切っても切り離せない?フィリピンでの油流出とガス開発

2月28日、フィリピン・ミンドロ島沖で80万リットルの産業用燃料油を積載したオイルタンカーが転覆し、3月1日に沈没しました。燃料油の一部が流出し、周辺海域・住民に深刻な被害が出ています。

今回のブログ記事では、この油流出によってもたらされる現地での環境・社会影響と、より大規模な油流出を引き起こす可能性のある周辺海域での化石燃料開発に警鐘を鳴らす声の高まり、そしてその開発における日本の関与について紹介します。

フィリピン全土の地図と、ヴェルデ島海峡等の位置関係

「海のアマゾン」を脅かす油流出

2月28日、燃料油を運んでいたオイルタンカー「プリンセス・エンプレス」号にエンジンの故障があり、3月1日にミンドロ島沖で沈没しました。積載していた80万リットルの産業用燃料油の一部が流出して大きな被害につながっており、現地の活動家も政府による早急な油除去を求めています

この油流出はフィリピン現地の20以上もの海洋保護区の豊かな生物多様性を危険に晒すと指摘されています。というのも、この油流出が発生した周辺海域であるヴェルデ島海峡は、「海のアマゾン」と呼ばれているほど海洋生態系の豊かな海域です。世界で認知されている近海魚種のなんと6割がヴェルデ島海峡に生息しており、世界で最も豊かな海洋生物多様性を誇ります[1]。1,736種類以上の魚種、338種類以上のサンゴが豊かな生態系を形成しており、この海洋生物多様性の豊かさは、漁業、観光業、養殖業などを通じて現地の200万人以上の人々の生活を支えていると報告されています[2]。

今回の油流出はこの海域に住む多様な魚やサンゴに壊滅的な影響を与えてしまう可能性があります。環境問題に取り組む市民連合であるGreen ConvergenceのNina Glanag博士は現地市民団体のプレスリリースの中で、「この不幸な事故の犠牲になった魚や海鳥の死体の悲痛な写真は、迅速に対処されないであろう油流出による悲劇の始まりに過ぎません。油は、中毒や窒息によって海に住む生物を死に至らしめることがあります。ヴェルデ島海峡の海洋生態系と沿岸環境は大きな危機に瀕しています」と指摘しています

東ミンドロ州ポラの干潮時には、悲惨な油流出の影響で、油膜、油の塊、魚の残骸が確認された。(©︎ Jison Tiu, CEED)

東ミンドロ州ポラの干潮時には、悲惨な油流出の影響で、油膜、油の塊、魚の残骸が確認された。(©︎ Jison Tiu, CEED)

地元の漁村への影響

ヴェルデ島海峡の豊かな海洋生態系が崩れてしまうと、それを生活の糧にしている現地の人々も困窮してしまいます。特に漁民の方々にとっては、魚が捕れなくなってしまうため生計手段への影響は甚大です。実際、地元政府はすでに漁業活動を禁止しており、沈没したタンカーからの油流出を止めるためにどう処理を行うのか、またその処理がいつ完了するかも不透明な中、その間代わりとなる生計手段もない現状について、漁民の方々は「コロナ禍よりもひどい」と不安を吐露しています。

東ミンドロ州ポラで、干潮時に海岸で油の塊と魚の残骸を眺める漁師のRobert Lakdawさん(47)。彼は、現在進行中の除去活動にボランティアで参加していたが、健康被害を最小限に抑えるため、立ち入らないようにと言われた。(©︎ Jison Tiu, CEED)

「ヴェルデ島海峡を守ろう!」キャンペーンの呼びかけ人であるEdwin Gariguez神父は、油流出が起きた直後の3月1日に、「私たちは、流出への対応が遅れた場合、漁業活動が制限されるのではと心配しています。すでに漁獲量が減少している中、油流出によって魚が死滅することで魚がさらに減少するかもしれません。油流出は、この国で最も貧しいセクターの中に入る私たち漁師が既に直面している問題を悪化させるでしょう。食卓に並ぶであろう魚は、食用に適さず、食中毒を引き起こす可能性があることは言うまでもありません」と語っています

ナウハンの海岸に停泊している漁船。海に出航して漁業活動を再開する目処は立っていない (©︎ Jison Tiu, CEED)

同氏はまた3月10日に、油が流出して以降、「18,000人以上の漁師が漁に出られず、36,000ヘクタールものマングローブ、サンゴ礁、海藻地帯が危機に晒され、東ミンドロ州のポラ町に住む50名以上の住人が熱やアレルギー症状を起こしていると報告されている」と話しています。生物多様性や生計手段だけでなく、住民の健康にも悪影響を及ぼしていることがわかります。

漁民のJennifer Jaquecaさんはこう語ります。「規制があったとはいえ、パンデミックの間は生計を立てることができました。しかし今は油流出で漁業が禁止されています。私たちはどうなってしまうのでしょうか?」(©︎ Jison Tiu, CEED)

ヴェルデ島海峡におけるガス開発

しかし、このような環境破壊と生計手段への甚大な被害は、このヴェルデ島海峡の周辺に暮らす人々がずっと苦しんできたことです。

というのも、このヴェルデ島海峡は、海洋生態系の中心地である一方、フィリピンで急速に進むガス開発の中心地でもあるのです。フィリピンに存在するガス火力発電所6基のうち5基がここにあり、新規の液化天然ガス(LNG)・ガス火力発電所建設8案件とLNGターミナル建設7案件がここで進められる予定です。ヴェルデ島海峡で建設されている新規LNGターミナルの一つであるイリハンLNG輸入ターミナルは、日本の国際協力銀行(JBIC)及び大阪ガスが出資者として参画しています。

このような化石燃料事業が、ヴェルデ島海峡の豊かな海洋生態系とそれに依存する住民の生計手段を既に破壊してきました。FoE Japanがヴェルデ島海峡に接するバタンガス州で昨年実施した現地調査においても、現地に住む漁民の方々が、ガス火力発電所が建設されて以降、漁獲量が減り、生計が成り立たなくなったという話をしてくださいました。

また、フィリピンの市民団体CEED(Center for Energy, Ecology, and Development)は、昨年カリタス・フィリピンと共同で公表した研究報告書において、ヴェルデ島海峡で観測された海洋生物多様性の減少は同地でのガス開発によるものではないかと示唆しています。さらに両団体は水質についての別の報告書で、ヴェルデ島海峡のバタンガス湾(位置関係は上段地図参照のこと)の水質調査を実施したところ、リン酸塩、クロム、全銅、鉛、亜鉛などの汚染物質の濃度がフィリピン国内の水質基準を超えたという結果を紹介しました。これを受けてフィリピンの漁民団体であるバタンガス漁民団結(BMB:Bukluran ng Mangingisda ng Batangas)を中心とするグループは、フィリピン環境天然資源省(DENR)に要請書を提出し、事業地周辺のヴェルデ島海峡水域を、「自然または人為のいずれかの特定の汚染物質が既に水質ガイドラインの値を超えている」ことを意味する「(環境基準)未達成地域」として宣言し、基準を超過している汚染物質の新たな排出源となる施設の建設を許可しないよう要請しました。 

このように化石燃料事業による住民への悪影響は、枚挙に暇がありません。前述のイリハンLNG輸入ターミナル事業は、すぐそばに隣接する建設中のガス火力発電所にもLNGを供給することを目的としていますが、昨年11月下旬にこのガス火力発電所の建設現場で道路崩落事故が発生しました。杜撰な工事によって発生したこの事故で多くの市民が利用する幹線道路が崩落し、ここでも住民生活に悪影響を与えました。

ちなみに、このガス火力発電所の事業者の親会社はフィリピンの大企業、サンミゲル社(San Miguel Corporation)ですが、今回の油流出事故のタンカーを手配したのも同じくサンミゲル系列の船会社(San Miguel Shipping)の子会社だと判明しました。サンミゲル社はフィリピンでのガス開発を主導しており、フィリピンの市民団体は今回の油の除去作業にかかっている費用や被害を受けた住民への賠償の支払いをサンミゲル社に求めています

終わりの見えない化石燃料開発による被害

フィリピンでの急速な化石燃料開発という背景に目を移すと、今回の油流出は、このより大きな問題の延長線上にあることがわかります。したがって、このような油流出は、根本の問題である化石燃料開発が続く限り、今後も発生してしまうことが懸念されます。

この点について前出のCEEDの事務局長であるGerry Arances氏は、「LNGターミナルの建設が続く限り、このような事故はヴェルデ島海峡で初めてでもなく、最後でもないでしょう。この海域を往来するタンカーが増えれば増えるほど、たとえ万全を期していたとしても、再びこのような事故が起こる可能性は高くなります。次に起こる事故はさらに深刻で、ヴェルデ島海峡に取り返しのつかない損害を与えるかもしれません。だから、私たちは政府に対し、電力危機の解決策としてLNGの輸入に頼ることを再考するよう求めています」と話しています

化石燃料開発による悪影響のみならず、油流出そのものによる悪影響も長引くと懸念されています。Arances氏は、「2006年に起きたギマラス海峡の事故は、油流出がいかに悲惨なものであるかを示すものでした。(油流出の影響を受けた:訳註)マングローブが回復の兆しを見せ始めたのは、事件から13年後の2019年のことでした。これは、化石燃料に依存すると環境に大きな損害をもたらすという政府に対する警告であったはずですが、政府はまだ教訓を学んでいないようです」と語ります

このように、化石燃料開発事業は現地の生態系のみならず住民の生活にも長期的な悪影響を及ぼします。油流出とその根本原因である化石燃料開発を止めるために、FoE Japanは今後も現地のパートナーたちと共に活動を続けていきます。(長田大輝)

出典

[1] Carpenter, K.E., Springer, V.G. 2005.The center of the center of marine shore fish biodiversity: the Philippine Islands. Environ Biol Fish 72: 467–480.

[2] Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.39

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Immediate action needed on oil spill to protect Verde Island Passage, group says. March 1. 2023 

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Groups demand strengthened measures in VIP to address environmental nightmare. March 3. 2023.

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Dispatches from a Disaster: Oil Spill in Mindoro. March 3. 2023.

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Dispatches from a Disaster: “Worse than COVID” March 9. 2023. 

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: 10 days, zero accountability: oil spill-affected communities lament radio silence of responsible parties. March 10. 2023. 

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: POLLUTER MUST PAY: STATEMENT OF PROTECT VIP ON THE INVOLVEMENT OF SAN MIGUEL CORPORATION IN THE OIL SPILL IN VERDE ISLAND PASSAGE. March 13. 2023.

「気候変動かるた」の出前授業を行いました!


スタッフの木次です。

2月上旬、中野区立桃花小学校の6年生4クラスを対象に、「気候変動かるた」の出前授業を行いました。

気候変動って?
どうして起こっているの?
私たちはどうすれば良いの?

そもそもNGO団体って?
どんな活動をしているの?

それぞれ単語は聞いたことがあっても、内容や意味がよく分からなかったり、難しいイメージを持つ方もいると思います。

そんな、なかなか難しい問題を知ってもらうために、今回の授業では気候変動について解説をしたうえで「気候変動かるた」で遊んでもらいました。

FoE Japanが作成・販売している気候変動かるた

授業の前半では、スライドを使いながら、SDGsを切り口に気候変動についての説明と、FoE Japanの活動紹介をしました。
難しい用語も多く分かりづらかったところもあったと思いますが、生徒たちは真剣に聞いてくれていました。

SDGsの意味やどんなゴールがあるのかを知っている生徒もおり、子どもたちにも単語や意味が浸透していることを実感しました。

気候変動についてのレクチャーを聞く生徒たち

後半は、いよいよ気候変動かるたです。

3~5人で1グループ作ってもらい、机を集めて絵札を広げます。お手つきなどのルールは各グループで決めてもらいました。

気候変動かるたで遊ぶ生徒たち

どのクラスも、札を読み始めるとすぐに大盛り上がりでした。

途中から、読み札を先に読むのではなく、読み札についている解説を先にヒントとして読み、どの札か予想してもらうなど、関心を持ってもらうために試行錯誤しました。

笑顔だったり、真剣だったり、悔しがっていたり、生徒たちがいろんな表情で遊んでくれていた姿が印象に残っています。

レインボーフラッグを持ちマーチを行っている様子を描いた札

残った時間では、一番気になった絵札と選んだ理由を教えてもらいました。

この絵札を見て、「なぜ旗がレインボーなのか」と質問をしてくれた生徒がいました。
これは、LGBTQ+コミュニティのシンボルであるレインボーフラッグです。絵札は、LGBTQ+コミュニティの文化をお祝いしたり、権利を求めて声を上げるための「プライド」のパレードの様子を描いており、参加している人たちがレインボーフラッグを持っていることが分かります。

そんなプライドパレードを描いた絵札には、「のぞむのは『だれもとりのこさない社会』」という読み札がついています。

FoE Japanでも、「地球上のすべての生命(人、民族、生物、自然)が互いに共生し、尊厳をもって生きることができる、平和で持続可能な社会を目指す。」を活動ビジョンとしています。

誰もとりのこさない社会にするためにも、気候変動の現状だけでなく、差別や格差などといった課題が社会にあると知ることが大切だと考えています。

今回の出前授業を通して、生徒たちにとって1つでも新たな発見や学びがあったら嬉しいです。

同じく中野区の江原小学校でも、5年生のSDGsの授業の導入としてかるたを使っていただきました。気候変動の問題についてまずは楽しく触れてもらえるよう、こうした活動をもっと広げていきたいと考えています。気になった方はお気軽にお声がけください!

「気候変動かるた」はご家庭や地域の集まりで遊んでいただくのもおすすめです!

\「気候変動かるたで遊んでみよう!」紹介ページ/

気候変動かるたで遊んでみよう! | 国際環境NGO FoE Japan

\ご購入はこちらから/

【横須賀石炭訴訟報告 vol.15】判決、原告の訴えは「却下」

1月27日、横須賀石炭火力訴訟の判決が言い渡されました。
14時過ぎに開廷、裁判長からの判決言い渡しはわずか30秒ほどで終了、「却下する」とのことでした。60名近くの人が集まりましたが、「判決文の通り」として理由さえ話されず、あまりにあっという間でした。

弁護団、原告団は15時すぎ「市民にCO2争う権利認めず」「世界の流れに逆行する不当判決」とする旗を出しました。


判決文は、こちらにアップされます。
横須賀石炭訴訟ウェブサイトはこちら https://yokosukaclimatecase.jp/


過去の横須賀石炭訴訟に関するブログ記事はこちら

COP27閉幕 – 損失と被害に対する基金設立は歴史的一歩であるものの、その他の結果は危険なほど弱いものに

2022年11月20日, シャルム・エル・シェイク(FoEIによるプレスリリース)

原文はこちら

気候変動の取り返しのつかない影響を発展途上国に補償する損失と被害(ロスアンドダメージ)の基金が、米国や他の先進国による一貫した妨害にもかかわらず設立されたことは、膠着状態に陥っていたCOP27の交渉が歴史的な突破口を開いたことを意味します。この基金は発展途上国の主要な要求の一つでありましたが、実現が困難とみられていました。これは歓迎すべき第一歩です。しかし、先進国が責任を放棄する可能性はまだ十分に残されており、その他のCOP27の成果は極めて弱いものでした。

FoEインターナショナルのSara Shawは「数十年の苦闘を経て、ようやくロスアンドダメージのための基金が設立されたことは救いです。しかし現在、基金はまだ空っぽです。正義と公平性に沿って、先進国にそれに貢献することを保証させるための戦いが私たちを待っています。私たちは、十数年前に約束されたものの未だ達成されていない年間1000億ドル目標に対する富裕国の惨憺たる成績を繰り返させてはいけません。」とコメントしました。

COP27の結果には 「クリーンで公正な再生可能エネルギーへの移行」 の必要性への歓迎が含まれていますが、移行を達成するための、排出削減のための資金支援などの合意はなされておらず、緩和に関する成果は弱いものに留まりました。石炭の段階的縮小(フェーズダウン)について昨年合意されましたが、この部分に関して前進がなかったことは化石燃料産業を喜ばせるだけになると懸念しています。

FoEアフリカのBabawale Obayanjuは「COPの結果が 『排出削減の講じられていない石炭火力の段階的縮小』 のみに留まったという事実は、アフリカと気候にとっての大惨事です。石油やガスも迅速かつ公正に段階的に廃止されなければなりません。「排出削減の講じられていない(unabated)」 という小さな言葉は、巨大な抜け穴を作り、新たな化石ベースの水素と炭素の回収・貯蔵プロジェクトへの扉を開き、排出の継続を可能にしてしまいます。豊かな国や企業の利益のためにコミュニティを破壊しているガスを、これ以上アフリカで採掘する必要はありません。COP27で必要だったのは、すべての化石燃料を迅速かつ公平に段階的に廃止するという合意でした。」とコメントしました。

昨年、COP26では環境・社会正義団体の強い反対にもかかわらず、長い議論の末、炭素市場について合意に達しました。COP27では、地球工学や自然に基づくオフセットを炭素市場の仕組みに組み込もうとする急速な動きがみられました。警戒すべき動きです。これに関する議論は2年延長されることになりました。一方、最終決定文書からは、人権、先住民族の権利、労働権への言及は削除されています。

FoEインターナショナルの議長でスリランカ出身のHemantha Withanageは「炭素市場に関する決定を非常に憂慮しています。COP27は、地球工学、危険で検証されていない技術、いわゆる自然に基づく解決策をカーボンオフセット市場に組み込もうとする動きを一時的に遅らせましたが、これらの脅威が去ったわけではありません。炭素市場は、汚染者による継続的な排出、脆弱なコミュニティからの土地、森林、水の奪取、人々の権利の侵害を覆い隠しています。」とコメントしました。

COP27は、エジプトの活動家やジャーナリストに対する国家による弾圧の中で開催されました。これについてSara Shawは次のようにコメントしました。

「COPが終わってエジプトを離れても、私たちはここに残っている良心の囚人を忘ません。人権なくして気候正義はありません。市民社会はこれからもそれぞれの政府に働きかけ続け連帯を示します。」

このプレスリリースに関する連絡先

Sara Shaw, Climate Justice & Energy coordinator, Friends of the Earth International

sara[at]foe.co.uk, WhatsApp/Signal +44 79 7400 8270, @climatemouse, speaks English, Spanish

dipti bhatnagar, Climate justice & energy coordinator, Friends of the Earth International

dipti[at]foei.org, Whatsapp/Signal +258 84 035 6599, @diptimoz, speaks English, Portuguese, Spanish, Hindi

Madeleine Race, madeleine[at]foei.org, @foeint, speaks English, Spanish, French.

写真:Bianka Csenki, Artivist Network (@8iank4 / @artivistnet)

気候資金と化石燃料ファイナンス – 日本は最大の化石燃料事業支援国

11/9は、議長国エジプトが「ファイナンス」をテーマとして設定しています。この「ファイナンスの日」に合わせ、会場内で「ファイナンス」に関するアクションが多数行われました。

気候危機が深刻になる中、先進国による途上国への資金支援は不足しています。

これまでも途上国から、すでに生じている変化に適応するための資金や、損失と被害(ロスダメ)に対応するための資金の拠出が強く求められていました。

先進国は2020年までに年間1000億ドル の気候資金を拠出する約束でしたが、それすら達成されておらず、気候危機の被害が拡大する中で資金不足は深刻です。そもそも途上国がNDC(国別気候変動目標)を達成するためには、2030年までに5兆米ドル必要だと試算されており、対策の実行には先進国が資金支援の義務を果たすことが必須です。

また、緑の気候基金(GCF)は緩和・適応事業への資金支援を行う重要な基金ですが、資金が底をついており、この状況も深刻です。また、損失と被害に対する資金拠出の道を開くことが途上国にとって重要です。

一方、先進国がいまだに多くの公的資金を化石燃料事業に費やしていることが問題です。

昨日発表された米国のNGOオイル・チェンジ・インターナショナルのブリーフィングは、日本が石油、ガス、石炭事業に対する世界最大の公的支援国であることを明らかにしました。

日本は2019年から 2021年の間に年間平均106億米ドルを拠出し、ガス事業に対してだけでも年間平均67億米ドルを拠出し、これは世界最大です。

日本の官民はアジア諸国において、多くのLNG事業に関与していますが、今回のCOPが開催されているこのアフリカ地域でも多くの資金を拠出しています。

日本のガスに関する資金の最大の受入国はモザンビークとロシアでした。2019年から2021年にかけて、日本はモザンビークと82億ドルの融資契約を結んでいますが、資金の99.5%は国内消費やエネルギーへのアクセスではなく、採掘と輸出に関連した施設に費やされています。

アフリカ大陸は、世界で一番温室効果ガス排出の少ない地域です。世界の排出のうち、たった3~4%しか排出していません。それにもかかわらず気候変動による大きな影響を受けています。

FoEインターナショナルの国際プログラムコーディネーターでモザンビーク在住のDipti Bhatnagarは「世界最大級のガス埋蔵地がモザンビーク北部で見つかり、豊かな国がそれを採掘しようとしている。海の資源や大地に依存して生きている地元のコミュニティからそれらを奪おうとしており、すでにガス開発によって100万人もの難民が発生している。2020年に日本を訪れ、モザンビークでガス開発をしないでほしいと申し入れた。しかしその後、日本政府は事業への融資を決定した。」とスピーチ。日本に対し、そしてその他の先進国や企業に対し、「アフリカを燃やすな(Don’t let Africa Burn)」と訴えました。

また、日本の官民によるガス開発が進むフィリピンから参加したKrishna Ariola(Center for Energy, Ecology and Development)は「気候危機に責任がある国々が、さらに多くの化石燃料を燃やそうとしている。フィリピンや他の東南アジア諸国は、まだ石炭から脱却する途上にあるのに、人々や環境を犠牲にしてガス依存の状況に陥りつつある。海のアマゾンと言われるヴェルデ島海峡で、巨大なガス開発が進んでおり、生物多様性も破壊されようとしている。今すぐ、融資国は化石燃料への公的支援を止めるべきだ」とコメントしました。

日本政府は化石燃料事業への公的支援を直ちにやめ、持続可能で地域のニーズに基づいた支援を行うべきです。

出典:http://priceofoil.org/content/uploads/2022/11/Japans-Dirty-Secret-JPN.pdf

写真(全て):Bianka Csenki, Artivist Network

(深草亜悠美)

本当にできる?日本でのCCSの可能性と苫小牧実証事業

スタッフの吉田です。

気候変動対策のための「脱炭素技術」として「CCS(二酸化炭素回収・貯留)」が注目されています。CCSの活用に関して、GX(グリーントランスフォーメーション)の柱の一つとして日本でも議論が進んでいますが、実現可能性や気候変動対策としての実効性はどの程度あるのでしょうか。

大規模なものとして日本で最初に行われたのが、苫小牧の「CCS大規模実証試験」です。

2016年4月から2019年11月の3年半余りで、合計30万トンが圧入され、現在もモニタリングが続けられています。

一般の人もこの施設を見学できるため、8月下旬に訪問してきました。

日本CCS調査株式会社が運営している実施用実験施設は、苫小牧市の工業地帯の海沿い、出光の製油所の隣にあります。製油所から発生するガスを施設の敷地内に送り、そのガスから化学反応を使って二酸化炭素を取り出します。それが海底深くの地層に圧入されています。

見学では、20分ほどのビデオを見た後に解説を聞き、その後施設の見学、最後に質疑応答の時間があって全体で1時間ちょっとでした。

事業の概要はこちら
https://www.japanccs.com/business/demonstration/index.php

↑こちらの3本の塔の設備で、CO2を取り出します。

↑取り出されたCO2は、こちらの圧入井に送られます。

2本の圧入井があり、約3キロ先・深さ1000~1200メートル、約4キロ先、深さ2400~3000メートルの2つの地層にCO2が圧入されています。

説明の中で興味深かったのは、2つの地層のうち、深い方の地層(滝ノ上層)には、実際にはほとんどCO2が入らなかったとのこと。30万トンのうちほとんどが、浅い方の地層(萌別層)に入れられたそうです。実際に掘ってみなければわからなかった、とのことでした。

ただこの「実際には深い方の地層にはほとんど入らなかった」ことは、報告書には書かれているものの、説明資料やウェブサイト上では、わかりやすくは書かれていません。

↑圧入井のある方向

2018年9月6日に、北海道胆振東部地震が起こりました。苫小牧の施設敷地内も震度5の揺れだったそうですが、その時はちょうど圧入装置は止まっており、特に被害はなかったそうです。

2019年11月に30万トンの圧入を達成して以降、漏れがないか等モニタリングが続けられています。海洋環境の調査なども行われていますが、今のところ、CO2の漏出やそのおそれは確認されていないとのことでした。

本当は、2021年で実証実験施設は閉鎖される予定でした。しかし、2020年に視察に訪れた萩生田前経産大臣が、「ここをCCU(CO2の回収利用)やカーボンリサイクルの実証の場としても活用しよう」と発言したことによって廃止は延期され、とはいえCCUに関する計画はまだ立たず、現在は待機の状態のようです。

苦労の一つは、海風によるさび。装置がすぐにさびてしまうため、ペンキの塗りなおしを何度かしているそうです。「ペンキ屋が儲かっている状態」と、説明の方。

30万トンの圧入に成功したものの、今後の社会実装に向けての課題は多いと、資料にもまとめられています。具体的には、以下の課題が挙げられています

ー低コスト化
ーCO2輸送手段の確立
ー貯留適地の確保
ー国内法など事業環境整備

・詳しくはこちら
苫小牧におけるCCS大規模実証試験 30万トン圧入時点報告書(詳細版、概要版)」
https://www.japanccs.com/library_category/report/

日本の現在のCCSに関する検討状況を見てみましょう。

2021年の第6次エネルギー基本計画でCCSについて明記され、2022年1月から「CCS長期ロードマップ検討会」が開始されました。そして2022年5月に「中間とりまとめ」が出されています。

https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/ccs_choki_roadmap/index.html

議論の中で、長期的な目安として示されたのは、2030年中にCCS事業を開始し、2050年までの20年間で毎年12~24本の圧入井(1本あたり50万トン/年)を増やし、2050年には年間1.2~2.4億トンの年間貯留量を想定するというものです。

それは、2050年までに240~480本の圧入井を掘るということです。苫小牧の実証事業が30万トンということを考えても、それは膨大な量です。

地震国の日本でいまだに明確な適地が見つかっていない状況で、本当に可能なのでしょうか。

一方、石炭火力発電所を1年間運転すれば、500~1000万トンのCO2が出てしまいます。
2023年、2024年に稼動を予定している横須賀火力発電所から出る予定のCO2は年間726万トンです。圧入井一本で、仮に年間50万トンの圧入ができたとしても、火力発電(石炭火力も天然ガス火力も)を運転していては、ほとんど意味がないことになります。

100万トン実用化モデルでのCCSコストは6,186~7,261円t/CO2と試算されています(ただし、計算通りに行くかは不明)。膨大なコストと手間をかけて、CO2をただ地中に埋める、ほかに特に生み出すもののない事業を推し進める意味はどこにあるのでしょうか。

苫小牧の施設では、CCSの理解を広げるためのPR活動も重要な仕事です。苫小牧市やその近隣で、展示やイベント出展、講演などが行われています。

2020年に菅前首相がカーボンニュートラルを宣言してからは、CCSにこれまで以上に注目が集まり、「目の色が変わった」企業などの視察が増えたそうです。

また、子どもの訪問や子どもへの説明機会も多いようで、マンガの資料や遊べる模型なども充実していました。

しかし、世界の期待とは裏腹にとても「静かな」苫小牧の現場。

「うーん、、、」とうなりながら、現地を後にしました。

気候変動対策のためであれば、まずは化石燃料から脱却し、エネルギーシフトをしなければなりません。実現可能性すら定かでないCCS事業につぎ込む膨大なエネルギーを、省エネと再エネに振り向けなければなりません。
                                                                                                                                                         (吉田明子)

・CCSに関する審議会の議論
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/ccs_choki_roadmap/index.html

・資源エネルギー庁「CO2を回収して埋める「CCS」、実証試験を経て、いよいよ実現も間近に」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccs_tomakomai.html

【横須賀石炭訴訟報告 vol.14】異例の裁判長異動で追加の期日。判決は1月27日に

10月4日、横須賀石炭火力訴訟の裁判が開かれました。
横須賀石炭火力訴訟は、6月6日に結審、11月28日に判決が出されるはずでした。しかし、裁判長が法務省の訟務局長に異動となって交代したため、9月に急遽スケジュールが変更されて10月4日の期日が追加されました。

当日は約50名が、傍聴と報告会に参加しました。国を相手にした行政訴訟の裁判長が、国側の役職に異動することは異例だと、弁護団長の小島弁護士は報告会で力を込めていました。

気候危機はこの夏にも大きな被害をもたらした

6月の期日の後、この夏も国内外各地で気候危機の深刻な被害が起こりました。

原告団長の鈴木陸郎さんは、気候危機の激化と、気候危機は人権侵害であることを訴えました。横須賀石炭火力は逆行している、しかし「今ならまだ間に合う」と、司法での判断を求めました。

小島弁護士はまず、新たな裁判長に対し「これまでの記録を一から見直してほしい」と求めました。石炭火力発電所は1日に1万トンの石炭をもやし2万トンのCO2(体積では東京ドーム8個分)を出す、1日1000トンの粉じんも出す、と改めて強調しました。

半田弁護士は、この夏の欧州の熱波やパキスタンの洪水、8月上旬の東北から北海道での豪雨の被害状況を紹介しました。

最後に再び小島弁護士が、気候変動による災害で多くの方が亡くなったり、東京湾周辺でも磯焼けや漁獲高の減少がここ数年で顕著であることを説明、今回の行政訴訟の経緯を振り返り、「司法が責任を果たすことが強く求められている」と締めくくりました。

裁判の背景や詳細はこちら:なぜ訴えるのか | 横須賀石炭訴訟 (yokosukaclimatecase.jp)

判決は1月27日(金)、裁判長にお手紙を!

終了後の報告会で、判決までにできることとして、小島弁護士からこんな提案がありました。

「品田裁判長に心のこもったお手紙を書いてはどうでしょうか。言いたいことを一つにしぼって、短くていいのです。」

これは、誰でもできて効果がありそうなアクションです!

(宛先は、東京地方裁判所の品田裁判長。詳しい住所や宛先の書きかた等は後日訴訟ホームページに掲載されます。)

横須賀石炭訴訟について:https://yokosukaclimatecase.jp/

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(吉田明子)

【ブログシリーズ 東南アジアのガス開発】第1回 気候変動と化石燃料ガス

3回にわたって東南アジアのガス開発状況とその意味について解説するブログシリーズ「東南アジアのガス開発」。初回である今回は、2回目以降の記事を理解するにあたって必要になる前提知識を概観します。具体的には、気候変動に関する科学的知見と、その壊滅的な影響を防ぐために国際的にどのような対策が求められているのかについて解説します。

目次

1. 気候変動の影響

2. パリ協定と1.5℃目標

3. 1.5℃目標達成の道筋

4. なぜ新規の化石燃料事業はパリ協定に整合しないのか

1. 気候変動の影響

気候変動に関する科学的知見は年を追うごとに精密になっています。そこでまず、気候変動に関する研究をまとめ、評価しているIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新の評価報告書から幾つかの重要な科学的知見を確認してみましょう。

「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。」[i]

IPCCはこれまで、温暖化の原因が人間の影響であることを、高い可能性があるとし、2021年8月に公表されたIPCC 第6次評価報告書の第1作業部会の報告(以下、IPCC AR6, WG 1, SPM)では、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。」と改めて断言しました。

実際日本でもここ数年、「記録的猛暑」という言葉をニュースで聞き飽きるくらい耳にします。さらに今年6月25日には伊勢崎市で6月の観測史上初の40.2℃を観測しました。6 月下旬から 7 月初めの記録的な高温について、気象研究所などが9月に発表した調査結果によると、「地球温暖化の影響が無かったと仮定した状況下では、同じラニーニャ現象等の影響があったとしても、およそ 1200 年に 1 度という非常に稀な事例であった」と指摘し、温暖化により高温の発生確率が格段に上がっていたことを明らかにしています[ii]

また、このような猛暑についてIPCCは、「過去10年に観測された最近の極端な高温の一部は、気候システムに対する人間の影響なしには発生した可能性が極めて低い(IPCC AR 6, WG 1, SPM, A.3.1)」としています。こういった極端な熱波のみならず、極端な大雨、干ばつ、熱帯低気圧などが既に世界中で見られるようになっています。

図1(出典:文部科学省、気象庁訳。IPCC AR6, WG 1, SPM、図SPM.6) 

さらに同報告書によれば、こういった「極端現象」は地球温暖化が進むにつれて、これからより激しく、より頻繁になると予想されています。上図で示されているように、産業革命以前と比較した1度の気温上昇時 (産業革命以前と比べて、地球は既に1.09度上昇したと推定されている[iii])には、人間の影響がない気候で平均して50年に1回発生するような極端な気温は、頻度にして4.8倍、強度にして1.2℃増加します。一方で、温暖化が4℃に達すると、頻度にしてなんと39.2倍、強度にして5.3℃増加すると予想されています。地球温暖化は既に猛暑といった形で私たちに明らかな影響をもたらしていますが、温暖化がさらに悪化すれば、それだけ猛暑の頻度と強度が増幅するということで、それに伴って損失や損害が拡大します。気温上昇と、気候変動による壊滅的な被害を避けるための対策や被災時の対応の強化が急務です。

2. パリ協定と1.5℃目標

IPCCが1988年に設立され、1990年に発表した第1次評価報告書が、1992年に採択されることになった国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の重要な科学的根拠とされました。その締約国会議(COP3)で京都議定書が、そしてCOP21ではパリ協定が採択されました。パリ協定では「世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃以下に抑える努力をする[iv]」ことに合意しています。

ここでは気温の上昇を2℃未満という目標と共に1.5℃以下に抑えるという努力目標が両方記されていますが、上述のように現在の1度の温度上昇ですら、既に熱波など目に見える極端現象が頻発していることを考えると、1.5℃以下を目指さなければならないのは明らかです。実際、2018年に発表されたIPCCの『1.5℃特別報告書』では、2℃の気温上昇が起こった場合と比べて1.5℃の場合の方が、「海洋生物多様性、漁業[資源]、及び生態系、並びにこれらがもたらす人間への機能とサービスに対するリスクが減少することが予測される[v]」など、1.5℃に気温上昇を抑えるべき理由を科学に基づいて主張しました。社会的な影響についても、「2℃に比べて1.5℃に地球温暖化を抑えることで、気候に関連するリスクに曝されるとともに貧困の影響を受けやすい人々の数を2050年までに最大数億人削減しうるだろう(確信度が中程度)[vi]。」と述べており、気温の上昇を1.5℃以下に抑えることの重要性がわかります。開発途上国が国際交渉の場で1.5℃目標を粘り強く主張し続けてきたこともあり、今ではパリ協定の枠組みで目指すべき気温目標は1.5℃とされるようになりました。

3. 1.5℃目標達成の道筋

では、1.5℃目標を達成するにはどうすればよいのでしょうか?IPCC 第6次評価報告書の第1作業部会の報告によれば、気温上昇を産業革命以前と比べて(67%の確率で)1.5℃に抑えるためには、私たちが将来にわたって排出できるCO2の量(残余カーボンバジェット[vii])の推定値は400Gt(ギガトンは10億トン)です[viii]。これは報告書が発表された2021年時の残余カーボンバジェットですが、2010年から2019年の10年間のCO2排出量は410Gtであり[ix]、この排出ペースが変わらなければ2021年からの10年間で、温暖化を1.5℃に抑える残余カーボンバジェットを使い切ってしまいます。

図2(出典:文部科学省、気象庁訳。IPCC AR6, WG 1, SPM, 図SPM.4) 

では、このわずかなカーボンバジェットを使い切らないようにするにはどうすればよいのでしょうか?上図にあるように、IPCCの同報告書は、将来のCO2排出シナリオを5つ示しています。この中で1.5℃目標を達成できる程度までCO2排出量を十分抑えられているのはただ一つ、水色のシナリオ(SSP1-1.9)であり、このシナリオならば「世界平均気温が、1.5℃の地球温暖化を0.1℃より超えない一時的なオーバーシュートを伴いながら、21世紀末にかけて1.5℃未満に戻るように低下するだろうことは、どちらかと言えば可能性が高い[x]。」としています。SSP1-1.9は、CO2排出量が2030年頃には半減、2050年頃には正味ゼロ(ネットゼロとも言う。排出したCO2の量と森林による吸収などによって除去されたCO2の量が釣り合って全体として排出量がゼロになる状況のこと)となり、それ以降は排出量より除去量が多くなっています(SSP1-1.9の線は、2050年以降0より下のマイナスで推移しており、これはCO2を除去していることを意味する)。

しかし、オフセットに頼ったネットゼロ達成を至上目標とすることは危険なことでもあります。気候変動対策には化石燃料由来の温室効果ガス排出の削減が最重要ですが、「化石燃料を燃焼して温室効果ガスを排出しても、木を植えてオフセットするから問題ない」という口実を与えかねないからです。実際、大手の化石燃料企業は大規模植林に頼ったネットゼロ計画を策定し、化石燃料の開発を継続しています。また、除去の別の手段として炭素回収・貯留技術(CCSと略される。発電時に排出されたCO2を回収し地中に貯留する技術)も注目されています。しかしコストが高く、将来にわたり安定的に貯留できるのか不透明です。また日本国内では貯留に適する場所も限られているといった課題もあります[xi]。こういった未確立の技術を言い訳に温室効果ガスを排出し続けるのは、取らぬ狸の皮算用のようです。

従って、1.5℃目標達成に向けた理想の道筋としては、オフセットに頼ることを前提とした「ネットゼロ」ではなく、できるだけオフセットに頼らない「リアルゼロ」がより良い選択肢となります。実際、2022年に発表されたIPCCの第3作業部会の第6次評価報告書では、リアルゼロに近いシナリオが取り上げられています(下図参照)。

図2(出典:IPCC AR6, WG 3, SPM, 図SPM.5よりFoE Japan作成) 

図中の3つのシナリオIMP-LD(効率的な資源の利用、世界的な消費パターンの転換による低需要の実現)、IMP-REN(再エネ重視)、 IMP-SP(不平等の軽減を含む持続可能な開発への転換を通じた排出削減)はいずれも50%以上の確率で温暖化を1.5℃に抑えられるとされています[xii]。さらに、これら3つのシナリオは排出量が大きくマイナスに推移していないため、前図のSSP1-1.9と比べて世紀後半の温室効果ガスの除去に頼っていないことが見てとれます。オフセットに頼るネットゼロでなくとも、リアルゼロに近い形で温暖化を1.5℃に抑える可能性はまだ残されているのです。

さらに、IPCCの将来シナリオはその多くが既存の経済モデルをベースにしており、ライフスタイルの変革などより突っ込んだ社会経済変革(システムチェンジ)による排出量削減ポテンシャルはまだ限定的にしか評価されていない点も留意しておく必要があります。大胆な政治決断を通じてIPCCシナリオが想定するより早く脱化石燃料を達成することも可能です。先の3つのリアルゼロ・シナリオを私たちが達成できる限界として見るのではなく、さらなる可能性を模索しなければなりません。

ここまでの議論をまとめると、気候変動による壊滅的な影響を抑えるためには、温暖化による気温上昇を(産業革命前と比べて)1.5℃以下に抑える必要があり、そのためには除去に頼らないで温室効果ガスの排出を実質的に、それもできる限り早く削減していく必要があるのです。

4. なぜ新規の化石燃料事業はパリ協定に整合しないのか

では、温室効果ガスの排出削減には、具体的に何が求められるのでしょうか?そこで鍵になるのがエネルギーセクターです。エネルギーセクターは現在世界の温室効果ガス排出の4分の3を占めます[xiii]。石炭、ガス、石油といった化石燃料由来のエネルギーは、採掘、輸送、火力発電所での燃焼時に多大な温室効果ガスを排出します。したがってこの部門での対策が1.5℃目標達成に不可欠となります。

IPCCによると、現在稼働中・そして計画中の化石燃料インフラからだけでも、2℃を超える温度上昇につながる量のCO2が排出されると試算されています[xiv]。国際エネルギー機関IEAが2021年に出した2050年ネットゼロシナリオでも、これ以上新規の石油・ガス開発事業や炭鉱の新設・拡張はネットゼロの道筋と整合しないと明らかにしています[xv]。化石燃料に代わって再生可能エネルギーへの投資を急増させ、2035年までに先進国の電力をネットゼロとし、2040年までには世界全体の電力をネットゼロ、2050年までには世界全体の電力の90%を自然エネルギーで賄うとしています[xvi]。IPCCの第6次評価報告書第3作業部会報告書においても、気温上昇を1.5℃に抑えるためのシナリオでは化石燃料利用を急激に削減し、再生可能エネルギーに移行されるとしています[xvii]

つまり、気候変動による壊滅的な影響を避けるための1.5℃目標を達成するためには、石炭及びガスといった化石燃料を新規に開発する余裕はなく、むしろそれらは段階的に廃止しつつ、再生可能エネルギーへの移行を促進する必要があるということです。そしてもちろん移行に際しては、地域社会の声を尊重する必要もあります。再生可能エネルギーの蓄電や電気自動車に使用されるニッケルを採掘、精錬する際に現地住民の生活や環境を破壊してしまうことがあっては、本末転倒です(例えば、フィリピンのリオツバタガニート、インドネシアのポマラにおけるニッケル開発)。 

さて、IPCC報告書やIEAの2050年ネットゼロシナリオでも、これから世界が進むべき脱化石燃料の方向を示しているにも関わらず、 実は東南アジアではガス開発事業が急速に進んでいます。そしてその事業に対し、事業者としても投融資者としても、日本の官民が深く関与してきているのです。本記事で紹介した気候変動の背景を踏まえた上で、次回以降の記事では東南アジアのガス開発に関するレポート等を解説します。


[i]IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. In Press.(文部科学省、気象庁訳。『IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)』 )

[ii]文部科学省、気象庁気象研究所、2022年9月6日。「令和 4 年 6 月下旬から 7 月初めの記録的な高温に 地球温暖化が与えた影響に関する研究に取り組んでいます。 ―イベント・アトリビューションによる速報― 」https://www.mext.go.jp/content/20220906-mxt_kankyou-000024830_1.pdf

[iii]IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. In Press. A.1.2\

 [iv] Paris Agreement (Dec. 13, 2015), in UNFCCC, COP Report No. 21, Addenum, at 21, U.N. Doc. FCCC/CP/2015/10/Add, 1 (Jan. 29, 2016). (訳文は以下を参照:資源エネルギー庁。2017年8月17日。「今さら聞けない「パリ協定」 ~何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~

(最終閲覧日2022年7月25日))

[v]IPCC, 2018: Summary for Policymakers. In: Global Warming of 1.5°C. An IPCC Special Report on the impacts of global warming of 1.5°C above pre-industrial levels and related global greenhouse gas emission pathways, in the context of strengthening the global response to the threat of climate change, sustainable development, and efforts to eradicate poverty [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, H.-O. Pörtner, D. Roberts, J. Skea, P.R. Shukla, A. Pirani, W. Moufouma-Okia, C. Péan, R. Pidcock, S. Connors, J.B.R. Matthews, Y. Chen, X. Zhou, M.I. Gomis, E. Lonnoy, T. Maycock, M. Tignor, and T. Waterfield (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA, pp. 3-24. (『1.5°Cの地球温暖化:気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から1.5°Cの地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関するIPCC特別報告書、政策決定者向け(SPM)要約』、環境省仮訳、B.4)

[vi]同上、B5.1.

[vii] IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)、表SPM.2

[viii]「カーボンバジェットという用語は、他の人為的な気候強制力の影響を考慮した上で、地球温暖化を所与の確率で所与の水準に抑えることにつながる、世界全体の正味の人為的累積 CO2排出量の最大値のことである。これは、工業化以前の時代を起点とした場合は総カーボンバジェットと呼ばれ、最近の特定の日を起点とした場合は残余カーボンバジェットと呼ばれる(用語集)。過去の累積 CO2排出量は、これまでの温暖化を大 部分決定し、将来の排出は将来の追加的な温暖化の原因となる。残余カーボンバジェットは、温暖化を特定の気温水準以下に抑えるにあたり、まだ排出しうるCO2の量を示す。」IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)脚注43

[ix]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. B. 1.3

[x]ibid. B.1.3

[xi]大野 輝之、2021年9月30日。「CCSへの過剰な依存が日本のエネルギー政策を歪める」自然エネルギー財団。

[xii]ただし、1.5°Cを数十年にわたって最大0.1°Cまで超過する、限定的なオーバーシュートが67%以下の確率で発生する。ibid. Box SPM.1. 

[xiii]International Energy Agency. 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector. Summary for Policy Makers. p.2

[xiv]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. B.7.

[xv]International Energy Agency. 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector. Summary for Policy Makers. p.11

[xvi] ibid. p.9

[xvii]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. C.3.

SB56開催中〜COP27に向けて途上国が求めるものとは?

6月6日から16日にかけて、国連気候変動枠組条約の第56回補助機関会合(SB56)が開催されています。補助機関会合では、条約の公式な決議などはありませんが、年に一度開催される締約国会議に向けた勧告や合意案が検討されます。

COP26以降、2022年2月には、IPCC第二作業部会が気候変動の「影響・適応・脆弱性」に関する報告書を公表しました。この報告の中で、気候変動の影響はすでに広範に及んでいること、世界の平均気温の上昇を1.5度に抑えることが達成されたとしても気候変動の影響による損失と被害を全く無にすることはできないこと、また、気候変動にレジリエントな開発ができるかどうかは、この10年の行動が鍵となることが指摘されました。

そして、2022年4月のIPCC第三作業部会による「緩和」に関する報告書では、現行の各国の気候変動対策目標(NDC)はパリ協定の1.5度はおろか、2度未満に抑えるためには極めて不十分であること、既存及び計画中の化⽯燃料インフラからのCO2排出量のみですでに1.5℃目標の達成は不可能であること、脱炭素技術の大規模な普及だけでなくこれまでに類をみない抜本的な社会変革が求められ ることが求められることが示されました。

このように、IPCCによる報告が相次いだ後に開催されているのが、今回の補助機関会合です。第一週目には、今回の補助機関会合の開幕に際し、気候正義を求める市民社会が、記者会見やイベントを開催しました。

もはや被害の時代に突入。求められるのはアクション

6月7日には、開催された気候正義を求める市民社会(Demand Climate Justice)の記者会見がありました、その中で、Third World Network/FoE マレーシアのMeena Ramanは、冒頭に述べたようなIPCC第六次報告の指摘を振り返りながら、

私たちは、求められる気候変動対策から程遠い所にいる。ウクライナ侵攻があってもなお、先進国はまだ化石燃料から脱却する準備ができていないようだ

と、求められる気候変動対策が進まないもどかしさを示しました。

また、議題から抜けていた途上国にとって極めて重要な、適応に関する世界全体の目標(Global Goal on Adaptation、GGA)は初日の交渉で議題に盛り込まれましたが、損失被害の資金支援(グラスゴー対話)は、途上国からの強い要求があったにもかかわらず、今回の補助機関会合の主たる議題として取り上げられなかったことについても言及しました。

GGAはパリ協定第7条ですでに合意されてきた。にもかかわらず、どのように目標に向かって枠組を動かしていくかという重要な議論が未だになされていない。IPCCの第二作業部会の報告でも、適応にもっと注力すべきだという指摘があった。そして、今はもう損失と被害の時代になりつつある。途上国は、損失と被害に対応するための資金ファシリティを求めている。2025年以降の気候資金に関する新たな定量的な全体の⽬標(New Collective Quantified Goal on Climate Finance、NCQG)も、途上国にとっての優先事項だ

と、今回の補助機関会合での注目点を述べました。

Asian People Movement on Debt and Development のClaire Milandaは、求められる気候資金が十分に達していない一方、何十億ドルもの資金が化石燃料事業に使われている実態に触れ、2025年以降の気候資金に関する新たな定量的な全体の⽬標(NCQG)に関する議論で、具体的な額が提案されることを求めました。

Corporate AccountabilityのRachel Rose Jacsonも、理不尽なウクライナ戦争は、私たちが化石燃料中毒に陥っていることを示していると述べました。化石燃料によって引き起こされる気候変動によって、ナイジェリアやインドなど、気候変動にほとんど寄与していない人々やコミュニティが気候変動による被害を被っていること、そしてその被害はすでに日常茶飯事となり、多くの人々がなくなっていることにふれた上で、

気候変動に関する議論はもう26年も続いています。何年もの間、行動が先延ばしにされてきたことを、私たちはみてきました。もう話をしている場合ではなく、アクションを起こさないといけない時です。時間を無駄にしている場合ではありません。パリ協定の第6条2項および第6条4項は、私たちに求められている時間軸での温室効果ガス削減には役に立ちません。パリ協定の第6条8項に基づく、確実な温室効果ガス削減策や適応支援といった解決策が必要です

と、口だけで行動が伴わない実態を批判し、確実に温室効果ガスを削減する対策が必要であることを提示しました。

公平性の実現をーCOP27への期待

途上国の交渉官らも含めたイベントも開催されました。COP26の結果を振り返るとともに、COP27に求めることを発言しました。

途上国(G77+China)の気候資金に関するコーディネーターを担うZaheer Fakir氏は、現在の1000億ドルの長期資金が合意された背景や歴史を話したのち、

COP26では、年間1000億ドルの長期資金の動員に失敗したことについて、途上国はもっと怒りを示すべきだった。2025年以降の気候資金に関する新たな定量的な全体の⽬標(NCQG)についての議論が始まっているが、私たちは過去の1000億ドルの長期資金から学ぶ必要がある。つまり、資金の定義、会計方法について話し合うべきだ。1000億ドルの長期資金について話すとき、人によってこの動員額が異なる。それは、この年間1000億ドルの気候資金が決まった時にこの資金の定義を決めなかったからだ。

と、今後の議論に向け提言しました。

途上国同志グループ(LMDC)の第6条のスポークスパーソンを担うDiego Pacheco氏は、

グラスゴー気候合意には2つの問題点がある。一つは2050ネットゼロ、もう一つは、1.5度目標達成に関する文言だ。もちろん、1.5度目標を達成できなければ、気候危機の被害は深刻さを増すから、1.5度目標の達成は支持する。だが、その方法は、先進国にとって有利なものだ。2050年ネットゼロと設定し、発展途上国が先進国により依存せざるを得ない罠のような(市場メカニズム)制度を作り出すことで、先進国は気候危機のすべての負担を発展途上国に移している。この点こそ、私たちがグラスゴー気候合意を「グラスゴー植民地協定」だと呼ぶ理由だ。グラスゴー気候合意(での先進国と途上国の力関係)は、とてもアンバランスだ。今回の補助機関会合でも、私たちは適応に関する世界全体の目標(GGA)に関する議題を含めることを試みたが、うまくいかなかった。 適応に関する世界全体の目標の策定は簡単な作業ではない。でも簡単ではないからこそ、より多くの力を投入する必要がある。COP27では、バランスの取れた合意を求める。先進国は、少なくとも2030年までに確実な削減を行い、条約とPAの原則(Common But Differenated Responsibilities、共通だが再ある責任)を維持する必要がある。そして公平性を実現するならば、それは先進国は発展途上国のために炭素予算を残さなければならないはずだ。

インドの交渉を担うRicha Sharmaも、昨年のグラスゴー気候合意は緩和が中心となりすぎていると批判し、COP27での交渉は、適応策や損失と被害に関する議題が緩和策と同等に扱われるべきであることを指摘し、実効性のある対策や資金の拠出を求めました。

最後に、COP27のホスト国であるエジプトの大使Mohamed Nasr氏も発言しました。Mohamed氏は、近年の国際交渉では民間企業など関与するアクターが増えたこと、そして水問題、農業、ジェンダー問題など様々な課題にも包括的に立ち向かうことを強調しながら、COP27への意気込みを下記のように発言しました。

何をもってCOP27の成功というかは明確だ。バランスの取れ、実行力のある結果を伴う合意だ。そして、科学が私たちに伝えていることが優先されたものであるべきだ。

*サイドイベント “Developing country views on Road to COP 27”の様子はこちら

国際交渉の意義、先進国に住む私たちの役割とは

約2週間の補助機関会合では、正式な国際合意はありません。ですが、今回の補助機関会合は、COP27での合意に向けた勧告が作成される重要な場です。開催にあたっての記者会見やイベントにおける途上国の発言にあるように、今はもう温室効果ガスを減らすだけではなく、気候変動にどう適応していくか、これから多発するであろう損失と被害に対してどう備えるかを、形にしなくてはいけない時になっています。

記者会見の最後、Corporate AccountabilityのRachel Rose Jacsonが以下のような発言をしました。

私のようなグローバルノースの人々、メディアに伝えたいことがあります。私たちはこの交渉が辛いからといって、立ち去ることはできません。グローバルノースの人たちこそ、自分たちの政府にもっと訴えないといけません。私たちには、この交渉の会場で起こっている真実を先進国の人たちに伝えるメディアが必要です。多くの人が関心を持つ必要があります。

国際交渉の現場では、市民社会や途上国の声よりも先進国等の利益が反映されがちで、時に無力感を覚えます。さらに、約2週間の補助機関会合では、正式な国際合意はないため、注目度はあまり高くありません。ですが、彼女のこのメッセージによって、気候変動の国際交渉の場で、すでに被害を受ける人々の声が議論の場に届いているかということに、私たちが関心を持ち続けることの重要性を再認識しました。

私たち日本の市民は、すでに気候変動の被害に直面する人々とどのように連帯できるのか。それを考えるためにも、日本のより多くの人々に、すでに被害を受ける人々、途上国の人々の声を届ける活動を続けていきます。

(髙橋英恵、小野寺ゆうり)

【横須賀石炭訴訟報告 vol.13】ついに結審。判決は11月28日に。

本日、横須賀石炭火力訴訟の第13回期日が開廷されました。

本裁判は、石炭火力発電所を建設するにあたって、環境影響評価手続きが適切にされていないことを指摘し、本建設に係る環境影響評価の確定通知の取り消しを求める裁判です。

(裁判についてのより詳しい説明はこちら:横須賀石炭火力、提訴へ!日本4件目の気候変動訴訟。その背景とは?

今日をもって原告と被告の主張は終わり、結審となりました。判決前最後の審理であるということもあり、雨天にもかかわらず定員50名を超える約60名が会場に集まりました。

結審では、小島弁護士から今回の裁判の要点について、千葉弁護士からは横須賀石炭火力建設に係る環境アセスメントの瑕疵について、改めて提起されました。一方、被告からの陳述はありませんでした。

「気候保護に関する世論や議論が成熟していない」は、原告の訴えを退ける理由にならない

小島弁護士は、結審にあたり、次の5点についてお話ししました。

  1. 原告らの生命・健康・住居などの財産・食料への危険が差し迫っていること。危機は極めて深刻で重大な人権問題。
  2. 地球温暖化・気候変動による人権侵害を防止するためには、排出量の削減が決定的に重要である。
  3. 先進工業国それぞれが、パリ協定及び1.5度特別報告書で求められる排出削減措置を尽くすことが必要であり、それが世界各地の裁判所の共通認識ともなっている。
  4. 司法が自らの責任を果たすことが求められている。
  5. 気候保護に関する社会情勢や議論がまだ成熟していないとの理由で、司法による法的保護を否定するのは3つの意味で間違っている。

1点目について、指摘にあたっては、今年4月26日の神戸石炭火力訴訟の大阪高等裁判所の判決で「もはや地球温暖化対策は国境を超えて人類の喫緊の課題であることは疑いない(中略)」と、気候危機が裁判所でも認められたことを引用し、異常気象や漁業の被害を強調しました。そのほか、昨年ヨーロッパ各地を襲った山火事や、カナダでの49度という異常気温、日本での熱中症被害が頻発し毎年1000人が亡くなるほどになっていること、洪水などの気象災害によって600名が命を落とし3万件もの住居が流されたことに触れました。そのほか、原告尋問でも証言があったように、原告の居住地域である横須賀市内でも土砂崩れが起きたこと、海藻が育たず海の生態系が急速に失われていること、そしてその結果として漁業という生計手段が成り立たなくなりつつあることを再確認しました。

排出量の削減が決定的に重要であるという2点目については、昨今のIPCCの報告を引用し、人間活動によるCO2排出が地球温暖化を引き起こしており、排出量をゼロにしていくことは不可欠であることを訴えました。国際的にも、具体例として、世界エネルギー機関(IEA)は、「2021年以降のCCS(大気中のCO2を回収して貯留する技術)の備えない石炭火力の建設中止」「2030年までに先進国のCCSを備えない石炭火力の廃止」などが示されています。しかし、CCSについては、日本では適切に貯留できる場所が陸域にないことが経済産業省の報告書の中でされており、現在は海域での貯留場所も探索中で確実なものとはいえず、吸収量の増加に頼る対策は極めて困難であることを強調しました(注1)。

(注1)報告会では、北海道苫小牧市におけるCCS実証実験では3年間で30万トンのCO2貯留に成功した一方、横須賀石炭火力発電所が稼働した場合、年間726万トンのCO2が排出されることを比較されました。

次に、近年の世界各地での気候訴訟の判決事例を挙げながら、先進国としての責任、そして裁判所に求められる役割について指摘しました。2015年のハーグ地方裁判所での判決では、「少ない排出量だからやらなくてもいいというのでは、温室効果ガス削減を達成できない。人為的な温室効果ガスの排出は、どんな小さな量でも待機中のCO2濃度の上昇に寄与し、気候変動につながることが立証されている」と判断され、2019年のオランダ最高裁判所の判決でも踏襲されているそうです。また、2020年7月のアイルランドでの裁判、2020年11月のフランスでの裁判、そして2021年3月のドイツでも同様な判断がなされたことも紹介し、「世界的な共同体として、それぞれがちゃんとした責務を果たさなくてはならない」ということが、世界各地の共通認識であることを示しました。

最後の「気候保護に関する社会情勢や議論がまだ成熟していないとの理由で、司法による法的保護を否定するのは3つの意味で間違っている」という点は、前述の神戸高裁判決で、原告の訴えを退けた理由となっています。しかし、今回の裁判では、この点について、1)少数派の権利を保護するという人権保護の理念にそぐわないこと、2)気候変動の被害は全ての人に等しく同じタイミングで及ぶものではなくすでに被害を被っている人々がいること、そして、3)政治参加の権利を持たない未成年など将来世代がより深刻に気候変動による人権侵害を被ることを挙げ、反論しました。

再度提示されるアセスの瑕疵、被告の反論書面への指摘

千葉弁護士からは、「適切な複数案検討がされなかったこと」「環境アセスメントの簡略化」の2点に絞って、再度、横須賀石炭火力発電所建設に係る環境アセスメントの問題点について強調されました。

また、最後に、小島弁護士から、被告の準備書面への指摘がありました。被告の「今回の環境影響評価は『局長級取りまとめ(注2)』にそって行なっている」との主張について、もしそれに基づけば、事業審査の段階でパブリックコメントや専門家による審議が必要となるものの、それらが一切なされていないことを指摘し、仮に今回のアセスメントが『局長級取りまとめ』に沿ったアセスメントだったとしても、手続きに瑕疵があることを取り上げました。

(注2)『局長級取りまとめ』とは、2015年に経済産業省と環境省の局長が、東電が火力発電の入札をする際の扱いをまとめた文書。この文書をもって新規の石炭火力も検討することとされた。従って、電気事業法46-17-1(環境要件)として使い、確定通知に該当する。具体的には、電気事業者が経済産業省に申請するが、行政手続法上では、申請においては、審査基準をもうけ、パブリックコメントなどを実施しなくてはいけない。

判決は11月28日。公正な判断は下されるか

次回は、約半年後の11月28日(月)14:00〜、東京地方裁判所103号法廷です。いよいよ判決になります。

報告会では、判決まで時間があくことについて、小島弁護士は「他の石炭火力訴訟の結果を単に踏襲するのではなく、今までの口頭言論や原告尋問の内容などを踏まえて判断するゆえではないか」と述べました。

また、神戸石炭訴訟にも関わる浅岡弁護士も、「神戸と横須賀の裁判の違うところは、環境アセスメントの瑕疵がより明確であること。ここが横須賀裁判の特徴になっている」と、お話しされました。

先月末に開催されたG7環境・気候・エネルギー会合では、「2035年までに電力部門の大部分を脱炭素化する」ことが合意されました。COP26の合意文書にも書かれた「排出削減対策がなされていない石炭火力発電の削減」をより明確化した形になります。さらに、横須賀市内では4月24日と6月4日に気候マーチが開催され、のべ300人以上が参加し、この横須賀石炭火力の建設中止を訴え、少しずつですが着実に、横須賀市民の中でこの石炭火力建設の問題が共有されつつあります。

一方、日本政府は明確な脱石炭政策を打ち出すどころか、水素やアンモニア混焼に対し、グリーンイノベーション基金を通じて支援しています。燃やしてもCO2が出ないことから「ゼロエミッション燃料」と呼ばれる水素・アンモニアですが、現状、化石燃料で水素・アンモニアを生産することが公表されており、生産の過程でも温室効果ガスが排出されてしまいます。日本は、削減につながらない技術で石炭火力を延命するのではなく、今こそ、再生可能エネルギー社会へと転換すべきです。

日本の脱石炭につながるよう、FoE Japanは引き続き、横須賀石炭火力訴訟に関わる原告や気候変動対策の抜本的な強化を求める市民とともに活動していきます。

横須賀石炭訴訟について:https://yokosukaclimatecase.jp/

過去の訴訟報告ブログはこちら

(髙橋英恵)