今回の決定で支持基盤である若者を取り戻したいという思惑を指摘しています

アメリカは世界最大の輸出大国

さて、そんなLNGをアメリカが輸出許可を停止しても、アメリカからのLNG輸出量が世界全体で見て大したことなければあまり大きなニュースにはなりません。

しかしアメリカは世界最大のLNG輸出大国なのです。2023年上半期、アメリカはオーストラリア、カタールといった国々よりも多くのLNGを輸出し、輸出量で世界1位でした。

さらに下図を見てもらうとわかるように、アメリカは計画中のLNG輸出インフラの規模において世界でも群を抜いています(棒グラフの一番上がアメリカ)。世界中で新規に計画されているLNG輸出インフラ建設事業のうち、輸出キャパシティで実に36%、数にして156事業のうち58事業がアメリカで計画されています。

世界のLNGマーケットにおけるアメリカの大きな役割が故に、今回のバイデン政権の決定も非常に重大なものと言えます。特に今回の決定は今後のLNG輸出の許認可の基準を改めるということで、基準の改定結果によっては下図の紺色、大量の計画中の事業の見通しにも大きな影響を与えます。政権が言うようにコミュニティや環境に対する悪影響がきちんと評価されるようになれば、これらの事業に対し輸出許可を出さないということもありえるかもしれません。

図1:世界各国のLNGの輸出キャパシティ
(出典:Global Energy Monitor(データ)、CarbonBrief(グラフ))

ちなみに、今回の決定は欧州や日本などアメリカの同盟国へのエネルギー供給に支障をきたし、エネルギー安全保障を脆弱にさせるという議論もありますが、事実とは異なります。

今回の決定はすでに建設中(上のグラフだと水色の部分)のLNG輸出施設とは関係ありません。これらの施設はすでに許認可を得ているためです。そしてこのすでに建設中のインフラが稼働するだけで、アメリカのLNG輸出キャパシティはほぼ2倍になります。そして日本、欧州での今後のLNGの需要は再生可能エネルギー利用拡大によって減少すると予測されています。実際日本のLNG輸入量は2014年を境に毎年4%減少しており、現在の第6次エネルギー基本計画においても、2030年にはエネルギーミックスにおけるガスの割合を2019年の37%から20%に減少させるとしています。つまりただでさえ増加するアメリカのLNG輸出に加え、日欧ではLNG需要が低下するため、自国への供給やエネルギー安全保障を心配する必要はないでしょう。

実際、今回の決定の直前、欧州の議員やとアジアの市民からバイデン政権へ公開書簡が送られ、どちらもLNGを必要としていないとはっきり言及しました。

ちなみに、アメリカで現在建設中の輸出ターミナルから輸出されるLNGの3分の2は欧州やアジアの消費者ではなくガスをトレードする企業が購入するとされており、現在進行中のLNGインフラの拡大はエネルギー安全保障よりもガストレーダーの利益のためであると言えます。この観点からも、LNG拡大は不必要であることがわかります。

輸入するだけではない?日本と米LNG輸出の関係

さて、日本はアメリカからLNGを輸入していますが、日本と米LNGとの関係はこれだけではありません。日本の政府、銀行、企業はアメリカでのLNGインフラ開発に多額の資金支援をしているのです。米環境保護団体Sierra Clubのデータによれば、米LNG事業への資金支援合計約1910億米ドルのうち、約441億米ドルが日本の金融機関によるもので、これは全体の約23%にあたります。事業数で見ると、ファイナンスの契約が既に存在する18のLNG事業のうち、15の事業に日本のファイナンスが多かれ少なかれ関与しており、特に関与の大きい事業は以下の2つになります。

フリーポートLNGターミナル(テキサス州):日本の公的金融機関である国際協力銀行(JBIC)から26億米ドルの融資、日本貿易保険(NEXI)から11.5億米ドル分の保険が付与されている。JERA、大阪ガス子会社が出資。MUFG(24億米ドル)、みずほ銀行(20億米ドル)、SMBC(19億米ドル)なども融資。

キャメロンLNGターミナル(ルイジアナ州):フェーズ1に対してはJBICから25億米ドル融資、NEXIから20億米ドル分の保険。三菱商事、日本郵船、三井物産が出資。SMBC(15億米ドル)、MUFG(13億米ドル)、みずほ銀行(10億米ドル)などが融資。NEXIが現在、キャメロンLNGターミナル拡張(フェーズ2)への支援を検討中。

このように、アメリカにおけるLNG開発は、アメリカの意向だけでなく、日本政府や金融機関の支援によって可能となっています。それはすなわち、アメリカでのLNG開発によって悪化する気候変動だけでなく、それによって引き起こされる現地コミュニティへの悪影響にも日本人の私たちが間接的に関与しているということになります。

米LNG開発によるコミュニティへのインパクト

FoE Japanは昨年(2023年)11月、アメリカにおけるLNG開発の中心地であるテキサス州及びルイジアナ州のメキシコ湾沿岸でのガス事業地を視察し、コミュニティへの悪影響について聞き取り調査をしました。詳しい報告は次回になりますが、ここでは簡単に悪影響について紹介したいと思います。

読者の皆さんは、液化天然ガスと聞いてどのような印象をお持ちでしょうか。大きな白い球体の中に入っていて、人体には危害がない、というイメージを持っている方も多いかと思います。しかし実際は大気中に有害物質を大量に出し、周りに住む住民の健康被害を引き起こしています。LNG施設は輸出に至るプロセスで二酸化硫黄(喘鳴、息切れ、胸部圧迫感を引き起こす)、すす(喘息や心臓発作)、一酸化炭素(臓器や組織にダメージを与える)を排出します。

実際、米ルイジアナ州のニューオーリンズ近辺からバトン・ルージュへ連なる地域一体は「がん回廊(Cancer Allay)」と呼ばれており、既存の石油化学産業や化石燃料産業の累積影響がある中で新規LNG事業がさらに汚染を悪化させ、この地域はがんの罹患者数が非常に高くなっています。米国環境保護庁(Environmental Protection Agency)によると、がん回廊のほとんど全ての国勢調査区が、アメリカ全土でがんを罹患するリスクが最も高いトップ5%に入っています。下の地図はアメリカ全土のがん罹患リスクを色で表したものですが、がん回廊が濃い青、すなわちがん罹患リスクが最も高いということが鮮明に見てとれます。

また、がん回廊の住民は化石燃料産業と石油化学産業からの有害物質の排出により、多くの人が慢性喘息、気管支炎、咳、小児喘息、持続性副鼻腔感染症などを患っています。さらに研究によれば、がん回廊の多くの地域を含む、ルイジアナ州で最も大気汚染がひどい地域に住む人々の低体重児出生率は27%と高く、州平均(11.3%)の2倍以上、米国平均(8.5%)の3倍以上でした。

アメリカ全土のがん罹患リスクを表した地図(出典:アメリカ環境保護庁)

がん回廊に程近いカルカシュー湖は日本の官民が資金支援するキャメロンLNGターミナルの他にも、カルカシュー・パスLNGターミナルやその他石油化学産業の集積地となっており、ここでも深刻な健康被害が見受けられました。

FoE Japanスタッフが訪れた際にこの地域を案内してくれたロシェッタ・オゼーンさんには6人の子供がいますが、彼らも皮膚の病気、喘息に苦しんでいます。子供が通う学校では、がんで亡くなってしまった子供もいるそうです。

子供が通う学校のソフトボール場に立つオゼーンさん。
すぐ近くに石油化学施設があり、排出される有害物質を毎日吸わされているという。

また、LNG産業は地元の漁業にも壊滅的な影響を与えています。カルカシュー湖はエビや牡蠣といった海産物が豊富な土地でしたが、LNGターミナルができて船の往来が増えたことや有害物質の排出で、漁獲量が減っていると言います。現地の活動家ジェームズ・ハイアットさんは、エビの漁獲量は毎年約32万キログラム(70万ポンド)獲れていたものの今シーズンは約2.2万キログラム(5万ポンド)しか獲れず、90%以上も漁獲高が落ちていると話してくれました。

ジェームズ・ハイアットさん

ハイアットさんは日本人である私たちに対して「私たちは皆気候変動という同じ問題に直面している」とした上で、こう語ります。「日本の政府、銀行は化石燃料への資金支援を、私たちのコミュニティの破壊に資金支援するのをやめるべきです。LNGはグリーンでも、クリーンでもありません。」

(長田大輝)

【FoE インターナショナル プレスリリース】COP28~気候資金に欠け、「誤った対策」に満ちた結果に

2023年12月13日
ドバイ(アラブ首長国連邦)

 第28回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP28)は、「迅速かつ公平で資金支援のともなった完全な化石燃料の生産・使用の段階廃止」に合意することなく失敗に終わりました。気候危機を食い止めるためにいま世界が必要としているのは「化石燃料の生産・使用の段階的廃止」です。会議の参加者らはCOP28で到達した「UAE総意(UAE Consensus)[日本語注1]」に拍手を送っています。

 しかし、FoEインターナショナルの気候変動・エネルギー・プログラムコーディネーターであるSara Shawは、

 「COP28でなされた合意は、化石燃料の段階的廃止にはいた足らず、早急に必要とされている気候資金に関しても有意義な内容には至っていません。今回の合意内容は、CCUS(炭素回収利用・貯蔵)、水素、原子力発電、ジオエンジニアリングなどの炭素除去技術や、環境破壊や土地収奪を引き起こす恐れのある「自然に基づく解決策」など、公正かつ公平なエネルギー移行を妨げる危険な妨害への扉を開くものです。 さらに、炭素市場取引を通じて、何億トンものオフセットが『削減』とみなされることを許しています」

 と、化石燃料時代を長引かせるだけの巨大な抜け穴への落胆を述べています。

 今回の合意内容は、公平性が十分に反映されたものとは言い難い弱いものとなっています。化石燃料依存からの移行にあたっては、排出量に対する歴史的責任が異なるにもかかわらず、先進国と発展途上国の役割を適切に区別していません。また、今回の合意の中では、世界規模の再生可能エネルギー目標を掲げていますが、それを実現するための資金はありません。そのような結果に対し、Sara Shawは以下のように続けます。

「先進国は、化石燃料に関する文言が弱まった理由について、新興国(インド、中国、COP28開催国であるアラブ首長国連邦など)のせいにするかもしれませんが、米国、英国、EUなどの富裕国は史上最大の温室効果ガス排出国であり、いずれも化石燃料の生産・使用を大幅に拡大するつもりです。先進国は、今回のドバイ会議においても、それ以前の数十年においても、途上国での排出削減、適応対策、損失と被害に対して必要な十分な気候資金を提供していません。 先進国は、気候変動対策におけるチャンピオンであるかのような姿勢をとってはなりません」

パリ協定第6条で議論されていた国際炭素市場取引の交渉は、市場取引開始にあたっての環境社会配慮が不十分であること、また、除去クレジットの運用について技術的に問題点が残っていることから、今回のCOP28では決裂し、炭素市場の設立は来年へと延期となりました。これは、温室効果ガスの削減に直接つながらず、また人権侵害や環境破壊の恐れを伴う炭素クレジットの流出を食い止めようとする、気候正義運動の勝利といえます。

COP28開幕時、損失と被害に関する基金の運用開始が合意されましたが、世界銀行が基金を当面受け入れることを考えると、その可能性については大きな疑問が残ります。 ドバイで誓約された拠出額は、気候変動による損失と被害による影響を賠償するために必要な額をはるかに下回っています。たとえば、2022年のパキスタンでの壊滅的な洪水では300億~400億ドルの被害が生じたと推定されていますが、今回の誓約額はわずか7億ドルです[注1]。FoEバングラデシュのBareesh Chowdhuryは、

「予想していた通り、私たちは、最も裕福な国々が自分たちの責任を縮小させようとしているのをこの会場で見てきました。資金と実施手段がなければ、気候変動によって最も大きな打撃を受けた地域には、空っぽの財布と空っぽな約束だけが残されることになります。 途上国における気候危機対策には何兆ドルもの資金が必要ですが、実際にはほんのわずかな額しか与えられておらず、おまけに先進国に対する債務もあります」

と警告しました。

また、このサミットには2400人を超える化石燃料ロビイストが出席しており(2)、交渉の内外で、市民の声に対する強力な弾圧がありました。

「COP28が汚染者にレッドカーペットを敷いていた一方、公正な結果を求める活動家たちの呼びかけに対しては検閲が行われていました。 気候正義は人権の尊重なしには不可能です。そして、ガザとパレスチナに爆弾が降り注ぐ限り、企業が先住民族の土地を破壊する限り、権力者が気候変動の最前線にいる人々を使い捨ての存在だとみなしている限り、私たちは沈黙することはありません」

と、FoEインターナショナルのLise Massonは述べました。

プレスリリースに関するお問い合わせ先
Madeleine Race, madeleine@foei.org, +31645198654, X @foeint (speaks En/Fr/Esp)

[日本語注1] COP28で合意された文章。

[注1] 数値の出典はこちら。 “Flood Losses Now Estimated at $40 Billion: Pakistan Officials” https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-10-19/flood-losses-now-estimated-at-40-billion-pakistan-officals-say

[注2] 数値の出典はこちら。Kick Big Polluters Out (KBPO) coalition. “Record number of fossil fuel lobbyists at COP28”, https://kickbigpollutersout.org/articles/release-record-number-fossil-fuel-lobbyists-attend-cop28

[注3] 世界の注目がCOP28に向いている間も、アラブ首長国連邦は反体制派への弾圧を行っていました。 “UAE holds mass trial as it steps up crackdown on dissent during COP28” https://www.ft.com/content/f9249386-fb39-4786-b43d-f27933475b87

原文はこちら:

COP28閉幕間近〜FoEインターナショナルによる記者会見〜

12月12日、COP28の閉幕を前に、FoEインターナショナルは記者会見を行いました。

議長は12日午前中の閉幕を目指していましたが、11日の夕方にグローバルストックテイク(GST)の新たな交渉文書がようやく出るなど、今も交渉が続いています。

FoEインターナショナルのSara Shawは、最新のGST交渉テキストについて化石燃料に関するパラグラフは非常に弱い内容にとどまっており、「排出対策の講じられていない石炭」に言及が絞られ、その他の化石燃料の廃止が含まれていないこと、再生可能エネルギーによる発電を3倍にする記述についてはよく見えるが、その実施の手段や支援について触れられていないこと、また再エネの需要拡大によって鉱物資源採掘に対するプレッシャーが強まることによる環境や住民への影響対策に触れられていないこと、原発やCCS、除去技術などが含まれていることの問題を指摘しました。これらの技術はむしろ気候変動対策を遅らせてしまいます。化石燃料のフェーズアウトが必要だが、誤った対策をフェーズイン(導入)すべきでないと強調しました。(化石燃料についてはこちらの記事も参照のこと)

また、パリ協定6条(炭素市場)についてあまり関心が集まっていないものの、カーボンオフセット事業が地域コミュニティや環境を破壊している事例がいくつもある中で、運用が開始されることに強い懸念を示しました。

FoEマレーシアのMeena Ramanは、多くの人がGSTのパラグラフ39(エネルギーに関する箇所)に注目をしているが、アメリカやノルウェー、カナダ、アンブレラグループ(日本が含まれる)EUが、1.5℃目標の維持や2050年までのネットゼロを訴える一方で、自国では化石燃料の利用や開発を推進して残されたカーボンバジェットを使い尽くそうとしていると指摘しました。そのような中で1.5℃達成というのは幻想であり、「共通だが差異ある責任」や歴史的責任に触れずにいるのは偽善であると強く非難しました。また、議長はこのCOPをゲームチェンジング(=流れを変えるような・革命的な)なCOPにしたいとしているが、ゲームプレイング(=ごまかしの)COPだとも強く非難しました。

途上国がNDCを実施するには5~11兆ドルが必要であると試算される中、化石燃料廃止や移行のための「手段」についての議論が欠けていること、資金目標の議論も来年に先送りされてしまっている状況を指摘し、先進国による途上国への資金支援が大幅に不足していることを強調しました。

今回のCOPでは、初日に「損失と被害」に関する基金の運用開始が合意されたことが注目されました。FoEバングラデシュのBareesh Chowdhuryは、前回のCOP27が「ロスダメ」COPと言われ、途上国が一丸となってロスダメ基金を求めたこと、そして今回のCOPで基金の運用が開始されたことは歴史的なステップであるものの、求められる資金額には到底足りていないことを指摘しました。そして、基金の運用にあたり、資金充填のプロセスが明確化されていないこと、誰が基金にアクセスできるのか、途上国が直接アクセスできるのかなど、課題や疑問も残されていますことに言及しました。また、今後短くとも4年は世界銀行が基金を受け入れることになっていますが、世界銀行が基金に強い影響を及ぼさず、独立した運用がなされるのか懸念が残ると指摘しました。

また適応について、適応世界目標に関する交渉が特にこのCOPの中でも苛立たしい交渉であったとコメントし、最新の交渉文書には共通だが差異ある責任や公平性、実施手段についての言及がないことを非難しました。

気候変動の影響が深刻になる中で、適応に対する資金ニーズと得られる資金のギャップはますます大きくなっています。

FoEナイジェリアのBabawale Obayanjuは、ジャスト・トランジション(公正な移行)について言及し、公正な移行に向けた作業計画に関する交渉の進捗を見れば、ナイジェリアや世界中の人々の生活への気候変動による影響の悪化を阻止するために必要な長期的な変革がもたらされないことは明らかだとコメントしました。また、化石燃料産業に従事する労働者のための公正な移行と、食料システム、エネルギーシステム、経済と社会全体の変革が必要であり、その移行によって現在のシステムが生み出しているのと同じ人権、搾取、環境問題が引き起こされないようにする必要があるとコメントしました。

また、先進国は、融資ではなく無償資金の形で、追加的な公的資金を提供することや、発展途上国の移行を支援するために必要な適切な技術移転を含む、公正な移行に向けた取り組みを主導すべきだ、と締めくくりました。

FoEインターナショナルのLise Massonは、FoEインターナショナルが中心的な価値観として据えている気候正義について改めて触れ、私たちが気候正義について語る時、それは公平性や歴史的責任を意味している。この先これ以上の採掘主義や気候植民地化が起きないことを求めていることを強調し、正義が大規模排出企業や富裕国によって踏みにじられてきたことからFoEインターナショナルとして、正義を求める声を繰り返したい、と強く訴えました。また、エネルギーの公正な移行は、労働者や大半を女性が占める無償ケア労働に従事する人々を中心において初めて公正なものとなり得えます。労働者の重要性について語るとき、この会場全体の建設に従事した強制労働について言及することを忘れてはならないともコメントしました。

最後にパレスチナについても触れ、COP28において、停戦を求める市民社会の声が取り締まられる状況を目の当たりにする中で、このように市民を沈黙させることは、世界的な傾向であることに懸念を示しました。停戦は、気候植民地主義を終わらせるための始まりに過ぎず、FoEグループが、ここCOPの会場においても、自分たちの国においても、そのような抑圧に屈するつもりはないことを表明しました。市民社会の連帯が今いっそう求められています。

(深草亜悠美・高橋英恵)

ドバイ会議終盤〜主要論点のゆくえ〜

12月8日、COP28議長は11日から始まる閣僚級会合に向けて、Majlis(マジリス)という単発の委員会を設立しました。Majlisでは、グローバルストックテイク、適応世界目標、公正な移行、そしてパリ協定第2条1項cなどの資金・実施手段の扱いといった、今回のCOP28 における主要な論点を網羅するパッケージを作成しています。

上述のような注目議題について、COP2週目開始時点では十分に議論しきれなかったということもあり、議長によって指名された交渉官の下、技術的な議論が継続されました。そして、12月8日から10日朝にかけて、グローバルストックテイク、適応世界目標、公正な移行などの決定文書案が第5回パリ協定締約国会合(CMA5)に送られましたが、交渉官レベルで合意がなされたわけではなく、政治的な交渉に委ねている箇所が多くあります。以下、それぞれの主要論点の状況です。

グローバルストックテイク

グローバルストックテイクでは、決定文書の中心に気候目標の野心(ambition)の強化を据えるのか、それとも公平性(equity)を中心に据えるのかで、先進国と途上国で意見の違いが見られています。

途上国は、コロナ禍による社会への影響や、債務問題に直面している中で、先進国による途上国支援の強化がなければ排出削減の強化は困難であると主張しています。また、途上国の一部は1.5度の気温上昇は時間の問題であるとみており、途上国自身が自国の緩和策に資源を投入するならば、適応対策や損失と被害への先進国からの支援は必須だと求めています。

途上国は、先進国による削減目標の強化、途上国への支援 – 特に適応対策支援は先進国の義務であると主張しています。しかし先進国は、削減強化における先進国と途上国の区別を拒否し、途上国への支援を、グローバルストックテイクの決定文書内で言及されることを拒否しています。

また、今回の議論の成果が新しい国別目標(NDC)策定のための単なる情報提供にとどまるのか、それとも、次のNDC策定のガイドラインとされるべきなのかということも、気候変動対策の強化にあたって重要な点です。そして、「共通だが差異ある責任(CBDR)」の原則が、今回のGSTの中に含まれることが重要であり、その原則を実現するためには、気候変動資金、緩和策の強化、適応策、そして、公平かつ迅速で十分な資金による化石燃料の段階的廃止(A fair, fast and funded fossil fuel phase out )が含まれることが重要です。

また、決定文書案には“unabated”の文言が複数出ています。しかし、 “unabated”という文言を入れることによって、CCSや水素、バイオマスなどが認められてしまいます(2023年12月7日ブログも参照)。

適応世界目標

適応世界目標について、異常気象、農業、食料、水問題への影響など、気候変動の影響のさらなる悪化から世界中の人々とコミュニティを守るためには、公平で資金の伴った適応対策が極めて重要です。

決定文書案では、途上国が求めてきた定量的指標は言及されているものの、具体的な指標とはなっていません。途上国は、適応世界目標の実施を確実なものとするためにも、気候の影響による被害を回避した人の割合などの具体的で計測可能な目標が必要であると主張しています。

適応のための資金についても、先進国への拠出の義務を呼びかける案が入りましたが、この文言については、閣僚級の会合での議論が予想されます。

公正な移行に向けた作業計画

公正な移行に向けた作業計画についての決定文書案の前文には、途上国が求める「共通だが差異ある責任」が書き込まれています。本文においても、スコープ(公正な移行の範囲)はエネルギー分野のみならず、社会経済的側面、労働力、そしてそのほかの分野も含まれる案が提出されています。

ただし、途上国が求めている技術移転の実施や移行に伴う資金については、現状、同作業計画の決定文書案の前文でその必要性が強調される程度にとどまっています。途上国や市民社会は、決定文書にて、公正な移行は国内での議論にとどまらず国際的な協力であるべきとして、実施手段の提供が決定されることを求めています。また、COP30の議長国となる予定のブラジルは、公正な移行に向けた作業計画は、南北の格差を無くしてより平等な社会を目指すための作業計画であるべきと主張しています。その他、今後のこの作業計画の立て付けなどについて、決定文書案では、この作業計画はパリ協定締約国会合への勧告を提出するに留まるとしていますが、決定文書本文にて言及される提出を求めています。

国際炭素取引制度

国際炭素取引制度について、パリ協定第6条2項の下で2国間の炭素市場メカニズムについて議論され、パリ協定第6条4項では、国連が管理する国際炭素取引制度が議論されています。6条4項で議論されている制度に関して結論は先送りとなると予想されています。第6条2項については、島嶼国グループやラテンアメリカのグループは、技術的な議論についてはより精査が必要であるとして、また欧州グループも技術的な問題点があるとして、COP29まで議論を継続することを求めています。環境社会配慮がなく不十分な状態であっても、日本は、2024年から6条2項目の事業を開始するべきと求めています。市民社会としては、そもそも国際炭素市場メカニズムは、根本的な排出削減に繋がらず、途上国での土地収奪や人権侵害や環境破壊、また排出の責任の転嫁につながるとして、反対しています。

損失と被害

COP28初日、損失と被害に関する基金(The Loss & Damage Funding Facility)の設立が合意されました。同基金については先進国の複数の締約国から7億ドル以上の誓約がありましたが[注1]、今回誓約された金額は、現状の気候変動による損失と被害額と比較すると(例えば2022年のパキスタンでの洪水での被害額及び復興にかかる額は30億米ドルと推計されている[注2])全く足りていません。

また、過去、緑気候基金(Green Climate Fund, GCF)において、先進国がプレッジした額よりも少ない額しか実際には拠出されていなかったということがあり[注3]、この損失と被害の基金に関しても同様のことが起きないよう注視が必要です。そして、合意された基金の文書においては、今後どのように定期的にこの損失と被害の基金に対して資金を補充していくかということは書かれておらず、これからも定期的に拠出があるよう監視していかなくてはいけません。

実際の基金の運用面に関しても、同基金は当面、世界銀行の下に置かれることになっています。決定文書においては、世界銀行による途上国への投融資に関する様々な要件が損失と被害対応を阻まないよう、世界銀行に対して条件を提示しています。世界銀行には、COP28閉会後6ヶ月以内に、提示された条件をどのように守るのかの計画を文書化・提出することが求められており、同計画が提出されなければ、独立した基金へと移行することとなっています。

懸念点はあるものの、この基金の設立は、非常に重要で歴史的な一歩です。

市民社会の動き

12月9日には「平和と人権尊重なくして気候正義は実現しない(There is no climate justice without peace and human rights)[注4]」として、気候正義とガザでの永遠停戦を求めるマーチが開催され、会場内の多くの市民社会が参加しました。

また、12月11日には、 “People’s Plenary”という、市民社会による全体会合を模したアクションも開催されました。パレスチナ市民、若者、労働団体、小農民、女性グループ、環境団体などの市民社会から、ガザでの永遠停戦や、脱化石燃料を伴う公正な移行、利益のためではなく人々のための気候変動対策、など気候正義の実現を求める力強いメッセージが響き渡りました。

世界での国家による極度の弾圧や戦禍は人々の間に分断をもたらしており、市民社会の中でも今回のドバイ会議の参加をめぐって議論がありました。それでも、COP28の現場では開催期間中、平和や人権、民主主義のために連帯の声をあげる人々の姿がありました。FoE Japanは、公正で平和な社会のために声をあげる市民社会とともに、交渉が気候正義に基づいた結果となることを求めます。

(髙橋英恵、小野寺ゆうり)

[注1] The Guardian “$700m pledged to loss and damage fund at Cop28 covers less than 0.2% needed”, 2023/12/6, https://www.theguardian.com/environment/2023/dec/06/700m-pledged-to-loss-and-damage-fund-cop28-covers-less-than-02-percent-needed

[注2] World Bank “Pakistan: Flood Damages and Economic Losses Over USD 30 billion and Reconstruction Needs Over USD 16 billion – New Assessment”, 2022/10/22, https://www.worldbank.org/en/news/press-release/2022/10/28/pakistan-flood-damages-and-economic-losses-over-usd-30-billion-and-reconstruction-needs-over-usd-16-billion-new-assessme

[注3] Climate Home News “Green Climate Fund ambition at risk after ‘disappointing’ pledges”, 2023/10/5, https://www.climatechangenews.com/2023/10/05/green-climate-fund-ambition-at-risk-after-disappointing-pledges/

[注4] Friends of the Earth Internationalでは、2023年12月8日、”Palestine is a cause of human rights and climate justice“を公表。

COPは化石燃料ロビイストで溢れかえっている!? – 化石燃料廃止に向けた強い取り組みは打ち出されるのか?

ドバイで11月30日から開催されているCOP28の第一週目が終わりを迎え、折り返し地点にきています。一週目には、ハイレベルセグメントやワールドリーダーズサミットで各国首脳らがスピーチを行い、議長国等による政治声明も数多く出されました。

今回のCOPでは、グローバルストックテイクや気候資金、ジャストトランジションなどの論点に加え、「化石燃料」について特に注目が集まっています。

気候変動の原因である温室効果ガスの人為的排出の7割がエネルギー由来です。そのため化石燃料の生産と消費を段階的に廃止していくことが重要ですが、COPの歴史の中で化石燃料が国際交渉の中で正面から議論され、決定文書に盛り込まれたのは2021年のCOP26グラスゴー会議が初めてでした。この時、排出削減対策の講じられていない石炭火力の段階的縮小ということが決定文書に盛り込まれましたが、続くCOP27ではそれよりさらに強い文言が期待されていました。残念ながらCOP27では進展が見られなかったのですが、COP28でさらに強い取り組みが打ち出されるか、注目されています。

また、議長国のアラブ首長国連邦が産油国で、議長自身が化石燃料会社のトップを勤めていることもあり、化石燃料廃止に向けた強いイニシアチブは期待できないのではと懸念されているこも化石燃料に関する交渉が注目される背景にあります。議長国がCOPを商談の場に使おうとしているという報道もありました。

COPの場における利益相反の問題は以前から問題視されていました。化石燃料という気候変動の原因から利益を得ている化石燃料企業などの参加者がCOPに参加し、交渉に影響を与えていることが指摘されてきましたん。そのため、多くのNGOが明らかに利益相反である化石燃料企業の参加を防ぐためのルール作りを求めており、今回のCOPで初めてCOP参加者には所属先を明らかにするよう求められるようになりました。ただし、化石燃料会社の参加を阻むことには繋がっておらず、今回のCOPには少なくとも2456人の化石燃料ロビイストが参加していることがわかっています(一方、先住民族の参加は316名)。

さて、過去の交渉では、カバー決定の中に化石燃料に関する文言が含まれていました。COPの会議では様々な会議(パリ協定の締約国の会議=CMAや、補助機関会合=SBI、SBSTAなど)が同時進行で行われます。これら全体をカバーする決定文書ということで、カバー決定が採択されることがあります。今回の交渉では、議長国は、グローバルストックテイク(GST)に関する議論の中で成果を出したいという方向性を示しており、GSTでの交渉でどのように化石燃料が扱われるかが注目されています。

また3年間かけ準備したGSTは今回のCOPで結論を出して終わるので、先進国は、既存の緩和作業計画で今後フォローアップすべきと提案しています。第一週目、GSTと緩和作業計画の交渉両方でその提案を出してきていますが、途上国は、先進国が緩和作業計画の中で資金支援を議論させないため、GSTの結論をそこに引き継ぐことに強く反対しています。

12月5日の早朝のGSTに関する文書のドラフトに残されている様々なオプションをみると、再生可能エネルギー・省エネの世界目標や、排出削減対策を講じた化石燃料、除去技術に触れたものまで残っています。市民社会が求めているのは、石炭だけではなくすべての化石燃料を含めた、また「対策なし/あり」に関わらず、そしてPhase-down(段階的削減)”ではなく”Phase-out(段階的廃止)”まで踏み込んだ、化石燃料経済からの脱却です。

排出削減対策とは一体何を意味するのでしょうか。2021年G7の首脳宣言に排出削減対策が講じられていない(Unabated)という言葉が出てきた際、英国政府はプレスリリースの中で、「対策が講じられていないもの(Unabated)とはCCSなどの技術がないものをさす」としていました。また、IPCC第6次報告書は、CCSを排出削減対策と見なすには90%以上の脱炭素化(排気からの炭素除去)であるべきとしています。

化石燃料事業に対する排出対策のあり・なしという議論は、脱化石燃料の議論を遅らせてしまうという強い懸念の声が出ています。排出対策を講じることを議論するということは、根本的な化石燃料からの脱却(排出源を断つ)という必要性を曖昧にしてしまい、排出対策技術の方への投資にばかり資金や注目が集まってしまいます。また「排出対策を講じる」ということは既存の化石燃料インフラを利用しつづけることが前提で、化石燃料への依存を長引かせてしまうことになります。(参考:Q&A Why defining the ‘phaseout’ of ‘unabated’ fossil fuels is so important at COP28

90%以上の脱炭素化を可能にするために、注目されているのがCCS(炭素回収貯留)です。CCSは、発電所や工場から出るCO2を回収し地中もしくは海中、海底下に貯留する技術を指します。しかしながら、CCSが大規模に運用されているケースはほとんどなく、回収率も90%を下回る60〜70%で、さらに炭素以外の温室効果ガスを回収できるわけではありません。

(CCSについてはこちらもチェック→https://foejapan.org/issue/20231121/14984/ )

クライメート・アナリティクスは、「化石燃料の排出削減対策」を議論することはCCSによって排出対策が可能であるという「誤った認識」を作り出すリスクがあると指摘しています。排出対策があろうとなかろうと2050年までに化石燃料のフェーズアウトが必要であるとした上で、実際、現状の低い炭素回収率でCCSに大きく頼ったエネルギーシナリオを実行すると、86Gtの二酸化炭素が余計に排出されると試算しています。

この文脈で注目されるのは日本の動向です。

日本政府は、CCSだけでなく、石炭火力発電所でアンモニアを混焼したり、バイオマスを混焼することで排出削減対策になると主張しているからです。同じ論理で、アジア諸国に混焼技術を輸出することはアジアの脱炭素化に貢献すると主張しており、それがグリーンウォッシュであるということでCOP27、COP28で気候変動対策を後退させようとする国にNGOが与える不名誉な賞である「化石賞」が贈呈されました。

一方で、交渉の外で脱化石燃料に関する様々な前向きな動きもありました。

COP26グラスゴー会議で、議長国英国が主導したクリーンエネルギー・トランジション・パートナーシップ(CETP)は、海外における化石燃料事業への公的支援を停止し、再生可能エネルギー支援に転換するという内容で、当時日本を除くG7全ての国が賛同したことで話題になりました。このイニシアチブに今回新たにノルウェーとオーストラリアが加盟したのです。

2021年にデンマークとコスタリカによって立ち上げられたBeyond Oil and Gas Alliance (BOGA) という石油・ガスの生産の段階的廃止を求める連合にも、今回のCOPで新たにスペイン、サモア、ケニア、コロンビアが参加することが発表されました。

また、12月4日には世界各国から集まった市民によって、COP28会場にて日本による化石燃料投融資に抗議するアクションも行われました。アクションにはピカチュウも登場し、「#SayonaraFossilFuels(さよなら化石燃料)」のスローガンを掲げアピールしました。

フィリピンの若者団体Youth for Climate Hopeの呼びかけ人であるKrishna Ariolaは、「日本は1,000万ドルを損失と被害基金に拠出すると約束したが、化石燃料に執着しフィリピンのような国が危険にさらされることに費やした数十億ドルに比べれば取るに足らない」と述べ、気候変動対策に貢献するふりをしながら実際は気候危機を悪化させる日本を批判しました。

(©︎FoE Japan)

バングラデシュのWaterkeepers Bangladeshのコーディネーター、Sharif Jamilは「日本が、気候危機に対する誤った対策と実証されていない技術を用い、輸入に依存する化石燃料を軸としたエネルギー基本計画を作成することで、私の国に最も重大な害を及ぼすことになるのは、非常に残念なことだ」とし、日本がバングラデッシュのエネルギー計画作成に関与し化石燃料を推進していることに抗議しました。

(©︎FoE Japan)

また、米国Port Arthur Community Action Networkの創設者であるJohn Beard, Jr.は、「私が住むコミュニティは、世界でも最もがん罹患率が高い地域の一つであり、有害なフラッキングガス(水圧破砕法を用いて採掘されるガス。化学物質を含んだ水を地層に圧入する。)による影響に苦しんでいる。日本が気候を破壊し、世界がパリ協定の目標達成を妨げている。日本の投資は、南西部の先住民族からテキサス、ルイジアナ、メキシコの港近くに住む人々に至るまで、米国の人々にさらなる打撃を与えるだけだ。」と話しました。

温暖化を1.5度以下に抑えるために欠かせない脱化石燃料と、いまだに化石燃料に固執する日本。COP28で脱化石燃料の方針が明確化されるのか、注目が集まります。

(深草亜悠美・長田大輝・小野寺ゆうり)

COP28「公正な移行」のゆくえ〜未来へ責任ある行動を選択できるか〜

今回のCOP28では、昨年の第4回パリ協定締約国会合[注1]にて設置が合意された、公正な移行に向けた作業計画(Work programme on Just Transition、 JTWP)についての交渉が進んでいます。

「公正な移行(Just Transition)」は、1970年代の米国での環境正義運動で言われはじめ、2009年のCOP15では、ITUC(国際労働組合総連合)は、気候変動に対応するための産業移行の中で労働者を支援し、彼らの権利を守ることを基にした概念を提唱してもいます。この概念の中には、温室効果ガスの排出が少なく平等で公平な社会、より人間らしい仕事や健全なコミュニティを創出していこうという考えも含まれており[注2]、パリ協定前文にも”Just Transition”は言及されています[注3]。

第4回パリ協定締約国会合(CMA4)の決定文書の中で締約国は、世界的な低炭素社会への移行は、持続可能な経済発展(SDGs)と貧困撲滅の機会でもあることを指摘しており、途上国は「公正かつ公平な移行に向けて、エネルギー、社会経済、労働力、その他の側面が含まれており、そのすべてが達成されなければならない」と強調しています。 また、その「移行においては、国が定めた開発優先事項に基づき、移行に伴う潜在的な影響を軽減するために社会的保護が含まれる」ものとしています。

何を決める?

JTWPは、途上国の長期的な経済移行に対し、国際的な支援を促進させるためのものです。今回のCOP28では、このJTWPの枠組みにおいて、来年以降具体的に「何を」「どれくらいの期間」「どのように議論するか」が決められます。

特に、スコープ(公正な移行の範囲)は大きな論点です。途上国は、公平性と「共通だが差異ある責任(CBDR-RC)」の観点から、持続可能な開発の 3 つの柱 (社会、経済、環境)を網羅し、社会全体と経済全体のアプローチを包含する広範かつ長期的な経済と社会の移行の取り組みであることを主張しています。一方、先進国はエネルギー産業に絞り、その移行の中で、労働力の公正な移行経路に焦点を当て、数年以下の短期で結論を出し作業計画を終えることを望んでいます。また、同作業計画の実施期間に関して、先進国は2〜4年間という期間で設けるべきとしていますが、途上国は期限は設けず継続的に議論すべきと主張しています。そのほか、作業計画の形式・制度的取り決めや、どのような成果物を求めるのか、条約下の他の枠組みとどのように関連させるか、などについても、途上国と先進国で大きな意見の相違が見られます。

気候正義の観点から

気候正義の実現を求める市民社会グループ(DCJ)は、公正な移行は、公平性や歴史的責任に基づいた、世界的な脱炭素社会への移行を目指すべきと主張しています。複数のCOP議題にまたがるエネルギーの移行の論点に関しては、化石燃料の段階的かつ公平な廃止、そして脱化石燃料の進展と併せて、再生可能エネルギーの導入を求めています。同時に、世界的な再生可能エネルギー拡大による鉱物資源収奪を防ぐために、鉱物資源採掘に対するガイドライン(影響軽減対策)を再エネ目標合意に含めること、途上国への資金技術支援を明記することを求めています。そして、この公正な移行に向けた作業計画は、先進国が主張する単なる意見交換や情報共有の場ではなく、具体的な行動につながる決定がなされることを期待しています。

交渉の外でも

12月4日[注4]には、「A Partnership to Support Women’s Economic Empowerment and Ensure A Gender-Responsive Just Transition([仮訳]女性のエンパワメントおよびジェンダーに対応した公正な移行に向けてのパートナーシップ)[注5]」が60か国以上の賛同の下、発表されました。

この新しいパートナーシップでは、COP25で決定されたジェンダー行動計画[注6]も踏まえ、公正な移行がジェンダー平等を促進させるものになるよう、(1)女性の教育・スキル・能力開発、(2)気候変動の影響を最も受けている地域へのより効果的な資金、(3)ジェンダー平等を実現するための質の高いデータの収集と分析、の3つの指針が示されており、COP31にてレビューがなされる予定です。 

今後の交渉の行方は

12月1日からこの交渉は始まっていますが、日に日に多くのオブザーバーが詰めかけ、関心が高まっている様子が見て取れます。交渉の場においては、先進国はより早く行動を始めることが重要で作業計画の議論も短期間にすべきで、情報共有の場に限定すべきと主張していますが、途上国は、公正な移行を実現するための能力や資金、技術が不十分な状況を訴え、世界的な公平性の実現も訴えています。

途上国グループは、私たちが20年から30年後にどのような世界を見たいか各自の個人的な信念に立ち返ってほしいと求め、未来に不平等を残すのではなく責任ある行動をしようと呼びかけました。

UNFCCCの根幹である「共通だが差異ある責任」を実現するための議論と決定が、このドバイ会議で求められています。

(髙橋英恵)

[注1] CMA/4, para 50-53; https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2022_10a01_adv.pdf

[注2] ITUCによる「公正な移行」の定義についてはこちらこちらを参照。またILOの定義はこちら

[注3] Paris Agreement 前文, “Taking into account the imperatives of a just transition of the workforce and the creation of decent work and quality jobs in accordance with nationally defined development priorities,” 

[注4] COP28議長国によって、12月4日はGender Equalityもテーマとなっている。

[注5] A Partnership to Support Women’s Economic Empowerment and Ensure A Gender-Responsive Just Transition; https://www.cop28.com/en/news/2023/12/COP28-launches-partnership-to-support-women-economic-empowerment

[注6] The Gender Action Plan; https://unfccc.int/topics/gender/workstreams/the-gender-action-plan

気候正義の観点からみるCOP28の論点〜気候危機の根本的な解決策を議論しない国際交渉から脱却することはできるのか

11月30日から、アラブ首長国連邦にて、第28回気候変動枠組条約締約国会議が開催されます。

IPCCなどが明らかにしているように、長年の気候変動交渉にもかかわらず、排出は削減されずむしろ増加傾向にあります。2015年のCOP21で採択されたパリ協定には、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前 に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること」が掲げられていますが、世界全体で気温の上昇を産業革命前と比較して1.5℃以下に抑えるためには、2035年までに2019年比で60%の温室効果ガスを削減しなければなりません[注1]。

先進国による温室効果ガスの削減目標の強化も遅々として進まず、途上国の貧困層を中心に、気候変動による損失と被害に苦しむ人が増えています。そのため、グローバルサウスを中心とした多くの市民社会は、具体的な行動や損失と被害への支援が進まない状況に強い懸念を示しています。今回のCOP28の開催にあたって、FoE インターナショナルでは、会議の成果が公正かつ公平な気候変動対策をもたらすものとなるよう求めています。(今回の開催にあたってのFoE インターナショナルの声明はこちら

気候正義の観点から、注目すべき論点として、「グローバルストックテイク」「脱化石燃料」「再生可能エネルギー拡大」「適応世界目標」「公正な移行」「緩和作業計画」が挙げられます。それぞれの点について論点をまとめました。(気候資金、炭素市場については、別途詳細を掲載予定)

グローバルストックテイク

COP28(CMA5[注2])で一番重要と考えられている論点が、グローバルストックテイク(GST)です。パリ協定の下で各国が「国の決定する貢献(National Determined Contribution、NDC)」を提出することになっています(パリ協定第4条)。グローバルストックテイクは、パリ協定の目標達成に向けた進捗評価のことを指します。5年ごとに行うと定められており、COP28は1回目のグローバルストックテイクの結論を出す回にあたります。このグローバルストックテイクが注目される理由としては、今回の評価をもとに、次期NDCに向けた指針が提言されるためです。

グローバルストックテイクにおいては、温室効果ガスの削減目標だけでなく、適応、実施行動や途上国への支援、損失と被害の対策、気候変動対策の負の影響について、包括的に評価します。すでに、COP28の前に具体的な情報を網羅した報告書が出されており、COP28ではこれにもとに、次期NDCに向けた指針が提言の策定の交渉が進められます。

このグローバルストックテイクについて、先進国は「先進国/途上国」といったこれまでの国際交渉の構図をつくりかえる機会にしようとしています。具体的には、パリ協定では「先進国は途上国への支援やキャパシティ・ビルディング、資金提供の責任を負う」(パリ協定第9~11条)とされていますが、これからは、パリ協定第2条1項の「資金の流れはパリ協定に整合するよう」との部分を強調し、支援に関しては民間資金主体で、また、パリ協定第9条(先進国から途上国への支援)はほんの一部であるとしようとしています。1.5℃目標の達成も危ぶまれている中、改めて交渉の枠組みを作りかえるような話を持ち込むこと、そもそも、これまでの責任も十分に達成されていないという観点から、途上国はこの動きに強く反発しています。

脱化石燃料

化石燃料経済からの脱却に舵を切れるかについても、COP28で注目を集める論点の一つです。決定文書に初めて化石燃料に言及することができたのはCOP26とつい最近のことで、COP26では石炭火力の “phase-down(段階的削減)”が明記されました[注3]。今回のCOP28では、石炭だけではなくすべての化石燃料を含めた、また「対策ある/なし(unabated/abated)」に関わらず、”Phase-down(段階的削減)”ではなく”Phase-out(段階的廃止)”まで踏み込み、将来的に化石燃料経済からの脱却へと合意ができるかが注目されています。非常に困難な交渉と予想されますが、これはCOP28の成果を図る一つの指標でもあります。

再生可能エネルギー目標

G7やG20など、さまざまな国際交渉の場で再生可能エネルギー普及拡大の議論が取り上げられる中、今年9月にIEAが公表した改訂版の「Net-Zero Roadmap 」によると、1.5℃目標の達成のためには、2030年までに世界の再生可能エネルギー導入容量を3倍、エネルギー効率の改善率を年間2倍にする必要があるとの指摘がされました。COP28議長もこの動きを前向きに捉えており、COP28ではこの点をしっかりとした形で合意に踏み込み、次の行動に移せるかが注目すべき点となっています。ただし、先述した脱化石燃料と同時に実施されなければ、需要の増加分を再エネで賄うだけで、化石燃料の脱却には繋がりません。また、途上国での実質的な普及策も入れていかないといけません。さらに重要なこととして、再生可能エネルギーへの移行にあたって、膨大な金属資源が世界的に必要になりますが、資源開発という名の下、途上国での資源収奪が悪化していくことへの対策が必要です。

GGA(適応世界目標)

気候危機が深刻化する中、温室効果ガスの削減だけではなく、気候変動への適応も急がれています。パリ協定では、世界的な適応策について議論する適応世界目標(Global Goal on Adaptaion、 GGA)という枠組みがあります。気候変動の影響が深刻化している途上国にとって、適応世界目標は非常に重要なものであり、世界的な適応対策の実施にあたって具体的に進捗をはかれるよう、具体的な数値目標や指標の策定・合意を目指しています。一方、先進国は、適応策はすべての国がそれぞれの国の政策として実施していくべきであるとして、世界共通の指標の策定に反対しています。また、先進国は、適応の資金問題をこのフレームワークの合意に含めることにも強く反対しています。

公正な移行に向けた作業計画(JTWP)

前回のCOP27では、公正な移行に向けた作業計画の策定が合意されました[注4]。これは、途上国の長期的な経済移行に対し、国際的に支援を促進させるための作業計画であり、COP28では作業計画の中身を決め、来年から運用を開始するものとしています。しかし、先進国の中には、公正な移行に向けた作業計画は緩和作業計画と競合する側面があるとして、この公正な移行に向けた作業計画は1-2年で打ち切り、緩和作業計画の方に議論を集中するべきとの主張しています。また、経済移行の中でも、エネルギー部門における雇用と労働に絞った議論をすべきであるとの意見や、また先進国/途上国の区別なく議論すべきとの意見もあります。COP30までこの作業計画の策定の議論は続きますが、初回であるCOP28でどのような方向性を実現できるのかは注目すべき点です。

緩和作業計画(MWP)

パリ協定第3~5条では、1.5℃/2℃に抑えるための温室効果ガスの削減、つまり「緩和」の必要性が記されています。緩和作業計画は、このパリ協定の条文に従い、COP26でその計画策定が決定されたものです。前回のCOP27では、緩和策についての対話や、情報交換とベストプラクティスの共有をする機会とすることが決定されました。

COP28では、先述の再エネ普及及び省エネ率改善にかかる世界目標に関する議論がここに持ち込まれる可能性がある一方、国内の炭素市場の整備や水素アンモニア・CCSといった、本来の解決策から脇道に逸れる対策の議論やそれらへの投資促進に関する議論が持ち込まれる可能性があり、気候正義を訴えるグループとしては、そのような誤った気候変動対策が、緩和作業計画で議論されるべきではないと考えています。

国際炭素取引制度

パリ協定の第6条では、気候変動対策の国際的なアプローチの実施を定めています。パリ協定第6条では、市場メカニズム(第6条2項、第6条4項)と、非市場メカニズム(第6条8項)が言及されていますが、市場メカニズム(第6条2項、第6条4項)が第6条のメインの議題となっているのが現状です。現在議論されている市場メカニズムは国際炭素取引制度とも呼ばれ、例えば、A国で削減または吸収・除去された量をB国が買い、B国の削減量とすることができるという、オフセットの考え方に基づくものです。

この議論に対し、FoEI含め多くの市民社会は、すでに1.5℃目標の達成が危うい中、排出量の削減ではなくオフセットの議論に時間を使っていること自体がおかしいと、声を上げています。

さらに、COP28では、吸収・除去のクレジットの方法論として、「自然を活用した対策」やCCSといった、大規模な土地を必要とする案が提案されています。しかし、このような事業はコストの安い途上国の土地や海洋で行われる可能性が高く、海外投資家による土地収奪、気候植民地につながるものとして、市民社会は強く反対しています。

このパリ協定の第6条の議論は多くの論点があるため、すべての論点で合意できない可能性があると言われていますが、各国の報告書様式、国際登録簿、各国内の制度の整備要件に合意できれば、来年から部分運用が始まると予想され、その場合、参加を希望している途上国での制度整備が来年早々から始まるのではと、気候正義を求める市民社会は懸念しています。

COP28に求められるもの

歴史的責任に基づく排出量削減目標の設定、化石燃料の廃止、途上国での再生可能エネルギーや省エネ転換への支援を含んだ再エネ国際目標、COP27で合意された損失と被害基金の来年からの即時運用開始と先進国が基金への拠出義務を負うことが求められています。

今回のCOP28は、世界での国家による極度の弾圧や戦禍を踏まえ、COPに出席しないことを選択した人々が多くいます。しかし、COP28の現場にいなくても、世界中で人権、民主主義、環境正義のために立ち上がる人々がいます。FoE Japanは、公正で平和な社会のために声をあげる市民社会に連帯し、彼らの声を強調し、世界が気候危機に向き合うことを、そして気候正義に基づくいた根本的な解決策を訴えていきます。

髙橋英恵、小野寺ゆうり、深草亜悠美

[注1] AR6 Synthesis Report Summary for Policymakers, https://www.ipcc.ch/report/ar6/syr/downloads/report/IPCC_AR6_SYR_SPM.pdf

[注2] COPでは、「国連気候変動枠組条約」に基づく会議体、「京都議定書」に基づく会議体、「パリ協定」に基づく会議体の3つがあり、順に「COP」「CMP」「CMA」と呼ぶ。

[注3] https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2021_10_add1_adv.pdf

[注4] https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2022_10a01_adv.pdf