《台湾の脱原発情勢》来年も国民投票? 原発推進の揺り戻しと脱原発の秘策とは?

4月18~21日、台湾を訪問しました。台湾の環境団体「緑色公民行動連盟」のお招きです。台北と高雄にて、「8年後の福島の今と日本のエネルギー政策」という題で、とくに原発事故被害が「見えない化」されている現状についてお話しをさせていただきました。

さて、台湾の脱原発の状況です。台湾では第1~第3原発までそれぞれ2基、合計6基の原発がありますが、第一原発1号機は昨年12月に40年の期限を迎えました。残る原子炉も2025年までに40年の期限を迎えます。総発電量に占める原発の割合は11%。

2017年、脱原発政策をかかげる民進党の蔡英文政権のもとで、いったん2025年までの脱原発が電気事業法に書き込まれました。

しかし、2018年11月、この条文削除を問う国民投票で賛成が多数を占め、削除が決まりました。なぜ、このような揺り戻しが起こったのでしょうか。また、来年再度、国民投票が行われるというのですが、その争点は?

脱原発運動を引っ張る「緑色公民行動連盟」の事務局長の崔愫欣(ツイ・スーシン)さんや、高雄での講演会をホストしてくださった「地球公民基金会」の理事の邱花妹(チウ・ファメイ)さんや研究員の陳威志(ダン・ウィジ)さんにお話しをうかがいました。

台北での講演会の後、緑色公民行動連盟のみなさんと。前列、左から2番目の方が、崔さん。

来年の国民投票の争点は?

台湾では、来年1月に総統選挙が予定されており、原発推進派が、以下の3つの議題での国民投票を提案しているそうです。

①第四原発の工事再開
②2030年までに電力供給に占める原発の割合を火力よりも大きくする
③原子力規制機関の審査に合格できたら、既存原子炉の20年の延長運転を認める

①の第四原発は、日立と東芝が原子炉を製造することになっていたため、「日の丸原発」とも呼ばれていました。しかし根強い反対運動が続けられており、2014年にそれまで原発を推進してきた国民党の馬英九政権下で「凍結」が決定されたという経緯があります。それをまた進めようという案です。

②については、一見不思議な設問ですが、理由をきくと納得しました。

「台湾では、石炭火力発電による公害にみんなが悩まされており、脱石炭の民意が強い。原発推進派は、その民意を利用して、石炭火力を減らすには原発を進めるしかない、というプロパガンダを行っている」とのことでした。

ちなみに、緑色公民行動連盟など、反原発をけん引する環境団体は、石炭火力の公害問題にも熱心に取り組んでいます。

崔さんたちは、国民投票の乱立には反対のようでしたが、推進派に対抗するために、以下のような設問を提案しようとしているそうです。

④第四原発を廃止
⑤高レベル廃棄物の最終処分場が運営を開始するまで、原発の運転期間を延長させたり、新規の原発の運転を開始したりしてはいけない

④については説明するまでもありませんね。崔さんたち曰く、これについては、賛否は五分五分でどちらに転ぶかわからない、とのこと。

⑤はどうでしょう? 

台湾には、2014年9月時点で約3,400トンの使用済み核燃料があり、敷地内で使用済み燃料を貯蔵できるスペースは限界が近づいています。通常運転40年が経つと5000トンの使用済み核燃料が溜まるそうです。最終処分場は、候補地すらきまっていない状況とのこと。

崔さんたちの意図としては、「トイレなきマンション」状態について、国民の目を向けさせ、このような状況で原発を動かすことの愚を訴えていきたい、ということでした。

前回の国民投票で、反原発派が負けたわけは?

前述のとおり、2018年11月、台湾の国民投票で2025年までの脱原発を定めた電気事業法の条項を削除することへの賛成が多数を占めました。

タン・ウィジさんは、「反原発の負け、というよりも保守勢力の巻き返しが、民進党の批判となってあらわれた」とみています。

崔さんは以下のように説明していました。

「いくつかの理由があると思う。福島第一原発事故の記憶が薄らいだこと、民進党への批判が、民進党がかかげる反原発政策への批判に結びついてしまったこと。国民投票の設問が10以上もあり、有権者が自ら考えるのではなく、 “第一問は〇、第二問は×…”というような単純な宣伝にのってしまったのではないか。また、私たち脱原発運動側が、もう勝ったと思い、脱石炭への運動に比重を移してしまったこともある。」

ちなみに、緑色公民行動連盟は、石炭火力発電所からのPM2.5の問題や、放射性廃棄物の問題にも熱心に取り組んでいます。

邱さんは、「ネット上で発信される原発推進派による宣伝」をあげました。

「とりわけ、『原子力のデマを終わらせる会』(核能流言終結者)という2013年から結成されたグループの力は大きく、若い人たちの支持も獲得していきました。彼らは、自分たちこそが、科学的・理性的であるとし、脱原発派を非科学的・感情的と攻撃しました。福島第一原発事故で直接死んだ人はいない、原子力災害は大きな事故とはならない、原子力に頼らなければ化石燃料は減らせない、太陽光は不安定、LNGは高い、などなどです。
彼らは、停電に対する恐怖心をあおり、原発をやめるのは時期尚早と訴えました。しかし、彼らは台湾に20基も原発をつくりたい、とも言っています」

国民投票の功罪

民意が無視されることが多い日本の現状と比較すると、このように国民投票で直接民意を問える台湾は、うらやましいでようにも思います。

しかし、それにしても、こんなにホイホイ国民投票をやることは、行き過ぎではないでしょうか。

この点を聞いてみると、崔さんは、「民進党になってから、国民投票のハードルを下げた。」と説明してくれました。また、通訳を務めてくれた、とある日系企業の方も、「確かに行き過ぎ。〇か×かで重要な政治的課題を決めることはできないこともあるし、政治の首尾一貫性も重要だし。人権に反することなど、たとえ国民投票で決まっても、守らなければならないこともある」とのご意見でした。私もこれには賛成です。

確かに、単純に真っ向から対立し、議論の多い政治的イシューの場合、ある時点での「民意」は、表面的なポピュリズムに左右されたり、宣伝するための資金が多い側が有利になるかもしれません。同じ土俵の上で、十分に情報を共有し、双方が議論し、お互いの質問に応えたうえで社会的合意を形成し、それを政策につなげていくのにはどうしたらよいのか。

日本の状況を考えると、やや暗たんたる気持ちになりますが、それでも熟議民主主義を確立するためには、不可欠の課題ですね。

2019年4月27日に台北で行われた脱原発を訴えるデモ(提供:緑色公民行動連盟)

※私の「8年後の福島の今と日本のエネルギー政策」の講演について台湾のメディアが報じてくれました。中国語ですが…。

福島核災已八年 日環團:傷害持續只是災民「隱形化」了

福島核災真的無人死亡??日本環團?露災民與死一樣難承受的人生

 

冒頭、「福島原発事故で直接的に死んだ人はいない、という人がいますが、“震災関連死”として亡くなった方は福島県で2,267人。自殺された方も約100人いらっしゃいます。長期化する避難生活の中で、絶望し、心身を病んでしまわれた方が多いのです。直接か間接かは問わず、原発さえなければ、ふるさとで豊かな生活を送っていた方々です。作業員の方々も過酷な労働を強いられています。作業員の労災認定は白血病で3人、肺がんで1人、亡くなった方もいらっしゃいます」ということを申し上げたところがハイライトされているようです。

(満田夏花)

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台湾の脱原発に「待った」!?脱原発政策の行方

 

 昨年2018年、台湾の「2025年に原発ゼロ」政策の是非を問う国民投票が実施され、投票者の過半数が政策廃止に投票しました。今、台湾で何が起きているのか。一橋大学博士課程在籍で、地球公民基金研究員のダン・ウィジさんにお話を聞きました。

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 台湾には2011年の東電福島事故以前から脱原発運動がありましたが、2000年以降沈静化していました。しかし、福島第一原発事故をうけて、再び論争が白熱化し、運動は盛り上がり、最終的に2025年までに原発ゼロにするということが決定されました(法制化された)。

 台湾は、九州と同じくらいの面積で、4箇所の原子力発電所があります。首都台北から近いところに第1、第2原発があり、台湾南部に第3原発があります。1980年代、台北の北部に第4原発建設計画が浮上。それは台湾の民主化運動の盛り上がりの時期とも重なっています。

 2002年、環境基本法に脱原発社会を構築すると明記されました。しかしいつまでに脱原発社会を実現するかについては、定まっていませんでした。福島事故後、「2025年」というタイムラインが書き込まれました。

 2018年、「2025年原発ゼロ政策を撤回」すべきかどうかという国民投票が行われ、投票率54%、賛成が589万票、反対が401万票で、賛成多数で政策撤回が決まってしまいました。

 もともと2025年までに原発ゼロというのは野心的な目標ではありませんでした。現存する原発を40年間運転して、延長稼働しなければ、2025年には自然に原発ゼロとなるからです。ただ、見方をかえると2025年の電源構成には再エネ20%が含まれており、2016年時点で再エネが5%であることを考えると、再生可能エネルギーが原発に代替できるのかということに関しては不安がありました。

 では、なぜこの短期間の間に脱原発に向かい風が吹いたのか?

 背景として、民進党政権への不満が高まっていました。じつは今回の国民投票は、脱原発だけが議題ではありませんでした。10件の国民投票と地方統一選が同時に行われました。

 民進党政権は、エネルギーシフトに加え、年金改革や同性婚の認可を政策として進めてきました。そういった課題に対して、国民党を含め保守勢力は大きく反発し、国民投票で民進党政権の政策に反対しようと乗り出しました。

また、政権の実績に対しても、とくに経済政策がうまく行っていないという世論があり、一般国民の間でも現政権に対する反感が高まっていました。

 そこで、政権全体への信を問うも同然のような10項目の国民投票が浮上してきたのです。

 そこには、もう一つ背景があります。2017年に国民投票法が改正され(これも民進党政権肝いりで実現した)、国民投票の実施のハードルが下がっていました(有権者の1.5%が署名したら実施できることに。もともと5%だった)。皮肉ですが、民進党政権が進めた国民投票法改正が、保守陣営にうまく利用され、自分たちが自分たちの改革に飲み込まれた側面がありました。

 民進党が進めようとする同性婚政策を問う国民投票も反対多数で可決されました。地方統一選においても民進党は大敗を喫し、今回の投票結果は、エネルギーシフトや脱原発に民意が支持しないというよりは、民進党政権への不満の結果としてあらわれた現象とみたほうが妥当だと思います。

 また、政権側の対応も、後手に回りました。政策の一つである同性婚に関しては、とくに保守派の反対が強く、民進党が繊細な課題への意思表明を避けたかったため、原発についても強くでることができませんでした。

 さらに、議題提案者(台湾核エネルギー学会が主導した「以核養緑」国民投票運動が議題提起、表のリーダーは原子力支持任意団体(「核能流言終結者」)が務める。)が、エネルギーシフトの課題を壁として見せることに成功していました。つまり、脱原発政策を支える代替案がちゃんと整備されていないことを声高に叫びました。

 また、大気汚染問題に関する世論がとくに昨年から盛り上がっていました。脱原発を進めたため、火力発電が増やされ、大気汚染が深刻化したという論調が飛び交いましたが、原発が即時停止されたわけではなく、これは明らかに事実と異なります。しかし、こうした言説は、大気汚染問題が深刻な台中市や高雄市で国民党の市長候補者が選挙戦にとり入れたため、一気に広がりました。

 さらに、問題だったのはカンニングペーパー効果です。国民投票は発議されてから1ヶ月以内に投票が行われなくてはいけません。これでは十分な議論の時間ができません。内容をきちんと理解した上で投票した人はほんの一握りでした。

 ではみんな何に頼って投票したのか?SNSにどの議題になんと答えるかの解答例が出回りました。それに頼って投票した人が多かったのです。脱原発=大気汚染推進という画像も出回りました。フェイクニュースです。

 投票提起者は、これが脱原発法を削除する国民投票であると言わず、これは「以核養緑」のための投票だと説明していました。すなわち、再エネの普及は時間かかるので、2025年までに再エネ20%、LNG50%、石炭30%というエネルギーミックスは無理があり、なので原子力をもっと活用して、再エネの健全な普及を図ろうという意味です。

 (ちなみに、国民投票請求のための署名集めの最中には核エネルギー学会と東電が主催で「東電再建の道」という廣瀬直己会長講演会も行なっていたとのこと)

 実際にこの決定がどのような影響を及ぼすのでしょうか?

 第1・第2原発に関しては、運転延長期間の申請は間に合いません。第3原発は可能ですが、地方自治体首長は否定しており、活断層の問題もあります。第4原発は工事再開のために予算編成が必要です。

 現在、原発擁護派は第4原発の是非を問う国民投票を目論んでいます。また環境団体の説明会に乱入して、嫌がらせすらしています。

 今後、脱原発派は原発安全問題をもっと主張していくつもりです。日本で震災が起きてから8年。台湾でも記憶が薄れつつあります。原発事故の状況についても、引き続き台湾に伝えていく必要があります。

 また、自分たちの活動に資するような、今回の国民投票に対して対抗的な国民投票も考えています。

(聞き手・書き起こし:深草亜悠美)

台湾・エネルギーシフトの現場をたずねて(その2)

台湾報告その1はこちら

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台湾中西部に位置する台中市。台中でもっとも大きな産業は農業だそうですが、工業地区も存在します。脱原発を決めた台湾ですが、台湾の発電量の15%程度を原発が占める一方、8割程度を化石燃料(石炭・天然ガス・石油など)で賄っています。大気汚染の問題も非常に深刻で、石炭火力発電所に反対する市民運動も起きています。

台湾エネルギー

IEAのデータを元に作成

石炭火力をめぐる市民運動を視察するため、雲林と台中の市民団体を訪ねました。

雲林で迎えてくれたのは、この地域で活動している現地の方です。
雲林では2015年に(低品質)石炭の使用を制限する決定がされたにもかかわらず2017年に環境当局がこの方向性に反する(石炭の燃焼可能量の引き上げ)決定を行いました。大気汚染の改善を求めている市民らは、これに抗議しており、雲林の庁舎の前での座り込み、情報発信、デモなどの活動を行っているそうです。

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雲林役所前での座り込み

抗議活動に参加している王さんは、自ら立ち上げているSitster Radioというインターネットラジオを活用し、工場による汚染や石炭火力の問題点について情報発信をしています。
王さんらによると、未だに地元の関心はまだ低く、戸別訪問をして問題を訴えたり、学校を訪問して健康問題などについて情報共有を行っているそうです。

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王さん。女性の権利の活動家でもある

具体的に彼らが問題視しているのは、フォルモサペトロケミカルの工場と隣接する麥寮(Mai Liao)発電所です。工場から発生する排気により、周辺のPMの値が高く、近隣の幼稚園は2度の移転を余儀なくされました。

 

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フォルモサの工場

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新しい小学校。しかしこちらもすでに閉鎖された。工場地帯から車で2、3分のところにある

脱原発・脱石炭運動に関わるLiao(リャオ)さんは、廃棄物の問題も独自に調査しています。
石炭灰の処理に関する明確なルールがなく、クロムなどとても毒性の高い物質を含んだ廃棄物が投棄されているとのこと。しかし違法とはいえず、法の抜け穴になっているそうで、規制の必要性を話していました。

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不法投棄の問題について説明するリャオさん

 

次に訪れたのは台中。台中ではAir Clean Taiwan(ACT)の皆さんと意見交換を行いました。ACTは幾つかの団体があつまってできた大気汚染の改善と脱石炭を訴えるネットワーク組織で、もともと脱原発団体や環境団体、青年団体のあつまりだったものが、最近一つ組織として独立したそうです。

この2月、ACTはその他のNGOや市民団体とともに大規模なデモを計画。
数万人がデモに参加し、脱石炭やパワーシフトを訴えました。

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デモの様子写真:350.org Taiwanウェブサイトより

ACTの特徴は多くのお医者さんが参加している点です。ACTの代表も医者で、大気汚染が原因とみられる疾病を多く診てきたそうです。また、台湾ではお医者さんが社会的にとても尊重されるので、市民運動を盛り上げる上で、たくさんの医者が関わったことは重要だったと話していました。

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ACTや主婦連の方と意見交換

台中には台中石炭火力発電所という台湾で一番大きな発電所があります。
1986年に建設が開始され、1991年から稼働しています。

実は、ちょうど台中を訪れた日に環境当局(EPA)が大気汚染対策に関する公聴会を開催しており、傍聴することができました。大気汚染は台湾全土で大きな問題となっており、政府も対応を迫られています。

会場からは、EPAの用意したデータではPMの3割ほどが中国から来ているとしているがそれの裏付けはなにかといった質問や、透明性が不十分、これまでの市民からの要望に答えていない、詳細な政策施工のタイムラインがない、移動汚染源(車など)への比重が大きく発電所などの固定汚染源への対策に欠けるなど、さまざまな意見が飛び交いました。
(公聴会はこちらで視聴できます→https://www.youtube.com/watch?v=28gCT_IvlCQ

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公聴会の資料

台湾は、大気汚染対策のための14(+N)の政策を今年発表しています。

その3に続く…

台湾・エネルギーシフトの現場をたずねて(その1)

2017年1月、台湾は脱原発を政策的に決定しました。アジアにはもともと原発のエネルギーを使っていない国も、使おうとしていたけれど導入を見送った国もありますが、台湾のようにこれまで原発を利用していて、今後使用を止めると政策的に決めたのは、アジアでは台湾が初めてではないでしょうか。

FoE Japanは2017年4月に、脱原発をきめた台湾を訪問し、脱原発を求めていた市民や、今も活動している環境団体にヒアリングを行いました。幾つかに分けてブログで報告します。

台湾では、これまで保守派の国民党が原発を推進し、最大野党の民進党(民主進歩党)が原発に反対してきました。2016年、政権交代がおきて民進党政権になり、政策的に原発が廃止されることが決まりました。ただし2016年の選挙では、与野党両候補ともが原発廃止を公約に掲げていたそうです(第4原発の凍結も2014年で前政権の時です)。脱原発が政策として決定的になったのは、2017年1月の電業法の改正案の可決です。この改正は2025年までに原発を廃止することだけでなく、これまで台湾電力公社が独占していた電力市場を自由化させる内容も含んでいます。

まずはじめにお話を聞いたのは、台湾北部で活動をしている郭さんです。
郭さんは北部最大の環境連合の一つ「北海岸反核行動聯盟」のリーダーで、芸術家でもあります。

郭さんは小さい頃遊んでいた場所が第2原発のために接収され、思い出の場所が失われた経験から、地元に戻ったときに地域の歴史や文化を学び直して将来世代に残そうと思ったとのこと。その過程で、原発に関する多くの問題点を発見したそうです。

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プレゼン中の郭さん(右)

第2原発の計画が始まったのは郭さんが7歳だった1962年(注:着工開始は1975年)。父親は炭鉱労働者で、季節によっては農業も行っていたそうです。第2原発がある場所の近くで休みの時は友達と遊んでいた、と郭さんは回想します。そのあたりには3、400名ほどが住むコミュニティがありましたが原発建設に伴い、みな移転をしたそうです。この地域のお茶産業は完全になくなり、漁業も大きな影響を受けました。第二原発は新北市北部(台湾最北部)に位置します。

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第一原発の目の前で解説してくれる郭さん

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第一原発からの温排水

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第一核能発電蔽とかいてあるのが見える

当時は政府による原発計画に対する反対運動はほとんどなかったと郭さんはいいます。というのも台湾では戒厳令が1987年まで続いていており、市民活動に大きな制限があったからです。1993年、第二原発の汚染水が原因でとみられる奇形魚が大量に発見されました。それ以外にも資材を運ぶトラックの事故など「公式に記録されている原発施設・周辺の事故」が複数報告されています。しかし人々は原発についてほとんど情報を持たず、政府のプロパガンダを信じていたとのことでした。

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第2原発の排水口ちかくの看板。危険と書いてありましたが、釣りをしている人が何組かいました

戒厳令が解消された後、1989年から大きな脱原発運動が起こり始めたと郭さんは言います。よく第4原発に関する市民の行動が報道されるが、脱原発運動はこの北部と、蘭嶼島(先住民族の島で、放射性廃棄物の貯蔵施設がつくられ健康被害などが発生している)の二箇所が国内でもっとも大きいと思う、と話していました。

現地で活動している他の方々にもお話を聞きましたが、やはり東京電力福島第一原子力発電所の事故がおよぼした影響は大きかったとのことで、文化的にも地理的にも近い日本での事故は他人事には感じられなかったそうです。台湾の大きさはだいたい九州と同じくらい。二つの原発を抱える北部の人々は逃げる場所がないと感じ、311のあとに大きな反原発デモが起きました。第1・第2原発から台北までは車で1時間、距離にして40キロほど。台北の人口だけでも200万人です。

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気候変動に取り組む台湾ユースと一緒にヒアリングを行いました。筆者中央。

郭さんに台湾の脱原発政策について尋ねてみました。郭さんは、「喜ばしいことではあるが、台湾が脱原発をするといったのは初めてではない。2000年も2008年もそういった動きがあったが、実現しなかった。」他に話をきいた現地の方(写真のピンクのシャツの方と青いシャツの方は現地で脱原発活動に参加している方)も「政治家は野心的な目標(脱原発)を掲げているのに、行動が謙虚すぎる。政策は正しいが、もっと積極的に行動してほしい」と話していました。

さらに郭さんは「台湾には将来的に脱原発・脱石炭という同意(コンセンサス)があり、原発に関わっている市民・石炭に関わっている市民はその目標を共有している。」と話します。

脱原発と脱石炭一緒に掲げるのは現実的でないと批判があるのでは?との質問に対し、「どちらかをやめたらどちらかが必要なのではないかという意見や、批判をいうのは、運動の外にいる人たちが言っていることだ。今必要なのは、このエネルギーの未来にむけてどのような変革をするか考えていくことだ。そのためには対話が一番大事だ。そして今政策に働きかける形で活動している」と話していました。

郭さんは、現在政府のエネルギーや持続可能な開発を考える委員会の委員に市民として就任しています。

実は脱原発を決めた台湾には、石炭火力に反対する市民運動も存在します。それについては次回報告します。

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みなさんありがとうございました!

(続く)