切っても切り離せない?フィリピンでの油流出とガス開発

2月28日、フィリピン・ミンドロ島沖で80万リットルの産業用燃料油を積載したオイルタンカーが転覆し、3月1日に沈没しました。燃料油の一部が流出し、周辺海域・住民に深刻な被害が出ています。

今回のブログ記事では、この油流出によってもたらされる現地での環境・社会影響と、より大規模な油流出を引き起こす可能性のある周辺海域での化石燃料開発に警鐘を鳴らす声の高まり、そしてその開発における日本の関与について紹介します。

フィリピン全土の地図と、ヴェルデ島海峡等の位置関係

「海のアマゾン」を脅かす油流出

2月28日、燃料油を運んでいたオイルタンカー「プリンセス・エンプレス」号にエンジンの故障があり、3月1日にミンドロ島沖で沈没しました。積載していた80万リットルの産業用燃料油の一部が流出して大きな被害につながっており、現地の活動家も政府による早急な油除去を求めています

この油流出はフィリピン現地の20以上もの海洋保護区の豊かな生物多様性を危険に晒すと指摘されています。というのも、この油流出が発生した周辺海域であるヴェルデ島海峡は、「海のアマゾン」と呼ばれているほど海洋生態系の豊かな海域です。世界で認知されている近海魚種のなんと6割がヴェルデ島海峡に生息しており、世界で最も豊かな海洋生物多様性を誇ります[1]。1,736種類以上の魚種、338種類以上のサンゴが豊かな生態系を形成しており、この海洋生物多様性の豊かさは、漁業、観光業、養殖業などを通じて現地の200万人以上の人々の生活を支えていると報告されています[2]。

今回の油流出はこの海域に住む多様な魚やサンゴに壊滅的な影響を与えてしまう可能性があります。環境問題に取り組む市民連合であるGreen ConvergenceのNina Glanag博士は現地市民団体のプレスリリースの中で、「この不幸な事故の犠牲になった魚や海鳥の死体の悲痛な写真は、迅速に対処されないであろう油流出による悲劇の始まりに過ぎません。油は、中毒や窒息によって海に住む生物を死に至らしめることがあります。ヴェルデ島海峡の海洋生態系と沿岸環境は大きな危機に瀕しています」と指摘しています

東ミンドロ州ポラの干潮時には、悲惨な油流出の影響で、油膜、油の塊、魚の残骸が確認された。(©︎ Jison Tiu, CEED)

東ミンドロ州ポラの干潮時には、悲惨な油流出の影響で、油膜、油の塊、魚の残骸が確認された。(©︎ Jison Tiu, CEED)

地元の漁村への影響

ヴェルデ島海峡の豊かな海洋生態系が崩れてしまうと、それを生活の糧にしている現地の人々も困窮してしまいます。特に漁民の方々にとっては、魚が捕れなくなってしまうため生計手段への影響は甚大です。実際、地元政府はすでに漁業活動を禁止しており、沈没したタンカーからの油流出を止めるためにどう処理を行うのか、またその処理がいつ完了するかも不透明な中、その間代わりとなる生計手段もない現状について、漁民の方々は「コロナ禍よりもひどい」と不安を吐露しています。

東ミンドロ州ポラで、干潮時に海岸で油の塊と魚の残骸を眺める漁師のRobert Lakdawさん(47)。彼は、現在進行中の除去活動にボランティアで参加していたが、健康被害を最小限に抑えるため、立ち入らないようにと言われた。(©︎ Jison Tiu, CEED)

「ヴェルデ島海峡を守ろう!」キャンペーンの呼びかけ人であるEdwin Gariguez神父は、油流出が起きた直後の3月1日に、「私たちは、流出への対応が遅れた場合、漁業活動が制限されるのではと心配しています。すでに漁獲量が減少している中、油流出によって魚が死滅することで魚がさらに減少するかもしれません。油流出は、この国で最も貧しいセクターの中に入る私たち漁師が既に直面している問題を悪化させるでしょう。食卓に並ぶであろう魚は、食用に適さず、食中毒を引き起こす可能性があることは言うまでもありません」と語っています

ナウハンの海岸に停泊している漁船。海に出航して漁業活動を再開する目処は立っていない (©︎ Jison Tiu, CEED)

同氏はまた3月10日に、油が流出して以降、「18,000人以上の漁師が漁に出られず、36,000ヘクタールものマングローブ、サンゴ礁、海藻地帯が危機に晒され、東ミンドロ州のポラ町に住む50名以上の住人が熱やアレルギー症状を起こしていると報告されている」と話しています。生物多様性や生計手段だけでなく、住民の健康にも悪影響を及ぼしていることがわかります。

漁民のJennifer Jaquecaさんはこう語ります。「規制があったとはいえ、パンデミックの間は生計を立てることができました。しかし今は油流出で漁業が禁止されています。私たちはどうなってしまうのでしょうか?」(©︎ Jison Tiu, CEED)

ヴェルデ島海峡におけるガス開発

しかし、このような環境破壊と生計手段への甚大な被害は、このヴェルデ島海峡の周辺に暮らす人々がずっと苦しんできたことです。

というのも、このヴェルデ島海峡は、海洋生態系の中心地である一方、フィリピンで急速に進むガス開発の中心地でもあるのです。フィリピンに存在するガス火力発電所6基のうち5基がここにあり、新規の液化天然ガス(LNG)・ガス火力発電所建設8案件とLNGターミナル建設7案件がここで進められる予定です。ヴェルデ島海峡で建設されている新規LNGターミナルの一つであるイリハンLNG輸入ターミナルは、日本の国際協力銀行(JBIC)及び大阪ガスが出資者として参画しています。

このような化石燃料事業が、ヴェルデ島海峡の豊かな海洋生態系とそれに依存する住民の生計手段を既に破壊してきました。FoE Japanがヴェルデ島海峡に接するバタンガス州で昨年実施した現地調査においても、現地に住む漁民の方々が、ガス火力発電所が建設されて以降、漁獲量が減り、生計が成り立たなくなったという話をしてくださいました。

また、フィリピンの市民団体CEED(Center for Energy, Ecology, and Development)は、昨年カリタス・フィリピンと共同で公表した研究報告書において、ヴェルデ島海峡で観測された海洋生物多様性の減少は同地でのガス開発によるものではないかと示唆しています。さらに両団体は水質についての別の報告書で、ヴェルデ島海峡のバタンガス湾(位置関係は上段地図参照のこと)の水質調査を実施したところ、リン酸塩、クロム、全銅、鉛、亜鉛などの汚染物質の濃度がフィリピン国内の水質基準を超えたという結果を紹介しました。これを受けてフィリピンの漁民団体であるバタンガス漁民団結(BMB:Bukluran ng Mangingisda ng Batangas)を中心とするグループは、フィリピン環境天然資源省(DENR)に要請書を提出し、事業地周辺のヴェルデ島海峡水域を、「自然または人為のいずれかの特定の汚染物質が既に水質ガイドラインの値を超えている」ことを意味する「(環境基準)未達成地域」として宣言し、基準を超過している汚染物質の新たな排出源となる施設の建設を許可しないよう要請しました。 

このように化石燃料事業による住民への悪影響は、枚挙に暇がありません。前述のイリハンLNG輸入ターミナル事業は、すぐそばに隣接する建設中のガス火力発電所にもLNGを供給することを目的としていますが、昨年11月下旬にこのガス火力発電所の建設現場で道路崩落事故が発生しました。杜撰な工事によって発生したこの事故で多くの市民が利用する幹線道路が崩落し、ここでも住民生活に悪影響を与えました。

ちなみに、このガス火力発電所の事業者の親会社はフィリピンの大企業、サンミゲル社(San Miguel Corporation)ですが、今回の油流出事故のタンカーを手配したのも同じくサンミゲル系列の船会社(San Miguel Shipping)の子会社だと判明しました。サンミゲル社はフィリピンでのガス開発を主導しており、フィリピンの市民団体は今回の油の除去作業にかかっている費用や被害を受けた住民への賠償の支払いをサンミゲル社に求めています

終わりの見えない化石燃料開発による被害

フィリピンでの急速な化石燃料開発という背景に目を移すと、今回の油流出は、このより大きな問題の延長線上にあることがわかります。したがって、このような油流出は、根本の問題である化石燃料開発が続く限り、今後も発生してしまうことが懸念されます。

この点について前出のCEEDの事務局長であるGerry Arances氏は、「LNGターミナルの建設が続く限り、このような事故はヴェルデ島海峡で初めてでもなく、最後でもないでしょう。この海域を往来するタンカーが増えれば増えるほど、たとえ万全を期していたとしても、再びこのような事故が起こる可能性は高くなります。次に起こる事故はさらに深刻で、ヴェルデ島海峡に取り返しのつかない損害を与えるかもしれません。だから、私たちは政府に対し、電力危機の解決策としてLNGの輸入に頼ることを再考するよう求めています」と話しています

化石燃料開発による悪影響のみならず、油流出そのものによる悪影響も長引くと懸念されています。Arances氏は、「2006年に起きたギマラス海峡の事故は、油流出がいかに悲惨なものであるかを示すものでした。(油流出の影響を受けた:訳註)マングローブが回復の兆しを見せ始めたのは、事件から13年後の2019年のことでした。これは、化石燃料に依存すると環境に大きな損害をもたらすという政府に対する警告であったはずですが、政府はまだ教訓を学んでいないようです」と語ります

このように、化石燃料開発事業は現地の生態系のみならず住民の生活にも長期的な悪影響を及ぼします。油流出とその根本原因である化石燃料開発を止めるために、FoE Japanは今後も現地のパートナーたちと共に活動を続けていきます。(長田大輝)

出典

[1] Carpenter, K.E., Springer, V.G. 2005.The center of the center of marine shore fish biodiversity: the Philippine Islands. Environ Biol Fish 72: 467–480.

[2] Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.39

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Immediate action needed on oil spill to protect Verde Island Passage, group says. March 1. 2023 

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Groups demand strengthened measures in VIP to address environmental nightmare. March 3. 2023.

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Dispatches from a Disaster: Oil Spill in Mindoro. March 3. 2023.

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: Dispatches from a Disaster: “Worse than COVID” March 9. 2023. 

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: 10 days, zero accountability: oil spill-affected communities lament radio silence of responsible parties. March 10. 2023. 

Center for Energy, Ecology, and Development. Press Release: POLLUTER MUST PAY: STATEMENT OF PROTECT VIP ON THE INVOLVEMENT OF SAN MIGUEL CORPORATION IN THE OIL SPILL IN VERDE ISLAND PASSAGE. March 13. 2023.

気候資金と化石燃料ファイナンス – 日本は最大の化石燃料事業支援国

11/9は、議長国エジプトが「ファイナンス」をテーマとして設定しています。この「ファイナンスの日」に合わせ、会場内で「ファイナンス」に関するアクションが多数行われました。

気候危機が深刻になる中、先進国による途上国への資金支援は不足しています。

これまでも途上国から、すでに生じている変化に適応するための資金や、損失と被害(ロスダメ)に対応するための資金の拠出が強く求められていました。

先進国は2020年までに年間1000億ドル の気候資金を拠出する約束でしたが、それすら達成されておらず、気候危機の被害が拡大する中で資金不足は深刻です。そもそも途上国がNDC(国別気候変動目標)を達成するためには、2030年までに5兆米ドル必要だと試算されており、対策の実行には先進国が資金支援の義務を果たすことが必須です。

また、緑の気候基金(GCF)は緩和・適応事業への資金支援を行う重要な基金ですが、資金が底をついており、この状況も深刻です。また、損失と被害に対する資金拠出の道を開くことが途上国にとって重要です。

一方、先進国がいまだに多くの公的資金を化石燃料事業に費やしていることが問題です。

昨日発表された米国のNGOオイル・チェンジ・インターナショナルのブリーフィングは、日本が石油、ガス、石炭事業に対する世界最大の公的支援国であることを明らかにしました。

日本は2019年から 2021年の間に年間平均106億米ドルを拠出し、ガス事業に対してだけでも年間平均67億米ドルを拠出し、これは世界最大です。

日本の官民はアジア諸国において、多くのLNG事業に関与していますが、今回のCOPが開催されているこのアフリカ地域でも多くの資金を拠出しています。

日本のガスに関する資金の最大の受入国はモザンビークとロシアでした。2019年から2021年にかけて、日本はモザンビークと82億ドルの融資契約を結んでいますが、資金の99.5%は国内消費やエネルギーへのアクセスではなく、採掘と輸出に関連した施設に費やされています。

アフリカ大陸は、世界で一番温室効果ガス排出の少ない地域です。世界の排出のうち、たった3~4%しか排出していません。それにもかかわらず気候変動による大きな影響を受けています。

FoEインターナショナルの国際プログラムコーディネーターでモザンビーク在住のDipti Bhatnagarは「世界最大級のガス埋蔵地がモザンビーク北部で見つかり、豊かな国がそれを採掘しようとしている。海の資源や大地に依存して生きている地元のコミュニティからそれらを奪おうとしており、すでにガス開発によって100万人もの難民が発生している。2020年に日本を訪れ、モザンビークでガス開発をしないでほしいと申し入れた。しかしその後、日本政府は事業への融資を決定した。」とスピーチ。日本に対し、そしてその他の先進国や企業に対し、「アフリカを燃やすな(Don’t let Africa Burn)」と訴えました。

また、日本の官民によるガス開発が進むフィリピンから参加したKrishna Ariola(Center for Energy, Ecology and Development)は「気候危機に責任がある国々が、さらに多くの化石燃料を燃やそうとしている。フィリピンや他の東南アジア諸国は、まだ石炭から脱却する途上にあるのに、人々や環境を犠牲にしてガス依存の状況に陥りつつある。海のアマゾンと言われるヴェルデ島海峡で、巨大なガス開発が進んでおり、生物多様性も破壊されようとしている。今すぐ、融資国は化石燃料への公的支援を止めるべきだ」とコメントしました。

日本政府は化石燃料事業への公的支援を直ちにやめ、持続可能で地域のニーズに基づいた支援を行うべきです。

出典:http://priceofoil.org/content/uploads/2022/11/Japans-Dirty-Secret-JPN.pdf

写真(全て):Bianka Csenki, Artivist Network

(深草亜悠美)

【ブログシリーズ 東南アジアのガス開発】第3回 海のアマゾンと暮らしを破壊?

ブログシリーズ「東南アジアのガス開発」では第1回に気候変動の前提知識、第2回では東南アジアのガス開発の現状とそれを推し進める事業者と投融資者について概観してきました。最終回である今回は気候変動から視点を転じて、ガス開発が現地の人々の生活、環境や生態系にどのような影響を与えるのかについて、フィリピンの事例をもとに考えていきます。

目次

1. フィリピンにおけるガス開発

2. 海洋生態系への影響

3. 水質への影響

4. まとめ

1.  フィリピンにおけるガス開発

フィリピンでは今、ガス関連インフラの建設が急速に進んでいます。計画中のガス火力発電所は27カ所[i]にのぼり、計画通り進めば、フィリピン国内のガス火力発電容量は現在の3.42 ギガワット(GW)から29.64 GWに急増します[ii]

しかし、この大規模なガス関連インフラ開発は、逆にフィリピンのエネルギー安全保障を弱体化させてしまうと、前回の記事で紹介したフィリピンのシンクタンクCEED(Center for Energy, Ecology, and Development) の報告書(Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia)は指摘しています[iii]。というのも、フィリピン国内最大のガス田であるマランパヤガス田は現在生産量が減少し、枯渇が近いため、建設中のガス火力発電所で使用するガスを国内の生産ではなく輸入に頼ることになるからです。さらに、輸入ガスに頼ることは乱高下の激しい国際ガス取引価格の影響や為替の影響を一般消費者が被ることにもなり、消費者にとっても不都合である、と報告書は述べています[iv]

フィリピンでガス開発を主導している主な事業者はロペス・グループとサンミゲル・グループです。ロペス・グループ傘下には、フィリピンで稼働中の6カ所のガス火力発電所のうち4つを所有するファースト・フィリピン・ホールディングスがあり、2022年末には発電容量1.26GWのサンタマリア複合サイクル発電所、および浮体式貯蔵再ガス化設備を、ルソン島南部ヴェルデ島海峡に面したバタンガス州で操業開始予定です。

近年、ロペス・グループに替わってフィリピン最大のガス開発事業者となったのがサンミゲル・グループ傘下のSMCグローバル・パワー・ホールディングス(SMCGPH)です。SMCGPHはヴェルデ海峡で2022年末に操業予定のガス火力発電所を一基建設中の他、フィリピン全体でさらに7案件ものガス火力発電所の建設を計画しています。

前回の記事でも触れたように、気候変動対策と逆行するこのようなガス開発に投融資するのは日本を含む先進国の金融機関です。投資額が最も大きいのは、ドイツ銀行、JPモーガン・チェース、スタンダードチャータード銀行、アリアンツ、ブラックロックなどがあります。FoE JapanもモニタリングしているイリハンLNGガス輸入ターミナル事業に対しては日本の大阪ガス、国際協力銀行(JBIC)が出資しています。また、SMCGPHのガス火力発電所建設事業に対しては、みずほセキュリティーズアジア(みずほフィナンシャルグループ傘下)が幹事証券会社の一つとなっています。

2.  海洋生態系への影響

さて、フィリピンで急速に進むガス開発は現地住民の生活にどのような影響をもたらしているのでしょうか?フィリピンのシンクタンクCEEDは今年6月、カリタス・フィリピンと共にガス開発による水質と海洋生態系に対する影響をそれぞれまとめた2つの報告書を公表しました。

フィリピンにおけるガス開発について話すには、海洋生態系への影響を無視することはできません。なぜならフィリピンにはヴェルデ島海峡(通称VIP:the Verde Island Passage)という「海のアマゾン」と呼ばれるほど豊かな海洋生態系を誇る海峡があるのですが、まさしくその海峡がガス開発の中心地となってしまっているからです。フィリピン国内の既存のガス火力発電所6案件のうち5案件がヴェルデ島海峡に位置している他、新規のガス火力発電所8案件と新規ガスターミナル7案件もこの海峡に計画されているのです。

ヴェルデ島海峡のバタンガス湾近辺の既存、新規ガス火力発電所とLNGターミナルを示す地図(出典:Wagas and Andres 2022a)

ヴェルデ島海峡の海洋生物多様性は世界でも突出しています。世界で認知されている近海魚種のなんと6割がヴェルデ島海峡に生息しており、世界で最も豊かな海洋生物多様性を誇ります[v]。1736種類以上の魚種、338種類以上のサンゴが豊かな生態系を形成しており、この海洋生物多様性の豊かさは、漁業、観光業、養殖業などを通じて現地の700万人以上の人々の生活を支えていると報告されています[vi]

フィリピンのシンクタンクCEEDとカリタス・フィリピンによる同海峡の海洋生態評価の調査報告書によれば、ヴェルデ島海峡の海洋生態系は、同海峡で進むガス開発によって危機にさらされています。彼らの現地調査で判明したのは、以下の点とされています。

・ヴェルデ島海峡の他の海域に比べ、事業地近辺におけるハードコーラル(ソフトコーラルという別のサンゴの分類よりもストレスに弱い)の被度がとても低いこと(0.1%から6.2%)。

・サンゴ礁の健康度を示す指標では「不良(poor)」に分類されること

・調査で確認できたサンゴの種は、高い堆積率や撹乱(disturbance)に対して耐性がある種であること

・魚種の多様性も「非常に低い(very poor)」から「低い(poor)」に分類されること[vii]

それでも魚類のバイオマスは量的に豊富と評価されましたが[viii]、ガス開発に伴う海域の埋め立てなどによる生態系への被害が懸念されるとのことでした。

同報告書は、データが十分に揃っていない以上、明確な結論は出せないとしつつも、観測された海洋生物多様性の減少は湾岸の開発によるものではないかと示唆しています。

3.  水質への影響

次に、ガス開発による水質への影響はどうなのでしょうか?同じくCEEDとカリタス・フィリピンによる水質への影響をまとめた報告書によると、ヴェルデ島海峡のバタンガス湾(位置関係は上地図参照のこと)の水質調査を実施したところ、フィリピン国内の水質基準を超える汚染物質が検出されました。 フィリピン環境天然資源省(DENR)のガイドラインによれば、魚やその他の水生資源の繁殖、商業的および持続的な漁業、野生生物保護、レクリエーション活動が実施される場合、SCクラスという水質基準を満たす必要があります。しかし調査実施区域のリン酸塩、クロム、全銅、鉛、亜鉛の濃度は、SCクラスの水質基準を超えているという結果が出たとのことです[ix]

例えばリン酸塩のSCクラスの基準濃度は0.2mg/Lですが、調査実施区域で検出された濃度は0.533mg/Lでした。高濃度のリン酸塩は富栄養化や過肥沃化につながる可能性があり、実際同じ海域で並行して行われた海洋生態調査では、サンゴ群に藻類が繁殖している証拠が得られたとのことです[x]

同じくSCクラスの基準濃度を超過したクロム、銅、鉛などの重金属についても、生態系への影響が懸念されます。これらの元素は潜在的に有毒な金属とされ、 私たちが食する魚類への生物学的蓄積によって、人間の健康に悪害をもたらす可能性があります。例えばクロムは水中で主に三価クロムと六価クロムになりますが、六価クロムの場合、高濃度では肝臓障害、内出血、呼吸器疾患を引き起こす可能性があります[xi]。また、藻類や魚類は、銅のような重金属の濃度を自然に調節できるとされていますが、調査区域では魚の生息数が少なく、結果として銅の濃度が高くなっている可能性があると指摘されています[xii]

加えて、検出されたこれらの重金属はSCクラスの水質基準を既に超えているだけでなく、濃度は上昇傾向にあることも調査で明らかになりました[xiii]。水銀はSCクラスの水質基準を超えなかったものの、検出された他の重金属と同様、石炭燃焼、発電による産業廃棄物処理に関連しており、今後の濃度上昇が懸念されているとしています。

この調査の結果を受けて、フィリピンの漁民団体であるバタンガス漁民団結(BMB:Bukluran ng Mangingisda ng Batangas)を中心とするグループは、DENRに要請書を提出し、事業地周辺のVIP水域を、「自然または人為のいずれかの特定の汚染物質が既に水質ガイドラインの値を超えている」ことを意味する「(環境基準)未達成地域」として宣言し、基準を超過している汚染物質の新たな排出源となる施設の建設を許可すべきでないと要請しました[xiv]

ガス開発による海洋生態系、水質へのこうした悪影響を間近で目撃し、生計手段にも打撃を受けているのが現地の漁業従事者たちです。ヴェルデ島海峡の既存のガスインフラによって既に漁獲量が減少するといった被害を受けています。「ヴェルデ島海峡(VIP)を守ろう」キャンペーンの呼びかけ人であり、カラパン使徒座代理区の社会活動ディレクターであるEdwin Gariguez神父も、CEEDによる6月6日のプレスリリースで「この産業は、私たちの海洋資源に加え、特に漁獲量の減少をすでに経験してきている漁師など多くのコミュニティに明らかな影響を与えています。」と述べています[xv]

4.  まとめ

フィリピンで進むガス関連施設の開発事業に対し、現地の市民たちは抗議しています。「ヴェルデ島海峡(VIP)を守ろう」キャンペーンが発足し、署名、アクション、訴訟といった活動を通じて、ヴェルデ島海峡におけるガス開発の中止を求めています。

12,500名以上の署名が集まっている署名活動(2022年8月2日現在)では、(1) 関係政府機関と地方自治体に対し、ヴェルデ島海峡の保護、保全、持続可能な資源利用のためにフィリピン国内法に基づく任務を遂行すること、及び (2)DENR環境管理局とバタンガス市政府に対し、バタンガス市でのガス火力発電所と LNG ターミナルの建設許可発行を停止することが求められています。

訴訟活動では、 木の違法伐採、 土地利用目的の違法な転換、そしてリンシード(Linseed Field Corporation: バタンガスのLNG輸入ターミナルの事業者)と EERI(Excellent Energy Resources, Inc.: 同ターミナルに隣接するガス火力発電所の事業者)による環境適合証明書の違反、事業地沿岸における水中の有害物質濃度の当局基準超過が指摘されています。

日本の公的機関である国際協力銀行(JBIC)や大阪ガスなども出資して実施されているヴェルデ島海峡でのガス開発は、現地の海洋生態系、水質を悪化させるだけでなく、現地住民の生計手段にも打撃を与え、さらには地球温暖化を進めてしまうという問題が山積した事業です。FoE Japanは今後も、フィリピンでのこのようなガス開発の中止を求める現地の市民団体や住民の皆さんの声を日本の政府機関や企業、また広く市民に届けながら、提言活動など様々な活動に取り組んでいきます。


[i] ただし、建設予定の火力発電所のうち7ヶ所は市民の反対によって建設計画が遅れている。詳しくは以下を参照。https://climatejustice.ph/latest-events/movement-stalls-8-fossil-gas-projects-08-26-2022/

[ii]Center for Energy, Ecology and Development. April 22, 2022. Press Release. International groups decry fossil gas expansion in ‘Amazon of the Oceans’ in PH, urge financiers to back off gas projects.

[iii] Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.37

[iv] ibid. p.37.

[v] Carpenter, K.E., Springer, V.G. 2005.The center of the center of marine shore fish biodiversity: the Philippine Islands. Environ Biol Fish 72: 467–480.

[vi] Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.39

[vii] Hilomen, V. V., Nanola Jr, C. L., & Dantis, A. L., 2000. Status of Philippine reef communities. In Licuanan,W.Y. & E.D. Gomez. 2000. Philippine Coral Reefs, Reef Fishes, and Associated Fisheries: Status and Recommendations to Improve Their Management. GCRMN Report. Appendix B014; Nañola, C.L. Jr., P.M. Aliño, A.L. Dantis, M.C.G. Rañola, V.V. Hilomen and J.P.B. Cabansag. 2004. Understanding Philippine Reef Fishes: A Key to Fisheries Management and Marine Biodiversity Conservation. In Aliño, P.M., E.F.B. Miclat, C.L. Nañola Jr., H.A. Roa-Quiaoit and R.T. Campos (eds.) 2002. Atlas of Philippine Coral Reefs. Philippine Coral Reef Information (PhilReefs). Goodwill Trading Co., Inc. (Goodwill Bookstore), Quezon City, Philippines.

[viii] Wagas, Ethel., and Brent Ivan Andres. 2022a. Marine Ecology Assessment Along the Coast of a Fossil Gas-fired Power Plant and LNG Terminal within the Verde Island Passage, Northern Philippines. Center for Energy, Ecology, and Development and Caritas Philippines. p.2.

[ix] Wagas, Ethel., and Brent Ivan Andres. 2022b. The Trend of Water Quality in the Heavy Industrial Area of Batangas Bay East, Verde Island Passage, Philippines and its Surrounding Areas. Center for Energy, Ecology, and Development and Caritas Philippines. p.2.

[x] ibid. p.2.

[xi]ibid.p.9.

[xii] ibid.p.2.

[xiii] ibid.p.2.

[xiv] Center for Energy, Ecology and Development. June 6, 2022. Press Release. [New Report] Fossil gas: A bane for the environment. https://ceedphilippines.com/fossil-gas-a-bane-for-the-environment/ (最終閲覧日2022年8月3日)[xv] Ibid.

【ブログシリーズ 東南アジアのガス開発】第2回 ガスと地球を燃やす日本マネー

3回にわたって東南アジアのガス開発状況とその意味について概説するブログシリーズ「東南アジアのガス開発」。初回の記事では、気候変動問題やそれに対する国際的取り組み、その中でのガスなど化石燃料の位置付けについて解説しました。

今回はその背景知識を踏まえて、東南アジアのガス開発の現状について、フィリピンのシンクタンクCEED(Center for Energy, Ecology, and Development)が作成した “Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia”(以下、「報告書」)を読んで理解を深めていきましょう。

目次

1.東南アジアでのガス開発を推進する事業者と投融資者

 ・事業者

 ・投融資者

2.今求められていることは何か

3.最後に

1. 東南アジアでのガス開発を推進する事業者と投融資者

前回の記事での説明の通り、気候変動を食い止めるためには石炭やガスといった化石燃料から今すぐ脱却し、再生可能エネルギーに迅速に移行しなければならないというのがIPCCやIEAの結論でした[i]。しかしながら、現在東南アジアでは急速にガス関連インフラの開発が進んでいます。東アジアで計画中の新設ガス火力発電の総発電容量は77 GW(ギガワット)であるのに対し、東南アジアで計画されているガス火力の発電容量はそれを凌ぐ総計117 GWに上ります[ii]

化石燃料から再生可能エネルギーへの移行が求められる中、未だに東南アジアでガス関連事業を開始しようとしているのはどういった企業や金融機関なのか?CEEDの報告書はその問いに答えるべく、2016年のパリ協定発効以降も東南アジアで事業者、投融資者としてガス事業を推進している企業などをランク付けしています。

誰がガス開発を進めているのか(事業者)

それではまず、事業者(ガス関連施設を建設、運営する企業)に注目してみましょう。以下のランキングでは2016年1月1日から2022年3月31日までの期間内で操業が見込まれる事業を持つ事業者がカウントされています。 

発電容量で換算すると、東南アジアでガス火力発電事業を最も大規模に推し進めているのは以上の11社です。圧倒的な一位はフィリピンでガス開発を主導するサンミゲル社です。サンミゲル社はFoE Japanもモニタリングしているイリハン・ガス輸入ターミナルのあるバタンガス州で火力発電所の建設を計画しており、同ターミナルで受け入れるガスの主要な消費者ということになります。日本からはタイでガス火力事業に関与している三井物産と、インドネシア、ミャンマー、ベトナムの事業に関与している丸紅がランクインしています。

また、事業の数で換算すると、日本からは三井物産とJ –Powerがそれぞれ3位と5位にランクインしています。両者とも操業中の事業が大半である一方、三井物産は計画中と建設中の事業が合計3案件、 J –Powerは計画中の事業が一案件あり、パリ協定以降もガス火力発電を推進していることが見てとれます。

ガス輸入ターミナルの事業者上位10社の中には、シェル、エクソンモービル、トタルといった欧米の有名オイルメジャーが名を連ねていますが、日本のINPEX、JXTG、兼松といった企業もランクインしています。

以上が2016年1月1日から2022年3月31日までの期間内で操業を開始した事業を持つ事業者に絞ったランキングでした。次に同期間内に建設中、計画中の事業を持つ事業者に絞って見てみましょう。

ガス火力発電事業に関しては上位11社にランクインしている日本企業はありませんが、LNG輸入ターミナルについては1社、LNG輸出ターミナルについては4社がランクインしています。それぞれ見てみましょう。

LNG輸入ターミナルの部門では、7位に北陸電力が入っています。一方LNG輸出ターミナルについては、2位にINPEX、6位に三菱、8位にJXTG、9位に兼松、10位にLNGジャパンがランクインしており、この分野での日本企業のプレゼンスが高いことがわかります。

以上のランキングからわかるのは、

1)日本企業は2016年のパリ協定発効以降も、事業者として東南アジアのガス開発に深く関与してきており、それは現在でも続いていること。

2)   傾向として、日本企業が事業者として関与して2016年に操業開始が見込まれていた事業はガス火力発電と輸出ターミナルが主だったが、2016年以降に建設、計画されている事業で今後操業開始するものは輸出ターミナルと輸入ターミナルである、ということです。

誰がガス開発のお金を工面しているのか(投融資者)

それでは次に、投融資者(ガス開発事業やガス開発会社に対して融資や債権購入を通じてお金を工面する金融機関のこと)に焦点を当てて分析してみましょう。

6年前にパリ協定が発効されて以降も、123もの金融機関が合計334億米ドルもの資金を東南アジアの化石燃料ガスセクターに投融資してきました[iii]。これも気候変動への対応を強化する国際的な流れと逆行するものです。

2021年4月には、2050年までに投融資ポートフォリオを通じた温室効果ガス排出ネットゼロを目指す銀行間の国際的イニシアチブである「Net-Zero Banking Alliance(NZBA)」が設立され、日本からも三井住友フィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループ、三菱UFJフィナンシャルグループなどが参加している[iv]ものの、これらの企業は以下に見るように、東南アジアでの化石燃料ガス投融資をリードしてきました。

それではパリ協定以後、2016年1月から2022年3月までの間に取引が行われた事業の投融資額のランキングを見てみましょう。

上位10社の中になんと日本の金融機関が4社もランクインしています。1位が三井住友フィナンシャルグループ、2位にみずほフィナンシャルグループ、5位に三菱UFJフィナンシャルグループ、そして10位に日本の政府系金融機関である国際協力銀行(JBIC)が入っています。

投融資者を国別で換算した場合、日本はインドネシアに次ぐ2番目となっており、パリ協定以降の東南アジアでのガス開発に日本が深く関わってきたことを示しています。報告書は、日本やシンガポールなど、国内の電力をガス火力に頼っている国からの投融資が多いと分析しています(p.31)。 

日本の銀行だけでなく世界各国の銀行が、国際的なイニシアチブに参加していながらガス開発に引き続き投融資しており、これは銀行のコミットメントがいかに空虚であるかを示しています。レポートでも言及されていますが、この事実はThe Oil and Gas Policy Trackerによる、銀行の気候変動への対応に対する評価格付けでも確認することができます。この格付けでは、金融機関が投融資のポートフォリオから石油・ガス事業やそれを実施する企業を除外しているかどうか、そしてガス事業からフェーズ・アウトするコミットメントの質を分析した上で点数がつけられます。当然のことながら、JBIC(公的金融機関であるため、ランク付の対象外)を除く日本の上記3社は、全て10点満点中0点と評価されています。

一方で、民間銀行だけではなく公的金融機関もガス開発において重要な役割を担っていることを見逃してはいけません。東南アジアでのガス投融資の半分以上が、政府系銀行、二国間開発金融機関、輸出信用機関によって投じられています[v]。上記のJBICや日本貿易保険(NEXI)は、輸出信用機関に分類されます。

公的資金によるガス事業の支援はその金額が重要なだけでなく、民間金融機関や事業者にとってはリスクヘッジの観点から、なくてはならないものです。というのも輸出信用機関は多くの場合、ガス事業の中でも事業規模が大きくリスキーなものに対する保険を提供しており、それらは公的資金でなければ保険の提供が難しいであろう事業です[vi]。つまり、エネルギー安全保障など国家のエネルギー戦略を推し進めるために、公的資金が、気候変動対策を求める声とガス投融資の非経済性をおしのけてガス投融資を継続させているということです。

さて、2016年以降という時間軸で見ると日本企業の存在がかなり大きいというのがここまでの議論ですが、2020年以降(2020年1月から2022年3月までに取引が行われた事業への投融資額)で区切って見るとトレンドの変化が見てとれるとレポートは指摘しています。どういうことでしょうか。下の図2つをご覧ください。

一つ目の図は2020年以降、東南アジアのガス事業に投融資した企業を投融資額でランキングしたものですが、日本企業は上位10社にランクインしておらず、変わってタイ企業が上位5社を独占しています。これは二つ目の図(国別ランキング)でも明らかで、タイが圧倒的にガス投融資を引っ張っており、アメリカ(9位から3位)とイギリス(8位から5位)も順位を大きく上げています。アメリカからはJPMorgan Chase & Co、イギリスからはStandard Chartered PLCが金融機関別ランキングにそれぞれ10位、9位にランクインしており、これらの企業が米英の順位を押し上げていると見ることができます。一方、日本は2位から7位へと順位を下げています。それでも11億4,010 万 米ドルもの額をこの期間に投融資しており、相対的に下がったとはいえ、まだまだ巨額の投融資を続けていることに変わりありません。

3. 今求められていることは何か

以上の分析を踏まえて、レポートは金融機関に実効性のある対策をとるよう提言しています。

1.  IPCCの地球温暖化に関する特別報告書のP1シナリオ(1.5℃)に基づき、1.5℃パスウェイ(2030年までに世界のCO2排出量を2010年比で45%削減し、今世紀半ばまでにCO2排出量をネットゼロとする)を誤った対策なしに追求する政策、つまりパリ協定に整合した政策を実施すること。具体的には以下。

a. 新規油田・ガス田、LNGターミナル、およびGlobal Oil & Gas Exit Listに掲載された企業への直接・間接の資金供与を禁止する。

(解説: Global Oil & Gas Exit Listとは、環境NGO Urgewaldが作成した、ガス・石油開発に投融資者、事業者として深く関与している企業のリストです。ちなみになぜ直接投資と間接投資とどちらにも言及しているのでしょうか?レポートによれば、パリ協定以降の東南アジアでのガス開発の資金調達は4分の3がコーポレートファイナンス(間接投資)から、残りの4分の1のみがプロジェクトファイナンス(直接投資)から来ていると指摘しています[vii]。つまり、化石燃料事業への直接投資のみを規制するだけでは、ガス開発への資金の流れを止めることができないのです。)

b. ガス火力発電所の新規事業や拡張事業が、その国の低炭素社会への移行に必要かつ経済的に実行可能な繋ぎの燃料(bridge fuel)であると判断される場合には、厳しい制限を設ける。

c. 1.5℃目標に整合する期限内に、全てのガス事業のエクスポージャーからフェーズアウトし、既存のガス火力発電事業については、株式投資の場合、早期撤退を追求する計画と測定可能な計画目標(短期、中期、長期目標を含む)を設定し、開示すること。

(解説:パリ協定の1.5℃目標を達成するためには、エネルギー部門で化石燃料から脱却する必要があります。したがって、既存のガス火力発電事業もできるだけ早く止めなければなりません。そのため、金融機関はガス関連事業に対する投融資を引き揚げることでこの目標達成を促進する必要があります。それは「2050年までに投融資を引き揚げます」といった漠然とした約束ではなく、「5年後にはここまで引き揚げ、10年後にはここまで引き揚げます」と言った短期・中期目標を含めた、具体的かつ実効性のある目標を設定する必要があるということです。)

2. パリ協定に基づく対策を実施する上で、地域開発銀行と地方銀行の重要な役割について区別して考える必要がある。

a. 地域開発銀行は、東南アジアにおいて必要なエネルギー転換のための資金を調達するために、ガスの新規事業および拡張事業に従事する全ての企業に対する融資の禁止をはじめとした、パリ協定に整合する最も野心的なエネルギー対策および戦略の採用を主導するべきである。

b. 地方銀行は、1.5℃目標における自国の妥当な貢献量を達成するために迅速かつ公正な移行パスウェイに資金提供を整合させるべきであり、そのためには新規の油田・ガス田に対する融資を禁止しなければならない。

(解説:繰り返しになりますが、1.5℃目標達成のためには新規のガス開発事業は受け入れられません。銀行の規模に関わらず、新規のガス開発事業への投融資は禁止されなければなりません。加えて、より広範な影響力を持つ地域開発銀行に関しては、模範的な化石燃料脱却戦略を提示して地域内の銀行を引っ張っていかなければなりません。)

3. 人権を侵害し、生物学的に重要で多様な生態系と生息地を危険にさらし、重大な評判リスクをもたらすガス開発事業に対する融資を撤回し、禁止すること。

4. ガス関連事業及びガス会社に提供された全ての金融サービスを開示し、株主及びステークホルダーが気候関連リスクを適切に評価・算定し、事業及び投融資判断において気候変動の影響全般が日常的に考慮されるよう支援するため、気候関連財務情報開示タスクフォースの勧告を全面的に採択すること。

(解説:気候関連の情報開示及び金融機関の対応について検討する気候関連財務情報開示タスクフォース(略してTCFD : Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、 企業等に対して気候変動関連のリスクと機会について、ガバナンスや戦略といった項目を開示するよう推奨しています。報告書はこのTCFDの提言に沿って気候関連情報を開示するべきであるとしています。)

4. 最後に

 CEEDの報告書を精読して明らかになったのは、パリ協定発効以降も日本企業が事業者として、そして投融資者として、東南アジアのガス開発を推し進めているということです。この状況を止めるためには、資本の流れをこれ以上化石燃料に向かわせないことが重要であり、そのためにガス事業投融資からの引き揚げ、具体的な投融資撤退目標の設定、気候関連情報の開示が提言されています。

これらの提言を実現させるため、私たち環境NGOは、企業に対する株主提案、エンゲージメント、株主に対する要請と言った活動を継続しておこなっています。特に提言の1.c 及び4に関しては、近年世界中で大きな盛り上がりを見せる環境関連の株主提案でも求められていることと一致しています。日本でも今年、国内外の環境NGOや機関投資家が三菱商事、三井住友フィナンシャルグループ、東京電力、中部電力、J-Powerに対して同様の内容を求める株主提案がなされ、否決されたものの多くの株主の賛同を集めました

気候変動と、東南アジアのガス開発と、日本企業と、株主提案。どれも一見すると繋がりがなさそうですが、日本企業などが推し進める東南アジアのガス開発が温暖化をさらに加速させるため、それを防ぐための株主提案ということで、これらは密接に関わり合っています。次回は、東南アジア諸国の一つ、フィリピンに焦点を当ててガス開発の現状をさらに詳しくみていきます。


[i] IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. C.3. 及び、International Energy Agency. 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector. Summary for Policy Makers. p.9

[ii]Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.12

[iii] ibid. p.26

[iv] https://www.unepfi.org/net-zero-banking/members/

[v] Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.27

[vi] Darouich, Laila., Igor Shishlov and Philipp Censkowsky. 2021. Paris Alignment of Export Credit Agencies: Case Study #3 Japan. Perspectives Climate Research. p.5.[vii]Center for Energy, Ecology and Development. 2022. Financing a Fossil Future: Tracing the Money Pipeline of Fossil Gas in Southeast Asia. p.31

【ブログシリーズ 東南アジアのガス開発】第1回 気候変動と化石燃料ガス

3回にわたって東南アジアのガス開発状況とその意味について解説するブログシリーズ「東南アジアのガス開発」。初回である今回は、2回目以降の記事を理解するにあたって必要になる前提知識を概観します。具体的には、気候変動に関する科学的知見と、その壊滅的な影響を防ぐために国際的にどのような対策が求められているのかについて解説します。

目次

1. 気候変動の影響

2. パリ協定と1.5℃目標

3. 1.5℃目標達成の道筋

4. なぜ新規の化石燃料事業はパリ協定に整合しないのか

1. 気候変動の影響

気候変動に関する科学的知見は年を追うごとに精密になっています。そこでまず、気候変動に関する研究をまとめ、評価しているIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新の評価報告書から幾つかの重要な科学的知見を確認してみましょう。

「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。」[i]

IPCCはこれまで、温暖化の原因が人間の影響であることを、高い可能性があるとし、2021年8月に公表されたIPCC 第6次評価報告書の第1作業部会の報告(以下、IPCC AR6, WG 1, SPM)では、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。」と改めて断言しました。

実際日本でもここ数年、「記録的猛暑」という言葉をニュースで聞き飽きるくらい耳にします。さらに今年6月25日には伊勢崎市で6月の観測史上初の40.2℃を観測しました。6 月下旬から 7 月初めの記録的な高温について、気象研究所などが9月に発表した調査結果によると、「地球温暖化の影響が無かったと仮定した状況下では、同じラニーニャ現象等の影響があったとしても、およそ 1200 年に 1 度という非常に稀な事例であった」と指摘し、温暖化により高温の発生確率が格段に上がっていたことを明らかにしています[ii]

また、このような猛暑についてIPCCは、「過去10年に観測された最近の極端な高温の一部は、気候システムに対する人間の影響なしには発生した可能性が極めて低い(IPCC AR 6, WG 1, SPM, A.3.1)」としています。こういった極端な熱波のみならず、極端な大雨、干ばつ、熱帯低気圧などが既に世界中で見られるようになっています。

図1(出典:文部科学省、気象庁訳。IPCC AR6, WG 1, SPM、図SPM.6) 

さらに同報告書によれば、こういった「極端現象」は地球温暖化が進むにつれて、これからより激しく、より頻繁になると予想されています。上図で示されているように、産業革命以前と比較した1度の気温上昇時 (産業革命以前と比べて、地球は既に1.09度上昇したと推定されている[iii])には、人間の影響がない気候で平均して50年に1回発生するような極端な気温は、頻度にして4.8倍、強度にして1.2℃増加します。一方で、温暖化が4℃に達すると、頻度にしてなんと39.2倍、強度にして5.3℃増加すると予想されています。地球温暖化は既に猛暑といった形で私たちに明らかな影響をもたらしていますが、温暖化がさらに悪化すれば、それだけ猛暑の頻度と強度が増幅するということで、それに伴って損失や損害が拡大します。気温上昇と、気候変動による壊滅的な被害を避けるための対策や被災時の対応の強化が急務です。

2. パリ協定と1.5℃目標

IPCCが1988年に設立され、1990年に発表した第1次評価報告書が、1992年に採択されることになった国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の重要な科学的根拠とされました。その締約国会議(COP3)で京都議定書が、そしてCOP21ではパリ協定が採択されました。パリ協定では「世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃以下に抑える努力をする[iv]」ことに合意しています。

ここでは気温の上昇を2℃未満という目標と共に1.5℃以下に抑えるという努力目標が両方記されていますが、上述のように現在の1度の温度上昇ですら、既に熱波など目に見える極端現象が頻発していることを考えると、1.5℃以下を目指さなければならないのは明らかです。実際、2018年に発表されたIPCCの『1.5℃特別報告書』では、2℃の気温上昇が起こった場合と比べて1.5℃の場合の方が、「海洋生物多様性、漁業[資源]、及び生態系、並びにこれらがもたらす人間への機能とサービスに対するリスクが減少することが予測される[v]」など、1.5℃に気温上昇を抑えるべき理由を科学に基づいて主張しました。社会的な影響についても、「2℃に比べて1.5℃に地球温暖化を抑えることで、気候に関連するリスクに曝されるとともに貧困の影響を受けやすい人々の数を2050年までに最大数億人削減しうるだろう(確信度が中程度)[vi]。」と述べており、気温の上昇を1.5℃以下に抑えることの重要性がわかります。開発途上国が国際交渉の場で1.5℃目標を粘り強く主張し続けてきたこともあり、今ではパリ協定の枠組みで目指すべき気温目標は1.5℃とされるようになりました。

3. 1.5℃目標達成の道筋

では、1.5℃目標を達成するにはどうすればよいのでしょうか?IPCC 第6次評価報告書の第1作業部会の報告によれば、気温上昇を産業革命以前と比べて(67%の確率で)1.5℃に抑えるためには、私たちが将来にわたって排出できるCO2の量(残余カーボンバジェット[vii])の推定値は400Gt(ギガトンは10億トン)です[viii]。これは報告書が発表された2021年時の残余カーボンバジェットですが、2010年から2019年の10年間のCO2排出量は410Gtであり[ix]、この排出ペースが変わらなければ2021年からの10年間で、温暖化を1.5℃に抑える残余カーボンバジェットを使い切ってしまいます。

図2(出典:文部科学省、気象庁訳。IPCC AR6, WG 1, SPM, 図SPM.4) 

では、このわずかなカーボンバジェットを使い切らないようにするにはどうすればよいのでしょうか?上図にあるように、IPCCの同報告書は、将来のCO2排出シナリオを5つ示しています。この中で1.5℃目標を達成できる程度までCO2排出量を十分抑えられているのはただ一つ、水色のシナリオ(SSP1-1.9)であり、このシナリオならば「世界平均気温が、1.5℃の地球温暖化を0.1℃より超えない一時的なオーバーシュートを伴いながら、21世紀末にかけて1.5℃未満に戻るように低下するだろうことは、どちらかと言えば可能性が高い[x]。」としています。SSP1-1.9は、CO2排出量が2030年頃には半減、2050年頃には正味ゼロ(ネットゼロとも言う。排出したCO2の量と森林による吸収などによって除去されたCO2の量が釣り合って全体として排出量がゼロになる状況のこと)となり、それ以降は排出量より除去量が多くなっています(SSP1-1.9の線は、2050年以降0より下のマイナスで推移しており、これはCO2を除去していることを意味する)。

しかし、オフセットに頼ったネットゼロ達成を至上目標とすることは危険なことでもあります。気候変動対策には化石燃料由来の温室効果ガス排出の削減が最重要ですが、「化石燃料を燃焼して温室効果ガスを排出しても、木を植えてオフセットするから問題ない」という口実を与えかねないからです。実際、大手の化石燃料企業は大規模植林に頼ったネットゼロ計画を策定し、化石燃料の開発を継続しています。また、除去の別の手段として炭素回収・貯留技術(CCSと略される。発電時に排出されたCO2を回収し地中に貯留する技術)も注目されています。しかしコストが高く、将来にわたり安定的に貯留できるのか不透明です。また日本国内では貯留に適する場所も限られているといった課題もあります[xi]。こういった未確立の技術を言い訳に温室効果ガスを排出し続けるのは、取らぬ狸の皮算用のようです。

従って、1.5℃目標達成に向けた理想の道筋としては、オフセットに頼ることを前提とした「ネットゼロ」ではなく、できるだけオフセットに頼らない「リアルゼロ」がより良い選択肢となります。実際、2022年に発表されたIPCCの第3作業部会の第6次評価報告書では、リアルゼロに近いシナリオが取り上げられています(下図参照)。

図2(出典:IPCC AR6, WG 3, SPM, 図SPM.5よりFoE Japan作成) 

図中の3つのシナリオIMP-LD(効率的な資源の利用、世界的な消費パターンの転換による低需要の実現)、IMP-REN(再エネ重視)、 IMP-SP(不平等の軽減を含む持続可能な開発への転換を通じた排出削減)はいずれも50%以上の確率で温暖化を1.5℃に抑えられるとされています[xii]。さらに、これら3つのシナリオは排出量が大きくマイナスに推移していないため、前図のSSP1-1.9と比べて世紀後半の温室効果ガスの除去に頼っていないことが見てとれます。オフセットに頼るネットゼロでなくとも、リアルゼロに近い形で温暖化を1.5℃に抑える可能性はまだ残されているのです。

さらに、IPCCの将来シナリオはその多くが既存の経済モデルをベースにしており、ライフスタイルの変革などより突っ込んだ社会経済変革(システムチェンジ)による排出量削減ポテンシャルはまだ限定的にしか評価されていない点も留意しておく必要があります。大胆な政治決断を通じてIPCCシナリオが想定するより早く脱化石燃料を達成することも可能です。先の3つのリアルゼロ・シナリオを私たちが達成できる限界として見るのではなく、さらなる可能性を模索しなければなりません。

ここまでの議論をまとめると、気候変動による壊滅的な影響を抑えるためには、温暖化による気温上昇を(産業革命前と比べて)1.5℃以下に抑える必要があり、そのためには除去に頼らないで温室効果ガスの排出を実質的に、それもできる限り早く削減していく必要があるのです。

4. なぜ新規の化石燃料事業はパリ協定に整合しないのか

では、温室効果ガスの排出削減には、具体的に何が求められるのでしょうか?そこで鍵になるのがエネルギーセクターです。エネルギーセクターは現在世界の温室効果ガス排出の4分の3を占めます[xiii]。石炭、ガス、石油といった化石燃料由来のエネルギーは、採掘、輸送、火力発電所での燃焼時に多大な温室効果ガスを排出します。したがってこの部門での対策が1.5℃目標達成に不可欠となります。

IPCCによると、現在稼働中・そして計画中の化石燃料インフラからだけでも、2℃を超える温度上昇につながる量のCO2が排出されると試算されています[xiv]。国際エネルギー機関IEAが2021年に出した2050年ネットゼロシナリオでも、これ以上新規の石油・ガス開発事業や炭鉱の新設・拡張はネットゼロの道筋と整合しないと明らかにしています[xv]。化石燃料に代わって再生可能エネルギーへの投資を急増させ、2035年までに先進国の電力をネットゼロとし、2040年までには世界全体の電力をネットゼロ、2050年までには世界全体の電力の90%を自然エネルギーで賄うとしています[xvi]。IPCCの第6次評価報告書第3作業部会報告書においても、気温上昇を1.5℃に抑えるためのシナリオでは化石燃料利用を急激に削減し、再生可能エネルギーに移行されるとしています[xvii]

つまり、気候変動による壊滅的な影響を避けるための1.5℃目標を達成するためには、石炭及びガスといった化石燃料を新規に開発する余裕はなく、むしろそれらは段階的に廃止しつつ、再生可能エネルギーへの移行を促進する必要があるということです。そしてもちろん移行に際しては、地域社会の声を尊重する必要もあります。再生可能エネルギーの蓄電や電気自動車に使用されるニッケルを採掘、精錬する際に現地住民の生活や環境を破壊してしまうことがあっては、本末転倒です(例えば、フィリピンのリオツバタガニート、インドネシアのポマラにおけるニッケル開発)。 

さて、IPCC報告書やIEAの2050年ネットゼロシナリオでも、これから世界が進むべき脱化石燃料の方向を示しているにも関わらず、 実は東南アジアではガス開発事業が急速に進んでいます。そしてその事業に対し、事業者としても投融資者としても、日本の官民が深く関与してきているのです。本記事で紹介した気候変動の背景を踏まえた上で、次回以降の記事では東南アジアのガス開発に関するレポート等を解説します。


[i]IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. In Press.(文部科学省、気象庁訳。『IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)』 )

[ii]文部科学省、気象庁気象研究所、2022年9月6日。「令和 4 年 6 月下旬から 7 月初めの記録的な高温に 地球温暖化が与えた影響に関する研究に取り組んでいます。 ―イベント・アトリビューションによる速報― 」https://www.mext.go.jp/content/20220906-mxt_kankyou-000024830_1.pdf

[iii]IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. In Press. A.1.2\

 [iv] Paris Agreement (Dec. 13, 2015), in UNFCCC, COP Report No. 21, Addenum, at 21, U.N. Doc. FCCC/CP/2015/10/Add, 1 (Jan. 29, 2016). (訳文は以下を参照:資源エネルギー庁。2017年8月17日。「今さら聞けない「パリ協定」 ~何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~

(最終閲覧日2022年7月25日))

[v]IPCC, 2018: Summary for Policymakers. In: Global Warming of 1.5°C. An IPCC Special Report on the impacts of global warming of 1.5°C above pre-industrial levels and related global greenhouse gas emission pathways, in the context of strengthening the global response to the threat of climate change, sustainable development, and efforts to eradicate poverty [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, H.-O. Pörtner, D. Roberts, J. Skea, P.R. Shukla, A. Pirani, W. Moufouma-Okia, C. Péan, R. Pidcock, S. Connors, J.B.R. Matthews, Y. Chen, X. Zhou, M.I. Gomis, E. Lonnoy, T. Maycock, M. Tignor, and T. Waterfield (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA, pp. 3-24. (『1.5°Cの地球温暖化:気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から1.5°Cの地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関するIPCC特別報告書、政策決定者向け(SPM)要約』、環境省仮訳、B.4)

[vi]同上、B5.1.

[vii] IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)、表SPM.2

[viii]「カーボンバジェットという用語は、他の人為的な気候強制力の影響を考慮した上で、地球温暖化を所与の確率で所与の水準に抑えることにつながる、世界全体の正味の人為的累積 CO2排出量の最大値のことである。これは、工業化以前の時代を起点とした場合は総カーボンバジェットと呼ばれ、最近の特定の日を起点とした場合は残余カーボンバジェットと呼ばれる(用語集)。過去の累積 CO2排出量は、これまでの温暖化を大 部分決定し、将来の排出は将来の追加的な温暖化の原因となる。残余カーボンバジェットは、温暖化を特定の気温水準以下に抑えるにあたり、まだ排出しうるCO2の量を示す。」IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 気候変動2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM) 暫定訳(2022年5月12日版)脚注43

[ix]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. B. 1.3

[x]ibid. B.1.3

[xi]大野 輝之、2021年9月30日。「CCSへの過剰な依存が日本のエネルギー政策を歪める」自然エネルギー財団。

[xii]ただし、1.5°Cを数十年にわたって最大0.1°Cまで超過する、限定的なオーバーシュートが67%以下の確率で発生する。ibid. Box SPM.1. 

[xiii]International Energy Agency. 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector. Summary for Policy Makers. p.2

[xiv]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. B.7.

[xv]International Energy Agency. 2021. Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector. Summary for Policy Makers. p.11

[xvi] ibid. p.9

[xvii]IPCC, 2022: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2022: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [P.R. Shukla, J. Skea, R. Slade, A. Al Khourdajie, R. van Diemen, D. McCollum, M. Pathak, S. Some, P. Vyas, R. Fradera, M. Belkacemi, A. Hasija, G. Lisboa, S. Luz, J. Malley, (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, UK and New York, NY, USA. C.3.

【COP26 vol.10】グラスゴー会議閉幕 – バランスを欠く合意に途上国は失望

交渉2週目の最終日。気候正義を求める市民たち

10月31日より開催されてきた第26回国連気候変動枠組条約締結国会議(COP26)は、1日の延期を経て、11月13日夜に閉幕しました。

閉会式では、議長Alok Sharma氏や国連気候枠組条約事務局長Patricia Espinoza氏が、COP24からの宿題となっていたパリ協定第6条、第4条、第13条の議論をまとめられたことを理由に「COP26は成功した」と発言する一方、後発開発国やアフリカ、島嶼国は、緩和目標強化の作業計画がグラスゴーでの合意(Glasgow Climate Pact) に盛り込まれたことは歓迎するものの、今回強く求めていた適応や損失と被害に対応するための資金提供を先進国がほぼ拒絶し、バランスを欠く合意であるとして失望の意も示しました。

また、決定文書に記載された石炭火力の段階的廃止に関する文言(para20)についても、インド等の反対があり、閉会式前のCOP決定文書案は、“Phase out(段階的廃止)”が”Phase down(段階的削減)”へと、文言が弱められた形となりました。パリ協定の1.5℃目標達成のためには先進国は2030年までに、その他の国も2040年には石炭火力発電を全廃する必要がありますが、ただでさえ弱かった文言がさらに弱くなったことは残念です。しかし、気候変動枠組条約の決定で、化石燃料対策が直接取り上げたことはかつてなく、文言が弱められたからと言って廃止の必要性が国際的に理解され、実際に各国が脱石炭に向けて動き出していることには変わりません。先進国が率先して石炭火力発電を廃止し、途上国のジャスト・トランジションを支援する必要があります。またその他の化石燃料に関しても、公平性に配慮した形でフェーズアウトを進めていく必要があります。

FoE Internationalの気候正義・エネルギープログラムのSara Shawは、今回の結果について、下記のように述べています

“今回の結果は、気候正義を求める市民団体が望んだ結果とは程遠く、炭素市場取引という形で、途上国の土地をオフセットのために使うことで、先進国に継続的な排出を許すものなりました。英国政府とその同盟国は、交渉をまとめあげた自分たちを褒め称えていますが、炭素市場については、合意が全くない方がましでした。

これはスキャンダルに他なりません。具体的な行動策を伴わずに、ただ単に1.5℃目標を言っているだけでは無意味です。COP26は、すでに気候危機にありながら、エネルギーシステムの変革や気候変動への適応策の実行、また、すでに起きている損失と被害に対応するための資金の乏しいグローバルサウスを裏切ったものとして記憶されるでしょう。これが最終的に炭素市場での取引が強制された瞬間であったことは今更驚くことではありません。炭素市場は、排出量の削減に消極的な先進国のためのものです。

多くのグローバルサウスの国々は、今回の会合に参加したり彼らの声を届けたりするうえで困難を伴った一方、化石燃料企業の存在感は大きいものでした。

今回の交渉結果は、世界全体の温室効果ガスの排出量を増加させてしまうことに加え、今世紀半ばまでに温室効果ガスを”ネットゼロ”にするといった弱いコミットメントや、途上国の土地での大規模植林をもたらす聞こえのよい自然に基づく解決策は、実際には先進国自らの排出を相殺するためであり、途上国や先住民族の土地収奪を加速させてしまいます。

気候正義の実現を求め、COP26期間中に開催された気候マーチに参加した15万人以上の市民は、何が本当の気候変動への解決策か知っています。化石燃料に依存しない社会への公正な移行、そして先進国から途上国への気候変動対策のための資金を供与することです。

残念なことに、豊かな国々は「逃亡条項」を選択してしまったものといえます。”

今回の決定文書には、”Climate Jusitce(気候正義)”という言葉が記載されました。気候変動への影響をより深刻に受ける国々や人々への配慮が会議期間中の首脳サミットやイベントでのスピーチに散りばめられていましたが、いずれも中身のない言葉に過ぎず、会議場内での交渉では先進国が団結して、すでに厳しい気候変動の影響を受けている開発途上国の声を断固として拒絶し続けました。決定文書の内容は、公平性の原則やシステムチェンジからは程遠く、歴史的累積排出量の責任を負う先進国の大量排出を今後も許し、途上国に排出責任の肩代わりを求め、かつ彼らが必要とする支援を拒み続けるものです。

議長国英国の下で、先進国は気候植民地主義的な枠組みを推進し、既存の権益と世界での優位の維持を優先しています。決定文書に盛り込まれた言葉とは裏腹に、パリ協定の1.5℃目標の実現を危うくするものでもあります。ですが、早急で野心的な行動の必要性は変わらないのです。FoEグループは引き続き、Climate Justiceの真の実現に向けて活動していきます。

(小野寺ゆうり、高橋英恵、深草亜悠美)

【COP26 vol.8】シェル訴訟の成功秘話〜希望をすてない市民が紡ぎ出した勝訴〜

COP26の開催地グラスゴーでは、気候マーチ翌日の日曜日から水曜日にかけ、COP26 Coalition(COP26連合は、気候正義を求める環境団体、労働組合、人権団体などによる市民社会連合)によるPeople’s Summitが開催されました。2年間かけて準備されたPeople’s Summitでは、連日市内の様々な場所で、Just Transition(公正な移行)やアグロエコロジーに関するセミナー、これから気候正義の運動を盛り上げていくためのワークショップなど、多様なイベントが行われていました。

そのイベントの一つとして、FoEオランダによる気候訴訟に関するセミナーが開催されました。

FoEオランダは、他の6つの環境団体と17379人の市民とともに、大手化石燃料企業Shellを彼らの事業が気候変動に大きな影響を与えているという点で裁判を起こしており、今年の5月勝訴しました。大手化石燃料企業を相手に訴えた裁判での勝訴は初めてで、非常に歴史的な裁判です。

(勝訴のプレスリリースの翻訳はこちら:https://foejapan.wordpress.com/2021/05/27/shell/

イベントでは、シェルを訴えるに至った経緯、どのように市民原告を増やしていったか、勝訴の秘訣などを紹介していました。登壇者のスピーチの中で印象に残った箇所を紹介します。

シェル訴訟でのキャンペーナーの役割を担っていたNine De Paterさんは、

「シェルが石油の採掘を行なっているナイジェリアでは、石油が漏れだし現地住民の健康被害に大きな影響を与えました。中にはその汚染のせいで命を落とした人もいます。このような明らかな人権侵害が起きている中、2016年、パリ協定が採択されました。パリ協定採択以降、シェルは再生可能エネルギー事業を始めると言いましたが、気候変動を引き起こしてきた化石燃料企業は自らの事業をやめることはありませんでした。シェルが始めるといった再生可能エネルギー事業はシェルの事業のわずか4%の規模でしかなく、グリーンウオッシュそのものです。彼らは常に人々の命より儲けることを優先しています。」

と話しました。

訴訟の準備は2016年から始めていましたが、シェル訴訟そのものは2018年にから始まりました。より多くの市民を巻き込み、この訴訟を盛り上げる過程は、トライアンドエラーの繰り返しだったと、市民参加を促す役割を担っていたHilde Brontsemaさんは言います。

「より多くの市民を巻き込むためにできることはなんでもやりました。例えば、SNS上で、ヴィーガンや環境保護など人々の関心毎に広告を出して反応を地道に確かめたり、シェルの問題を伝えるための動画を作成したり。また、メディアにこの訴訟をより取り上げてもらうための勉強会を開きました。そして何より重要なのは、ただ単にこの問題を知ってもらうだけではなく、この訴訟に関わってもらうことです。賛同者には少なくとも1ユーロは寄付してもらう仕組みを作り、賛同者には知り合いにこの訴訟に誘うことを奨励しました。」

シェルの問題を伝えるための動画

そして何より大切だったのは、「勝訴を信じて続けること」だったと言います。

「気候変動は人権と密接に繋がっています。そして、科学は気候危機によって、人々の生活を脅かすことを示しています。法廷は、さまざまな企業による宣伝に影響されるテレビ番組と全く違い、事実だけが求められる空間です。そのような場では、事実や科学が示していることだけが判断材料になります。そして、健康に生きる権利は誰も否定できるものではありません。そして、健康に生きる権利は誰も否定できるものではありません。“歴史を変えたい、変えられる”と信じ続け、その思いを表出させた市民の力が形の結晶です。」

また、質疑応答の時間には、「裁判に負ける可能性は考えなかったのか」と言ったような質問をありましたが、この件を担当したRoger Cox弁護士は、
「負けたとしても次の裁判への反省材料になる。私たちが諦めない限り、無駄になることは何もない」
と力強いメッセージをくださいました。

私たちには社会を変える力がある

「私たちには社会を変える力がある」と信じ続けることはとても険しい道のりです。ですが、「社会を変えたい」という思いを心の中にしまっておくのではなくその思いを表に出していくことで、私たちが望むような社会へと近づけることができるのだと、胸を振るわせるくらいの市民の力を感じた機会でした。

日本とオランダでは裁判の規定が異なっていたり、今回紹介したオランダの事例は企業を相手取っている一方、2019年に始まった横須賀の石炭火力発電所建設に関する訴訟(https://yokosukaclimatecase.jp/)は経済産業省を訴えていたりなど差異はあり、一概に真似できるものではありませんが、裁判を応援してくれる人々をサポートしていくこと、そして裁判への関心を高めていくことは、このような違いを超えてできることだと感じました。

気候正義を求める世界の訴訟とともに、FoE Japanは引き続き横須賀石炭火力訴訟を盛り上げていきます。

(高橋英恵)

▼イベントはこちらから視聴できます。

▼横須賀石炭火力行政訴訟のサポーターにぜひ登録ください!次回の期日は

https://yokosukaclimatecase.jp/support_us/

▼過去の横須賀石炭火力行政訴訟の報告はこちら

https://www.foejapan.org/climate/nocoal/activity.html

【COP26 vol.2】「ネットゼロ目標ではなく具体的な行動を」開幕にあたってのFoE International記者会見

2週間にわたるCOPの開幕にあたり、FoE InternationalはCOP会場内で記者会見を行い、気候正義の観点から今回のCOPに期待することを語りました。

気候変動交渉を長年追ってきたFoE マレーシアのMeena Ramanは、

「私たちにとっての主要論点は2050年に向けたネットゼロ目標ではありません。特に先進国のネットゼロ宣言は論点ではありません。目標を掲げるには(2050年は)遅すぎで、小さすぎます。先進国が掲げるべき目標は、「真のゼロ」であるべきで、この目標を掲げるとしても、すでに遅すぎるくらいです」

と、先進国に向けたメッセージを発しました。

今回コロナによる入国制限等の関係で現地での参加が叶わなかったメンバーもいます。そのメンバーの1人であり、モザンビーク在住のFoE International気候正義プログラムのコーディネーターの1人であるDipti Bhatnagar は、この記者会見に向け事前にビデオレターを送り、その中で、新たな気候変動対策が先進国が途上国の土地や資源を搾取する構造を残していることを指摘しました。

「権力のある国々は、歴史的責任や気候負債のことを考えらたがらず、その代わりに炭素市場の話ばかりしています。彼らは「我々はどこにでも炭素を貯留できる」と言っていますが、でも実際具体的にはどこなのでしょうか?それは私の住む国のような途上国に埋めることを想定しているのです」

また、FoE EWNI(イングランド・ウェールズ・北アイルランド)のRachel Kennerleyは、

「英国は、自分が他の国に求めていることを自分の国で実行していません。国やコミュニティを越えて、人々は多くの化石燃料事業に反対しています。政府はいまだに何十億ドルもの資金をモザンビークでの天然ガス開発に費やし、気候危機や人権侵害を加速させています」

と、議長国の矛盾を指摘しました。

最後に、FoE ScotlandのMary Churchは、

「たとえ政治家が行動していなくても、過去にないほど多様で多くの市民が気候危機を防ぐために行動を起こしています。気候変動を止めるために活動する市民たちによって、利益ではなく人々の命が優先される向けたシステムチェンジは可能だと信じています」

と、今回のCOPへの期待を述べました。

「ネットゼロ目標ではなく具体的な行動を」

「ネットゼロ」や「カーボンニュートラル」という新しい言葉が使われ始めても、化石燃料を使用し続け、先進国が途上国の資源を自らの利益のために搾取する構造は変わなければ、気候危機は解決できません。

見栄えの良い「ネットゼロ」宣言や野心の引き上げといった口約束ではなく、化石燃料の使用をやめること、利益よりも人々の命を優先する紗j界に向けた具体的な行動が、今求められています。

(高橋英恵、深草亜悠美)

▼FoE Internationalの開会記者会見は、こちらからご覧いただけます。

https://unfccc-cop26.streamworld.de/webcast/friends-of-the-earth-international

▼COP26に関するブログはこちら

2021年10月31日「COP26開幕。2年ぶりに開催される国連気候変動会議の行方と、市民の声

【COP26 vol.1】COP26開幕。2年ぶりに開催される国連気候変動会議の行方と、市民の声

10月31日から11月12日にかけ、英国グラスゴーで第26回国連気候変動枠組条約締結国会議(COP26)が開催されます。コロナ禍により一年延期されたCOP26ですが、対面での開催となります。

 新型コロナウイルスの流行により私たちの生活は一変した一方、私たちは深刻な気候危機にも直面しています。2021年、熱波は北米に深刻な被害をもたらしました。カナダでは49.6度を記録し、これまでの最高記録を5度も上回るものでした。世界各地で深刻な山火事被害が発生しています。ドイツの洪水被害も記憶に新しいでしょう。インドや東南アジアの国々でも大規模災害が多発しています。日本も毎年のように豪雨災害に見舞われています。

 世界の平均気温はすでに1℃以上上昇しています。今年発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書の第一作業部会のレポートは、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と断言しています。気温の上昇を1.5℃以下に抑えるためには、世界全体の人為的なCO2の排出量を2030年までに約45%削減、2050年頃までにはゼロにする必要がありますが、現在、各国が表明している削減目標をすべて達成したとしても、このままでは21世紀末までに約3℃気温が上昇してしまいます。

私たちはCOP26に何を期待できるのか、何が論点になっているのか、整理したいと思います。

開催国の意気込みと実態の乖離ー過去のCOPの中で最も不公平な条件での開催ー

COP26議長国の英国は、各国に気候変動対策目標の引き上げを求めてきました。また、自国としても気候変動対策への資金を拠出し、今回のCOP26においても、1・2日目は各国首相に参加を呼びかけるWorld Leader’s Summitが予定され各国の貢献を期待している様子が伺えます。また各日にテーマを設定し、それぞれのテーマへの議論や取り組みを強めようとしています。

一方で、コロナ禍の影響により、途上国からの参加が非常に困難な状況となっています。開催日に近づくにつれ規制緩和が行われたり、COP参加者に対する支援パッケージなども用意されましたが、ワクチン接種が進んでいない途上国のメンバーには依然高いハードルがあり、コロナ対策のための追加費用も高額になるためそれぞれの国からの入国条件には差があり、参加の機会が平等に確保されているとは全く言えない状況です。FoEグループはじめ、途上国のClimate Justiceをもとめるグループの多くのメンバーが、新型コロナウイルスの状況や資金不足等の観点から参加を見送っています。

そのような問題もあるなかで開催される今回のグラスゴー会合ですが、注目される論点は、主に下記の3点です。2、3点めについては、次回以降のブログで扱います。

  1. 野心の強化
    1. 各国の2030年目標(NDC)の引き上げ
    2. 長期目標の強化
  2. パリ協定ルールブック交渉で未解決の議題の合意
    1. NDCの共通時間枠(第4条)
    2. 協力的アプローチ(第6条)
    3. 透明性(第13条)
  3. 途上国への気候資金など、損失と被害への支援強化

気候変動目標の強化を

 パリ協定に基づき、各国はNDCを国連に提出することになっており、NDCには温室効果ガスの削減目標や、適応などについて書かれています。

 COP開幕に先立つ10月25日、これまで提出されているNDCの統合報告書の最新版が発表されました。192カ国のうち、143カ国は削減目標などが更新されたものを国連に提出していますが、それでもこのままの計画でいけば、2030年には2010年比で16%排出が増加することになってしまい、今世紀後半までに2.7℃の気温上昇が予測されます。

出典:https://unfccc.int/news/updated-ndc-synthesis-report-worrying-trends-confirmed

 つまり、各国が一刻も早く削減目標を強化すること、特に歴史的に排出量の多い先進国が削減目標を大幅に強化し、今すぐそれを実行していく必要があるのです。

 また気候変動対策のための資金が少ない途上国は、資金支援を前提としたNDCを提出している国も多く、途上国のNDC達成のためには、先進国による支援の重要性も強調されました。COPにおいても気候資金は重要なアジェンダです。気候資金の議論も注目されます。

排出削減=化石燃料は地中に!

 削減強化に何よりも重要なのは化石燃料をこれ以上燃やないことです。ほとんどの温室効果ガスはエネルギー由来であり、エネルギーの中でも電力部門については、電力源の中でもっとも温室効果ガスを排出する石炭火力発電を廃止していこうという動きがここ数年活発です。

 議長国英国は2016年にPowerrng Past Coal Allianceをカナダと立ち上げ、脱石炭政策を推進してきました。2024年までに石炭火力発電を廃止する方針を掲げており、禁煙発電に占める石炭火力の割合は近年2%ほどにまで減少しています(10/31現在は0%)。

 今回のCOPでも英国による脱石炭への強いメッセージがすでに発信されています。こういった個別のエネルギー等についてはCOPの議題ではありませんが、11月4日は議長によってEnergy Day (エネルギーの日)に設定されており、どのような動きがあるのか注目されます。

  また、石炭火力だけではなく、石油・ガスについても新たな動きが見られます。コスタリカとデンマークは、石油・ガスの生産を廃止していくBeyond Oil and Gas Allianceを立ち上げ、COPで正式に発足を予定しています(2週目)。また議長国英国とEIBも石油・ガスへの公的支援を停止するイニチアチブを発表予定です(1週目)。

 一方、日本は今も石炭火力発電所を国内外で建設し続けています。国外については原則輸出事業に公的な支援を行わないとしていますが、例外を認め続けています。国内については廃止の計画すらなく、今も10基が計画・建設段階です。日本はようやく、NDCを更新し26%から46%削減(2030年、2013年比)と目標を引き上げましたが、まだまだ不十分です。

FoEグループのメッセージシステムチェンジ、ジャスト・トランジション、真の解決策

 気候危機を超えて、私たちの地球はさまざまな危機に直面しています。社会的、政治的、経済的な危機の中心には持続可能ではない成長と利益を追い求める経済システムが存在します。

 私たちの社会、エネルギーのあり方、経済のあり方、食料システムのあり方、そういったものを抜本的に変えていくことでしか、今の危機を乗り越えることはできません。

 この数年、若者による運動、世界各地の草の根の運動を通じ、多くの人々が各国政府に対し気候危機対策、そしてそれに関連するさまざまな危機への対策を求めてきました。

 これ以上森林や生態系を破壊せずに守っていくこと、石炭や原発は即時、そしてその他の化石燃料についても段階的に廃止していく計画を策定していくこと、それらが重要な解決策となります。そして、世界規模でこのような脱化石燃料を促進していくために、気候変動への大きな責任を持つ先進国は、途上国への資金提供や技術支援を行なっていかなくてはなりません。

 FoEグループは今回のCOPでも気候正義を求めて、さまざまなアクションや提言を行っていく予定です。

▼COP26に関するHPはこちら

https://unfccc.int/conference/glasgow-climate-change-conference-october-november-2021

(深草亜悠美、高橋英恵)

今さら石炭火力の延命計画!?「GENESIS松島計画」の環境アセス配慮書に意見を提出しました

こんにちは。FoE Japanの高橋です。

9月28日、電源開発株式会社(以下、J-POWER)が、長崎県西海市の松島石炭火力発電所の一部の設備を、石炭ガス化複合発電の設備を備え付けるという計画について、計画段階環境配慮書への意見募集を開始しました。

この計画は、1981年から稼働してきた旧式(超臨界圧)石炭火力2機のうち第2号機に、石炭をガス化する設備をつけ、今後も使い続けるというものです。

この事業者であるJ-POWERは、昨年10月の菅前首相によるカーボンニュートラル宣言以降、加速化するカーボンニュートラルの流れを受け、2021年2月に「J-POWER “BLUE MISSION 2050”」を発表しました。そして、立て続けに、2021年4月には、J-POWERの中期計画において、既存設備にガス化設備を付加することにより、水素を利用した高効率な発電システムへの「アップサイクル」を進めるという「J-POWER GENESIS Vision」を発表しました。今回の松島火力発電所での計画は、その「アップサイクル」の第一号の計画です。

気候危機が加速する中、これ以上の気候変動による深刻な被害を防ぐためには、迅速かつ確実に温室効果ガスの削減につながる対策が求められています。今年の8月には、IPCCの第6次評価報告書 第1作業部会報告書(自然科学的根拠)が公表され、それを受け、国連事務総長アントニオ・グテーレス氏は、

「2021年以降、石炭火力発電所は新設されるべきではないこと」

「経済協力開発機構(OECD)加盟国は2030年までに、他のすべての国々も2040年までに、既存の石炭火力発電所を段階的に廃止しなければならないこと」

「各国は化石燃料の新たな探査と生産をすべて中止し、化石燃料への補助金を再生可能エネルギーに振り替えるべきであること」

を訴えています。

また、いよいよ来週からのCOP26の議長国英国のジョンソン首相も、10月13日の電話会議にて、岸田首相に対し国内の石炭火力をやめるよう要求しています。

このような背景も踏まえ、FoE Japanもこの「GENESIS松島計画」に対し、下記の通り意見を提出しました。

PDFはこちらです。

1. 石炭火力事業はそもそもおこなうべきではない。パリ協定1.5℃目標の達成を遠ざける。

気候変動による深刻な被害が広がりつつある現在、気候変動によるこれ以上の損害を防ぎ、パリ協定の1.5˚C目標達成のためには、迅速かつ確実に温室効果ガスの削減につながる対策が求められている。今年6月に開催されたG7では、G7各国の首相は石炭火力を最大の温室効果ガス排出源として認め、国内電力システムの大幅な脱炭素化や、石炭火力輸出に対する公的支援の停止にコミットしたさらに、2021年8月に公表されたIPCCの第6次評価報告書 第1作業部会報告書(自然科学的根拠)を受け、国連事務総長アントニオ・グテーレス氏は下記のことを訴えている

  • 2021年以降、石炭火力発電所は新設されるべきではないこと。
  • 経済協力開発機構(OECD)加盟国は2030年までに、他のすべての国々も2040年までに、既存の石炭火力発電所を段階的に廃止しなければならないこと
  • 各国は化石燃料の新たな探査と生産をすべて中止し、化石燃料への補助金を再生可能エネルギーに振り替えるべきであること。

石炭火力発電所からの脱却は、世界の要請である。石炭ガス化複合発電という形であっても、石炭を使用し続けることにはかわりなく、気候危機をさらに加速させるものであると言わざるをえない。

2. 同事業はJ-POWERのカーボンニュートラル方針と矛盾する。

2050年カーボンニュートラルを約束した「J-POWER “BLUE MISSION 2050”」の名の下、新たな化石燃料の探査と生産を伴う同事業は、「ゼロエミッションウォッシュ」そのものである。真にカーボンニュートラルを目指すのであれば、石炭の使用を前提とした石炭ガス化複合発電や、石炭由来の「CO2フリー水素」の製造、新たな化石燃料の探査と生産を伴うアンモニアに依存したゼロエミッション火力ではなく、再生可能エネルギーによって2050年にCO2ゼロエミッションを目指すべきである。

3. 設備の「アップサイクル」による温室効果ガス排出削減量の定量的データが示されていない.

本事業は、カーボンニュートラルに向けた流れの加速化に伴い、発電方法を改善するものとして計画されているが、どれほど温室効果ガス排出量が削減されるのかの具体的数値が示されていない。現状の温室効果ガス排出量のほか、設備の「アップサイクル」による温室効果ガス排出削減量の定量的データを記載するべきである。

4. 温室効果ガスの排出量が、配慮事項として考慮されていない。

配慮書では、「アップサイクルにより効率の向上を図り、発電量あたりの二酸化炭素排出量を低減することから、配慮事項として選定しない」との理由から、計画段階配慮事項から温室効果ガス等の項目を削除している。気候変動が加速する中、どのような事業であれ、温室効果ガスの測定が求められているため、温室効果ガスの排出量も、計画段階配慮事項に選定すべきである。

5. 複数案の検討結果が明記されていない。

配慮書では、「複数案の設定を検討したが、環境影響に有意な差がある複数案はなく、計画段階環境配慮書における事業計画案は単一案とした」と記載されているが、太陽光や風力、潮力などの再生可能エネルギーによる発電方法を検討すべきである。なお、気候変動が加速する中、温室効果ガスの更なる増加をもたらす化石燃料やバイオマスによる発電方法や、放射性廃棄物の問題がある原子力発電については、検討案として入れるべきでない。

6. 事業想定区域の動物の生息調査について、現地確認がなされていない。

事業想定区域の動物の生息調査について、文献その他の資料調査に留まっている。事業区域内の動物の生息調査は、現地確認もすべきである。

7. 事業で検討されている技術はいずれも環境負荷の高いものである。

本計画は、1981年に石炭火力発電所として稼働していた松島2号機(出力50万kW)を、石炭ガス化設備を新設し、また、アンモニアやバイオマスも燃料として活用しながら、将来的には石炭由来の「CO2フリー水素」をつくってカーボンニュートラルと目指すというものである。しかし、同計画で予定されている技術には、どれも問題が多い。それぞれの問題点について以下に示す。

  • ガス化施設

2012年以降大崎クールジェンにて実証実験されてきたガス化技術を、今回初めて商用化するとしている。しかし、石炭をガス化して効率を高めたとしても、発電時にCO2を排出することにはかわりないため、問題である。

  • CCS

「ガス化技術は、CCUS/カーボンリサイクルと高い親和性を持つ」と書かれているが、本配慮書において、発電所から排出されたCO2の分離回収設備については新設設備の一覧に記載されておらず、また、温室効果ガスの回収率はどの程度なのか、回収したCO2をどこに貯留するのか、どのように再利用するのかの記述が一切見当たらない。そもそも、CCSは、回収した炭素を埋めるために広大な土地を必要とする。さらに、仮に石炭火力発電所にCCSを設置しても、温室効果ガスの回収率は9割程度と完全ではなく、回収に際しては莫大なエネルギーが必要となる上に、現時点では実用化には高いコストがかかるため、商用化は現実的でない。

  • アンモニア混焼

カーボンニュートラルを実現するために、将来的にはカーボンフリー燃料である燃料アンモニアの混焼をあげている。しかし、水素、燃料アンモニアについては、現状、化石燃料から生成される予定であることが、官民協働燃料アンモニア協議会の中間取りまとめ資料にて記載されている。化石燃料から水素や燃料アンモニアを生産する際には、化石燃料採掘時や水素やアンモニア生成時多くの温室効果ガスを排出する。この時に排出された温室効果ガスを回収した「ブルー水素」「ブルーアンモニア」も検討されているが、回収時に莫大なエネルギーを使うため、石炭よりもブルー水素・ブルーアンモニアの方がカーボンフットプリントが多くなるという研究もある。また、海外で燃料アンモニアや水素を生産し、それを輸送することになると考えられるが、現時点では輸送時にも温室効果ガスが発生する。以上の観点から、ライフサイクル全体で見た際に、温室効果ガスを低減できていない燃料アンモニアは、発電の燃料として使用すべきでない。

  • バイオマス

混焼のための燃料として、アンモニアの他にもバイオマスがあげられている。バイオマス発電は、燃料となる植物の燃焼段階でのCO2排出と、植物の成長過程における光合成によるCO2の吸収量が相殺されるとされ、「カーボン・ニュートラル」であると説明されることが多いが、これは「燃焼」という一つの段階のみをとりあげ、燃料を生産した植生が元通り再生されるという前提にたっている。バイオマス発電は、燃料の栽培、加工、輸送といったライフサイクルにわたるCO2排出を考えれば、実際には、「カーボン・ニュートラル」とは言えない。また、燃料の生産にあたり、森林減少など土地利用変化を伴う場合がある。その場合、森林や土壌に貯蔵されていた大量の炭素が、CO2の形で大気中に排出されることになる。つまり、バイオマス発電の促進が、地表での重要な炭素ストックである森林や土壌を破壊し、むしろCO2排出の原因となってしまうこともある。さらに、燃料生産のために伐採した森林が、もとの状態に回復したとしても、回復には数十年以上かかることが多く、それまでは森林に固定化されていた炭素が燃焼により大気中に放出されるため、大気中のCO2の増加に寄与していることになる。 

  • “ネガティブエミッション”の認識の誤り

配慮書では、「バイオマスの使用に加えて、CCSを実施した場合、光合成を通じて大気中のCO2を固定したバイオマス燃料により発生するCO2を分離・回収して地中に埋めることになるため、発電所の運用によりCO2排出量を実質ゼロにする”ネガティブエミッション”が可能」書かれている。しかしこの考え方は、数万年単位の時間をかけて作られた化石燃料を燃焼することによって排出されたCO2は、数時間〜数百年の時間のサイクルで循環する大気・海洋・陸地における生態系による炭素循環とは違う時間軸での排出であり、生態系による炭素循環の中に組み込まれないという重要な性質を見落としている。

*カーボンニュートラルの問題点については、次を参照されたい。
・FoE Japan, 「“カーボンニュートラル”のまやかし」, 2021/10/18
・FoE Japan, 翻訳レポート発行『カーボンユニコーンを追いかける〜炭素市場と「ネットゼロ」のまやかし〜』」, 2021/10/25

8. その他、意見募集のあり方について

意見提出のあり方について、今回の配慮書への意見提出方法は、郵送のみを想定したものとなっている。より広範な市民からの意見を募集する観点から、郵送だけでなく、電子メール、電子フォーム等を活用することが望ましい。方法書以降の手続きでは、意見募集方法を改善することを要望する。

締切は10月29日!皆で意見を出そう!

本件について、気候変動に取り組むたくさんの仲間が意見を出しています。

意見提出の期限は今週金曜日です。提出方法は、今回郵送のみと限られており、期限までの時間はわずかですが、実際に配慮書に目を通したり、他の団体の意見もぜひ参考にしたりして、意見を届けましょう!

事業者が公表した計画段階環境配慮書はこちら

環境アセスメント GENESIS松島計画(J-POWERのHP)

他団体の提出意見等についてはこちら

・気候ネットワーク:「GENESIS松島計画」に対する環境アセスへの意見提出を(2021/10/15)

・350 New ENEration:https://www.instagram.com/350neweneration/

(高橋英恵)