【横須賀石炭訴訟報告 vol.15】判決、原告の訴えは「却下」

1月27日、横須賀石炭火力訴訟の判決が言い渡されました。
14時過ぎに開廷、裁判長からの判決言い渡しはわずか30秒ほどで終了、「却下する」とのことでした。60名近くの人が集まりましたが、「判決文の通り」として理由さえ話されず、あまりにあっという間でした。

弁護団、原告団は15時すぎ「市民にCO2争う権利認めず」「世界の流れに逆行する不当判決」とする旗を出しました。


判決文は、こちらにアップされます。
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【横須賀石炭訴訟報告 vol.14】異例の裁判長異動で追加の期日。判決は1月27日に

10月4日、横須賀石炭火力訴訟の裁判が開かれました。
横須賀石炭火力訴訟は、6月6日に結審、11月28日に判決が出されるはずでした。しかし、裁判長が法務省の訟務局長に異動となって交代したため、9月に急遽スケジュールが変更されて10月4日の期日が追加されました。

当日は約50名が、傍聴と報告会に参加しました。国を相手にした行政訴訟の裁判長が、国側の役職に異動することは異例だと、弁護団長の小島弁護士は報告会で力を込めていました。

気候危機はこの夏にも大きな被害をもたらした

6月の期日の後、この夏も国内外各地で気候危機の深刻な被害が起こりました。

原告団長の鈴木陸郎さんは、気候危機の激化と、気候危機は人権侵害であることを訴えました。横須賀石炭火力は逆行している、しかし「今ならまだ間に合う」と、司法での判断を求めました。

小島弁護士はまず、新たな裁判長に対し「これまでの記録を一から見直してほしい」と求めました。石炭火力発電所は1日に1万トンの石炭をもやし2万トンのCO2(体積では東京ドーム8個分)を出す、1日1000トンの粉じんも出す、と改めて強調しました。

半田弁護士は、この夏の欧州の熱波やパキスタンの洪水、8月上旬の東北から北海道での豪雨の被害状況を紹介しました。

最後に再び小島弁護士が、気候変動による災害で多くの方が亡くなったり、東京湾周辺でも磯焼けや漁獲高の減少がここ数年で顕著であることを説明、今回の行政訴訟の経緯を振り返り、「司法が責任を果たすことが強く求められている」と締めくくりました。

裁判の背景や詳細はこちら:なぜ訴えるのか | 横須賀石炭訴訟 (yokosukaclimatecase.jp)

判決は1月27日(金)、裁判長にお手紙を!

終了後の報告会で、判決までにできることとして、小島弁護士からこんな提案がありました。

「品田裁判長に心のこもったお手紙を書いてはどうでしょうか。言いたいことを一つにしぼって、短くていいのです。」

これは、誰でもできて効果がありそうなアクションです!

(宛先は、東京地方裁判所の品田裁判長。詳しい住所や宛先の書きかた等は後日訴訟ホームページに掲載されます。)

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(吉田明子)

【ブログシリーズ 東南アジアのガス開発】第1回 気候変動と化石燃料ガス

3回にわたって東南アジアのガス開発状況とその意味について解説するブログシリーズ「東南アジアのガス開発」。初回である今回は、2回目以降の記事を理解するにあたって必要になる前提知識を概観します。具体的には、気候変動に関する科学的知見と、その壊滅的な影響を防ぐために国際的にどのような対策が求められているのかについて解説します。

目次

1. 気候変動の影響

2. パリ協定と1.5℃目標

3. 1.5℃目標達成の道筋

4. なぜ新規の化石燃料事業はパリ協定に整合しないのか

1. 気候変動の影響

気候変動に関する科学的知見は年を追うごとに精密になっています。そこでまず、気候変動に関する研究をまとめ、評価しているIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新の評価報告書から幾つかの重要な科学的知見を確認してみましょう。

「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。」[i]

IPCCはこれまで、温暖化の原因が人間の影響であることを、高い可能性があるとし、2021年8月に公表されたIPCC 第6次評価報告書の第1作業部会の報告(以下、IPCC AR6, WG 1, SPM)では、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。」と改めて断言しました。

実際日本でもここ数年、「記録的猛暑」という言葉をニュースで聞き飽きるくらい耳にします。さらに今年6月25日には伊勢崎市で6月の観測史上初の40.2℃を観測しました。6 月下旬から 7 月初めの記録的な高温について、気象研究所などが9月に発表した調査結果によると、「地球温暖化の影響が無かったと仮定した状況下では、同じラニーニャ現象等の影響があったとしても、およそ 1200 年に 1 度という非常に稀な事例であった」と指摘し、温暖化により高温の発生確率が格段に上がっていたことを明らかにしています[ii]

また、このような猛暑についてIPCCは、「過去10年に観測された最近の極端な高温の一部は、気候システムに対する人間の影響なしには発生した可能性が極めて低い(IPCC AR 6, WG 1, SPM, A.3.1)」としています。こういった極端な熱波のみならず、極端な大雨、干ばつ、熱帯低気圧などが既に世界中で見られるようになっています。

図1(出典:文部科学省、気象庁訳。IPCC AR6, WG 1, SPM、図SPM.6) 

さらに同報告書によれば、こういった「極端現象」は地球温暖化が進むにつれて、これからより激しく、より頻繁になると予想されています。上図で示されているように、産業革命以前と比較した1度の気温上昇時 (産業革命以前と比べて、地球は既に1.09度上昇したと推定されている[iii])には、人間の影響がない気候で平均して50年に1回発生するような極端な気温は、頻度にして4.8倍、強度にして1.2℃増加します。一方で、温暖化が4℃に達すると、頻度にしてなんと39.2倍、強度にして5.3℃増加すると予想されています。地球温暖化は既に猛暑といった形で私たちに明らかな影響をもたらしていますが、温暖化がさらに悪化すれば、それだけ猛暑の頻度と強度が増幅するということで、それに伴って損失や損害が拡大します。気温上昇と、気候変動による壊滅的な被害を避けるための対策や被災時の対応の強化が急務です。

2. パリ協定と1.5℃目標

IPCCが1988年に設立され、1990年に発表した第1次評価報告書が、1992年に採択されることになった国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の重要な科学的根拠とされました。その締約国会議(COP3)で京都議定書が、そしてCOP21ではパリ協定が採択されました。パリ協定では「世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃以下に抑える努力をする[iv]」ことに合意しています。

ここでは気温の上昇を2℃未満という目標と共に1.5℃以下に抑えるという努力目標が両方記されていますが、上述のように現在の1度の温度上昇ですら、既に熱波など目に見える極端現象が頻発していることを考えると、1.5℃以下を目指さなければならないのは明らかです。実際、2018年に発表されたIPCCの『1.5℃特別報告書』では、2℃の気温上昇が起こった場合と比べて1.5℃の場合の方が、「海洋生物多様性、漁業[資源]、及び生態系、並びにこれらがもたらす人間への機能とサービスに対するリスクが減少することが予測される[v]」など、1.5℃に気温上昇を抑えるべき理由を科学に基づいて主張しました。社会的な影響についても、「2℃に比べて1.5℃に地球温暖化を抑えることで、気候に関連するリスクに曝されるとともに貧困の影響を受けやすい人々の数を2050年までに最大数億人削減しうるだろう(確信度が中程度)[vi]。」と述べており、気温の上昇を1.5℃以下に抑えることの重要性がわかります。開発途上国が国際交渉の場で1.5℃目標を粘り強く主張し続けてきたこともあり、今ではパリ協定の枠組みで目指すべき気温目標は1.5℃とされるようになりました。

3. 1.5℃目標達成の道筋

では、1.5℃目標を達成するにはどうすればよいのでしょうか?IPCC 第6次評価報告書の第1作業部会の報告によれば、気温上昇を産業革命以前と比べて(67%の確率で)1.5℃に抑えるためには、私たちが将来にわたって排出できるCO2の量(残余カーボンバジェット[vii])の推定値は400Gt(ギガトンは10億トン)です[viii]。これは報告書が発表された2021年時の残余カーボンバジェットですが、2010年から2019年の10年間のCO2排出量は410Gtであり[ix]、この排出ペースが変わらなければ2021年からの10年間で、温暖化を1.5℃に抑える残余カーボンバジェットを使い切ってしまいます。

図2(出典:文部科学省、気象庁訳。IPCC AR6, WG 1, SPM, 図SPM.4) 

では、このわずかなカーボンバジェットを使い切らないようにするにはどうすればよいのでしょうか?上図にあるように、IPCCの同報告書は、将来のCO2排出シナリオを5つ示しています。この中で1.5℃目標を達成できる程度までCO2排出量を十分抑えられているのはただ一つ、水色のシナリオ(SSP1-1.9)であり、このシナリオならば「世界平均気温が、1.5℃の地球温暖化を0.1℃より超えない一時的なオーバーシュートを伴いながら、21世紀末にかけて1.5℃未満に戻るように低下するだろうことは、どちらかと言えば可能性が高い[x]。」としています。SSP1-1.9は、CO2排出量が2030年頃には半減、2050年頃には正味ゼロ(ネットゼロとも言う。排出したCO2の量と森林による吸収などによって除去されたCO2の量が釣り合って全体として排出量がゼロになる状況のこと)となり、それ以降は排出量より除去量が多くなっています(SSP1-1.9の線は、2050年以降0より下のマイナスで推移しており、これはCO2を除去していることを意味する)。

しかし、オフセットに頼ったネットゼロ達成を至上目標とすることは危険なことでもあります。気候変動対策には化石燃料由来の温室効果ガス排出の削減が最重要ですが、「化石燃料を燃焼して温室効果ガスを排出しても、木を植えてオフセットするから問題ない」という口実を与えかねないからです。実際、大手の化石燃料企業は大規模植林に頼ったネットゼロ計画を策定し、化石燃料の開発を継続しています。また、除去の別の手段として炭素回収・貯留技術(CCSと略される。発電時に排出されたCO2を回収し地中に貯留する技術)も注目されています。しかしコストが高く、将来にわたり安定的に貯留できるのか不透明です。また日本国内では貯留に適する場所も限られているといった課題もあります[xi]。こういった未確立の技術を言い訳に温室効果ガスを排出し続けるのは、取らぬ狸の皮算用のようです。

従って、1.5℃目標達成に向けた理想の道筋としては、オフセットに頼ることを前提とした「ネットゼロ」ではなく、できるだけオフセットに頼らない「リアルゼロ」がより良い選択肢となります。実際、2022年に発表されたIPCCの第3作業部会の第6次評価報告書では、リアルゼロに近いシナリオが取り上げられています(下図参照)。

図2(出典:IPCC AR6, WG 3, SPM, 図SPM.5よりFoE Japan作成) 

図中の3つのシナリオIMP-LD(効率的な資源の利用、世界的な消費パターンの転換による低需要の実現)、IMP-REN(再エネ重視)、 IMP-SP(不平等の軽減を含む持続可能な開発への転換を通じた排出削減)はいずれも50%以上の確率で温暖化を1.5℃に抑えられるとされています[xii]。さらに、これら3つのシナリオは排出量が大きくマイナスに推移していないため、前図のSSP1-1.9と比べて世紀後半の温室効果ガスの除去に頼っていないことが見てとれます。オフセットに頼るネットゼロでなくとも、リアルゼロに近い形で温暖化を1.5℃に抑える可能性はまだ残されているのです。

さらに、IPCCの将来シナリオはその多くが既存の経済モデルをベースにしており、ライフスタイルの変革などより突っ込んだ社会経済変革(システムチェンジ)による排出量削減ポテンシャルはまだ限定的にしか評価されていない点も留意しておく必要があります。大胆な政治決断を通じてIPCCシナリオが想定するより早く脱化石燃料を達成することも可能です。先の3つのリアルゼロ・シナリオを私たちが達成できる限界として見るのではなく、さらなる可能性を模索しなければなりません。

ここまでの議論をまとめると、気候変動による壊滅的な影響を抑えるためには、温暖化による気温上昇を(産業革命前と比べて)1.5℃以下に抑える必要があり、そのためには除去に頼らないで温室効果ガスの排出を実質的に、それもできる限り早く削減していく必要があるのです。

4. なぜ新規の化石燃料事業はパリ協定に整合しないのか

では、温室効果ガスの排出削減には、具体的に何が求められるのでしょうか?そこで鍵になるのがエネルギーセクターです。エネルギーセクターは現在世界の温室効果ガス排出の4分の3を占めます[xiii]。石炭、ガス、石油といった化石燃料由来のエネルギーは、採掘、輸送、火力発電所での燃焼時に多大な温室効果ガスを排出します。したがってこの部門での対策が1.5℃目標達成に不可欠となります。

IPCCによると、現在稼働中・そして計画中の化石燃料インフラからだけでも、2℃を超える温度上昇につながる量のCO2が排出されると試算されています[xiv]。国際エネルギー機関IEAが2021年に出した2050年ネットゼロシナリオでも、これ以上新規の石油・ガス開発事業や炭鉱の新設・拡張はネットゼロの道筋と整合しないと明らかにしています[xv]。化石燃料に代わって再生可能エネルギーへの投資を急増させ、2035年までに先進国の電力をネットゼロとし、2040年までには世界全体の電力をネットゼロ、2050年までには世界全体の電力の90%を自然エネルギーで賄うとしています[xvi]。IPCCの第6次評価報告書第3作業部会報告書においても、気温上昇を1.5℃に抑えるためのシナリオでは化石燃料利用を急激に削減し、再生可能エネルギーに移行されるとしています[xvii]

つまり、気候変動による壊滅的な影響を避けるための1.5℃目標を達成するためには、石炭及びガスといった化石燃料を新規に開発する余裕はなく、むしろそれらは段階的に廃止しつつ、再生可能エネルギーへの移行を促進する必要があるということです。そしてもちろん移行に際しては、地域社会の声を尊重する必要もあります。再生可能エネルギーの蓄電や電気自動車に使用されるニッケルを採掘、精錬する際に現地住民の生活や環境を破壊してしまうことがあっては、本末転倒です(例えば、フィリピンのリオツバタガニート、インドネシアのポマラにおけるニッケル開発)。 

さて、IPCC報告書やIEAの2050年ネットゼロシナリオでも、これから世界が進むべき脱化石燃料の方向を示しているにも関わらず、 実は東南アジアではガス開発事業が急速に進んでいます。そしてその事業に対し、事業者としても投融資者としても、日本の官民が深く関与してきているのです。本記事で紹介した気候変動の背景を踏まえた上で、次回以降の記事では東南アジアのガス開発に関するレポート等を解説します。


[i]IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. In Press.(文部科学省、気象庁訳。『IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)』 )

[ii]文部科学省、気象庁気象研究所、2022年9月6日。「令和 4 年 6 月下旬から 7 月初めの記録的な高温に 地球温暖化が与えた影響に関する研究に取り組んでいます。 ―イベント・アトリビューションによる速報― 」https://www.mext.go.jp/content/20220906-mxt_kankyou-000024830_1.pdf

[iii]IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. In Press. A.1.2\

 [iv] Paris Agreement (Dec. 13, 2015), in UNFCCC, COP Report No. 21, Addenum, at 21, U.N. Doc. FCCC/CP/2015/10/Add, 1 (Jan. 29, 2016). (訳文は以下を参照:資源エネルギー庁。2017年8月17日。「今さら聞けない「パリ協定」 ~何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~

(最終閲覧日2022年7月25日))

[v]IPCC, 2018: Summary for Policymakers. In: Global Warming of 1.5°C. An IPCC Special Report on the impacts of global warming of 1.5°C above pre-industrial levels and related global greenhouse gas emission pathways, in the context of strengthening the global response to the threat of climate change, sustainable development, and efforts to eradicate poverty [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, H.-O. Pörtner, D. Roberts, J. Skea, P.R. Shukla, A. Pirani, W. Moufouma-Okia, C. Péan, R. Pidcock, S. Connors, J.B.R. Matthews, Y. Chen, X. Zhou, M.I. Gomis, E. Lonnoy, T. Maycock, M. Tignor, and T. Waterfield (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA, pp. 3-24. (『1.5°Cの地球温暖化:気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から1.5°Cの地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関するIPCC特別報告書、政策決定者向け(SPM)要約』、環境省仮訳、B.4)

[vi]同上、B5.1.

[vii] IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)、表SPM.2

[viii]「カーボンバジェットという用語は、他の人為的な気候強制力の影響を考慮した上で、地球温暖化を所与の確率で所与の水準に抑えることにつながる、世界全体の正味の人為的累積 CO2排出量の最大値のことである。これは、工業化以前の時代を起点とした場合は総カーボンバジェットと呼ばれ、最近の特定の日を起点とした場合は残余カーボンバジェットと呼ばれる(用語集)。過去の累積 CO2排出量は、これまでの温暖化を大 部分決定し、将来の排出は将来の追加的な温暖化の原因となる。残余カーボンバジェットは、温暖化を特定の気温水準以下に抑えるにあたり、まだ排出しうるCO2の量を示す。」IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)脚注43

[ix]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. B. 1.3

[x]ibid. B.1.3

[xi]大野 輝之、2021年9月30日。「CCSへの過剰な依存が日本のエネルギー政策を歪める」自然エネルギー財団。

[xii]ただし、1.5°Cを数十年にわたって最大0.1°Cまで超過する、限定的なオーバーシュートが67%以下の確率で発生する。ibid. Box SPM.1. 

[xiii]International Energy Agency. 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector. Summary for Policy Makers. p.2

[xiv]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. B.7.

[xv]International Energy Agency. 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector. Summary for Policy Makers. p.11

[xvi] ibid. p.9

[xvii]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. C.3.

【横須賀石炭訴訟報告 vol.13】ついに結審。判決は11月28日に。

本日、横須賀石炭火力訴訟の第13回期日が開廷されました。

本裁判は、石炭火力発電所を建設するにあたって、環境影響評価手続きが適切にされていないことを指摘し、本建設に係る環境影響評価の確定通知の取り消しを求める裁判です。

(裁判についてのより詳しい説明はこちら:横須賀石炭火力、提訴へ!日本4件目の気候変動訴訟。その背景とは?

今日をもって原告と被告の主張は終わり、結審となりました。判決前最後の審理であるということもあり、雨天にもかかわらず定員50名を超える約60名が会場に集まりました。

結審では、小島弁護士から今回の裁判の要点について、千葉弁護士からは横須賀石炭火力建設に係る環境アセスメントの瑕疵について、改めて提起されました。一方、被告からの陳述はありませんでした。

「気候保護に関する世論や議論が成熟していない」は、原告の訴えを退ける理由にならない

小島弁護士は、結審にあたり、次の5点についてお話ししました。

  1. 原告らの生命・健康・住居などの財産・食料への危険が差し迫っていること。危機は極めて深刻で重大な人権問題。
  2. 地球温暖化・気候変動による人権侵害を防止するためには、排出量の削減が決定的に重要である。
  3. 先進工業国それぞれが、パリ協定及び1.5度特別報告書で求められる排出削減措置を尽くすことが必要であり、それが世界各地の裁判所の共通認識ともなっている。
  4. 司法が自らの責任を果たすことが求められている。
  5. 気候保護に関する社会情勢や議論がまだ成熟していないとの理由で、司法による法的保護を否定するのは3つの意味で間違っている。

1点目について、指摘にあたっては、今年4月26日の神戸石炭火力訴訟の大阪高等裁判所の判決で「もはや地球温暖化対策は国境を超えて人類の喫緊の課題であることは疑いない(中略)」と、気候危機が裁判所でも認められたことを引用し、異常気象や漁業の被害を強調しました。そのほか、昨年ヨーロッパ各地を襲った山火事や、カナダでの49度という異常気温、日本での熱中症被害が頻発し毎年1000人が亡くなるほどになっていること、洪水などの気象災害によって600名が命を落とし3万件もの住居が流されたことに触れました。そのほか、原告尋問でも証言があったように、原告の居住地域である横須賀市内でも土砂崩れが起きたこと、海藻が育たず海の生態系が急速に失われていること、そしてその結果として漁業という生計手段が成り立たなくなりつつあることを再確認しました。

排出量の削減が決定的に重要であるという2点目については、昨今のIPCCの報告を引用し、人間活動によるCO2排出が地球温暖化を引き起こしており、排出量をゼロにしていくことは不可欠であることを訴えました。国際的にも、具体例として、世界エネルギー機関(IEA)は、「2021年以降のCCS(大気中のCO2を回収して貯留する技術)の備えない石炭火力の建設中止」「2030年までに先進国のCCSを備えない石炭火力の廃止」などが示されています。しかし、CCSについては、日本では適切に貯留できる場所が陸域にないことが経済産業省の報告書の中でされており、現在は海域での貯留場所も探索中で確実なものとはいえず、吸収量の増加に頼る対策は極めて困難であることを強調しました(注1)。

(注1)報告会では、北海道苫小牧市におけるCCS実証実験では3年間で30万トンのCO2貯留に成功した一方、横須賀石炭火力発電所が稼働した場合、年間726万トンのCO2が排出されることを比較されました。

次に、近年の世界各地での気候訴訟の判決事例を挙げながら、先進国としての責任、そして裁判所に求められる役割について指摘しました。2015年のハーグ地方裁判所での判決では、「少ない排出量だからやらなくてもいいというのでは、温室効果ガス削減を達成できない。人為的な温室効果ガスの排出は、どんな小さな量でも待機中のCO2濃度の上昇に寄与し、気候変動につながることが立証されている」と判断され、2019年のオランダ最高裁判所の判決でも踏襲されているそうです。また、2020年7月のアイルランドでの裁判、2020年11月のフランスでの裁判、そして2021年3月のドイツでも同様な判断がなされたことも紹介し、「世界的な共同体として、それぞれがちゃんとした責務を果たさなくてはならない」ということが、世界各地の共通認識であることを示しました。

最後の「気候保護に関する社会情勢や議論がまだ成熟していないとの理由で、司法による法的保護を否定するのは3つの意味で間違っている」という点は、前述の神戸高裁判決で、原告の訴えを退けた理由となっています。しかし、今回の裁判では、この点について、1)少数派の権利を保護するという人権保護の理念にそぐわないこと、2)気候変動の被害は全ての人に等しく同じタイミングで及ぶものではなくすでに被害を被っている人々がいること、そして、3)政治参加の権利を持たない未成年など将来世代がより深刻に気候変動による人権侵害を被ることを挙げ、反論しました。

再度提示されるアセスの瑕疵、被告の反論書面への指摘

千葉弁護士からは、「適切な複数案検討がされなかったこと」「環境アセスメントの簡略化」の2点に絞って、再度、横須賀石炭火力発電所建設に係る環境アセスメントの問題点について強調されました。

また、最後に、小島弁護士から、被告の準備書面への指摘がありました。被告の「今回の環境影響評価は『局長級取りまとめ(注2)』にそって行なっている」との主張について、もしそれに基づけば、事業審査の段階でパブリックコメントや専門家による審議が必要となるものの、それらが一切なされていないことを指摘し、仮に今回のアセスメントが『局長級取りまとめ』に沿ったアセスメントだったとしても、手続きに瑕疵があることを取り上げました。

(注2)『局長級取りまとめ』とは、2015年に経済産業省と環境省の局長が、東電が火力発電の入札をする際の扱いをまとめた文書。この文書をもって新規の石炭火力も検討することとされた。従って、電気事業法46-17-1(環境要件)として使い、確定通知に該当する。具体的には、電気事業者が経済産業省に申請するが、行政手続法上では、申請においては、審査基準をもうけ、パブリックコメントなどを実施しなくてはいけない。

判決は11月28日。公正な判断は下されるか

次回は、約半年後の11月28日(月)14:00〜、東京地方裁判所103号法廷です。いよいよ判決になります。

報告会では、判決まで時間があくことについて、小島弁護士は「他の石炭火力訴訟の結果を単に踏襲するのではなく、今までの口頭言論や原告尋問の内容などを踏まえて判断するゆえではないか」と述べました。

また、神戸石炭訴訟にも関わる浅岡弁護士も、「神戸と横須賀の裁判の違うところは、環境アセスメントの瑕疵がより明確であること。ここが横須賀裁判の特徴になっている」と、お話しされました。

先月末に開催されたG7環境・気候・エネルギー会合では、「2035年までに電力部門の大部分を脱炭素化する」ことが合意されました。COP26の合意文書にも書かれた「排出削減対策がなされていない石炭火力発電の削減」をより明確化した形になります。さらに、横須賀市内では4月24日と6月4日に気候マーチが開催され、のべ300人以上が参加し、この横須賀石炭火力の建設中止を訴え、少しずつですが着実に、横須賀市民の中でこの石炭火力建設の問題が共有されつつあります。

一方、日本政府は明確な脱石炭政策を打ち出すどころか、水素やアンモニア混焼に対し、グリーンイノベーション基金を通じて支援しています。燃やしてもCO2が出ないことから「ゼロエミッション燃料」と呼ばれる水素・アンモニアですが、現状、化石燃料で水素・アンモニアを生産することが公表されており、生産の過程でも温室効果ガスが排出されてしまいます。日本は、削減につながらない技術で石炭火力を延命するのではなく、今こそ、再生可能エネルギー社会へと転換すべきです。

日本の脱石炭につながるよう、FoE Japanは引き続き、横須賀石炭火力訴訟に関わる原告や気候変動対策の抜本的な強化を求める市民とともに活動していきます。

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(髙橋英恵)

【横須賀石炭訴訟報告 vol.12】「安心して生きたい。ただそれだけのことなのに」建設地付近に暮らす原告の証言

本日、横須賀石炭火力訴訟の第12回期日が行われました。

本裁判は、石炭火力発電所を建設するにあたって、環境影響評価手続きが適切にされていないことを指摘し、本建設に係る環境影響評価の確定通知の取り消しを求める裁判です。

 (裁判についてのより詳しい説明はこちら:横須賀石炭火力、提訴へ!日本4件目の気候変動訴訟。その背景とは?

今回は、最後の原告尋問でした。建設地の北岸地域である長瀬にお住まいの橋本かほるさんが原告として、原告弁護人の浅岡弁護士の質問に答えながら、近年感じる変化や気象災害の状況について、証言されました。

豪雨で久々に感じた恐怖―橋本さんの証言

横須賀で育ち、一旦仕事のために地元を離れたものの、子育てを機に再び横須賀に戻ってきたという橋本さん。ご自身の子供の頃と気候の変化を感じるとともに、近年の豪雨により、恐怖を感じるようになったと言います。

浅岡弁護士から、地元に戻ってきて以来、変わったことはあるのかとの質問に対し、以下のように答えました。

「14年くらい前から、夏でも暑さを感じるようになりました。そして、3-4年くらい前から雨が激しくなって、音がものすごい。屋根が壊れそうでした。まさに豪雨で、恐怖を感じました。日常生活にも不安なことはよくあります。けれど、恐怖を感じることはほどんどなかったんです。個人的な話になるけれど、娘が5歳の時に事故に遭いました。その時に感じた恐怖と同じ恐さで、あの事故以来感じたことのない感情でした。」

そして、最近の雨は、雨量も多く、雨粒も大きいそうです。橋本さんのご自宅は、特別警戒区域に指定されるような急傾斜地に位置しており、先日雨がふった時には、家の裏山に降った雨は側溝を通じて麓に流れたものの、側溝からも溢れたとのことでした。

また最近、横須賀市内で豪雨による土砂崩れ(*)が多発していることも、そのような恐怖感のきっかけになっているそうです。

「このまま豪雨が続いたら、自分の家も危ないと思うようになりました。最近は、家の裏山の地盤が緩んで家の方に土砂が来るのではと思うと、恐怖を感じます」

* 2014年6月「住民「危険感じてた」横須賀ハイランドで再び崩落事故」https://www.kanaloco.jp/news/social/entry-48199.html

*2021年7月「「ドドーン」突然目の前に土砂…神奈川で崖崩れ52か所」https://www.yomiuri.co.jp/national/20210704-OYT1T50133/

実際、2021年には、5年に一度行われる神奈川県による土砂災害危険区域に関する調査が行われました。その結果によると、長瀬さんのお住まいの地域は、特別警戒区域に指定されました。その他にも、横須賀市内には土砂災害の警戒区域に指定された箇所が多く、その結果を見た橋本さんは、「警戒しなくてはいけない区域がこんなに多いとは。以前よりも危険な場所が増えて、怖いと思います。豪雨は自然災害だけれど、温暖化の影響によるもの。これ以上温暖化を進めないことが大事」と、ご自身の気持ちを表されました。

出典:横須賀石炭訴訟 甲第232-2号証:https://yokosukaclimatecase.jp/wp/wp-content/uploads/2021/12/%E7%94%B2223-2.pdf

浅岡弁護士の最後の質問は、石炭火力発電事業の存在を知ってどのように感じたかというものでした。この質問に対して、

「石炭火力が近くにできると知って、信じられない。世界はどんどん石炭から撤退している中、日本で、しかも家の目の前で建つなんて、言葉を失う。自分の家からも建設が見えるけれど、私は平和に暮らしたいだけ。この石炭火力(は問題であると)のことは、切実に訴えていきたい」

と締めくくりました。

「安心して生きたい。ただそれだけのことなのに」

裁判後の報告会でも、原告として話した中で、改めて、橋本さんからメッセージをいただきました。

「自宅から、日々背の高いクレーンが伸びて着々と建設が進んでいるのを目のあたりにするなかで、夏がきて、台風がきて、また豪雨が来るのだと思う。別に特別なことを望んでいるわけじゃないと思う。普通に、穏やかに暮らしたいというだけのこと。それが許されないというか、大事になれば命の危険がある中に、自分だけでなくて多くの人が晒されている。温暖化を止めない限り、幸せには生きていけない、安心して生きていけないということをいろんな形で感じていらっしゃると思うので、どうしても、あの石炭火力の建設を中止に追い込んでいかないといけないと、改めて思っている。」

今回の橋本さんのお話を聞いて、気候変動は命の問題そのものであると実感しました。橋本さんが証言されたように、大きな雨音の中で感じる恐怖を想像すると、苦しささえ感じます。ただただ穏やかに暮らしたいという、素朴で当たり前の願望が脅かされていること、そしてそのように恐怖を感じている人々が潜在的に多くいることは、見過ごしてはならないはずです。

次回期日のご案内

次回の裁判は、6月6日(月)10:30〜、東京地方裁判所で執り行われます。

6月の口頭弁論が、本行政訴訟の結審となる可能性が高いと裁判長も言及しており、2019年5月から約3年続いている裁判が、そろそろ終わりを迎えます。

次回の裁判に向け、小島弁護団長は、

「過去3回の裁判では、この環境アセスメントのおかしさ、国内外の海の被害の深刻さ、そして、気象災害の恐怖を、原告から直接話してもらった。石炭火力の建設という、人々の被害を拡大させるような方向でいいのかということを問うていきたい。世界の裁判所は気候変動に対して積極的に動いている。そのような中、日本の裁判所は今のままで良いのか問われている。最後の弁論ではそのようなことを話していきたい。」

と述べました。

裁判は終盤に差し掛かっていますが、横須賀市では、石炭火力の建設中止を求める動きが大きくなっています。

先週末の4月10日に開催された、「グレタひとりぼっちの挑戦」横須賀映画上映会では、目標を大きく上回り、1011人が来場しました。

今月末の4月24日(日)にも、横須賀市内で気候危機への具体的なアクションを求めよう、そして横須賀の石炭火力中止の声を盛り上げようと、気候マーチを予定しています。ぜひご参加ください。

本裁判が、日本の気候訴訟の転換点となるよう、そして、日本の脱石炭につながるよう、FoE Japanは引き続き、横須賀石炭火力訴訟に関わる原告や発電所建設の中止を求める地元住民、市民とともに活動していきます。

(髙橋英恵)

【横須賀石炭訴訟報告 vol.11】海水温をもとに戻して〜原告漁業者の証言

先月末に引き続き、本日、横須賀石炭火力訴訟の第11回期日が行われました。

本裁判は、石炭火力発電所を建設するにあたって、環境影響評価手続きが適切にされていないことを指摘し、本建設に係る環境影響評価の確定通知の取り消しを求める裁判です。

 (裁判についてのより詳しい説明はこちら:横須賀石炭火力、提訴へ!日本4件目の気候変動訴訟。その背景とは?

今回も前回同様、原告尋問でした。当初2名の原告尋問の予定でしたが、原告の都合により、1名となりました。今回、原告尋問を受けたのは、横須賀で漁業を営む小松原哲也さん(79)です。小松原さんは14歳の時から、父の手伝いをしながら、横須賀や東京湾海域で潜水漁業や底引網漁などに携わってきたそうです。横須賀で漁業を営む身として、この数十年間に渡って直面している変化について、小島弁護士に質問されながら証言しました。

気候変動の影響を直に受ける漁業の実態〜小松原さんの証言

小松原さんは長い漁師生活の中で、様々な漁法を営んでこられました。種類としては、潜水漁業、底引網漁が主なものですが、かつては海藻の採取やサヨリ網漁、アナゴの土管漁、アワビやサザエの採取も行っていたそうです。今も小松原さんの息子さんと一緒に、漁を営んでいるとのことでした。

潜水漁業では、エアホースのついたヘルメットを被って海に潜り、ミル貝(通年)、タイラ貝(5月〜11月)、なまこ(3月10日〜4月10日)を採取する漁法で、今は横須賀市内では小松原さんしか実施していないそうです。小松原さんは、猿島から追浜までの安浦漁港近くでこの潜水漁業をしていますが、近年は、タイラ貝の漁獲量はほぼ無に等しく、ミル貝も全盛期の120kg/日から50kg/日にまで減少、なまこもかつては1000kg/日取れたものが、75kg/日の範囲でとるまで激減してしまったと言います。大きく漁獲量が減ってしまった原因を小島弁護士が尋ねたところ、小松原さんは「一番の原因は、海水温が上がったから。貝は冷たい水を好む」と回答しました。

また、底引網漁についても、昔と今では漁れる魚の種類が変化し、漁獲高が大きく変化したと言います。昭和期には、江戸前高級魚のイシガレイやマコガレイが一日500kg(約2000枚)ほどとれたようですが、2000年代になって減り始め、今はイシガレイやマコガレイがとれることはほとんどなく、代わりに漁れるのはトビウオやタイ、イシモチだそうです。エボダイもとれるが、身が小さく売り物にならないと言います。

ワカメの採取も、かつては3月頃におこなっていたそうです。小松原さんが採取していたのは、田戸ワカメという、皇室への献上品にもなるようなワカメで、生計に大きく影響していたのですが、ミル貝やタイラ貝同様、海水温の上昇により今はもう取れなくなっていると証言しました。ワカメの他にも、テングサやヒジキ、アラメも採取していたが、今はほぼ取れなくなっているそうです。また、アラメやワカメを餌とするアワビやサザエも、久里浜沖にもぐれば50~60kg/日と、漁協組合で決める上限量まで簡単にとれるくらいたくさんいたそうですが、アラメやワカメが育たなくなる磯やけによって、今は漁れる量が大きく減ってしまったと証言しました。

そのほか、2隻の船の間に網をはり、海の表層を好む魚をとるサヨリ網漁も、猿島や金田漁港、そして横須賀火力発電所のある久里浜付近でおこなっていたと言います。サヨリも高級品で、かつては一晩に1000kgくらいとれ、大きな収入源になっていたそうですが、10年ほど前からほどんど取れなくなり、そして燃料費の高騰もあり、今は実施していないとお話ししました。サヨリがいなくなった理由として、科学者とともに調査した結果、サヨリの餌となる虫が育つために必要な海藻が海水温の上昇によって育たなくなってしまったことがわかったそうです。

このように、かつて売上の大半を占めていたミル貝、タイラ貝、ナマコ、カレイなどがとれなくなってしまったことにより、収入がかつての5分の1にまで大幅に減少してしまったと、生計に大きな影響があることを最後に証言され、「気候変動の影響は大きい。海水温をもとに戻してほしい」と締めくくりました。

「海は戻ってこない」

今回の小松原さんの証言を聞き、気候危機による生計への影響の大きさを改めて実感しました。また、閉廷後に開催された報告会では、傍聴者から「発電所の稼働により温排水がでていた時期と、稼働が止まって出なくなった時期の違いはあるか?」との質問がありました。その質問に対する小松原さんからの回答は、次のようなものでした。

「久里浜の発電所ができる前は(久里浜沖では)アワビがたくさん取れた。稼働したら、磯やけでできなくなった。稼働が止まっても、海は戻ってこなかった。」

発電所からの温排水という直接的な影響はすでにあり、その影響は不可逆的です。そのような中、現在建設中の石炭火力発電所が稼働開始したら、海の生態系やそれに依存する周辺漁業者に更なる影響を及ぼします。

報告会の最後に、小松原さんは、「できれば、被告が親身に受け止めて、久里浜の発電所を動かさないでほしい」と今回の尋問にあたっての心境をお話されました。

次回期日のご案内

今後の裁判の予定は、下記の通りです。

第12回期日 4月13日(水)14:00〜 東京地方裁判所(原告尋問の予定)
第13回期日 6月6日(月)10:30〜 東京地方裁判所

被告からの反論が特になければ、6月の期日で結審となると予想されています。2019年5月から約3年続いている裁判も、そろそろ終わりを迎えます。本裁判が、日本の気候訴訟の転換点となるよう、FoE Japanは引き続き、横須賀石炭火力訴訟に関わる原告や発電所建設の中止を求める地元住民、市民とともに、日本の脱石炭を求め活動していきます。

また、横須賀では、気候変動への関心を高めたいと、地域住民が映画上映会も企画しています。ぜひ、こちらの上映会にもご参加ください。(上映会の詳細:https://nocoal-tokyobay.net/2022/02/07/greta_movie_20220410/

(髙橋英恵)

【横須賀石炭訴訟報告 vol.10】本訴訟初の原告尋問。訴訟の根底にある原告の思い

昨日、横須賀石炭火力訴訟の第10回期日が行われました。

本裁判は、石炭火力発電所を建設するにあたって、環境影響評価手続きが適切にされていないことを指摘し、本建設に係る環境影響評価の確定通知の取り消しを求める裁判です。
(裁判についてのより詳しい説明はこちら:横須賀石炭火力、提訴へ!日本4件目の気候変動訴訟。その背景とは?

今回の裁判は今までとは異なり、原告への尋問を中心に執り行われました。今回、原告として尋問を受けたのは原告団代表の鈴木陸郎さんとプロダイバー兼環境活動家の武本匡弘さんです。両者40分程度、鈴木さんは発電所建設計画を知った経緯、計画を知ってからの活動内容、提訴に至った経緯を、千葉弁護士(原告の弁護団弁護士)に質問されながら証言し、武本さんはこの20年間の国内外の海の変化について、半田弁護士(原告の弁護団弁護士)の尋問の下、証言しました。

今回は、原告の主張の内容と、今回の裁判を初めて傍聴した大学生である著者の感想を紹介したいと思います。

環境アセスメント制度をより良いものにする責任〜鈴木陸郎さん

鈴木さんが横須賀の火力発電所建設について知ったのは、2016年7月でした。発電所ができると知って、いろいろ調べていく中で、「世界でも脱石炭火力発電へと動いているのになぜ今さら火力発電所を建設する必要があるのか?」と疑問を持ったそうです。

以来、仲間とともに発電所建設について調べる、アンケートを行うといった活動をおこないました。調べているうちに、不当なアセスの簡略化の理由となる「環境が良くなる」という説明が、いつと比べているのかについて不記載であるといった問題に気づくこととなりました。

鈴木さんは、環境アセスメントの方法書の説明会に参加し、上記の疑問について質問をしました。しかし、事業者にいくら質問しても回答なく、事業者の態度が不誠実であると感じ、鈴木さんの国に対する[高橋1] 不信感が高まったそうです。「環境が良くなる」という説明がいつと比べているのかについては、同じ説明会に居合わせた他の参加者も何度も質問したそうです。その結果、事業者は18年前との比較であると回答し、参加者もびっくりしたそうです。鈴木さんも「そんな昔と比べてよくなると言われても納得できない」と感じたそうです。また、2017年に実施したアンケート結果に関しては、約3分の1の人が発電所建設について知らず、1割の人が建設に賛成、4割の人は反対しているとのことでした。

そして、鈴木さんが訴訟を起こすことを決意したのは、主に3つの理由があるとのことでした。1つは、このまま温暖化が進んだら人間が生活できない環境になってしまう可能性があり、温暖化を止めるために温室効果ガスの削減が求められる中、石炭火力の新設は到底許されないと考えたからだそうです。2つ目の理由は、人間の活動によって地球の回復能力がオーバーしている中、これ以上の悪化を防ぐための制度である環境アセスメントを簡略化することは、アセス制度の破壊につながる行為と考えたためです。そして最後の理由が、気候変動を悪化させたのは自分たちの世代でもあるが、将来世代により良い世界を残すためには、環境アセスメントをより良いものにしていく責任があると感じたためだとして、尋問の最後の質問を締めくくりました。

プロダイバーが感じてきた気候変動の影響〜武本さん

武本さんは、約40年間、プロダイバーとして活動されてきました。活動のフィールドは、拠点の葉山を中心に三浦半島周辺、沖縄、北海道など日本全国、そして中部太平洋に及びます。その40年のうち、後半の20年間、海がどんどんひどくなっていく様子を目の当たりにしてきたと証言しました。1998年から、プロダイバーの仕事と並行して環境活動を始めたそうで、そのきっかけはサンゴの白化であるそうです。

サンゴの白化とは、水温が30度以上の水温が続くと起きる現象で、サンゴの体内に住みサンゴの呼吸の役割を担っている褐虫藻がサンゴから放出され、サンゴが死んでしまうことを指します。人間も体内にたくさんの細菌を宿していて、それら最近がいなければ生きていけないのと同じことだと、武本さんは説明しました。そして、一度白化したサンゴは、二度と元に戻ることはないそうです。

武本さんは、マーシャル諸島沖付近、沖縄、江ノ島、葉山でのそれぞれ2013年と2021年の海中写真を比較しながら、海がどのように変化しているのかを証言されました(尋問で使用した写真資料はこちら)。マーシャル諸島沖付近、沖縄の写真の比較では、サンゴ礁が白化によって崩れてしまっており、江ノ島、葉山の写真の比較では、海藻が繁茂していた場所に全く海藻がなくなってしまった様子がわかりました。

海藻が繁茂するには、水温が12度以下である必要があるそうですが、近年は水温の上昇によって、本来冬眠しているはずの魚が海藻の芽を食べてしまい、海藻が十分に育つ前になくなってしまうそうです。海藻は、海の生き物の隠れ家になったり産卵の場所になったりと、海の生物多様性を育むのに重要な役割を果たしています。海藻がなくなる「磯焼け」は、海の生物多様性の損失のほか、その恩恵に預かる漁業者にも大きな打撃を与え得ていると証言しました。

サンゴの白化も磯焼けも、水温の上昇が原因で起こり、水温上昇は主にCO2排出による影響であるそうです。また、風の変化も、海の環境を整える役割を担っていましたが、本来吹くべき風が吹かなくなったこと、台風の発生地や経路が変わったことも、磯焼けやサンゴの原因であると話しました。そして最後に、海水温の上昇や風向きの変化などをもたらす気候変動の影響によって、漁業者やダイバーの仕事が奪われていることを再度強調しました。だからこそ、CO2を多く排出する火力発電所建設には反対しているそうです。

弁護団からのメッセージ

今回は裁判後に報告会を開催しました。報告会での、弁護団からのメッセージを紹介します。

小島弁護団長は、

「オランダやドイツ、フランスで市民側勝訴の案件が増えている。日本の裁判所は世界の裁判の動向になかなか影響されないけれども、一つ一つ積み上げていくことが大事。」

今回新しく原告弁護団に入った長井弁護士は、

「気候危機は我々の生命を脅かすものになってきている。弁護士としてそれに取り組み、食い止めたい。」

今回の尋問で武本さんに質問をした半田弁護士は、

「武本さんの生の声をいかに伝えるかで考えてきた。裁判官も手元の写真を見ながら反応し、武本さんも傍聴者に聞こえるように大きな声で話してくれた。環境訴訟を見ていると、若い弁護士があまりいないが、これからも頑張っていきたい。」

神戸での石炭訴訟も担当されている浅岡弁護士は、

「裁判官はよく聞いてくれた。原告の気持ち、なぜ裁判を起こしたのかというのがよく伝わったと思う。気候変動は今よりもっと悪くなる。世界の裁判所は気候変動が人権侵害をもたらすことを理解している。この4年の間、世界の裁判所の認識はおそろしく変わった。世論を動かしてしっかり反映させていきたい。」

今回の尋問で鈴木さんに質問をした千葉弁護士は、

「この発電所の計画が地元の人に知られていった過程、鈴木さんが初めからアセスの問題点に注目していたことが伝わったと思う。裁判官に、このままではいけないんだという気持ちにさせていきたい。」

今回の裁判を聞いて

筆者は、まず第一に武本さんがおっしゃるような海中の変化が起こっていることを知らなかったため、とても驚きました。こういったことを私の周りの若者が知っているとは到底思えないので、こういった変化を正確に広めることがとても重要であると思いました。また、環境を犠牲にする経済成長は許されるべきではないと思うので、今回の裁判を勝訴し、環境保全のための裁判の良い前例となることを願っています。また、環境アセスメントの簡略化などについて、国側の誠実な対応を求めます。

(祐谷直樹)

次回期日のご案内

次回も今回同様、原告2名の尋問が行われます。
2022年3月7日(月)10:30〜@東京地方裁判所第103号法廷です。ぜひ、傍聴にいらしてください。

また、閉廷後、日比谷図書文化館大ホールで報告会(オンライン中継あり)を行います。傍聴への参加が難しい場合でも、ぜひこちらもご参加ください。

*傍聴と報告会の詳細は、後日こちらに掲載されます。

https://yokosukaclimatecase.jp/

FoE Japanは引き続き、横須賀石炭火力訴訟に関わる原告や発電所建設の中止を求める地元住民、市民とともに、日本の脱石炭を求め活動していきます。

(髙橋英恵)

【横須賀石炭訴訟報告 vol.9】環境省も指摘していた!?環境アセスメントの不備

本日、横須賀石炭火力訴訟の第9回期日が行われました。

本裁判は、石炭火力発電所を建設するにあたって、環境影響評価手続きが適切にされていないことを指摘し、本建設に係る環境影響評価の確定通知の取り消しを求める裁判です。

(裁判についてのより詳しい説明はこちら:横須賀石炭火力、提訴へ!日本4件目の気候変動訴訟。その背景とは?

原告含め約40名の傍聴者が参加した今回は、千葉弁護士から、環境省の文書から判明した経済産業省との本件アセス(横須賀石炭火力行政訴訟の対象となっている石炭火力発電所の建設に係る環境アセスメント)に関するやりとりについての意見陳述があり、その後、小島弁護士から本訴訟全体の要点に関する陳述が行われました。

環境省も指摘していた!?環境アセスメントの不備

千葉弁護士から、環境省の文書から判明したこと(原告準備書面16)に関する意見陳述がありました。

火力発電所の建設に係る環境アセスメントには、配慮書、方法書、準備書、評価書の4つのステップがありますが、環境大臣は配慮書と準備書の段階で経済産業省に意見を提出することができます。

出典:https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/denryoku_anzen/pdf/015_10_00.pdf

横須賀石炭火力行政訴訟の対象となっている石炭火力発電所の建設に係る環境アセスメントの期間中、環境省が経済産業省に対し100項目以上もの質問をしていたことがわかりました。

環境省の質問の例として、

「天然ガス火力などの燃料の複数案が考えられるが、最終的に石炭火力としたのはなぜか?」

「重大な環境影響がないと判断するに至った過程を示してほしい」

「リプレースというが、改善どころか悪化するのでは?環境アセスメントに記載されている”現状”の意味をしっかり明記せよ」

など、まさに、現在行われている裁判で原告代理人が指摘していることを、環境省も環境アセスメントが行われているときに指摘していたことが判明しました。

これらの環境省の質問や意見に対し、経済産業省からの回答は事業者の利益を守るような回答が多く見受けられました。(詳細は、後日、横須賀石炭火力行政訴訟のHPに掲載される迅美書面16をご覧ください。)

繰り返し指摘される気候変動の深刻さ

小島弁護士からは、改めてこの環境アセスメントの問題点や石炭火力発電所がもたらす影響についての陳述がありました。本訴訟全体の要点として、

  1. 原告らの生命、健康、住居などの財産等への危機が差し迫っていること
  2. 発電所の稼働は多大な温室効果ガスの排出をもたらし、原告らの生命、健康、住居などの財産、食料の危機など、深刻な危険を増大させ、より切迫させること
  3. CCSやアンモニア発電は稼働させる理由にならないこと
  4. 石炭火力を発電させなくても、電力不足にはならないこと
  5. 本件アセスメントの手続きは多くの重大な瑕疵があり、その手続きの不適切さが著しいこと

の5つにまとめられました。

気候変動の影響は、気候危機と呼ばれるほどに深刻化しています。人間への影響として、日本でも今年すでに多くの方が豪雨災害の被害をうけ、8000人の方が熱中症で救急搬送されています。また、インフラへの影響も深刻で、本行政訴訟の対象となる石炭火力発電所が建設される横須賀市でも、2021年11月9日に豪雨により道路が冠水し、3年前にも市内で道路の冠水が起きています。国外でも、気候変動の影響は深刻です。オランダの最高裁判所やフランスの行政最高裁判所などでは、気候危機を危機として受け止めた判決が出てきており、ドイツの連邦裁判所については、「気候危機は壊滅的で終末的な規模の環境破壊である」と、気候危機は深刻な問題であるとの認識を示しているそうです。

CCSやアンモニア混焼技術を用いたとしても、上述のように気候変動による影響がすでにある中、気候変動の原因であるCO2を追加的に排出させることは許されないこと、エネルギー消費量の削減など適切な政策措置が取られれば石炭火力を稼働させなくても再生可能エネルギー100%の実現は可能であること、そして何より、この石炭火力発電所に係る環境アセスメントの手続きが不適切であることを強調されました。

迫力のある意見陳述が2名の原告代理人からありました。

しかし、第9回期日も、冒頭では被告からも陳述を行うことが確認されたものの、原告代理人の陳述のみで終わり、もどかしさの残る裁判でした。

次回期日のご案内

本日の裁判の報告会は、12月21日(火)18:30〜19:30にオンラインにて開催されます。

申し込みはこちらです。

▼第9回期日 オンライン報告会(12月21日)

https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_KQqcIZ-SRyWBG1TAAPWJqQ

次回は、代理人だけでなく、原告の意見陳述及び尋問があります。ぜひ、原告の生の声を聞きにいらしてください。

▼次回の期日日程はこちら(傍聴前に、こちらで確認の上、お越しください)

2022年2月21日(月)13:30〜@東京地方裁判所第103号法廷

*2022年3月7日(月)10:30〜@東京地方裁判所第103号法廷(2/21に意見陳述の都合がつかなかった原告の意見陳述が予定されています。)

COP26でも、石炭火力の段階的削減が合意されました。日本は先進国として、石炭火力から脱却することが求められています。

FoE Japanは引き続き、横須賀石炭火力訴訟に関わる原告や発電所建設の中止を求める地元住民、市民とともに、日本の脱石炭を求め活動していきます。

(髙橋英恵)

【COP26 vol.10】グラスゴー会議閉幕 – バランスを欠く合意に途上国は失望

交渉2週目の最終日。気候正義を求める市民たち

10月31日より開催されてきた第26回国連気候変動枠組条約締結国会議(COP26)は、1日の延期を経て、11月13日夜に閉幕しました。

閉会式では、議長Alok Sharma氏や国連気候枠組条約事務局長Patricia Espinoza氏が、COP24からの宿題となっていたパリ協定第6条、第4条、第13条の議論をまとめられたことを理由に「COP26は成功した」と発言する一方、後発開発国やアフリカ、島嶼国は、緩和目標強化の作業計画がグラスゴーでの合意(Glasgow Climate Pact) に盛り込まれたことは歓迎するものの、今回強く求めていた適応や損失と被害に対応するための資金提供を先進国がほぼ拒絶し、バランスを欠く合意であるとして失望の意も示しました。

また、決定文書に記載された石炭火力の段階的廃止に関する文言(para20)についても、インド等の反対があり、閉会式前のCOP決定文書案は、“Phase out(段階的廃止)”が”Phase down(段階的削減)”へと、文言が弱められた形となりました。パリ協定の1.5℃目標達成のためには先進国は2030年までに、その他の国も2040年には石炭火力発電を全廃する必要がありますが、ただでさえ弱かった文言がさらに弱くなったことは残念です。しかし、気候変動枠組条約の決定で、化石燃料対策が直接取り上げたことはかつてなく、文言が弱められたからと言って廃止の必要性が国際的に理解され、実際に各国が脱石炭に向けて動き出していることには変わりません。先進国が率先して石炭火力発電を廃止し、途上国のジャスト・トランジションを支援する必要があります。またその他の化石燃料に関しても、公平性に配慮した形でフェーズアウトを進めていく必要があります。

FoE Internationalの気候正義・エネルギープログラムのSara Shawは、今回の結果について、下記のように述べています

“今回の結果は、気候正義を求める市民団体が望んだ結果とは程遠く、炭素市場取引という形で、途上国の土地をオフセットのために使うことで、先進国に継続的な排出を許すものなりました。英国政府とその同盟国は、交渉をまとめあげた自分たちを褒め称えていますが、炭素市場については、合意が全くない方がましでした。

これはスキャンダルに他なりません。具体的な行動策を伴わずに、ただ単に1.5℃目標を言っているだけでは無意味です。COP26は、すでに気候危機にありながら、エネルギーシステムの変革や気候変動への適応策の実行、また、すでに起きている損失と被害に対応するための資金の乏しいグローバルサウスを裏切ったものとして記憶されるでしょう。これが最終的に炭素市場での取引が強制された瞬間であったことは今更驚くことではありません。炭素市場は、排出量の削減に消極的な先進国のためのものです。

多くのグローバルサウスの国々は、今回の会合に参加したり彼らの声を届けたりするうえで困難を伴った一方、化石燃料企業の存在感は大きいものでした。

今回の交渉結果は、世界全体の温室効果ガスの排出量を増加させてしまうことに加え、今世紀半ばまでに温室効果ガスを”ネットゼロ”にするといった弱いコミットメントや、途上国の土地での大規模植林をもたらす聞こえのよい自然に基づく解決策は、実際には先進国自らの排出を相殺するためであり、途上国や先住民族の土地収奪を加速させてしまいます。

気候正義の実現を求め、COP26期間中に開催された気候マーチに参加した15万人以上の市民は、何が本当の気候変動への解決策か知っています。化石燃料に依存しない社会への公正な移行、そして先進国から途上国への気候変動対策のための資金を供与することです。

残念なことに、豊かな国々は「逃亡条項」を選択してしまったものといえます。”

今回の決定文書には、”Climate Jusitce(気候正義)”という言葉が記載されました。気候変動への影響をより深刻に受ける国々や人々への配慮が会議期間中の首脳サミットやイベントでのスピーチに散りばめられていましたが、いずれも中身のない言葉に過ぎず、会議場内での交渉では先進国が団結して、すでに厳しい気候変動の影響を受けている開発途上国の声を断固として拒絶し続けました。決定文書の内容は、公平性の原則やシステムチェンジからは程遠く、歴史的累積排出量の責任を負う先進国の大量排出を今後も許し、途上国に排出責任の肩代わりを求め、かつ彼らが必要とする支援を拒み続けるものです。

議長国英国の下で、先進国は気候植民地主義的な枠組みを推進し、既存の権益と世界での優位の維持を優先しています。決定文書に盛り込まれた言葉とは裏腹に、パリ協定の1.5℃目標の実現を危うくするものでもあります。ですが、早急で野心的な行動の必要性は変わらないのです。FoEグループは引き続き、Climate Justiceの真の実現に向けて活動していきます。

(小野寺ゆうり、高橋英恵、深草亜悠美)

【COP26 vol.1】COP26開幕。2年ぶりに開催される国連気候変動会議の行方と、市民の声

10月31日から11月12日にかけ、英国グラスゴーで第26回国連気候変動枠組条約締結国会議(COP26)が開催されます。コロナ禍により一年延期されたCOP26ですが、対面での開催となります。

 新型コロナウイルスの流行により私たちの生活は一変した一方、私たちは深刻な気候危機にも直面しています。2021年、熱波は北米に深刻な被害をもたらしました。カナダでは49.6度を記録し、これまでの最高記録を5度も上回るものでした。世界各地で深刻な山火事被害が発生しています。ドイツの洪水被害も記憶に新しいでしょう。インドや東南アジアの国々でも大規模災害が多発しています。日本も毎年のように豪雨災害に見舞われています。

 世界の平均気温はすでに1℃以上上昇しています。今年発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書の第一作業部会のレポートは、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と断言しています。気温の上昇を1.5℃以下に抑えるためには、世界全体の人為的なCO2の排出量を2030年までに約45%削減、2050年頃までにはゼロにする必要がありますが、現在、各国が表明している削減目標をすべて達成したとしても、このままでは21世紀末までに約3℃気温が上昇してしまいます。

私たちはCOP26に何を期待できるのか、何が論点になっているのか、整理したいと思います。

開催国の意気込みと実態の乖離ー過去のCOPの中で最も不公平な条件での開催ー

COP26議長国の英国は、各国に気候変動対策目標の引き上げを求めてきました。また、自国としても気候変動対策への資金を拠出し、今回のCOP26においても、1・2日目は各国首相に参加を呼びかけるWorld Leader’s Summitが予定され各国の貢献を期待している様子が伺えます。また各日にテーマを設定し、それぞれのテーマへの議論や取り組みを強めようとしています。

一方で、コロナ禍の影響により、途上国からの参加が非常に困難な状況となっています。開催日に近づくにつれ規制緩和が行われたり、COP参加者に対する支援パッケージなども用意されましたが、ワクチン接種が進んでいない途上国のメンバーには依然高いハードルがあり、コロナ対策のための追加費用も高額になるためそれぞれの国からの入国条件には差があり、参加の機会が平等に確保されているとは全く言えない状況です。FoEグループはじめ、途上国のClimate Justiceをもとめるグループの多くのメンバーが、新型コロナウイルスの状況や資金不足等の観点から参加を見送っています。

そのような問題もあるなかで開催される今回のグラスゴー会合ですが、注目される論点は、主に下記の3点です。2、3点めについては、次回以降のブログで扱います。

  1. 野心の強化
    1. 各国の2030年目標(NDC)の引き上げ
    2. 長期目標の強化
  2. パリ協定ルールブック交渉で未解決の議題の合意
    1. NDCの共通時間枠(第4条)
    2. 協力的アプローチ(第6条)
    3. 透明性(第13条)
  3. 途上国への気候資金など、損失と被害への支援強化

気候変動目標の強化を

 パリ協定に基づき、各国はNDCを国連に提出することになっており、NDCには温室効果ガスの削減目標や、適応などについて書かれています。

 COP開幕に先立つ10月25日、これまで提出されているNDCの統合報告書の最新版が発表されました。192カ国のうち、143カ国は削減目標などが更新されたものを国連に提出していますが、それでもこのままの計画でいけば、2030年には2010年比で16%排出が増加することになってしまい、今世紀後半までに2.7℃の気温上昇が予測されます。

出典:https://unfccc.int/news/updated-ndc-synthesis-report-worrying-trends-confirmed

 つまり、各国が一刻も早く削減目標を強化すること、特に歴史的に排出量の多い先進国が削減目標を大幅に強化し、今すぐそれを実行していく必要があるのです。

 また気候変動対策のための資金が少ない途上国は、資金支援を前提としたNDCを提出している国も多く、途上国のNDC達成のためには、先進国による支援の重要性も強調されました。COPにおいても気候資金は重要なアジェンダです。気候資金の議論も注目されます。

排出削減=化石燃料は地中に!

 削減強化に何よりも重要なのは化石燃料をこれ以上燃やないことです。ほとんどの温室効果ガスはエネルギー由来であり、エネルギーの中でも電力部門については、電力源の中でもっとも温室効果ガスを排出する石炭火力発電を廃止していこうという動きがここ数年活発です。

 議長国英国は2016年にPowerrng Past Coal Allianceをカナダと立ち上げ、脱石炭政策を推進してきました。2024年までに石炭火力発電を廃止する方針を掲げており、禁煙発電に占める石炭火力の割合は近年2%ほどにまで減少しています(10/31現在は0%)。

 今回のCOPでも英国による脱石炭への強いメッセージがすでに発信されています。こういった個別のエネルギー等についてはCOPの議題ではありませんが、11月4日は議長によってEnergy Day (エネルギーの日)に設定されており、どのような動きがあるのか注目されます。

  また、石炭火力だけではなく、石油・ガスについても新たな動きが見られます。コスタリカとデンマークは、石油・ガスの生産を廃止していくBeyond Oil and Gas Allianceを立ち上げ、COPで正式に発足を予定しています(2週目)。また議長国英国とEIBも石油・ガスへの公的支援を停止するイニチアチブを発表予定です(1週目)。

 一方、日本は今も石炭火力発電所を国内外で建設し続けています。国外については原則輸出事業に公的な支援を行わないとしていますが、例外を認め続けています。国内については廃止の計画すらなく、今も10基が計画・建設段階です。日本はようやく、NDCを更新し26%から46%削減(2030年、2013年比)と目標を引き上げましたが、まだまだ不十分です。

FoEグループのメッセージシステムチェンジ、ジャスト・トランジション、真の解決策

 気候危機を超えて、私たちの地球はさまざまな危機に直面しています。社会的、政治的、経済的な危機の中心には持続可能ではない成長と利益を追い求める経済システムが存在します。

 私たちの社会、エネルギーのあり方、経済のあり方、食料システムのあり方、そういったものを抜本的に変えていくことでしか、今の危機を乗り越えることはできません。

 この数年、若者による運動、世界各地の草の根の運動を通じ、多くの人々が各国政府に対し気候危機対策、そしてそれに関連するさまざまな危機への対策を求めてきました。

 これ以上森林や生態系を破壊せずに守っていくこと、石炭や原発は即時、そしてその他の化石燃料についても段階的に廃止していく計画を策定していくこと、それらが重要な解決策となります。そして、世界規模でこのような脱化石燃料を促進していくために、気候変動への大きな責任を持つ先進国は、途上国への資金提供や技術支援を行なっていかなくてはなりません。

 FoEグループは今回のCOPでも気候正義を求めて、さまざまなアクションや提言を行っていく予定です。

▼COP26に関するHPはこちら

https://unfccc.int/conference/glasgow-climate-change-conference-october-november-2021

(深草亜悠美、高橋英恵)