「カーボンニュートラル」は現状追認?!ーエネルギー基本計画の素案を読む(1)

現在、経済産業省の審議会で「エネルギー基本計画」の改訂が議論されています。「エネルギー基本計画」は3年に一度改訂されるもので、先日第6次計画の「素案」が発表されました。今後「原案」が作成され、その後国民から広く意見を募るパブリックコメントのプロセスが開始されるとみられます。

このブログでは第6次エネルギー基本計画(素案)について、「カーボンニュートラル」というテーマでその中身や問題点をみていきます。

2050年カーボンニュートラル

素案の前文には、「第六次のエネルギー基本計画は、気候変動問題への対応と日本のエネルギー需給構造の抱える課題の克服という二つの大きな視点を踏まえて策定する」と書かれています。また「世界的な状況も踏まえ、我が国は2020年10月に「2050年カーボンニュートラル」を目指すことを宣言するとともに、2021年4月には、2030年度の新たな温室効果ガス削減目標として、2013年度から46%削減することを目指し、さらに50%の高みに向けて挑戦を続けるとの新たな方針を示した。」とあります。

FoE Japanも含め多くの環境NGOは、先進国たる日本は、2030年に少なくとも60%の温室効果ガスの削減、2050年よりも早期に排出ゼロに近づけていくことを求めていますが、それでは、どのようにカーボンニュートラルを達成するのでしょうか?

化石燃料を脱炭素化?!

注目されるのは火力発電の扱い、特に石炭です。パリ協定の、世界の平均気温上昇を産業革命前に比べて1.5℃までに抑える目標を達成するためには、先進国は2030年までに石炭火力発電所を廃止しなくてはならないとされています(注1)。

しかし素案では、「火力発電から大気に排出されるCO2排出を実質ゼロにしていくという、火力政策の野心的かつ抜本的な転換を進めることが必要である。(p.25)」「脱炭素型の火力発電への置き換えに向け、アンモニア・水素等の脱炭素燃料の混焼やCCUS/カーボンリサイクル等の火力発電からのCO2排出を削減する措置(アベイトメント措置)の促進(中略)に取り組む。(中略)非効率な石炭火力については、(中略)最新鋭のUSC(超々臨界)並みの発電効率(事業者単位)をベンチマーク目標として設定する。」(下線部筆者、p.74)

としています。つまり、化石燃料を使い続けながら、CO2排出を削減するとしているのです。化石燃料を脱炭素化する、という言い方も矛盾する表現ではないでしょうか。石炭に関しては、バイオマス混焼やCCS付きの石炭火力(発電所から出る温室効果ガスを回収し利用もしくは貯留する技術)の存続を許しているのみならず、非効率と定義したものだけを廃止する計画です。バイオマス発電はカーボンニュートラルとみなされがちですが、現状日本で利用されている多くのバイオマス燃料は海外からの輸入に頼っており、運輸の面で見てもカーボンニュートラルではありません(詳しい解説は下記動画もご覧ください)。またCCSはコストも高く、全ての温室効果ガスを回収できるわけでもないため気候変動対策としてまったく不十分です。

また、アンモニアや水素への過度の期待も気になります。素案の別の箇所を見ると、天然ガスに関する記述の中に「将来的には、燃焼してもCO2を排出しない水素・アンモニアの原料としての利用拡大が期待され、カーボンニュートラル社会の実現後も重要なエネルギー源である」(p.35)と書かれています。

しかし、実際、現在世の中に流通しているアンモニアの多くは天然ガスから作られています。「燃焼時」には温室効果ガスを排出しないかもしれませんが、生成時や運搬時には温室効果ガスを発生させます。実際、水素生産により年間8億3,000万トンのCO2が排出されており、アンモニア生産には約4億2,000万トンが排出されています。これを合わせると世界の温室効果ガス(GHG)年間排出量の約2%を占めます(注2)。

素案ではまた、「余剰の再生可能エネルギー電力等から水素・アンモニアを製造することで、脱炭素電源のポテンシャルを最大限活用することを可能とするだけでなく、CCUSと組み合わせることで、化石燃料をクリーンな形で有効活用することを可能とする。」(p.36)としていますが、現状ではいわゆる天然ガスから作る水素・アンモニアが供給の多数をしめる中で、再エネだけでつくるグリーン水素の供給はあってもごくわずかです。そもそも、アンモニア混焼や水素を石炭と混焼させて発電する技術は開発段階で、実用化されているわけではありません。CCS/CCUS(二酸化炭素回収貯留・利用)も、回収した二酸化炭素を貯留する場がないことやコストが見合わないことなどから日本で実用化の可能性は低いと言われています(注3)。水素・アンモニアの推進は化石燃料のフェーズアウトを遅らせかねません。

事例:JERAが進める「ゼロエミッション火力」

中部電力と東京電力の合弁会社であるJERAは日本最大の石炭火力発電事業者です。水素・アンモニアを「ゼロエミッション火力」として推進する動きは、昨年10月のJERA(東京電力と中部電力の合弁会社)が2020年10月に公表した「JERAゼロエミッション2050」でも明らかです。この構想の中でJERAは、2050年までのネットゼロを目指し、ゼロエミッション火力の普及と洋上風力発電事業を柱とする計画を打ち出しています。また、「2050年時点で専焼化できない発電所から排出されるCO2はオフセット技術やCO2フリーLNG等を活用」としています。

アンモニア火力については、2040年代にアンモニアによる専焼を開始、2030年代前半から既存の石炭火力への20%混焼を達成、そして2030年までに排出源単位あたりのCO2排出量を20%減らす、という計画です。

この戦略の一環として、2024年より、愛知県碧南市の火力発電所で既存の石炭火力発電所1、2号機(いずれも100万kW)の発電基に20%のアンモニア混焼の実証実験が行われますが、100万kWの発電機で20%のアンモニア混焼の場合、50万トンものアンモニアが必要になります(実証実験では100万kW2基なので、合計100万トン)。つまり、碧南での実証実験基を100%アンモニア専焼にするだけでも500万トンのアンモニアが必要になります。また、もしJERAの石炭火力すべてを2030年代にアンモニア20%混焼とする場合は516万トン(USCのみの場合446万トン)のアンモニア、2040年までにアンモニア専焼とする場合2580万トン(USCのみの場合2230万トン)のアンモニアが必要となります。しかし、現状日本でのアンモニアの消費量は100万トンであり、碧南での実証実験で必要なアンモニア量に匹敵します。仮にJERAが石炭火力全機をアンモニア専焼を実現するには、現状の22〜25倍のアンモニアが必要になるのです。

また、この「ゼロエミッション2050」の影で進められているのが、横須賀石炭火力発電所の建設です。同事業は、2023年に新1号機、2024年に新2号機が稼働開始が予定されていますが、JERAに説明を求めても、「実証実験の結果次第、順次アンモニア混焼を進める」という説明で、横須賀火力発電所がいつゼロエミッション火力になるのかは明確に説明されていないままですし、同混焼技術が商業的に確立していない技術であることも伺えます。また、仮に商業的に今後確立されたとしても、化石燃料由来のアンモニア燃料である限り、ゼロエミッション火力とはいえません。

この「JERAゼロエミッション2050」は、まさに解決を先送りにさせる「ネットゼロ」の典型例といえます。

ネットゼロはノットゼロ

カーボンニュートラルやネットゼロとは、人為的な温室効果ガスの純排出量(絶対量)から森林などによる吸収源による吸収量を引いた量を指します。

すでに大気の二酸化炭素の濃度が420ppm近くになっています(注4)。人類にとって安全とされるCO2濃度は350ppmまでとされます。CO2は排出されるとしばらく大気に留まることを考えれば、気候危機を食い止めるためには「人為的な温室効果ガスの追加排出量」をいかに抑えるかが問題です。

ネットゼロシナリオでは、どれだけ吸収量を見込むかによって、どれくらいの追加排出量が許されるのかが変わってきます。10-10も100-100もゼロですが、100の温室効果ガスを回収するより10の温室効果ガスを回収する方がはるかに楽でコストがかかりません。大規模植林は、土地の確保や生物多様性の面から懸念があります。CCS・DACなどの実用化されていない技術によって大気中の温室効果ガスの除去を見込んでいるのであれば(本当に除去できるのかにかかわらず)、それだけ排出量も追加的に増やせることになってしまいます。温室効果ガスの排出量をなるべく早く、真の意味で可能な限りゼロに近づけていく努力が求められている中、アンモニアや水素、CCSを使ってネットゼロを達成しようというシナリオは気候変動対策にならず、むしろ解決策を先送りにし、既存の化石燃料依存社会を維持してしまうことになります。

「ネットゼロ」政策で問われるべき点

  • いつまでに、どの種類の温室効果ガスを(絶対量で)どれだけ減らすのか?
  • 達成のためにどのくらいの量の温室効果ガスを除去するつもりなのか、またどのような技術に依存しているか?
  • 現在から「ネットゼロ」の目標達成日までに、累積の追加排出量は合計いくらと想定されるのか?
  • 企業や政府はどうなったらネットゼロが達成されたと宣言できるのか?
  • ネットゼロシナリオに「オーバーシュート(気候変動が不可逆的に加速する1.5°Cを超えてしまうこと)」を想定しているか?
    ( ”NOT ZERO: How ‘net zero’ targets disguise climate inaction”を参考に作成)

今、私たちに求められているのは、実用化の目処も立たずコストも高い技術への投資や拡大ではなく、化石燃料の確実なフェーズアウトと、省エネや大量消費・大量生産を軸とした社会からの転換ではないでしょうか。

(深草亜悠美・高橋英恵)