台湾・エネルギーシフトの現場をたずねて(その1)

2017年1月、台湾は脱原発を政策的に決定しました。アジアにはもともと原発のエネルギーを使っていない国も、使おうとしていたけれど導入を見送った国もありますが、台湾のようにこれまで原発を利用していて、今後使用を止めると政策的に決めたのは、アジアでは台湾が初めてではないでしょうか。

FoE Japanは2017年4月に、脱原発をきめた台湾を訪問し、脱原発を求めていた市民や、今も活動している環境団体にヒアリングを行いました。幾つかに分けてブログで報告します。

台湾では、これまで保守派の国民党が原発を推進し、最大野党の民進党(民主進歩党)が原発に反対してきました。2016年、政権交代がおきて民進党政権になり、政策的に原発が廃止されることが決まりました。ただし2016年の選挙では、与野党両候補ともが原発廃止を公約に掲げていたそうです(第4原発の凍結も2014年で前政権の時です)。脱原発が政策として決定的になったのは、2017年1月の電業法の改正案の可決です。この改正は2025年までに原発を廃止することだけでなく、これまで台湾電力公社が独占していた電力市場を自由化させる内容も含んでいます。

まずはじめにお話を聞いたのは、台湾北部で活動をしている郭さんです。
郭さんは北部最大の環境連合の一つ「北海岸反核行動聯盟」のリーダーで、芸術家でもあります。

郭さんは小さい頃遊んでいた場所が第2原発のために接収され、思い出の場所が失われた経験から、地元に戻ったときに地域の歴史や文化を学び直して将来世代に残そうと思ったとのこと。その過程で、原発に関する多くの問題点を発見したそうです。

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プレゼン中の郭さん(右)

第2原発の計画が始まったのは郭さんが7歳だった1962年(注:着工開始は1975年)。父親は炭鉱労働者で、季節によっては農業も行っていたそうです。第2原発がある場所の近くで休みの時は友達と遊んでいた、と郭さんは回想します。そのあたりには3、400名ほどが住むコミュニティがありましたが原発建設に伴い、みな移転をしたそうです。この地域のお茶産業は完全になくなり、漁業も大きな影響を受けました。第二原発は新北市北部(台湾最北部)に位置します。

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第一原発の目の前で解説してくれる郭さん

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第一原発からの温排水

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第一核能発電蔽とかいてあるのが見える

台湾の大学(国立台湾大学)による周辺の海洋生態系を調査では、生物種の減少や貝のサイズの減少なども報告されています。この地域には国立公園が隣接しているのですが、原発計画のために、国立公園の範囲を狭くしたそうです。

当時は政府による原発計画に対する反対運動はほとんどなかったと郭さんはいいます。というのも台湾では戒厳令が1987年まで続いていており、市民活動に大きな制限があったからです。1993年、第二原発の汚染水が原因でとみられる奇形魚が大量に発見されました。それ以外にも資材を運ぶトラックの事故など「公式に記録されている原発施設・周辺の事故」が複数報告されています。しかし人々は原発についてほとんど情報を持たず、政府のプロパガンダを信じていたとのことでした。

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第2原発の排水口ちかくの看板。危険と書いてありましたが、釣りをしている人が何組かいました

戒厳令が解消された後、1989年から大きな脱原発運動が起こり始めたと郭さんは言います。よく第4原発に関する市民の行動が報道されるが、脱原発運動はこの北部と、蘭嶼島(先住民族の島で、放射性廃棄物の貯蔵施設がつくられ健康被害などが発生している)の二箇所が国内でもっとも大きいと思う、と話していました。

現地で活動している他の方々にもお話を聞きましたが、やはり東京電力福島第一原子力発電所の事故がおよぼした影響は大きかったとのことで、文化的にも地理的にも近い日本での事故は他人事には感じられなかったそうです。台湾の大きさはだいたい九州と同じくらい。二つの原発を抱える北部の人々は逃げる場所がないと感じ、311のあとに大きな反原発デモが起きました。第1・第2原発から台北までは車で1時間、距離にして40キロほど。台北の人口だけでも200万人です。

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気候変動に取り組む台湾ユースと一緒にヒアリングを行いました。筆者中央。

郭さんに台湾の脱原発政策について尋ねてみました。郭さんは、「喜ばしいことではあるが、台湾が脱原発をするといったのは初めてではない。2000年も2008年もそういった動きがあったが、実現しなかった。」他に話をきいた現地の方(写真のピンクのシャツの方と青いシャツの方は現地で脱原発活動に参加している方)も「政治家は野心的な目標(脱原発)を掲げているのに、行動が謙虚すぎる。政策は正しいが、もっと積極的に行動してほしい」と話していました。

さらに郭さんは「台湾には将来的に脱原発・脱石炭という同意(コンセンサス)があり、原発に関わっている市民・石炭に関わっている市民はその目標を共有している。」と話します。

脱原発と脱石炭一緒に掲げるのは現実的でないと批判があるのでは?との質問に対し、「どちらかをやめたらどちらかが必要なのではないかという意見や、批判をいうのは、運動の外にいる人たちが言っていることだ。今必要なのは、このエネルギーの未来にむけてどのような変革をするか考えていくことだ。そのためには対話が一番大事だ。そして今政策に働きかける形で活動している」と話していました。

郭さんは、現在政府のエネルギーや持続可能な開発を考える委員会の委員に市民として就任しています。

実は脱原発を決めた台湾には、石炭火力に反対する市民運動も存在します。それについては次回報告します。

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みなさんありがとうございました!

(続く)

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