【日々のくらしの裏側で – vol.5】企業の懐柔策に埋もれる蘇我住民の声

千葉県蘇我駅から車で5分ほど。そこに、千葉の地元のサッカーチームであるジェフユナイテッド千葉が拠点とするフクダ電子アリーナがあります。

“あの右側の奥に、石炭火力発電所ができるんです。”

そうおっしゃったのは、蘇我石炭火力を考える会(以下、蘇我の会)のメンバーの渡辺敬志さん(以下、渡辺さん)。9年ほど前に東京から広い家を求めて蘇我に越してきたものの、新しく出てきた今回の蘇我の石炭火力発電所建設計画。この現状にどのように感じているのかを、伺いました。

そもそもは石炭火力というよりも、マンションの汚れが非常に目立つということがきっかけでした。最初は私個人の問題としてJFEに電話をしたり、あるいは行政に電話をしたりしていたのですけど、所詮個人では埒が明かなくて。それで、マンションの管理組合とか自治会関係に携わっていたこともあり、自治会として住民に全戸アンケートを取ったんです。そうしますと、過半数以上の回答(139戸中79戸)がありまして、そのうちの85.6%から「粉塵問題悩んでいる、なんとかしてほしい」という声が生々しく上がったんです。コメントの中には子どもさんへの影響が気になるというようなご意見もありました。それを自治会の役員として受け取ったわけですよ。そうするとね、受け取った以上は放置できない。そういうことで、この件を自治会として扱おうという決議を出し、同じ自治会、連協の会長さん宛とか、行政宛に自治会名で要望書を出したりしていました。“

そして、新しく出てきた今回の蘇我の石炭火力発電所建設計画。なんと、たまたま蘇我駅を通りかかったとき、同計画に関するチラシを受け取ったのが知ったきっかけだそうです。

“たまたま蘇我の駅を通りかかったとき、石炭火力ができますよというチラシを受け取りました。それではじめて「えっ」と思ったんです。そもそも、私どもが粉塵問題で取り上げたのは、かれこれ6年前。6年前に取り上げたときは、行政とJFE、私どものマンション、それから環境N POの方と、お互いに話をぶつける4社ヒアリングの場が設けられました。でも、結局3回で流れてしまいました。流れてしまった理由を簡単に言いますと、非常に実のない話に終止してしまいがちだったんです。行政はどちらかというとJFE側の立ち位置で、NPOさんも行政やJFEに対して何か言ってくれるかと思えば中間的な立場で物言いをされるし、結局はうちの自治会関係が言うだけで空回りというような感じだったんです。だけど、このときJFEさんは「年間10億円の予算で毎年粉塵問題を解決しています、いろいろと企業努力をしています」と言っていたんです。そのときに出た例の1つが、老朽化した設備を新しく入れ替えることによって、煙突から飛散する粉塵については軽減を図っておりますという話だった。風で粉塵が飛んでいるということは知っていたんですね。あと、工場見学に行ったときに石炭が山積みされたところを通ったからそれはどうなの?と聞いた時は、散水して飛散を防止していますと。他にも、12mの高さの緑化マウンドを作って、飛散防止を図っていますということだった。我々も毎年10億円の予算をかけてJFEさんが努力してくれているのであれば、様子見をしようということで、一旦は鉾をおさめたときがあったんです。

でも、そういった矢先に石炭火力の話を知って、冗談じゃないと。今までのJFEの善意はこのために意図的にやっていたのかと。こういうことで非常に腹がたってですね。で、石炭火力の問題を追求し始めた。そのときに私どもの自治会だけではなくて、地域の市民の人たち、市民ネットの方、あおぞら会という、昔川崎製鉄で粉塵の問題で公害訴訟をなさった人たちが集まって、蘇我の会というものを作り、昨年の4月から活動をはじめました。並行して、袖ヶ浦と横須賀でも石炭火力の話が出ていましたから、じゃあ、それぞれの会が連携してやりませんかという話になって、東京湾の会もでき、私どもは蘇我の会として、石炭火力の話を真正面から取り組むようになりました。“

蘇我の会として、今までどのような活動をされてきたのでしょうか?

“まず大きな一つは、近隣マンションへのアンケートです。あと、一般の皆さんへの学習会や、駅でのチラシまきとか。それからパタゴニアさんの助成金を申請したら受かったものですから、その資金を活用して、新聞折込とかをさせていただきました。こういう一般住民向けの活動と、それからJFEとのヒアリングを何回か、あと、行政とのヒアリングもやっています。そのほか、先日千葉県の弁護士会館で石炭火力問題のセミナーを開催していただいたりと、いろいろなかたちで、今、協力者の輪を広げつつあります。”

近隣マンションへのアンケートが一つの大きな活動だったとおっしゃる渡辺さん。アンケートの結果について教えてもらいました。

“2万件を足で歩いて、1戸1戸ポスティングをしてきました。回答が355件あって、そのうちの278件が記名式で連絡の取れるものでした。名前の記されたアンケート回答は、僕は珍しいと思っています。やっぱりそれだけ自分の名前を出してでも、訴えたい方がいらっしゃっるんだと思いました。しかも、そのアンケートの結果ですが、90%以上の人が石炭火力は冗談じゃないと。で、「今病気通っています」とか「自覚症状あります」とか、「今治療中です」とか言う方もいらっしゃいました。何より、「将来が不安だ」という方が圧倒的多数だったんです。

そういうことを聞いたときに、私として興味を持ったのが、回答は確かに2万件の中で355件だったんですけど、たとえばうちのマンションの355件のうち何人回答したかをみてみたら、12人しかいないんですよ。一方、私の自治会が過去にやったアンケートではね、さっき言いましたように、139のうち79%の回答がありまして、そのうちの85.6%が粉塵問題で悩んでいるということになると、そんな10人どころの話じゃないんですよ。

しかもこの地区はマンションだけで、全てのマンションから必ず1人から5人くらいの粉塵の悩みが寄せられたんです。それらを合わせて推察したとき、あるマンションの一戸だけが汚れていると思えない。そうすると単にアンケートに答えていないだけで、この千葉みなとを中心とした地区に、少なくとも4千人から5千人の方が苦しんでいると思います。”

 

バリバリと活動をされている渡辺さんですが、活動している中で直面している壁もあるのだとか。

“とにかく、知らない人が多すぎる。私自身もこの計画を知ったのが、蘇我の駅を通りかかったときのチラシがきっかけだったんですね。いろんな説明会とか、蘇我の会としてやっていますけど、ほとんどの人が知らなかったということが圧倒的に多いんですね。市に言ってみたら、官報に載せていますってことだったんですが、誰も見やしない、ものすごく小さい記事なんですよ。だから、実質的には何一つとしてこの計画の広報を行政としてはやっていない。そう思います。

あと、もう一つ、今は引退しましたけれど、現役の時はどちらかというと経営者側の目線でした。経営者だったものですから、小さい会社ですけどね。当時は、経営者側の考えること、あるいはそれにまつわる行政の思想、それから政治家のあり方、そういうものをいっぱい見てきました。しかも、それを自分の利益になるのであれば、容認してきた時期もあります。でも今、市民にはじめて戻って、一市民の目線でその粉塵問題という、現実に自分の目の前に降りかかってきて。行政や事業者、あるいは政治家とどう対峙していけばいいかというのは、私なりにわかります。でも、この問題について冗談じゃないとなった時に、一番重要なのは住民のパワーをどのように結集していけるか、この一点だと思います。そのために何をやればいいかということを今模索している最中であると、それが正直なところです。解決策はまだ見つかっていません。”

また、こんなコメントも。

ほとんどの自治会長さんは何かの祭りのときはJFEから協賛金を頂いたり、清掃するときにはJFEから人を差し入れて頂いて一緒にやったり、あるいはJFE祭りを華々しくやって近隣住民の皆さんにいろいろサービスしてもらったりしています。そういうものを受けた住民側から見たらね、なかなかJFE相手に物申すということができない。出来づらいだろうなと思います。でも、本来はこの地区とかにお住まいの全自治会の会長さんがすべきなのは、住民の悩みを吸い上げて、実態調査をして、それに沿った自治会の政策を作ることのはずなんです。”

周辺住民の無関心。そしてJFEの住民への懐柔策。蘇我の会が直面する課題は大きいですが、活動を通して、少しずつ動きは変わってきているようです。

“JFEも我々の動きを軽視できなくなってきているように思います。神経質にさせた事自体が一つ前進だと思いますし、行政側も、環境審議会の中に今まではなかった大気関係の専門部会が今年から作られました。これも一歩前進なんです。ただ、その委員の中には冗談じゃないという人が委員に選ばれていたりと中身はないんですけど、形式的にはそういう動きがある。ほかにも、千葉市を美しくする会という組織に対して、千葉市を美しくするために大気環境は欠かせない問題なので取り組んでくださいという要望書を出してみたら、会長さんから、検討してみるというレベルですけど、回答がありました。活動の成果はじわじわと浸透しつつあるんです。”

最後に、どのような気持ちで活動していらっしゃるのか、伺いました。

“私個人でいうと、負けず嫌いですから、相手が大きければ大きいほどなんとかしてやろうという気持ちはあります。もちろん、虚しい気持ちもいっぱいありますよ。やれどもやれども相手にされないという虚しさは。でも誰かが声を出していかないと、誰かがアクションを起こさないと、日本も変わらないから、そう思って活動しています。”

JFEの住民への懐柔策に埋もれた住民の声。

住民が本当に欲しいのは地域の催しの協賛金や清掃サービスではなく、安心して暮らすことのできる綺麗な空気であるはずです。

(高橋英恵)

<関連記事>

・インタビュー記事:「【日々のくらしの裏側で ーvol.1】横須賀石炭火力発電所建設計画への地元高校生への目線

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・インタビュー記事:「【日々のくらしの裏側で – vol.3】きれいな空気は誰のもの?命を脅かす石炭火力発電所の恐さ

・インタビュー記事:「【日々のくらしの裏側で – vol.4】気候変動という危機を放置していいのか?袖ケ浦石炭火力発電所建設計画に立ち向かう人々

・住民へのインタビュー動画「日々のくらしの裏側で〜千葉県千葉市 蘇我〜

日本の官民が進めるニッケル開発現場で深刻な被害


日本のフィリピン・ニッケル鉱山/製錬開発の環境・健康影響

日常の中で何気なく使っているスマホやパソコンのリチウムイオン電池。近年、電気自動車などの普及とともに、益々欠かせない電池となっています。その電池の原料として欠かせないのがレアメタル(希少金属)の一つ、ニッケルという鉱物。フィリピンは、現在世界最大のニッケル鉱石生産国で、日本が官民でその開発・製錬に深く関わっています。住友金属鉱山をはじめ、大平洋金属、双日、三井物産が現地企業などに出資し、また国際協力銀行(JBIC)が融資、日本貿易保険(NEXI)が付保しています。

日本が関わるフィリピンのパラワン州や北スリガオ州におけるニッケル鉱山・製錬所周辺地域の河川水や湧水などで、これまで日本の環境基準を超える六価クロムが検出されてきました。天然で存在することがほとんどない六価クロムは東京築地などでも基準値以上が検出され、話題となった毒性の高い物質です。皮膚の腐食、臓器障害、癌、DNA損傷の可能性もあると言います

2018年12月の現地調査(北スリガオ州)

この12月、FoEのスタッフになってから初めて、北スリガオ州タガニートでの現地調査に同行しました。成田空港を離陸してからおよそ16時間、3つのフライトを乗り継ぎ到着したスリガオ空港は美しい緑の山林に囲まれており、雨季の湿気を含んだ暑さと、空気の良さを感じながらプロペラ機を降りました。翌日、車で東岸沿いを2時間ほど南下したところにあるタガニート鉱山付近に到着。グーグルマップでも確認できますが、赤茶になった山肌が幹線道路からもちらほらと目視できるようになりました。しかし、PARC制作ビデオ『スマホの真実』で撮影された鉱山開発の現場が最もよく見える場所には立ち入りができませんでした。

今回、メインの水質調査は、タガニート鉱山/製錬所からの排水が流れ込むタガニート川、ハヤンガボン川にて二日間行われました。六価クロム簡易検知管の検査では引き続き複数地点で環境基準値(0.05 mg/L)を超えており、周辺地域の住民への健康被害や水生生物への悪影響などが懸念される状況でした。1日目の調査では、タガニート川とハヤンガボン川でそれぞれ0.1 mg/L、0.075 mg/Lと、基準値以上の六価クロムが検出され、2日目にもタガニート川で基準値以上の0.15mg/Lが検出。今後、採取した水は専門家に精密に分析してもらう予定です。

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タガニート川検査結果
(2018年12月撮影、FoE Japan)

今回、何度も現場で検査を行なってきたスタッフからも驚きの声が上がったのは、先住民族ママヌワの移転地近くに暮らすビサヤの人びと数軒が主に利用している湧水の検査結果。簡易検知管の検査で基準値の20倍である1.0 mg/Lが計測されました。湧水をホースで導水し、煮沸などの処理もせぬまま飲料水としても利用しているとのことでした。移転地での水不足の際は先住民族ママヌワの人びとも利用し、この地域の住民の重要な水源になっているようでした。

先住民族ママヌワの移転地近くにあるビサヤ住民の住宅(2018年12月撮影、FoE Japan)

六価クロムの簡易検知管は、汲んだ水を試薬の入った透明なプラスティック製のチューブに吸い取り、六価クロムに反応した場合、1〜2分経過するとピンク色に変化します。この湧水は、チューブで吸い取った直後からみるみるうちに色が変わり始め、その事態の深刻さを人々にどう伝えるのがいいのか、複雑な心境を覚えました。先住民族ママヌワの人びとにとっては、そもそも、鉱山開発によって余儀なくされた移転。移転先で十分な水がなく、このような危険な水を利用することになっている実態――日本の官民が多額の出資・融資をして進める事業によって、住民の人びとが深刻な汚染状態にある水の利用を押し付けられていると自分は感じました。

先住民族ママヌワの移転地近くに暮らす住民が主に利用する湧水の検査結果(2018年12月撮影、FoE Japan)
先住民族ママヌワの移転地近くに暮らす住民らが主に利用している湧水。ホースで導水している(2018年12月撮影、FoE Japan)

FoE Japanは、パラワン州リオツバでも六価クロムがニッケル開発・製錬所の周辺から検出され続けていることから、2016年に製錬事業の最大の出資者である住友金属鉱山に水質調査に関する要請書を提出しました。事業者は、2012年から、鉱石置き場のシート掛け、沈砂池の掘削、また、河川につづく沈砂池の出口付近における活性炭の設置を対策として行っているといいます。しかし、FoEに長年協力してくださっている専門家の大沼淳一氏(金城学院大学元非常勤講師、中部大学元非常勤講師、元愛知県環境調査センター主任研究員)は、その対策は十分ではないと指摘をしてきました。現に六価クロムは検出され続けているのです。

さらに、深刻な人権侵害も起きています。2017年1月、自分たちの土地・生活の権利を訴えてきた先住民族ママヌワのリーダーであるヴェロニコ・デラメンテ氏が殺害され、住民たちは事業に対する懸念の声を上げにくい状況となっています。また、今回、私たちが水質調査を行ったミンダナオでは、フィリピン政府により戒厳令が敷かれており、周辺の町では軍によるチェックポイントが点在するなど緊張感の高さを肌で感じました。

日々の暮らしに欠かせないリチウムイオン電池に含まれるニッケル。その開発は、深刻な水質汚染や住民リーダーの殺害といった人権侵害にも加担するものであり、多大な犠牲の上になりたっている――今回の訪問で、そのことを改めて痛感しました。

現代社会において、パソコンやスマホを手放すことは困難ですが、まだ使えるのに新しい機種を購入するといった行動は疑問を感じざるを得ません。大量生産・大量消費のひずみの一端を引き続き発信し続け、日本から遠く離れた出来事をより身近に感じてもらえるよう、そして、スマホやパソコンをはじめ、モノを大事に扱う大切さを改めて伝えられるよう、FoE Japanで活動を続けていきたいと思います。 (松本 光)