横須賀石炭火力、提訴へ!日本4件目の気候変動訴訟。その背景とは?

今週月曜日の5月27日、東京電力と中部電力の合弁会社である株式会社JERA(以下、JERA)が、現在建設を進めている横須賀石炭火力発電所新1・2号機130万kW(65万kW☓2基)について、発電所の周辺住民等45人が経済産業省に対し、2018年11 月30日に発行した環境影響評価書の確定通知の取り消しを求め、東京地方裁判所に提訴しました(以下、横須賀石炭火力行政訴訟)。

日本における気候変動訴訟は、2017年9月の仙台PS差止裁判、神戸石炭火力発電所計画における2018年9月の民事訴訟および同年11月の行政訴訟に続く、3地域4件目になります。

本記事では、横須賀石炭火力行政訴訟の背景や訴状の内容を、解説します。

5月27日昼過ぎ、提訴のために東京地方裁判所へ。
日差しの強い中、横須賀、千葉から原告が集まりました。

どんな訴訟?

世界では、地球温暖化対策や大気汚染の防止の観点から、パリ協定のもとで石炭火力発電からの脱却が求められ、産業界を含め脱石炭火力発電の動きが続いています。

しかし、JERAは、このような世界の流れに逆行して、横須賀市久里浜に石炭火力発電所を新設する計画を進めています。

新設発電所を建設する場合、電気事業法と環境影響評価法等に基づく環境影響評価手続(以下、環境アセスメント)において適正な環境影響評価をし、経済産業省からの承認を得なければなりません。しかし経済産業省は、JERAが適正な環境アセスメントを実施せず、環境の保全について適正な配慮も十分に検討されていないにもかかわらず、環境影響評価書の変更を要しないとして、環境アセスメントの結果である環境影響評価書の確定通知を発し、環境アセスメント手続を終了させました。

この新設発電所が稼働した場合、発電所の近隣住民は二酸化炭素(以下、CO2)や大気汚染物質等の排出に伴う被害を受けるおそれがあります。そこで、この新設発電所による健康被害等を危惧する原告らが、経済産業大臣が発した環境影響評価書の確定通知を取り消すことを求めて起こしたのが、今回の行政訴訟です。

訴訟における争点は?

訴訟における争点は、

  1. 新設発電所は環境アセスメントの簡略化が許される案件でないにも関わらず、事業者JERAは簡略化した環境アセスメントにて手続きを終え、この状況に対し経済産業省が変更を命じなかった点。かつ、アセスメントの簡略化に伴い、以下の通り環境影響評価法等を十分に満たしていない点。
    • 新設発電所のCO2削減対策内容とその評価の誤り、燃料種の検討の欠如。
    • SOx、NOx、PM2.5、水銀等の石炭火力における環境汚染にかかる検討が不十分。
    • 温排水の影響の検討が不十分。
  2. CO2の排出量が大きく、国際的な枠組みであるパリ協定に反する。

という点です。

今回の環境アセスメントで何が問題だったのか?

東日本大震災での福島第一原発事故後の電力需給の逼迫を契機に、環境省は2012年3月、「火力発電所リプレースに係る環境影響評価手法の合理化に関するガイドライン」(以下、合理化ガイドライン)を取りまとめました。合理化ガイドラインとは、既設発電所の老朽化に伴い施設を更新(以下、リプレース)する際、温室効果ガスや大気汚染物質による環境負荷の低減が図られる事例が多いことを理由に、一定の条件を満たす場合には環境アセスメント手法を簡略化することを認めるものです。

この合理化ガイドラインについて、環境省と経済産業省は、2012年9月に環境アセスメントの迅速化を検討する「発電所設置の際の環境アセスメント迅速化等に関する連絡会議」を設置し、同年11月、以下の2点に該当する案件を合理化ガイドラインの適用対象として定めました。

  • リプレース後に発電所からの温室効果ガス排出量、大気汚染物質排出量等の低減が図られる。
  • 対象事業実施区域が既存の発電所の敷地内または隣接地である。

そのほか、2013年3月、環境省は合理化ガイドラインの適用対象案件は、環境アセスメント完了前に旧発電所の撤去を行うことができると改定しました。

今回の横須賀の発電所新設計画は、この合理化ガイドラインが適用されるとして環境アセスメントが実施されました。横須賀の発電所新設計画は、本当にこの合理化ガイドラインの適用対象であったのか、という点が最大の争点です。では、横須賀火力発電所の適正について考えてみたいと思います。

横須賀新設計画は合理化ガイドラインの適用対象案件?

今回の訴訟の契機となった横須賀石炭火力発電所計画。

新設発電所の建設予定地は、1960年以来、火力発電所(以下、旧横須賀火力発電所)がありました。

具体的には、1960年に1号機、1962年に2号機と、2つの石炭専焼火力発電所が設置されました。その後、1970年までに重油/原油混焼の3~8号の6機が順次設置、1972年には1号機・2号機いずれも重油火力に転換され、計8機の火力発電所が稼動していました。また、1971年には動力をガスタービンとする石油火力発電機が設置・稼動されました。

 しかし、1、2、5、6号機は2000年末に稼働停止、7、8号機及び2号ガスタービンも2001年末で稼働停止し、新潟中越地震などの臨時の稼働しかしない長期計画停止の状態でした。そして、2004年12月20日に1号機が廃止、2号機も2006年3月27日に廃止され、2010年4月には、すべての発電所が稼働停止(長期計画停止)となりました。  その後、東日本大震災による福島第一原発事故により、供給電力が不足した影響で稼働が図られましたが、3号機、4号機、2号ガスタービン以外は稼働できず、2014年以降は再びすべての発電所が稼動停止の状態にありました。つまり、旧横須賀火力発電所の温室効果ガスや大気汚染物質の排出量は2014年以降、既にゼロと評価されるべき状態であるわけです。

建設予定地近くの公園、くりはま花の国から。計画では遠くに見える海を隠すように、発電所が建設される予定となっている。(2018年11月筆者撮影)

合理化ガイドラインは、稼働中もしくは稼働可能な火力発電所のリプレースの場合のみ適用されるべきものです。稼働停止が長く続き、稼働可能とはみなし得ない旧横須賀火力発電所には、この合理化ガイドラインは適用されないものであると言えます。また、アセスメントの簡略化に伴い、

  • 新設発電所のCO2削減対策内容とその評価の誤り、燃料種の検討の欠如。
  • SOx、NOx、PM2.5、水銀等の石炭火力における環境汚染にかかる検討が不十分。
  • 温排水の影響の検討が不十分。

等、環境影響評価法等を十分に満たしていないとの問題点も指摘されています。

国際的な気候変動対策の枠組みにも逆行する横須賀計画

2015年12月、パリ協定が採択されました。日本も2016年11月8日に、パリ協定を批准しました。

パリ協定は、世界の平均気温の上昇を産業革命前から2℃を十分に下回る水準、できる限り1.5℃まで抑制することを目的とした国際条約です。締約国は、今世紀後半の早い時期に世界全体で温室効果ガスの排出を実質ゼロとする長期目標を定め(第4条第1項)、各国に削減目標と政策措置を立案し条約事務局に提出、措置を実施することが義務付けられています(第4条第2項)。また、国内法である環境基本法第5条においても、国際協調のもとで地球環境の保全に積極的に推進すべきとされています。

そこで、気候変動の防止について重要な鍵を握るのは石炭火力発電からの早期の脱却です。 火力発電所は、燃料の燃焼に伴い、大量のCO2や大気汚染物質を排出します。燃料によって含有する成分が異なるため、石炭、石油、天然ガスのそれぞれの排出量は大きく異なりますが、石炭火力発電はたとえ高効率設備であっても、発電電力1単位当たりの石炭火力発電からのCO2排出量は、天然ガス火力発電の約2倍にあたります。そのため、CO2排出を実質ゼロとしていくためには、石炭火力からの早期の脱却が不可欠です。

Don’t Go Back to the 石炭HP(https://sekitan.jp)より

実際、世界の流れを見てみると、フランスは2021年、イギリスとイタリアは2025年、カナダは2030年に石炭火力発電をゼロとすることを宣言して、ドイツも2038年までに石炭火力発電から脱却する方針を明らかにしています。

脱石炭の潮流の背景には、再生可能エネルギーを普及させていく上での戦略も関係しています。太陽光や風力発電等の再生可能エネルギーは出力変動が大きいため、火力発電の出力調整によって供給量をコントロールする必要があります。一方、石炭火力発電所は、一旦石炭を燃焼させると石炭自体が燃焼し続けるという性質上、短時間での負荷変動に対応した出力調整運転が他の燃料に比べて難しい発電方法です。 したがって、再生可能エネルギーを主力電源化するうえで、機敏な供給量の調整に向かない石炭火力は有用性を欠くとして、先進諸国においては新設を止める方向に向かっており、2020年代には既設発電所についても順次廃止の流れにあります。

国として脱石炭の舵きりを!

東京湾岸では、東日本大震災以降、福島第一原発事故後の電力需給の逼迫を契機に、市原市、千葉市、袖ヶ浦市、横須賀市で計画されました。しかし、ダイベストメントの動きや地元住民の粘り強い活動もあり、2018年12月末には千葉市の計画、翌月の2019年1月末には袖ヶ浦市の計画が中止となりました。

日本国内でも脱石炭の流れが確立しつつある状況にも関わらず、国は不十分な環境アセスメントを確定し、8月1日には新設工事を着工しようとしています。横須賀の新設発電所の建設がこのまま進行した場合、2023年に一号機が、2014年に2号機が稼働する予定となっています。 この新規発電所が稼働した場合、年間排出量は726万t-CO2/年が排出されるとされており、2016年度における日本のエネルギー起源CO2排出量(約11.3億t-CO2)の0.64%、一般家庭150万世帯分にあたります。横須賀市内には15.6万世帯が住んでおり、この新規発電所が運転するだけで、横須賀市民の10倍ものCO2排出がなされることになります。

世界的に石炭火力からの脱却が進められ、日本にも同様の対策が求められている中、その流れに逆行するのが今回の横須賀石炭火力建設です。今回の行政訴訟のように、国民が司法の力を借り、国に対して訴えるまでになってきています。国は国民からのメッセージを真摯に受け止め、脱石炭へと舵きりをしなければならないはずです。

石炭火力を考える東京湾の会は、同訴訟を支援するサポーターを募集します。

(高橋英恵)

<訴訟サポーター募集のお知らせ>

石炭火力を考える東京湾の会は、同訴訟を支援するサポーターを募集します。詳細は追ってご連絡します。

なお、最初の口頭弁論は8月中旬頃と見込まれています。詳細の日程につきましては、確定次第お知らせします。ぜひ初回の口頭弁論の傍聴にいらしてください。

<参考>

・訴状:https://nocoal-tokyobay.net/wp-content/uploads/2019/05/press_release_20190527_yokosuka_coa_lawsuit_.pdf

・神奈川新聞「横須賀石炭火力計画「アセス不備」 住民が行政訴訟提訴」(2019年5月27日):https://www.kanaloco.jp/article/entry-170552.html

・産経「『アセス不備』国提訴へ 横須賀の住民ら、石炭火力発電所めぐり」(2019年5月25日):https://www.sankei.com/region/news/190525/rgn1905250008-n1.html

・FoE Japan横須賀インタビュー:http://www.foejapan.org/climate/nocoal/yokosuka.html

《台湾の脱原発情勢》来年も国民投票? 原発推進の揺り戻しと脱原発の秘策とは?

4月18~21日、台湾を訪問しました。台湾の環境団体「緑色公民行動連盟」のお招きです。台北と高雄にて、「8年後の福島の今と日本のエネルギー政策」という題で、とくに原発事故被害が「見えない化」されている現状についてお話しをさせていただきました。

さて、台湾の脱原発の状況です。台湾では第1~第3原発までそれぞれ2基、合計6基の原発がありますが、第一原発1号機は昨年12月に40年の期限を迎えました。残る原子炉も2025年までに40年の期限を迎えます。総発電量に占める原発の割合は11%。

2017年、脱原発政策をかかげる民進党の蔡英文政権のもとで、いったん2025年までの脱原発が電気事業法に書き込まれました。

しかし、2018年11月、この条文削除を問う国民投票で賛成が多数を占め、削除が決まりました。なぜ、このような揺り戻しが起こったのでしょうか。また、来年再度、国民投票が行われるというのですが、その争点は?

脱原発運動を引っ張る「緑色公民行動連盟」の事務局長の崔愫欣(ツイ・スーシン)さんや、高雄での講演会をホストしてくださった「地球公民基金会」の理事の邱花妹(チウ・ファメイ)さんや研究員の陳威志(ダン・ウィジ)さんにお話しをうかがいました。

台北での講演会の後、緑色公民行動連盟のみなさんと。前列、左から2番目の方が、崔さん。

来年の国民投票の争点は?

台湾では、来年1月に総統選挙が予定されており、原発推進派が、以下の3つの議題での国民投票を提案しているそうです。

①第四原発の工事再開
②2030年までに電力供給に占める原発の割合を火力よりも大きくする
③原子力規制機関の審査に合格できたら、既存原子炉の20年の延長運転を認める

①の第四原発は、日立と東芝が原子炉を製造することになっていたため、「日の丸原発」とも呼ばれていました。しかし根強い反対運動が続けられており、2014年にそれまで原発を推進してきた国民党の馬英九政権下で「凍結」が決定されたという経緯があります。それをまた進めようという案です。

②については、一見不思議な設問ですが、理由をきくと納得しました。

「台湾では、石炭火力発電による公害にみんなが悩まされており、脱石炭の民意が強い。原発推進派は、その民意を利用して、石炭火力を減らすには原発を進めるしかない、というプロパガンダを行っている」とのことでした。

ちなみに、緑色公民行動連盟など、反原発をけん引する環境団体は、石炭火力の公害問題にも熱心に取り組んでいます。

崔さんたちは、国民投票の乱立には反対のようでしたが、推進派に対抗するために、以下のような設問を提案しようとしているそうです。

④第四原発を廃止
⑤高レベル廃棄物の最終処分場が運営を開始するまで、原発の運転期間を延長させたり、新規の原発の運転を開始したりしてはいけない

④については説明するまでもありませんね。崔さんたち曰く、これについては、賛否は五分五分でどちらに転ぶかわからない、とのこと。

⑤はどうでしょう? 

台湾には、2014年9月時点で約3,400トンの使用済み核燃料があり、敷地内で使用済み燃料を貯蔵できるスペースは限界が近づいています。通常運転40年が経つと5000トンの使用済み核燃料が溜まるそうです。最終処分場は、候補地すらきまっていない状況とのこと。

崔さんたちの意図としては、「トイレなきマンション」状態について、国民の目を向けさせ、このような状況で原発を動かすことの愚を訴えていきたい、ということでした。

前回の国民投票で、反原発派が負けたわけは?

前述のとおり、2018年11月、台湾の国民投票で2025年までの脱原発を定めた電気事業法の条項を削除することへの賛成が多数を占めました。

タン・ウィジさんは、「反原発の負け、というよりも保守勢力の巻き返しが、民進党の批判となってあらわれた」とみています。

崔さんは以下のように説明していました。

「いくつかの理由があると思う。福島第一原発事故の記憶が薄らいだこと、民進党への批判が、民進党がかかげる反原発政策への批判に結びついてしまったこと。国民投票の設問が10以上もあり、有権者が自ら考えるのではなく、 “第一問は〇、第二問は×…”というような単純な宣伝にのってしまったのではないか。また、私たち脱原発運動側が、もう勝ったと思い、脱石炭への運動に比重を移してしまったこともある。」

ちなみに、緑色公民行動連盟は、石炭火力発電所からのPM2.5の問題や、放射性廃棄物の問題にも熱心に取り組んでいます。

邱さんは、「ネット上で発信される原発推進派による宣伝」をあげました。

「とりわけ、『原子力のデマを終わらせる会』(核能流言終結者)という2013年から結成されたグループの力は大きく、若い人たちの支持も獲得していきました。彼らは、自分たちこそが、科学的・理性的であるとし、脱原発派を非科学的・感情的と攻撃しました。福島第一原発事故で直接死んだ人はいない、原子力災害は大きな事故とはならない、原子力に頼らなければ化石燃料は減らせない、太陽光は不安定、LNGは高い、などなどです。
彼らは、停電に対する恐怖心をあおり、原発をやめるのは時期尚早と訴えました。しかし、彼らは台湾に20基も原発をつくりたい、とも言っています」

国民投票の功罪

民意が無視されることが多い日本の現状と比較すると、このように国民投票で直接民意を問える台湾は、うらやましいでようにも思います。

しかし、それにしても、こんなにホイホイ国民投票をやることは、行き過ぎではないでしょうか。

この点を聞いてみると、崔さんは、「民進党になってから、国民投票のハードルを下げた。」と説明してくれました。また、通訳を務めてくれた、とある日系企業の方も、「確かに行き過ぎ。〇か×かで重要な政治的課題を決めることはできないこともあるし、政治の首尾一貫性も重要だし。人権に反することなど、たとえ国民投票で決まっても、守らなければならないこともある」とのご意見でした。私もこれには賛成です。

確かに、単純に真っ向から対立し、議論の多い政治的イシューの場合、ある時点での「民意」は、表面的なポピュリズムに左右されたり、宣伝するための資金が多い側が有利になるかもしれません。同じ土俵の上で、十分に情報を共有し、双方が議論し、お互いの質問に応えたうえで社会的合意を形成し、それを政策につなげていくのにはどうしたらよいのか。

日本の状況を考えると、やや暗たんたる気持ちになりますが、それでも熟議民主主義を確立するためには、不可欠の課題ですね。

2019年4月27日に台北で行われた脱原発を訴えるデモ(提供:緑色公民行動連盟)

※私の「8年後の福島の今と日本のエネルギー政策」の講演について台湾のメディアが報じてくれました。中国語ですが…。

福島核災已八年 日環團:傷害持續只是災民「隱形化」了

福島核災真的無人死亡??日本環團?露災民與死一樣難承受的人生

 

冒頭、「福島原発事故で直接的に死んだ人はいない、という人がいますが、“震災関連死”として亡くなった方は福島県で2,267人。自殺された方も約100人いらっしゃいます。長期化する避難生活の中で、絶望し、心身を病んでしまわれた方が多いのです。直接か間接かは問わず、原発さえなければ、ふるさとで豊かな生活を送っていた方々です。作業員の方々も過酷な労働を強いられています。作業員の労災認定は白血病で3人、肺がんで1人、亡くなった方もいらっしゃいます」ということを申し上げたところがハイライトされているようです。

(満田夏花)